97 - 決意の週末
4月21日、金曜日。
平和裡に体験入部期間も終盤を迎え、いよいよ一年生達が入部届をちらほらと出し始めたこの日の段階で、僕や僕に近しい子たちの部活の事情は次の通り。
まずは演劇部、新入部員は三人。内二人は競技ダンス部を目指す芦原くんことあゆみーと、田所さんことひかちゃん。もう一人は一年一組の倉部春さん、あだ名は『らべる』になった。よくその辺のセンスは理解出来ないので、祭部長とナタリア先輩が卒業した後は断ち切った方が良いような気がした。
「……というか実際、なんでそんな妙なネーミングが続いてるんだ?」
「元々は皆方先輩が、ナタリア先輩の名前が浮かないようにって考えたのが始まりみたい。でもその前から皆方先輩は茱萸坂先輩を『ぐみぐみ先輩』呼ばわりしてたらしいから、口実かもね。ちなみに来島くん的には倉部さんを『らべる』ってネーミング、どう思う?」
「わりと好きだぜ、わたあめくん」
「佳苗。早まらないで」
「やだなあ昌くん。ちょっとチクッとシャーペンを刺すだけだよ。チクッと」
「来島さあ。お前、去年でこいつの性格掴んでるだろ? よくそんな呼び方できるな」
「そうか? そこまで違和感ないんだけどな、よもりん」
「おい佳苗。俺にもこいつに刺す用のシャーペンをよこせ」
次に男子バレー部、新入部員は結局あの六人のみ。先行体験入部や、通常の体験入部期間にもう何人かが来ては居たのだけれど、入部届を提出した、あるいは来週の月曜日に提出する見込みとなるのは矢板くん、尼野くん、井戸向くん、鈴木くん、各務くん、長谷くんの六人で以上だ。六人というと多いんだか少ないんだかわかりにくいけれど、原則六人で行う競技である以上、まるまる一個チームが増えたようなものだ。おかげで今年は部員だけでも紅白戦を沢山組めそうだとコーチも喜んでいた。
「けれど、紅白戦って佳苗が居る方が圧倒的に有利になるよね、坊。その辺はどうなったの?」
「佳苗が『他のポジションの有力選手を真似して動く』って形で決着したよ」
「……佳苗ならやれるんだろうけど、本末転倒……とは何か違うなあ。いや、でもなんか、そんな感じがしない?」
「前多の言うとおり何だけれど、実際、リベロとして動かれるとどうしようもないからさ」
「そういう事なのです」
で、男子サッカー部。洋輔の所属しているこの部活への新入部員は同じく六人だったらしい。そこそこ上手な子も増えたようで、洋輔も楽しそうでなによりだった。ちなみにサッカー部はこの六人を含めて二十一人、あと一人居ればきっちり紅白戦が出来たんだけどなとは洋輔の談。尚、実際には陸上部などから人材をレンタルして紅白戦はしっかりやるらしい。
「陸上部って事は徳久も?」
「ああ。元々器用だし、徳久はサッカー上手いよ。体力もあるし」
「なんか、褒めて貰えるのは嬉しいけれど複雑だな……」
「いっそ前多も混ざってみるか?」
「たまにで、趣味の範囲で良いなら是非。オレ、趣味の範囲で運動好きだし。趣味の範囲って、大事なワードだからね?」
「おい与和。お前、前多に何をさせたんだ」
「おれは何もしてないですー。したのはカミッロ先輩だしな。まあ確かに練習場を取ったり、スケジュールを合わせたりはしたけれど」
「十分関係者じゃねえか……」
昌くんが部長を務める男子剣道部では、新入部員が少なくとも二人、もしかしたらもう一人で三人。これに場合によっては鈴木くんが兼部で入るかも知れない、思ったよりも人が来てくれたとは昌くんの談。目指せ国体とも言っていた。静かに苛烈だからなあ、昌くん。
「そういえば、佳苗から見て小唄はどう? 結構良い感じに見える?」
「そうだね。動きはいいと思うよ。でもあの子、背が高いんだよねえ……」
「…………」
「いや待って。なんで皆そこで黙るかな?」
「身長への執着、存外凄いよな、お前」
「そりゃあコンプレックスだもん。いつまでも子供っぽく見られたくもないし?」
「ならばまず『~だもん』とか、そういう口調を辞めたらどうだ」
「え……、難しい注文をするね、四方木くん。僕からそういう愛嬌を取ったらただの猫好きで毒吐きの多い厄介者だよ?」
「ああ、良い性格だって自覚はしてるのな」
「そりゃあ自分のことだもの」
徳久くんの陸上部はちょっと寂しく、新入部員は現状一人だけ。その一人が来ただけでも嬉しいよとは徳久くん、いまいち陸上は人気が無いらしい。個人競技中心で助かるとも言っていたけれど、人数がもうちょっと欲しいな、という本音もちらりと漏れていた。というか陸上のチーム戦って何があるんだろう。……大縄跳び? いやそれはないよな。
「陸上の団体というとリレーとか、駅伝とか。そのくらいだな。ちなみに佳苗、今度中学駅伝の手伝い参戦してくれって言ったらどうだ、検討くらいはしてくれるのか?」
「検討って言うか、それ、いつ? 演劇部のゲネとかバレー部の練習試合とか、そういうのがかち合ってなければいけるよ、僕」
「え、いいのか?」
「……渡来ってさ。基本的に頼み事は聞いてくれるんだよな、実際」
「問題は解決法が斜め上なことが多いって点だな……」
「えー。来島くんも四方木くんも、頼まれたらまあやってみるかーって思わない?」
「思いはするけど実行出来るかどうかは別だろ……」
あとはテニス部、来島くん。四人くらい入部者は出たらしい。らしいという曖昧な表現なのは、そもそも来島くんが幽霊部員で、あまりテニス部のことを知らないからだとか。それでも自然と話に混ざってくる当たり流石に心が強い。
「そりゃメンタルトレーニングもしてるからな」
「メントレといえば、剣道部もそれ、結構やってるんだっけ?」
「ぼくが勝手にやってたんだけどね。今となっては部活としてやることが多くなったよ。おかげで良い具合に緊張を保ててると思う」
「へえ。なあゆーみん、おれにもちょっとメントレのやり方指南してくれねえかな?」
「…………、ゆーみんって、まさか、ぼく?」
「うん。弓矢だから、ゆーみん。ちなみに村社はいくっち。よもりんはよもりんでたたすけ、とっきーはとっきー。曲直部は、そうだな。やっぱさっきゅんだな、さっきゅん。わたあめはわたあめだ」
「佳苗、武器をオレにもくれ」
「じゃあこれ」
「おい佳苗。彫刻刀はヤバイからしまえ。せめてシャーペン、シャーペンな?」
「いや洋輔、シャーペンもダメだからな?」
最後に葵くんと涼太くんが実質的に回している囲碁・将棋部にも、まさかまさかの新入部員が一人来たそうだ。萬井くんという子で、随分と人懐っこいらしい。ちなみに囲碁と将棋の腕はそこそこ、決して弱くはないけれど強くもない部類……だそうだけど、読みが深く、適当では勝てない相手だと葵くんが評価していた。先輩呼ばわりされるのが嬉しいようで、なんとも誇らしげに言ってくれる。まあ、それを言うなら僕も同じか。ただし一点だけ問題があるらしい。葵くんを『葵先輩』と呼ぶのだという。先輩がついてなかったら将棋盤で殴ってたかもな、とちらっと漏らした当たり、やっぱり名前呼びされるのはコンプレックスのままのようだ。
「でもなんか、『さっきゅん』やら『わたあめ』やら呼ばれてるのを見ると、『葵』って呼ばれるくらいは可愛いもんなんだなあって最近思うんだよね……」
「さすがにその二つと比べるとな……、ていうか、たたすけはセーフなのか?」
「あんまりセーフじゃないけど、まあ、ずっとそう呼ばれてたし。そこまで違和感ないんだよね、オレ」
「ふうん……」
あとは、そうだな。周辺とは少し意味合いが変わってくるけれど、軽音部や吹奏楽部にも新入部員はそこそこ入ったようだ。今年の新入生は良い具合にばらけたとも聞いている
他にも部活周りで起きた変化は、活動日変更に伴う一部の備品整理だとか、そのあたり。尚、備品といえば男子バレー部の出欠ボードは水曜日に試作品を納品、改善は今日済ませ、事実上の完成品として運用が始まった。最初の物珍しさもあってか、部員からの評価は上々だ。いつまで続くかな? 楽しみだ。
そんな雑談を交わした日の放課後。
部活動を一通り済ませて、帰り道。
今日は洋輔と一緒に買い物も済ませつつ帰る事にする。
「それにしても、たったの一つ進級しただけで思った以上に周囲が変わったな」
「変わったのは周囲だけじゃなくて、僕達自身でもあるんだろうね。二年生ってなんか……、変な感じ」
「言えてる」
変わった。そう、変わったんだと思う。
ただ、具体的に何処がどう変わったのかまでは解らない。
それが成長というものなのだろう。
「成長と言えば、佳苗。例の件、どうするんだ?」
「決心は付けた。むしろ洋輔の方がどうかなって思ってるけれど」
「……俺は正直、どうなんだろうな」
洋輔はそう言って、顔を斜め上へとはっきり向けた。
マンション並ぶ夕焼け空に、白い雲。そんな景色を眺める洋輔は、嬉しそうな、寂しそうな、なんとも言いがたい表情をしている。
「お前がそれを決心したならば、止めるのはなんか違うと思ってる。けれどそれが最善なのか、俺には判断つきかねるんだよ。……取り返しがつかなくなる可能性があるんだろ?」
「けれど、もしかしたら回答があるかも知れない――」
僕も洋輔と同じように、空を眺める。
夕焼け空は、綺麗だと思う――時々、怖いと思うこともあるけれど、今日の夕焼けはとても優しい色をしている。
例の件――液体完全エッセンシアの『服用』。
人魚の涙とも呼ばれるその道具は、とても簡単に言えば不老の薬だ。
もちろん不老というだけで、不老不死とはほど遠い。
しかも不老とは言っても、髪の毛や爪は伸び続けるし、怪我はきちんと治っていく。
現状を維持させる効果というのもまた違うし、となれば身体的な老化や成長をそこで留める効果……というのが、近いのかな?
その道具を僕は、かつて『この身体と同じ、別の身体』で使ったことがある。
だから一定の副作用は理解している。
はずだ。
けれど最近になって、もしかしたらとある副作用がそこにあるかもしれないと、そんな可能性が浮上したのだ。
つまり、『極点』への干渉である。
「僕達はあの世界で呪文を確かに獲得した。けれど現実として今、僕達はそれをいまいち行使できていない。理由は単純、その技術を使うための前提条件が整っていない――『理極点』が解って無くて、『表理極点』が特定できないから」
世界にはその世界が己を定義する『理極点』というものが沢山ある。
そしてその定義をその時に総合して観測している『理極点』が『表理極点』だ。
呪文は『理極点』を一時的に書き換えることで世界を誤認させ、その誤認を利用して様々な現象を引き起こすというのが肝要だ。
で、その前提条件として、『理極点』をしっかりと認識し、かつ無数に在る理極点を束ねる『表理極点』、イコール世界そのものと折り合いを付け、どの程度までならば書き換えても大丈夫かを確認しなければならない。
ここで厄介なのは、表理極点は一定ではないという点――ではない。
『理極点』そのものが持つ性質だ。
「理極点は世界の基準点。だからこそ、その理極点が認識する世界が正しい世界であるとしてその周囲は影響を受けまくる――その周囲には自覚をまるで与えずに。おかげでまるで特定作業が進まない」
「…………。いくつかのリストアップは出来た、とはいえな」
「うん。現状の僕達には『仮』で決めつけることは出来ても確信が出来ない」
だからなのだ。
だから人魚の涙、液体完全エッセンシアの服用が考慮に上がる。
「理極点からの干渉を全く受け付けないわけじゃない。新陳代謝が続くように、変化そのものはし続ける。怪我もするし、それは普通に治せるしね。……けれど、服用することで干渉の影響速度に差違が出る」
僕の説明に、洋輔は。
「つまり、干渉が遅くなる……って事か?」
「わからない。逆かも知れない……干渉が早くなる可能性も否定は出来ない。けれど、服用しているかしていないかで、影響速度に差は出ると思う」
「……その差で俺かお前が特定しうる。か」
「うん。……ただまあ、可能性の段階だけど」
それも複数の仮定に基づく可能性だ。
リスクとリターンが見合うか、と考えると、著しく微妙だと思う。
「不老をリスクと取るかどうかにもよるけどね」
「不老ならば大抵はリターンだと感じるんじゃねえの? ……身体が成長もしないって点では、まあ、リスクだが」
「リスクというかデメリットかな。身長が伸びなくなる。ますますコンプレックスだ」
「なら飲むなよ……」
「いやまあ、ごもっともなんだけれど」
身長は伸ばす薬があるのだ。
厳密には身長を伸ばすと言うより、強制的に成長を引き起こす薬なんだけど。
で、その薬に別の薬を混ぜることで、成長の方向性だとか部位だとかもある程度制御できる。
「……ん? いや、それはどうなんだ……?」
「もともとは人造人間の製造を目的とした一連の錬金術で作られたものなんだよ。ご存じの通り、錬金術では魂が作れなかった事もあって、使い道に対してマテリアルが重すぎて廃れちゃったけど、効果自体は大概の動物にも効果があることは過去の多くの錬金術師が実証済み」
「ふうん……」
本来ならば準備するのが大変なマテリアルも、僕ならば何種類かの代用ができるし、本物の調達もそれほど難しくはない。
「だから。不老の解除が出来るのかどうかが解らない……のが、最大のリスクかなあ」
「錬金術の効果を強制的に掻き消す道具があるだろ。アレは?」
「錬金術で付与する効果じゃないんだよ、そもそも。液体完全エッセンシアという道具によって付与される効果だから、それじゃ無理」
「ああ。そりゃそうか。けどなんか、解決も出来そうだな」
「でしょ? だから決心はつけたんだよ」
「……なるほどな。ならば殊更、俺としては止めようがない。お前が決めたならば、お前が思ったとおりにするのが一番だ」
洋輔は空から視線をようやく僕へと向けて。
僕はそれに答えるように、小瓶の封を切り、中に込めた液体完全エッセンシアを飲み干すことで答えた。
『渡来佳苗』という僕の身体は、生まれてから4822日目で成長と老化を一度、止めたのだ。
世間に気付かれることもなく。




