王室
剣がやっと王の元へ来た。カルダーと共に失踪してからかなりの間見てなかったが、輝きと透明感は増しているように見え、王の目を釘付けにした。
王は黙って静かに刃の部分を愛でるように撫でた。ピリッとする痛みで手を引いた。
手を見ると指先の所に赤い筋がつたい落ちた。
「切れる部分は触れてないのに…お前の闘争心は素晴らしい。私の事は気に入らないのだろうな」
不敵な笑みを見せると自分の血をぐしゃっと親指で拭う。そして身を翻し部屋の外へ出た。
「剣の試し斬りをする。言葉を解さない男を2人用意しろ、1人に剣を持たせ、1人を殺させる。剣は中央に置け、取った者が生き残る。余興にもなっていいだろう」
伝えを受けた兵は王へ敬礼すると黙って準備に向かった。
「怪物が生んだ怪刃だ。どのように暴れるか見ものだな。」
王の目は輝きを増し、不敵な笑みは消えるどころが更に強くなった。
処刑場でもある場所に男が2人投げ込まれる。男達は怯えて離れた場所で横になったままだった。
王に仕える側近がその様子を高い客席から冷たく見下ろしている。
王の命令により、特別に円状の広場の上には頑丈な格子が被せられた。
「剣を2人の間に降ろせ」
剣が土の上に砂埃を上げて投げ出された。
男達は音に気付いて顔を上げると、剣を目にして本能的に体のバネを使って剣に突進した。一瞬先に気付いた男が紙一重の差で剣を取り、もう1人の男の首を真一文字に切り落とした。男の首と体は簡単に離れ転がった。体はしばらくもがくように動いたが、いつしか動かなくなった。
見下ろしていた側近から興奮の声が上がり、空気をビリビリと震わせた。
「素晴らしい…言葉を解さない者こそ本能が研ぎ澄まされている…無駄に知恵を持った我々にあの動きは出来ないだろう。」
王の目には冷たさも興奮もなく、静かに戦いを見ていた。
剣を持った男がゆらゆらと揺れだした。そして1箇所に留まると沈むように背中を曲げ深く俯いた。
「変化するか。」
王の目が輝きを取り戻した。
しかし、王の予想は外れた。男はカルダーとは比べ物にならないくらいの巨大な怪物に変身したのだ。
「撤退!皆の者撤退しろ!」
王の叫びと同時に怪物は不快で長い声を上げながら格子を簡単に破壊し、兵や側近達を食い尽くしだした。
悲鳴と混乱が会場に渦巻いた。灯篭の火が幾つも倒れ猛烈な勢いで広がり、逃げ惑う人々の逃げ道を塞いでいく。怪物は炎をものともせず、炎の熱で更に力を増しているようにすら思えた。
黒ぐろとした巨体、長く伸びた爪、真っ赤に光る口の中に血で汚れた鋭い牙がゆらゆらと光り、顔の中心にある黄金に光る目は散らばるように顔に幾つも集まっていた。
剣は怪物と一体化し一角獣のように額に光っていた。
「なんという事だ…本能が鋭い者を選んだが故に予想を上回る怪物が生まれてしまった…。」
怪物は何度も壁や人々にぶつかりながら王の方へ向かってきている
「何があっても私を殺すつもりなのか…衛兵!武器を持て!」
王の命令は既に兵士達に届いては居なかった。悲鳴を上げて逃げ惑う人々、簡単に追いついて食い尽くす怪物のみだった。
「これまでか…」
王は人々を捨てて城へ戻った。
静かに力強い足取りで自分の王室へ向かう。勢いよく扉を開くと1番目の妾とその息子を呼んだ。
「父王、何があったのですか!人々の悲鳴が聞こえます。こんな大勢の悲鳴は聞いた事がない!」
王はそれに応えず息子に武器と荷物を持たせた。
「これを持って処刑人の塔へいけ、そこに居る男に何も言わずについて行くんだ。信頼出来る男だから疑う必要はない。」
息子は圧倒されながらも父王のただならぬ様子に生返事を返すしかなかった。
王は妾に目を向けその肩に優しく触れた。
「国の為に体を酷使させてしまってすまない。もうあいつの元へ帰って大丈夫だ。丈夫な子宝をありがとう。生き延びるんだぞ。」
年よりずっと老けて見える妾は何も言わずにゆっくりと微笑んだ。
「父王、あなたはどうするのですか」
息子は不安そうに父王に尋ねた。
「もう私は王ではない、ラナという女の様な名前の単なる卑しい男だ」
ラナは2人を秘密の通路に案内し、2人を追いやると扉を閉めた。すぐに身を翻すと再び王室へ戻った。
王室中の一つの扉を開けるとそこには100人近い子供と女達、そして妃のユリカが立っていた。女達は既に何かを悟ったように王を見つめた。火の手は城のすぐ側まで迫っており、怪物は次々と人を食いながら暴れている。
「ユリカ、まだ若い女達がさ3.4人居るだろう、先代の言いつけどおり連れて逃げろ。お前はこの国1番の強い女だ、出来るな?」
ユリカは静かに頷くと女達を連れて風のように立ち去った。
「最後まで、愛してやれなかったな」
聞き取れるか聞き取れないかの声で囁くと妾達へ向き直った。
「ここへ妾として来た時、お前達に渡した物は大事に持っているな」
女達はそれぞれに頷くと首から下げていた小さな袋を取り出し持ち上げた。
「ここまで私のような男によく耐えてくれた。私が最後にお前達にしてやれる事は、安らかに死なせてやる事だ。子供達には可哀想だが他国の人間に捕まって惨殺されるよりここで最後を遂げた方がいいだろう。私の血が入っているのだ、幸せな未来はないだろう。」
「王よ」
一番年経た妾が口を開いた。王が顔を向けると女は静かに言った。
「あなたが外でどれだけ冷酷な事をしようと、私達の事は大切に守ってくれた。時に法を破っても、それは私どもが誰よりも承知しております」
「なにを言っている、私は代々受け継がれた国のしきたりに従っているだけだ」
女は首を振ると
「ユリカ様が私達に教えてくれたのです。妃は誰よりも王を理解し慈しんで来ました。」
ラナは怪訝そうに妾を見た。
女達は何も言わずに幼い子供から死の実を食べさせていく。子供達も何かを悟ったのか、年上の子供がまだ幼い子供を優しく抱きしめながら自分の番を待った。子供達は次々に眠りに落ちていく。二度と目覚めない安らかな眠りだった。子供達全員が眠りについたのを見守ると、女達のも口に実を運び、子供達の上に覆いかぶさるようにして眠った。
先ほど口を開いた妾だけが残った。目に涙を溜めた瞳をラナへ向けると
「王よ、あなたを残して先に眠ることをお許しください」
その一言を残すと口へ実を運び、自分の子供の上へ体を横たえた。
「馬鹿な女達だ、私のような人間を最後まで信じるとは…」
不快な長い遠吠えが聞こえた。だいぶ近くまで来ていると思ったが村の方へ進んでいるのか、遠吠えは遠のいて行くようだった。
「私には一瞬の死は与えられないらしい。火にあぶられて死ぬのがお似合いか。死の実もある分は妾と子供達に使い果たしてしまった…」
静かに鏡の前へ進んだ。着ている物の上半身だけ脱ぎ捨てると、その体を鏡に映した。ラナは決して国民や側近にも見せることはなかったが身体中を埋め尽くす傷跡があった。その内の1つ、ラナにしか分からない胸の傷に触れた。
「カルダー、お前が悪いんだよ。俺の大事な女を連れて行ったから…」
そこには冷酷な王でなく、疲れ果てて少し老いぼれただけの男が立っていた。
「彼女が去ってから、まだ人の心が残っていた俺も人である事を辞めた。まぁ、奴は覚えてなかったみたいだがな」
ラナは自嘲気味に笑った
「復讐心でもないと、生きて来れなかったんだ…」
ラナは頭を抱え込み膝を崩した。炎に焼かれて死ぬのはどんな苦しさなのだろうか、そう思うと身体中鳥肌が立ち、呼吸が荒く乱れていった。
「せめて…せめて炎がたどり着く前に気が狂ってしまえば…」
呼吸は更に荒くなった。死は着々と近ずいている。
「あら、なんて情けない格好なのかしら」
誰も居ないはずの部屋に声が響いた、ラナは瞬時に立ち上がり声のする方へ体を向けると、そこにはユリカが立っていた。
服はほとんど脱ぎ捨てたのか、肌着だけになっており、それも所々が敗れて痛々しい傷を覗かせていた。
「なにをしている!!戻って来るなと言っただろう!!」
ラナはユリカの手を乱暴に引っ張ると秘密の通路へ連れていったが、炎は既に部屋の外まで来ていた。他の通路はないかユリカを引っ張り別の部屋へ行こうとしたが、扉が灼熱に熱されており、近づくこともできなかった。
「バルコニーの下も炎が来てるのよ、飛び降りるのも無理ね。」
ユリカはまるで談笑するような余裕のある喋りだった。
ラナがユリカを見ると、子供のようにニッコリと笑った。それはユリカが初めてラナの元へ来た時にしばらく見せていた顔だった。その笑顔をユリカがいつの間にしなくなったのか、それすらラナは思い出せなかった。
「お前は一番賢い女だと思っていたが、妾達のように馬鹿なのか、俺と死んで何になるんだ…」
「こんなにガサツで乱暴で馬鹿で強くて冷たい男見た事なかったんだもの、面白そうだから着いて来たの、最後まで。」
これから自分達に本当に死が訪れるのだろうか。
「俺と来ても地獄へ行くだけだぞ」
「そうねぇ、そこに行ってもあなたとなら面白そうじゃない」
ラナは言葉が出なかった。
そんなラナをよそにユリカはラナしか知らないはずの傷にそっと触れた。
「あなたを強くも弱くもした女が羨ましいわ」
ラナはユリカをそっと抱きしめた。強くて国一番冷酷なはずの女の体は思ったよりも小さく華奢で、ラナの腕の中にすっぽりと収まった。
「忘れたよ、そんな女」
「ふふ、最後まで嘘つきよねあなた」
ユリカは震える声をラナの胸元から漏らした。何を言っても信じないだろう、それでも構わなかった。
ずっと側に仕えていたただ1人の女の温かさを瞬間まで感じていたかった。
黒ぐろと光る怪物は、いくつもの夜を超えて
国のほとんどの人間を食い尽くし、静かになった。
ぐらぐらと巨体を揺らし枯れた土地へ辿り着くと、果てしない空を見上げ長く長く悲しい遠吠えを吐き出し、そのまま横に倒れた。しばらくすると体が所々沸騰しだしどんどん崩れていく。最後は黒くて広大な泉になると、長い時間をかけて土に染み込んで行った。剣も怪物と一緒に溶けて土へと還っていった。
それから更に長い時間が過ぎ、ひとつの国だった場所には灰と瓦礫だけが残った。
中心にある一際大きな瓦礫の下には幾つもの黒い塊があり、その中でも2つが1つになったような塊は、また長い長い時間をかけて土へと還った。




