二人の冒険者
現在、イルヴィスはテオバルトとシャルロットの二人と向かい合い模擬戦を始めようとしていた。
そもそもの発端は先程行われた イルヴィスとマカオンの模擬戦にあった。
「お前は強いな。攻撃すらさせることができないとは」
「強くないさ。マカオン君こそどれも力のこもった攻撃だったね」
「お前には届かなかったがな」
「その年でその実力があれば、ある程度は問題ないだろう。護衛に関しては俺もいることだし」
マカオンはイルヴィスの言葉をきいて渋い表情をした。
「実力はあると思っていたのだがな」
「年齢を考えれば十分だと思うけどな。今は戦時中というわけでもないし、マカオン君の実力ならこの先も鍛練すれば必ず伸びるさ」
「そう思うか」
「ああ」
マカオンはイルヴィスの返事をきくと少し考えてそして突然イルヴィスに頭を下げた。
「イルヴィス殿、頼む。俺を鍛えてくれ」
イルヴィスは一瞬反応に遅れたが、
「断る」
一言で頼みを断った。
「無理をいっているかもしれないが頼めないだろうか」
「断る」
「どうしたら俺を鍛えてくれる」
引き下がらないマカオンにイルヴィスはめんどくさそうに一枚の紙を取り出して渡した。
「これをこの街の冒険者ギルドまで持っていけ。そうすれば鍛えてもらえる。この街の冒険者ギルドの噂はお前も聞いているだろ」
このイリアスの街にある冒険者ギルドはあることで有名である。
それは世界一治安の良い冒険者ギルドであるということと、新人教育に力をいれているということであった。
「確かに噂は知っている。だが、アレックス殿下の護衛を離れるわけには……」
噂を知っているからこそ冒険者ギルドに足を運びたいとマカオンは考えるが、同時にアレックスの護衛としての立場から離れるわけにもいかず、返事に悩んでいた。
そのことを理解してかイルヴィスはため息をつきながらもう一枚紙を取り出すと、今度は紙に何かを書き加えその紙をマカオンに渡した。
「これを持っていけばついでに残りの二人の面倒も見てもらえるはずだ。それなら問題ないだろう」
「確かにそれならば問題はないが、」
「ならさっさとアレーナ先生のもとに戻るぞ」
イルヴィスの提案に悩むマカオンを気にせず、イルヴィスはアレーナや他のクラスメイトが待つ場所へとさっさと歩いていった。
それに気づいたマカオンは慌ててイルヴィスの後を追うのだった。
「二人ともお疲れ様。怪我はないですか?」
イルヴィスとマカオンがアレーナや他のクラスメイトの待つ場所に戻るとアレーナによる怪我の確認が行われた。
マカオンは怪我がないことをアレーナやアレックスたちに示しているのに対し、イルヴィスはめんどくさそうに「問題ない」とだけ呟くとそのまま演習場を出ようとしていた。
そんなことが許されるはずもなく、アレーナに見つかり呼び止められてしまった。
「イルヴィス君。まだ帰ってはいけませんよ」
「べつに問題ないだろ。俺は模擬戦も見せたわけだし」
だがそんなことは気にせず、イルヴィスは自分の分は終わったのだからとそのまま歩みを進めようとした。
「イルヴィスさん、ちょっと待ってください」
「私たちもイルヴィスさんに模擬戦をしていただきたいのですが」
だが、そこへ二人のクラスメイトから声が上がった。
「アレーナ先生、私たちにも模擬戦を行ってもよろしいですか」
「俺たちもイルヴィスさんとは模擬戦を行いたかったんです」
アレーナは二人の生徒、シャルロット・ハンセンと
テオバルト・ホルツマンの二人を見ると少し考える素振りを見せ、そしてイルヴィスを見るとそのまま帰ろうとしていたイルヴィスを捕まえた。
「待ちなさい、イルヴィス君。シャルロットさんとテオバルト君はどうしてもイルヴィス君と模擬戦を行いたいのですか?」
「「はい」」
アレーナからの問いにシャルロットとテオバルトは間髪入れずに返事を返し、それをきいたアレーナは満足そうな顔をするとシャルロットとテオバルトをみながら話はじめた。
「わかりました。やる気は十分なようですね。では、シャルロットさんとテオバルト君はイルヴィス君と模擬戦をしてもらいます。イルヴィス君、これは担任としての指示ですからね。勝手に帰らないでくださいよ」
アレーナが言葉をきくとすぐにシャルロットとテオバルトは笑顔を浮かべ、嫌そうな表情をしているイルヴィスの腕をそれぞれが引っ張りながらマカオンとイルヴィスが模擬戦を行った場所まで引っ張っていった。
今度こそは帰ろうとしていたイルヴィスだったが、二人に引きずられながら入り口に目を向けると、すぐに模擬戦を片付けた方が後々楽そうだと考え、武器を構える二人と向かい合うように立った。
三人が模擬戦の準備を終えるとアレーナは残りの生徒を先程よりも後ろに下げた。
「準備が整ったようなので、それでは模擬戦開始」
アレーナの合図とともに『身体強化』を発動したシャルロットとテオバルトは二手に別れるとそのままテオバルトはイルヴィスに突撃していった。
テオバルトが突撃してくるのを見たイルヴィスは一先ず先程の模擬戦のようにテオバルトの進行方向に糸を張りそのまま跳ね返そうとした。
「エアショット」
突撃してくるテオバルトよりも速くイルヴィスに向かってシャルロットから放たれた風魔法『エアショット』による空気弾が接近してきたため、イルヴィスはそこから飛び退いて避けるのだった。
「まだまだいきますよ。『ウインドアロー』」
そこへさらにシャルロットから風の矢が放たれるとイルヴィスは矢をかわしながらシャルロットに向かって接近していった。
しかし、横から再び突撃してきたテオバルトをかわすためにイルヴィスは後方に下がるのだった。
「イルヴィスさん。私たち相手に手加減ですか。ほとんど糸魔法も使わずに私たち二人に勝つのはたとえイルヴィスさんだとしても難しいはずです」
「せめて普段通りに糸魔法を使用されないと、イルヴィスさんでも俺たちに負けますよ」
「お前たちは相変わらずだな」
二人の挑発に対してイルヴィスは返事をしながらため息をついた。
「すぐに片付けるか」
イルヴィスは二人に向かって歩き出すと、テオバルトに向かって右手から五本の糸をだした。
『身体強化』を使っているテオバルトにとって糸をかわすことは難しくなく、糸をかわしながら再びイルヴィスに接近していくのだった。
シャルロットはテオバルトと反対側に移動しながら『ウインドアロー』や『エアショット』、雷魔法『サンダーバレット』などの魔法の速度が速い魔法で距離をとりながら牽制を行っていた。
それに対しイルヴィスは左手から糸を出すと、その糸を鞭のように扱い魔法を弾き落としていた。
シャルロットは驚きをみせながらも、予想していたかのようにさらに多くの魔法を放っていった。
しかしそれでも『ウインドアロー』により放たれた風の矢は叩き落とされ、『エアショット』により放たれた空気弾は弾くことで進行方向をずらされ、『サンダーバレット』により放たれた雷の弾丸は糸を焦がすも叩き落とされていた。
「やはりこのような魔法では効果がありませんか。ならば私も接近戦を行わせていただきます土魔法『オプラ・スパスィ』」
シャルロットは魔法で土の剣を造り出すと向かってくるイルヴィスを迎え撃つように剣を構えた。
するとイルヴィスは今まで用いていた糸を引っ込めるとさらにスピードを上げてシャルロットへと近づいていった。
そしてシャルロットと武器を交えることができる距離になった瞬間、いきなりシャルロットの正面と左右そして頭上に糸を放った。
シャルロットは糸をかわすために糸と糸の間へと身をいれると、その瞬間、正面の糸が開き蜘蛛の巣状になった。
さらに左右と頭上の糸が開き柵のようになった。
シャルロットが糸を切ろうとするが土の剣では切ることができず、さらに左右と頭上の糸が狭まっていき、粘着質のある糸によって身動きができなくなってしまった。
その攻防の隙に接近していたテオバルトだったが、突然バランスを崩すと勢いそのままに前方に倒れてしまった。
イルヴィスはそのすきに何かを引っ張るように手を引くとテオバルトの後ろから蜘蛛の巣状の糸がせまりそのまま身動きがとれなくなってしまった。
「俺の敗けです」
「私の敗けです」
そして二人の敗北宣言により模擬戦は終了した。
模擬戦が終了するとまず二人の身動きをとれなくしている糸が回収され、そして三人は再び他のクラスメイトやアレーナのいる場所へと向かった。
「三人とも怪我はありませんか」
先程と同じようにアレーナにより三人の怪我の確認が行われた。
特に問題がないとわかると見学をしていたクラスメイトが次々に三人と話かけはじめたのだった。
シャルロットやテオバルトは質問されたことに楽しげに話しているがイルヴィスは再び帰ろうとしてアレーナに腕を捕まれ帰れないようにされていた。
抜け出そうとするがその度に教師として帰らないように注意されていた。
イルヴィスが何かに気づいたようにアレーナの方を向くと、突然、アレーナの肩に鳥が現れるた、
するとアレーナは若干驚きながらイルヴィス以外が鳥に気づいていないことを確認するとその鳥の足に結んである紙を取り内容を確かめた。
すると生徒たちを見渡して声をかけた。
「皆さん、この後は特にやりたいことがなければ解散となりますが何かやりたいことのある人はいますか」
アレーナからの問いに今まで話していた生徒は静かになるとそれぞれが近くの生徒と話し合いながら考えはじめた。
「すぐには思いつかないようなので今日はこれで終了にしましょう。皆さん疲れていると思いますが、明日からは本格的に授業も始まっていきます。疲れはとっておくようにしてください。なお、明日以降の授業は基本的に今日皆さんが集まった教室で行います。間違わないように注意してください。それでは皆さん、寮まで気を付けて帰ってください。イルヴィス君は学園長に学園長室へ呼びだされているので私と一緒にこれから向かいましょう」
イルヴィスが学園長に呼び出されていることに他のクラスメイトは驚きをみせたが、アレーナが帰ることを促すとアレックス、テオバルト、シャルロットの三人はイルヴィスのことを気にしていたがそのまま他のクラスメイトとともに帰っていった。
二人だけになったことを確認すると二人は学園長室に向かうのだった。