第一王子
ムアラムがようやく学園長室から出ることを許してくれたのは入学式が終わる直前のことだった。
イルヴィスやユークリッドはうんざりした表情でぐったりとしていたが、ムアラムはまだまだ調べたいようであった。
だが、イルヴィスの「もうすぐクラスに行く時間だから」という言葉で学園長としての立場を思いだし、渋々教室に送り出したのだった。
ちなみにユークリッドは教室に連れていけないのでイルヴィスが帰したのだった。
学園長室を出たイルヴィスは一先ずここで誰かに出会うのは不味いと思ったのか、『真偽の聖眼』の能力を使い、透明になって自分の教室へと向かった。
教室に入る直前、嫌な予感がしたイルヴィスは一羽の鳥を放っていた。
イルヴィスが教室に入るとそこには金髪の少年、第一王子が一人でいた。
「お前か。父上がおっしゃっていた俺の護衛は」
「いったいなんのことでしょうか」
睨み付けながら話す王子に対し、イルヴィスは笑顔で返答する。
「とぼけるな。イルヴィス・ヴェスパール、お前が父上からの依頼を引き受けたことはすでに父上自身の口から聞いている」
この瞬間、イルヴィスの笑顔は笑顔のはずなのに笑っていないものに変わった。
『真偽の聖眼』の能力で嘘ではないことはわかるので事実のようだ。
(後で国王とガルシアを吊るそう)
この事態を引き起こした本人とその側近への制裁を決めた瞬間でもあった。
そして、この二人がこの瞬間、物凄い寒気に襲われたと後の二人は語っていた。
「いったいなんのことでしょうか。確かに国王様から依頼は受けましたが、それは情報屋としての依頼であって護衛ではないですよ」
「お前が情報屋だということは知っている。父上がばれたときには情報屋の仕事も頼んであるからその仕事でいるということにして護衛のことは隠すように指示してあるとおっしゃっていたからな」
この言葉はイルヴィスの表情を無表情へと変えるのに十分だった。
「そのことをわざわざお付きの二人を撒いてまで話に来たのには訳があるのでしょう」
「話が速くて助かるな。確かに俺はお前に話がある。父上が俺に黙って護衛をつけたのは何か心配事があったからだろう。一月前から護衛を10人増やすと騒いでいたからな。突然大人しくなった理由がお前にあるのなら、俺はお前の実力を知りたい。第一俺は自分より弱い護衛はいらないからな」
「どのようにして実力を測るつもりですか」
「俺とお前が戦えばいいだろう」
第一王子の返答にイルヴィスは呆れながらため息をついた。
「情報屋がただで情報を与えるとお思いですか」
「見つけましたよ。アレックス殿下」
「勝手にいなくならないでください」
王子を探していたらしい水色の髪を持つ青い瞳の細身の少年と、オレンジ色の髪を持つ黒い瞳の筋肉質の少年が教室に入ってきた。
「シュロス、マカオン。二人ともここに来るのが予想よりも速かったな」
「変な鳥がしつこかったのでその鳥を追っているうちにここにたどりついきました」
「変な鳥?」
「はい。薄い水色のちょうどあの鳥みたいに」
アレックスと付き人が話しているとちょうど会話ででてきた薄い水色の鳥が教室に入ってきて、イルヴィスの肩に止まった。
「ソテルお疲れ様。二人を連れてきてくれたんだな」
イルヴィスがアレックスを見つけたときにソテルに指示を出していて、役割が終わったため今はイルヴィスの肩の上で休んでいる。
「そちらの男はもしかして例の情報屋ですか」
「そうだ。お前がその鳥を使って二人を呼んだのか」
「そうですよ。何か問題がありましたかアレックス殿下。それより話はこれで終了ですね。ではまた後で」
「待て、まだ話は終わっていないぞ」
付き人も来たところで話を切り上げて教室から出ようとしたが、さらなる乱入者によってそれは阻止された。
「先程から話を聞いていましたよ。お互いの実力を測るには実戦が一番ですね。なら、このクラスの最初の授業は模擬戦にしましょう」
突然現れた黒髪のロングヘアーの女性によって。
「これはアレーナ副学園長。いったいどういう風の吹きまわしですか」
「イルヴィス君。その黒髪は私を意識してくれたのかな。それは嬉しいことですね。ただ、私に他人行儀な話し方はしないで、いつものようにくだけた口調で話してほしいのですが」
「そのようなことを言われても、生徒と教師、まして副学園長程の立場となるとそのような口調にはできません。それはそうと質問に答えていただけませんか」
アレーナはイルヴィスの返答が不満だったようで顔をしかめた。
「その質問の答えは簡単よ。私がこのクラスの担任になったからですよ」
「とりあえず、自己紹介をしたら今日は解散で問題ないですよね」
「イルヴィス君、私の話聞いてますか」
話を聞かずに予定まで決めようとするイルヴィスにアレーナはおもわず聞き返してしまった。
「なんだ。文句でもあるのか」
「大有りですよ。初日は自己紹介とお互いの実力確認や交流のために時間が用意されているのですよ。それをわかって言っているでしょう」
「俺は速く帰りたいんだ」
「そんな個人的な感情で勝手に帰らないでください」
「今度料理作ってきてやるからな」
「い、イルヴィス君の料理ですか。それは魅力的ですね。で、ですが私は教師として…………」
アレーナが教師としての立場とイルヴィスの料理で揺れていると遠慮がちにアレックス、シュロス、マカオンの3人が会話に入っていった。
「あの、お二人は知り合いなんですか」
アレーナが一瞬驚いた表情となり、すぐに笑顔になって答えた。
「シュロス君だったわね。そうよ。私とイルヴィス君は友人なんだけれど、イルヴィス君が照れ屋さんだからいつも他人行儀なの」
「誰が友人だ。情報屋と依頼者の関係だろうが」
「ちょっと、イルヴィス君情報屋のこと喋って大丈夫なの」
アレーナはイルヴィスが情報屋ということをあまり知られたくないと知っているため、慌ててたずねたのだった。
「別にこいつらはもう知っているから問題ない」
「それなら構わないけれど」
「それよりもイルヴィス、俺と模擬戦をしろ」
「やりませんよ。こちらにはまったく利がありませんからね。情報が欲しければそれ相応の対価を用意していただかないといけませんから」
再びアレックスがイルヴィスに模擬戦を申し込むがあっさりと断られてしまう。
「アレックス殿下。このようなものの情報でしたら数日ほど時間を戴ければ調べますのでお待ちいただけませんか」
「その必要はない。父上が護衛につけようとしたやつだ。俺が直接力量を測る」
シュロスが情報収集をすると申し出るがアレックスはそれでは納得しないようでその提案は断られる。
「なら私からの提案なんだけれど、他の皆が来るまでまだ時間がかかりそうだし、今すぐ演習場で模擬戦をやりましょう。どうかしらアレックス君?ちなみにイルヴィス君には拒否権はないからね」
「やらせてください」
「それじゃあ行きましょうか」
「おい、俺の意見は」
「さあ行きましょう」
アレーナが無理矢理話をまとめてイルヴィスの腕をつかみ、5人は演習場へ向かった。
イルヴィスは逃げ出すこともできたが、教師という立場にあるアレーナからの指示ということで大人しく連れていかれたのだった。
「さあ。演習場についたわよ。模擬戦を行うのはイルヴィス君とアレックス君の二人で問題ないかしら」
「俺は問題ないです」
「お前が勝手に決めたんだろうが」
アレーナの言葉に二人は(イルヴィスは嫌々ながら)返事をした。
「それじゃあ始めましょうか。二人の準備ができたら私の合図で試合開始にします」
「こちらはいつでも問題ないです」
「俺もだ。さっさと始めろ」
「模擬戦開始前に注意事項を言っておくわね。魔法や武器の使用は可能です。戦闘中に相手を死亡または治癒できない怪我を負わせることを禁じます。危険と判断した場合は私が止めにはいるのですぐに戦闘を中止するように。外部からの支援も認められません。見つけた場合はその時点で支援を受けた側を失格にします。魔物や動物の召喚も禁じます。また、私が戦闘続行不可能と判断するか、どちらかが敗けを認めた時点で模擬戦は終了です。以上の点を注意して戦闘を行うように。それでは模擬戦開始」
開始の合図とともにアレックスは空間魔法の一つ『異空間収納』から1メートル程の槍を取り出し、自身の身体に強化魔法『身体強化』を使用し、10メートルほど離れたイルヴィスに突進していった。
対するイルヴィスはめんどくさそうに手を動かして魔法発動の準備をした。
『身体強化』によってスピードを上げたアレックスはイルヴィスとの距離が残り2メートル程のところでさらにスピードを上げイルヴィスに向かっていった。
「糸魔法『伸縮糸』」
糸魔法:様々な特性を持つ糸を出すことができる。
糸を出す際にはある程度の距離まで飛ばすことが可能。
糸の強度、太さ、長さは使い手が魔力を流すことで調節可能。
突然、イルヴィスが迫ってくるアレックスの目の前に魔法を発動させ、たくさんの糸を作り出した。
糸は演習場の壁と壁の間に張り巡らされ、突進してきたアレックスが糸に突っ込むと糸は伸び、後僅かでイルヴィスに槍が届くところまで来るが、勢いをなくしたアレックスの身体を糸が引っ張り、逆方向に弾き飛ばした。
「何をした」
「何をしたかって、ただ糸を張ってそこにアレックス殿下が突っ込んできただけじゃないですか」
おもわずたずねたアレックスに、イルヴィスはさも当たり前のように返した。
「ならこれならどうだ。炎魔法『フレイムボール』」
立ち上がったアレックスは『フレイムボール』を使い、炎の球体を3つ作り出すとそのままイルヴィスに向かって放った。
「3つですか。なら糸魔法『粘着糸』そして『伸縮糸』」
イルヴィスは粘着性の糸を作り出す『粘着糸』を使い、すぐさま球状にすると、そこへ『伸縮糸』で作り出した糸を付け、炎の球体が向かってくる方向とは別の方向へ飛ばした。
そして『粘着糸』が床につくと、魔力を通すことで伸縮自在な糸となる『伸縮糸』によって作られた糸へ魔力を通して糸を縮めることで炎の球体をかわした。
続けてイルヴィスが『伸縮糸』を発動させ、新しい糸をアレックスの近くに飛ばす。
アレックスは一瞬反応が遅れ、すぐにイルヴィスのほうを向くが『粘着糸』を使われ、そのまま糸を身体に巻き付けられ拘束されてしまった。
「これで終了だな」
「まだ終わっていないぞ」
糸を巻き付けられ拘束されながらもまだ戦おうとするアレックスに対して、イルヴィスはめんどくさそうに異空間収納から短剣を取り出すとアレックスの首に当てた。
「これで終了ですよね。アレーナ先生」
「はっ、はい。これで模擬戦は終了です」
話しかけられて驚きながらもアレーナは模擬戦の終了をつげた。
「それじゃあ俺はこれで帰りますね」
「待ってください。クラスで自己紹介があるんですからまだ帰らないでください。それにアレックス君の糸を取っていかないんですか」
模擬戦を終え、さっさと帰ろうとするイルヴィスをなんとか止め、アレックスの糸のことを確認する。
「はぁー、しょうがないですね。これで良いんでしょ。ああ、それとアレックス殿下、あなたはつまらないね」
そう言って、糸をほどくと仕方なく教室に戻っていった。
アレーナは不安になり、アレックスたちに声をかけてからイルヴィスの後を追って教室に戻っていった。
「それじゃあ、アレックス君たちもすぐに教室に戻ってくださいね」
「わかりました。アレックス殿下、一先ず教室に戻りましょう」
シュロスが声をかけ、マカオンが倒れていたアレックスを立ち上がらせると3人は教室に向かった。
アレックスはイルヴィスに言われた言葉が気になるようで暗い表情をしている。
「アレックス殿下、先程の言葉は気にすることはありませんよ」
「そうですよ。暗い顔をなさらないでください」
3人が教室につくと、教室にはイルヴィス以外にも5人の生徒が来ていた。
アレックスは二人をおいてすぐにイルヴィスのもとに駆け寄り先程の言葉についてたずねた。
「お前が模擬戦後に言った、“つまらない”とはどういうことだ」
「そのままの意味ですよ。あなたはつまらない」
「それがどういう意味かときいている」
めんどくさそうにして、明確な答えを言わないイルヴィスについアレックスは声を荒げてしまった。
付き人の二人が落ち着かせようとするが取り合わずなおもイルヴィスにたずねる。
「俺のどこがつまらないというのだ」
「あなたは何故ここでまで王子であろうとする」
「何を今更、俺が王子なのは当たり前だろ」
「あなたはこの学園では生徒の一人だ。なのに何故王子にこだわる。後ろの二人もだ。それがつまらない」
アレックス、シュロス、マカオンはもちろん、周囲で聞き耳を立てていた生徒もこの言葉には驚いていた。
「ここでは対等なんだから王子という立場に逃げて、対等な関係を作らないでどうするんだ。だからつまらないんだ」
「俺にこのクラスで対等な友人を作れと。だが、俺のことを王子という立場を抜きに見るやつはいないだろう」
「それはやってみなくてはわからないだらう。それに俺はお前のことを王子ではなく、アレックスとしてみるがな。まあ今のつまらないままのお前に興味はないけどな」
「お前さっきからきいていれば、何度もつまらないと言って」
「俺に興味を持ってほしければそのつまらない関係をどうするか自分で考えろ。クラスの自己紹介までに答えを出しておくんだな」
イルヴィスはアレックスにそう言うとそのまま教室から出ていってしまった。
残されたアレックスはシュロスとマカオンのがかける言葉も頭に入らず、イルヴィスに言われたことをひたすら考えていた。