学園長室にて
学園長室に向かう二人は他クラスの生徒や担当の教師が自己紹介や学園の説明を行う教室を避け、遠回りをしながら進んでいた。
「それにしてもシャルロットさんやテオバルト君がイルヴィス君のことを知っていたなんて以外でした。イルヴィス君のことだからまた自分のことは隠していると思っていましたから」
「あの二人は以前、冒険者ギルドの新人育成講座で担当になったことがあってな。そのときに俺のスキルのことも少しばかり知られてしまったから俺だと判断できたんだろう」
イルヴィスが少し楽しそうに話すのを聞くと、アレーナは嬉しそうな表情をしながら慕ってくれている子もいるのだと思った。
以前あったときいている出来事からこのような表情を見せてくれることがなかっかもしれないと思うと自分は少しは信頼されているのだろうと自身も嬉しくなった。
「なんだ、急に笑いだして。変なやつだな」
「変なやつはあなたですよ。なんだかんだ言って結局いろんな人の面倒をみてしまうのでしょう。ところでイルヴィス君、学園長室へ入る鍵は持っていますか?」
「ああ、今日の鍵なら持っているぞ」
突然、思い出したかのように学園長室の鍵のことを聞いたアレーナはイルヴィスが鍵を持っていることを聞くと、安堵の表情をみせた。
「今日の鍵はまだ持っていなかったの。これで鍵を探さずにすみます。でもいつの間に手にいれたんですか?」
毎日変化する学園長室に入るための鍵を探さなくて良いことがわかると自分ですら持っていない鍵をどのようにして手にいれたのかが気になり、簡単な入手方法があるなら知りたいと思い、アレーナはイルヴィスに質問した。
「今朝だよ。学園長室に呼び出されてたからな。そのときに鍵を造ったんだよ。あの扉のは呼び出されたときに置いてあったしな」
「鍵を造ったのは鍵職人のスキルですよね。便利ですね」
「はぁー、鍵職人のスキルなわけないだろ」
確認するように尋ねてきたアレーナにイルヴィスはさも当然のことを間違えているのかと思い、ため息をつきながら否定した。
「おまえは鍵職人の不遇を忘れたのか」
「あっ、それは……」
アレーナが焦りながら言いよどんでいると学園長室に辿り着いた。
「さあ早く入りましょう」
扉の前にたどり着くとアレーナはイルヴィスを急かしながら扉を開けさせようとした。
イルヴィスは仕方なく鍵を取り出すと扉を開けた。
その瞬間、突然部屋の中から無数の石つぶてが飛んできた。
すぐにアレーナは風を発生させ多くの石つぶてを防ぎ、残りはイルヴィスが糸を使い弾き落とした。
「学園長、あれほど扉を開ける度に魔法を放たないでくださいと言いましたよね。これはどのような理由があっての行動なのか説明していただけるのですよね」
石つぶての雨が終わると部屋の中にいるムアラムを見つけた途端、アレーナはすぐに詰め寄りながら問いかけた。
しかしムアラムは気にする様子もなく、のんきにイルヴィスたちに話しかけてきた。
「イルヴィス君、アレーナ君、いらっしゃい。そこのソファーにでも腰を掛けて話をしよう」
イルヴィスはすぐにソファーに座ったが、アレーナはムアラムをしばらく睨んだ後効果がないとわかると諦めたようにソファーに座った。
「さて、まずは何から話そうか。君たちはこの部屋に来る前になにか面白そうな話をしていたようだけど何について話していたのかな」
ムアラムが本題ではなく学園長室に来る間の二人の会話に興味をみせるとアレーナは少し焦った様子をみせながら話を逸らそうとした。
「学園長、そのような話よりも早く本題に入りましょう」
「イルヴィス君、どのような話を二人はしていたのかな」
アレーナの言葉は聞こえないとばかりにムアラムはイルヴィスに質問をした。
「同じクラスの冒険者二人とあとは鍵についてだよ」
「同じクラスの冒険者というとシャルロット君とテオバルト君のことだね。鍵というのはこの部屋の鍵のことかな」
「いや、そうじゃない。鍵職人のことだよ」
ムアラムは苦笑いを浮かべてしまった。
「その、少し忘れてしまっていたのです」
ムアラムは呆れた顔をすると、ふと思いだしたかのようにイルヴィスに話しかけた。
「イルヴィス君、前々から気になっていたのですが鍵職人のスキルには上位スキルが会ったと思うのだがなぜあそこまで鍵職人は不遇なのかな」
アレーナはなんのことかわからないという表情を、イルヴィスはさらに呆れた表情をした。
「ムアラム、お前なら理由ぐらい知っているだろ」
それに対し、ムアラムは笑顔を浮かべながら答えた。
「確かに私は話を聴いたことはあるが、君に聞いた方が詳しいことがわかるだろう。なによりアレーナ君が理解していないようだからね。ちなみに君は今は一生徒であり、特例が認められている存在でもあることを忘れないでくれよイルヴィス君」
イルヴィスが少し躊躇うとため息をつきながら話始めた。
「まず、二人は鍵職人のスキルについてはある程度知っているよな」
二人を見て、うなずいたことを確認するとさらに話を続けた。
「鍵職人のスキルは他の多くの技術系スキルと同様に初級、下級、中級、上級、達人級の五段階に分かれている。鍵職人のスキルはほとんどの場合まず初級から習得することになる。だが、この初級のスキルの習得の面倒くささが鍵職人のスキルが敬遠される理由の一つ目だ。このスキルを習得するためにはひたすら鍵をつくれば良いんだ。ただし、作る鍵の完成度が一定以上でないとそれは鍵が作られたとはならないため元からある程度の鍵を作る技術が必要になる。しかもスキルが下級、中級、上級、達人級と上位のスキルを習得しようとすればするほど鍵の完成度を上げた上である程度の鍵を作らなければならない。そのためこのスキルは敬遠されているんだ」
説明を聴きながらアレーナは納得した顔を見せたが、ムアラムは笑顔のままさらに続きを促した。
「他にも理由があるのでしょう」
気づかないままであればこの理由のみで話を終わらせようとしたイルヴィスは顔には出さないようにしつつ、内心舌打ちをして話を続けた。
「ムアラムの言う通り、他にもう一つ理由がある。それは初級、下級、中級の鍵職人のスキルはスキル自体の効果はほとんど変わらないということだ」
アレーナが首を傾げながら少し唸っている一方でムアラムはさらに先を促すように視線をイルヴィスに向けた。
「ただし上級になると中級までとは比べ物にならないほどの鍵作りの技術が身につく。ただ、他の技術系のスキルは一つ上のスキルになることで、それがたとえ初級から下級であったとしても技術がある程度身につくから他のスキルに比べ実感できないことからほとんどが下級の鍵職人のスキルを手に入れた時点で鍵職人をやめてしまうんだ」
「そうだったのね」
話を聴き終えるとアレーナが納得するとムアラムはこの話を切り上げて次の話題を話始めた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。今回イルヴィス君を呼んだ理由は二つある。一つ目はケイローン先生のこと、二つ目はこの街のことです」
ケイローン先生のことと言われると同時に召喚魔法をイルヴィスが発動するとイルヴィスの横に魔方陣ができ、そこからユークリッドが現れた。
「まず、ケイローン先生についてですが、ケイローン先生にはイルヴィス君のクラスの魔法の授業のみを担当していただきます」
イルヴェスとアレーナはすでに知っていたのか特に表情の変化はなかったが、ユークリッドは戸惑っていた。
「そ、それはすなわち、イ、イルヴィス様に私が教えるということでしょうか」
歓喜によって。
先程まで落ち着いていたユークリッドの突然の行動にアレーナは見るからに慌て、ムアラムも表面上は落ち着いていたが内面では戸惑っていた。
「ユークリッド落ち着け」
その中、唯一人落ち着いていたイルヴィスがユークリッドに声をかけ落ち着かせようとした。
「イルヴィス様、これが落ち着いていられましょうか。いや、落ち着いていられません。私がイルヴィス様に指導をしかも魔法について教えるなど普段であれば考えられません。このユークリッド、イルヴィス様に拾っていただいたあの日からイルヴィス様のお役に立つことを第一に考えてまいりました。しかし、イルヴィス様には魔法やスキル、その他の技術という面でお教えすることができませんでした。いえ、これはイルヴィス様が悪いのではありません。イルヴィス様には素晴らしいスキルに技能もあります。ただ私がイルヴィスにお教えするには役不足だったからです。しかし、今回代理とはいえイルヴィス様の通う学園の教師となったとき、実際はイルヴェス様の知っていることとはいえ、イルヴィス様に形式上はお教えすることができ、さらにイルヴィス様の代理をするという大役を担わせていただくことに私は感激しかいたしません。このような機会をくださったムアラム様、そしてイルヴィス様には感謝しかございません。イルヴィス様のお顔に泥を塗らぬように私、全霊をもってこの任を務めさせていただきます」
学園長室にはハイテンションのまま言い切り満足した顔のユークリッドと気圧されたアレーナ、笑顔のまま顔が少しひきつっているムアラム、ため息をついて呆れているイルヴィスがいた。
「ユークリッド、お前は少し落ち着け。ムアラムもアレーナも驚いているぞ」
「これは失礼しました。イルヴィス様、ムアラム様、アレーナ様、申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました。イルヴィス様、例の件ですがすでに準備は完了しております」
落ち着いたユークリッドはムアラムとアレーナに謝罪の言葉を述べると懐から1枚の紙を取りだしイルヴィスに渡した。
謝罪を受け表情を元に戻した二人の意識は今イルヴェスへと手渡された紙へと移っていった。
「イルヴィス君、その紙は何なのかな。今ここで見せたということは中身を教えてくれるんだよね」
「が、学園長、いきなりそのような質問は失礼ですよ」
ためらいもなく問われた質問にアレーナは訊くべきが迷っていたため止めようとした。
「この紙は王宮への入場許可証だ。契約違反した馬鹿にお灸を据えるためにユークリッドに用意してもらっていたんだ」
おもしろそうな顔をしながらすぐに答えた。
その言葉にかつて契約違反したものたちの末路を知っているムアラムとアレーナは前者は面白そうに笑顔を浮かべ、後者は盛大に冷や汗を流しながら顔を青くさせた。
「そう顔を青くさせるな。今回は軽くお灸を据えるだけだ。流石に一国の王に無理はさせられない」
「君のことだから多少の無理くらいならすぐに治してしまうと思ったのだがね」
「それでも良かったのだが今回はもっと別の方法のほうが効くだろうし、少しは子離れできるだろ。まあもしかすると逆にさらに離れられなくなるかもしれないがな」
イルヴィスが笑いながら話すと国王と子供の関係を知る二人は反応に困ったようで微妙な顔をした。
ちなみにユークリッドは興味はないようで特に表情は変化しなかった。
「そろそろ本題に戻らせてもらうが、授業の内容については何か決まりはあるのか」
「一応今までの担当教師の授業記録を纏めたものがあるので目を通しておいてもらうとありがたいのですが、他には生徒に大きな怪我を負わせたり、行方不明にしたりしなければある程度は自由で構いません」
「ということらしい。帰ったら授業計画を作るぞ」
「わかりました」
話を聞くと、イルヴィスからの指示を受けたユークリッドは表情には出さないものの嬉しそうに返事をした。
「次に町に関する情報だが、一つ先の町である辺境の町で少し魔物の発生数が多くなっていることぐらいが最近の大きな変化だな。他の細かい情報も含めてまとめてあるから後で目を通しておいてくれ」
「毎回のことながらその手際は素晴らしいものですね。いつもありがとうございます」
手渡された紙の束の中身に軽く目を通し、簡単に確認し終えると、そのまま正面を向きながら礼を述べた。
「話はこれで終わりでいいか。それならそろそろ色々と準備があるから帰らせてもらうぞ」
「わかりました。それではイルヴィス君、授業も含めしばらくの間は教師としての仕事もよろしくお願いしますね」
「わかっている。それじゃあ失礼する」
そのままイルヴィスは『真偽の聖眼』を使い、ユークリッドをケイローンの姿に偽ると学園長室を後にした。
そして部屋に戻るとすぐに準備を始め、しばらくするとユークリッドを連れて王都のある建物に転移するとふたたび自身とユークリッドの姿を偽り、王城へ入場したのだった。
そしてしばらくすると王と宰相の悲鳴があがったのだった。
この日から暫くの間、毎晩、王と宰相はうなされながら夜を過ごすのだった。