学園長と入学式?
本来なら入学式の時間に、イルヴィスは現在、イリアス学園の学園長室で学園長と向き合っていた。
この状況になった訳は入学式の朝まで遡る。
イリアス学園への入学が決まってから暫くの間、多くの仕事で迷惑をかけるため多くの人と話し合いながら仕事をする日々を繰り返し、ついに入学式の日になった。
入学式当日、イリアス学園の敷地内にはすでに多くの新入生や保護者が来ていた。
その中には王子や付き人もまじっていて入学式の会場に向かっているようだった。
イルヴィスも新入生という立場であるため面倒くさそうにしながらも、会場に向かうため受付をしたときそれは起こった。
「イルヴィス・ヴェスパール君ですね。学園長がお呼びです。学園に入って右手にある手前の部屋にケイローン先生という案内の先生が待機しているので案内に従って学園長室に向かってください」
イルヴィスは何故か学園長室に呼び出されたのだ。
しかも、イルヴィス自身がイルヴィスを案内するらしい。
これがイルヴィスのことをケイローンと知らないものの指示なら納得できただろう。
だが、学園長はイルヴィスがケイローンだと知っている。
その上でこのような指示を出したのだ。 (ケイローンに案内されたように見せかけなくてはいけないこちらの身にもなって欲しいものだ。まあ、気楽ではあるが。)
イルヴィスは若干内心で毒づきながら学園長に呼び出された訳を考え、一先ず受付の教師に指示されたように、学園に入って右手にある部屋に入っていった。
部屋には誰も居らず、机の上に箪笥が置いてあるだけだった。
それは以前イルヴィスが学園長にあげた箪笥で間違った開けかたをすると中の物を取り出すことができない箪笥だった。
箪笥を開けるとそこには白紙の紙が入っていた。
何も書かれていない白紙の紙だが学園長のことだから何かしら仕掛けがあるだろうと、『真偽の聖眼』を使って紙を見ると案の定、隠された文字が見えた。
手紙の内容はイルヴィスにとって予想通りのものだった。
《イルヴィス・ヴェスパールへ
この手紙を読んだらケイローン先生の幻を造り出して学園長室に来るように
イリアス学園学園長より
今日の扉の仕掛けはこの手紙がないと開かないので忘れないように》
紙の端にわざわざ他の文字よりも小さい文字で一番重要なことが書かれている以外は。
イルヴィスが文字に気づかず、戸惑っている様子をスキルでみて楽しむためにわざとこのように書いたのだろう。
イルヴィスは入学式まであまり時間もないこともあり、『真偽の聖眼』の能力を使い、ケイローンの幻を造り出し学園長室へと向かった。
イルヴィスにとって、学園長室に入ることは手馴れているようで、学園長室の前にたどり着くと、まずは魔法『星魔法:彫刻具座』の能力、『彫刻』を使い、取り出した金属から鍵を作り出し扉を開けた。
続いて誰もいない学園長室の壁に備え付けられている本棚の中から【初級剣術教本】を取り出して、本の最後から三番目のページだけに魔力を通すと、一つの珠が出てきたので【初級剣術教本】を本棚に戻し、【司書のすすめ】を取り出して本を開け、本来ページとなっている部分に作られた珠を嵌める溝に珠を嵌め、魔力を通すと学園長室の本棚と反対側にある巨大な鏡が動きだし、壁が現れた。
イルヴィスが先程手に入れた手紙を扉に触れさせながら魔力を流すと壁が動き出してもう一つの部屋が現れた。
「おい、ムアラム。いるんだろ。さっさと出てこい。さもないと学園長室を吹き飛ばすぞ」
隠し部屋に入りながらイルヴィスが声を低くして呼び掛けると、部屋の中から整った顔立ちの銀髪の一人の男が笑顔で現れた。
「それは困りますね、ケイローン先生。今はイルヴィス君と呼んだ方が良いんですかね」
「ムアラム、お前呼び方には気を付けろよ。俺がどうして学園に入学したのか、ガルシアから聞いているはずだよな」
さらに声を低くしながらムアラムに向かって言われた言葉に、ムアラムは笑顔から真剣な表情に変えて話始めた。
「イルヴィス、お前こそ何故この学園にいる?ガルシアから話は聞いたが、いつものお前なら例えガルシアの頼みでもこのような形で依頼を引き受けたりはしなかっただろう。お前は教師の資格も持っているのだから教師として動けたはずだ。今回わざわざ生徒として学園に入学した理由はなんだ。生徒に危険が及ぶのでなければ問題はないのだが」
先程までとは違い迫力のこもった言葉を発するもイルヴィスは特に気にせず話を続けた。
「確かに普段の俺であればこの依頼を入学するという形では引き受けなかっただろう……。これから話すことはムアラムにはもともと話しておくつもりだったが、他の奴に漏らしたりするなよ。今回の形で依頼を引き受けた理由は二つある。一つは勇者の召喚だ。この国に召喚された勇者はこの学園に通うことになっているからな」
勇者が召喚された場合、対応は国によって異なるが、この国では勇者と勇者の召喚に巻き込まれた転移者はイリアス学園に通うことになっている。
魔法や戦いかたやこの世界の知識を習うのに適しているからだ。
「もう一つは、第一王子の暗殺の噂を聞いたからだ」
「それは本当ですか」
「ああ。本当だ」
一瞬にして空気が張りつめ、ムアラムの表情を険しくさせた。
「あなたのことですから既に犯人たちの情報を手に入れているのでしょう」
「いや、この国ではなく他国で仕入れた情報でな。どうも隠れるのが得意らしく、まだ全体像が掴めていないんだ」
「イルヴィス君が情報を手に入れられないとは……。わかりました。確かに護衛は必要みたいですね。ですが、そのようなことがおきる可能性があるなら生徒たちには被害が及ばないようにしてください。それとこれほどの話、無条件というわけではないでしょう?」
「わかっている。今回はこちらの都合もあるからな。一先ずこの魔道具の設置とそちらからの条件を二つまで飲むことで取引といきたいのだが、どうだ」
「二つですか。それでは取引になりませんね。四つですね」
「いや、二つだ。こちらもあまり余裕のある状況ではないのでな」
「こちらも生徒を守らなくてはならないのですよ。四つです」
「なら三つでどうだ。これ以上は無理だぞ」
「仕方ないですね。三つで手をうちましょう」
お互いがより有利な条件で事を運ぼうとした結果、イルヴィスはムアラムから三つの条件を飲むことになった。
ムアラムはイルヴィスから魔道具を受けとると、自信の『鑑定』のスキルを使い能力の確認を行った。
「確かにこれならば学園を外から守る分には問題ないでしょう。ですが内側の守りはまだ甘いですね。そちらが条件を飲んでくれるというのなら遠慮なくそうさせていただきますね。まずはあなたの寮の部屋を使ってもらって構わないので内側から生徒を守るために使い魔を置いてください。次に今まで授業の助手をしていたケイローン先生に授業を行ってもらいます。最後に勇者が来るのであれば、新しい部屋が必要になるのでその部屋の建設をお願いします」
「一つ目と三つ目はすぐにでも取りかかれるから問題ないが、二つ目は無理に決まっているだろ。俺は生徒でもあるわけだし」
「おや、君のお得意のスキル『真偽の聖眼』を使えば自分が授業を受けている最中でも教師として授業を行えるのでは?君の在籍しているクラスだけで構いませんし」
「それでも無理なんだよ。『真偽の聖眼』は実態のある幻は造れないからな」
『真偽の聖眼』の能力の一つに幻を造り出す能力がある。
だが、この幻に実態はなく物に触れられず、他人がさわることもできない。
普段、イルヴィスがケイローンとして活動しているときは『真偽の聖眼』の能力でイルヴィス自身がケイローンに変化して偽ることで実態を造り出している。
そのため同時に二人以上の実態を造り出すことはイルヴィス一人では不可能なのだ。
「そうでしたか。そういえば、今のイルヴィス君の姿もスキルの能力でしたね」
本来のイルヴィスは緑の目に白い髪を持つ少年だが、現在は黒髪黒目の少年の姿をしている。
元々整った顔立ちで童顔であるが、現在は同じく整った顔立ちではあるものの本来よりも少し大人びた印象を与える作りになっていた。
「本来の髪や瞳は目立つからな。俺は魔変の血を引いているから」
ムアラムから容姿の事を尋ねられたイルヴィスは寂しそうにしながら理由を説明したのだった。
魔変の血を引く人間が魔法を使用するとその魔法に応じて髪や瞳の色が変化する。
変化した髪や瞳は魔法を使い終えても十分間はそのままの色である。
そしてこの髪や瞳は色が変化したまま髪が切られるなどして身体から切り離されると変化したまま色が元に戻ることはなく、変化する際に使用された魔法の属性が宿ったものになる。
この髪や瞳を使った道具は優れた魔法の力を備えた魔道具になるため高値で取引されている。
また、材料の確保のために魔変の血を引く人間を奴隷とて手元に置いているものもいる。
「これはすまないことを聞いてしまったね。それで条件のことだが、確か君は他人の姿も変えることができたと思うのだが、それを行えば良いのではないか」
「確かに他人の姿も変えることができるが中身は変わらないから人形のそれも上位の魔物を変化させる必要がある。それでも問題ないのか」
学園長がこの学園を大切にしていることを知っていたため、初めにこの提案をすることができなかったのだ。
「君のことだから教育はきちんと行っているのだろう。まあ一度直接顔を会わせなくてはならないし、契約魔法を使わないといけないがね」
「わかった。なら今すぐ召喚しよう。少し離れていてくれ」
ムアラムからの条件のためにイルヴィスは隠し部屋から学園長室に移り、そこで魔物を召喚した。
魔方陣からは一人の美形の男が現れ、イルヴィスの前に跪いたのだった。
「お呼びでしょうか」
「いきなり呼んで悪かったな。ユークリッド」
「いえ、イルヴィス様に呼ばれるのであれば問題はございません。むしろ光栄です」
「そうか。早速で悪いのだが、しばらくここで俺の影武者として教師として働いてもらえないか」
ユークリッドは流石にこれは予想しておらずかなり驚きながらも同時に表情を輝かせた。
「もちろんです。イルヴィス様の影武者をやらせていただけるとはとても光栄です。イルヴィス様のお顔に泥を塗らぬよう全力を尽くさせていただきます」
「その男性かな。見たところヴァンパイアみたいだけれど、生徒の血を飲んだりはしないよね」
隠し部屋の中から様子を伺っていたムアラムは召喚が終わったことを確認すると、部屋から出てきて気になったことを質問した。
「確かにこいつはヴァンパイアだが、血に関しては問題ない。こいつはアイスヴァンパイアという種族でな、普通のヴァンパイア同様血を飲むことで生きることもできるが、血ではなく魔力のこもった氷を食べることでも生きられる種族なんだ」
通常のヴァンパイアは血を飲むことで生きることができる。
だが、アイスヴァンパイアは魔法で作られた氷を食べることでも生きることができる種族であった。
ただし魔法で作られた氷なら何でも良いわけではなく、純度の高い魔力の多くこもった氷ほど好む傾向にある。
「珍しい種族ですね。確かに鑑定でもアイスヴァンパイアと表示されていますね。生徒を襲わないというのなら問題ないですね。なら契約魔法に移りましょう」
鑑定を使い、種族を確認したムアラムは目を輝かせ、声を弾ませながら早速契約魔法を使用しユークリッドとイルヴィス、二人と契約を行ったのだった。
「ところでムアラム、入学式の時間は問題ないのか」
「もうすぐ始まりますが、問題ないですよ。わたしの挨拶も他の教師に任せましたし、見たこともない種族を前にしてほっとけるわけないでしょ」
研究者としての血が騒いだらしく、ムアラムはすっかりユークリッドに夢中になって調べ始めたのだった。
イルヴィスは自分だけでも入学式に出ようかとも思ったが、イルヴィスが、いなくなるなら自分もとユークリッドが出ていこうとし、それをムアラムが全力で止めたので入学式に行くことはできなかった。