96 - 足下から固めて
4月18日、火曜日の放課後。
火曜日は演劇部に定例が無いため、今日は最初から男子バレー部に参加できる。
また、火曜日は全面を男子バレーボール部だけが使うので、ちょっと広々としていたり。
「それにしても郁也くん、準備運動で外周走っても、ほとんど息が変わらなくなったね」
「さすがに一年もやってればね」
「それもそうか」
「そういう佳苗はちょっと元気すぎだな」
「咲くんこそ」
とまあ、そんな軽口をしつつ、一年生達も交えて身体を少しずつ動かし始める。
結局、昨日はまともにできなかったようで、一年生達にとってサーブ練習は初めてになるらしい。
サーブは原則打ちっぱなし、レシーブは僕とプラスもう一人であることが大概だ、と言う説明に、一年生達は何も言わなかった。
流石に昨日派手に見せたからな。うん。
サーブ練習が終われば、つぎはセットプレーの確認。
それをするためにも確認することがある、とコーチは前置きをして、
「一年生でセッターを目指しているのは?」
と聞いた。
「はい」
即答したのは長谷くんだ。
「ねえ、佳苗。長谷くんってセッターとしてはどうなのかな?」
「映像を見せて貰ったけれど、土井先輩に近いね。郁也くんとは競合しないタイプだと思う。敢えて土井先輩と比べると、セッター以外も出来る分、セッターとしてのアジャスト能力がちょっと劣ってるかな」
「ということは、ダブルセッターをやるならボクとあの子か。土井先輩は単体で動かした方がゲームを作りやすい傾向もあるし」
まあ、そうなるかもしれない。
僕は言葉にこそしないけれど、こくりと頷く。
「その辺も踏まえて話しかけてみるか。ありがとう」
「どういたしまして」
「ついでだ。オレも質問」
今度は咲くんか。
「各務はどうなんだ? 去年のMVP選手だったんだろ?」
「『エリアMVPに相応しい』、が僕の感想かなあ……。とても丁寧なアタッカーだよ。ただ、見ての通り身長がそれほどないから、そこが課題だね」
「丁寧なアタッカー……というと、漁火先輩とは違う?」
「うん、違う。鳩原先輩が一番近かったと思う」
「へえ」
純粋な火力は現状、やはり漁火先輩が圧倒的に優位だ。
けれどそれ以外の部分、テクニックやブロッカーとのやりとりでそれをある程度カバーしうるというのが今の僕の見立てだった。
で、漁火先輩と比べると防御面では天と地ほどの差で各務くんのほうが得意なので、三年生と一年生という身体的な差を鑑みても、相互力では比肩するのだろう。
「ただ、僕がいるってことを前提に考えるならば……漁火先輩が圧倒的に優位だよ」
「お前がいるだけで防御は無視できるか……」
「うん。ブロックだってあんまり必要は無い」
「歪むよなあ……プレーがさ」
「咲くんもそう思う?」
「まあな。お前と一緒ならいいけど、お前と違うチームにいったら色々辛そうだ」
「ならばレシーブとブロックの練習、頑張っておきなよ。試合ではサボって良いからさ」
「…………。なんかそれもそれでどうなんだろうな」
ごもっともだった。
けれどブロックは却って邪魔になることも多いので、本心だったりする。
大体、ブロックにだってジャンプは必要で、体力の消費も結構あるし。それを全部なくせるならば、それだけで1セット分くらいの体力を相手よりも消耗しないで済むだろう。
「ちなみにだけれど、各務くんの動きは咲くんも鷹丘くんも、参考にして良いと思う。二人が目指してる所とは目的地が違っても、たぶんかなりの近所だよ」
「渡来が言うならそうなんだろうな。とはいえ、後輩に教わる、かあ……」
「複雑?」
「まあ。でも、その程度でレギュラー取れるならアリだな」
と、咲くんと鷹丘くんが一年生の方へと近付いていった。
よしよし。
「頼んでもないのに、上手いこと仲良くさせてくれるとはな」
「確かに頼まれてませんし、別にそんな目的もないですよ、小里先生。あくまでも助言をしたまでです」
「ならばついでだ。渡来の助言を貰ってもいいかい」
「僕に出来る助言でしたら、もちろん」
「井戸向がな、鈴木と同じでアタッカー志望なんだ。どう思う?」
井戸向くんは先行体験入部には来ていなかったけれど、元々バレー部には入るつもりだったらしく、今日正式な入部届を提出していた。じゃあなんで先行体験入部に来なかったんだろうという疑問については、そんなイベントがあるとは知らなかったんだとか。聞けば隣街からの引っ越し組なので、仕方が無いことだろう。
一方で鈴木くんは郁也くんと仲が良く、また昌くんとも交友関係のある道場組なだけあって、反射神経がまずよく、体幹がやたらと良い。身長的にもどちらも恵まれている部類だ、となれば、アタッカー適性はあると言える。
「普通の学校ならブロッカーとしての適性を買われそうですけれど、この学校で、僕がいる間ならばアタッカーで良いかと」
「最後の一年がどうなるかわからないか」
有り体に言えばそうなる。
「渡来頼りにならないチーム作り……も、必要になるな」
「そうですね。僕が怪我とかで出られないケースも、あまり考えたくはないですけど、ありえます。それが大会にぶつかったりすると……、それでも一定以上には戦えると思いますけどね」
「ふむ」
現三年生は明確に役割を持つことができる。僕がフィールドに入っていないときも、漁火先輩以外はレシーブも決して下手ではなく、水準程度には出来る器用さがある。
その場合土井先輩をセッター運用が難しいけれど、郁也くんをセッターとして仕立ててしまえばそれで良い。咲くんと鷹丘くんはどちらもオールラウンダー寄りで、咲くんが若干攻撃に寄り、鷹丘くんは防御に寄る。相手のチームによってこの二人を使い分ければ、とりあえずのスタメンに不満はないはずだ。
さらに後輩、一年生は各務くんと長谷くんがやはり頭一つ抜けている。どちらも一年生ではあるけれど、経験年数で言えばむしろ先輩になる子も多いだろうし、実績も持っているだけあってプレーを丁寧にこなしつつ、それ以外の分野も水準は満たしている。
この二人は特にスタメン争いが十分にあり得るし、となると咲くんと鷹丘くんが危ないかもしれないな。
けれどこれまでは実質的に交代要員が居なかったから、それを手に入れたと思えば良いのか。誰かリベロを始めたりしないかな? 折角の二人リベロ制だし。まあ、だからとって絶対に使わなきゃならないわけでもないか……。
「このまま六人が入部してくれたら、紅白戦もガシガシできるようになりますし。そこでちょっとずつ対策を立てていく感じですかね」
「その時、渡来はリベロとして参加するのかな」
「さて。パワーバランス的には……、微妙ですよね」
「ああ。すこぶる微妙だ。お前が居る方が勝ちだろう、多分」
まあ、たぶん。
「なので小里先生、少し難しいお願いをしても良いですか?」
「お願いの内容にもよるな。で、内容は?」
「中高の大会で特に活躍したチームの映像が欲しいです。最低で準決勝と決勝の二試合分」
「春高とかのものでいいなら、高校のは今週中に準備する。中学のは……、紫苑に頼めば出てくるかな。で、それを手に入れてお前はどうするつもりだ?」
「何人か目立ったプレイヤーがいたら、そのプレイヤーのワイルドカードとして振る舞います。身長的の再現はできませんけど、癖とか得意苦手を再現する感じです」
「……できるのか?」
「映像があれば再現自体は可能です」
「つまり、紅白戦ではそういう『誰かがそこにいる』、と振る舞うか」
こくり、と頷く。
小里先生は少し考えて、
「わかった」
と言った。
「ただ、それはお前の身体に大分負荷を掛けそうだな。コーチとも相談するが、何か補足することはあるか」
「だとしたら一つ。演劇部側の要請でもあるんですよ、これ」
「……うん?」
つまり、『他人を演じる』という技術。
ステージではなくフィールドだけれど、その技術の根本的な部分に違いは無い。
究極的には外見的には全くの別人なのに、実際にそこに居れば『誰か』に成り代われるほどの演技力――そこに、身体的な動きも取り入れる。
「それが出来るようになれば、僕はもう一歩進めるかも知れないね、と。そんな話があったんです」
「……ふうん。酷な提案をするやつもいるもんだな」
「緒方さゆりって言うらしいですよ」
「…………」
僕の回答に、小里先生は大げさに肩をすくめて遠ざかっていった。
どうやら手配はしてくれるらしいので、少し当てにしておこう。
「渡来、ちょっと」
「はい」
今度はコーチに呼ばれて向かうと、コーチは少し困ったように視線を矢板くんに向けた。
「お前の事だ、見ていたかも知れないが、矢板のスパイクに助言が欲しい。結構ホームランになるようでな」
「ああ。矢板くんの場合は助走の最後の一歩、踏み切りの一歩が原因ですよ。えっと……たとえば、矢板くんがここからは助走をすると、ここ、ここ、ここ、ここ、ここって感じで助走をして、最後の一歩がここからここです。で、ここで踏み切りをするせいで、重心が横にぶれてます。なので、『踏み切る直前の一歩を普段よりも三割ほど狭めて』飛んでみて下さい。それだけでかなり制球つくと思いますよ」
「やたらと具体的なアドバイスだな……えっと、矢板、やってみるか」
「はい」
で、実際に矢板くんが実戦。トスは土井先輩が上げていて、それに合わせて矢板くんは意識的に最後の一歩を、今までよりもおおよそ三割程度短くして踏み切りを付ける――すると、ドンッ、と振り抜いた腕はジャストミート、相手コートの奥、真ん中のあたりに突き刺さった。
なかなかのデキだ。
「気持ちよく打てたあ……!」
「あとはその歩幅を維持しつつ、いろいろと工夫してみるのがいいと思います」
「いくらなんでも的確に過ぎる助言じゃないかな、渡来……?」
「いやあ、土井先輩。僕が矢板くんの真似をして、かつ上手いことさせるにはどうするかな? って推理です。あと重心がぶれてたのは見てましたし」
「そうか……。コーチ、どう思います?」
「つくづく味方で良かったと思う」
「同感です」
…………。
まあ良いけれど。
その後も練習は続いていき、なんだか自然と改善点を助言していく流れになったので、解る範囲では伝えていく。といっても、やはり全員に改善点を伝えられるほどの立場でもないのだけれど。
今日助言が出来たのは、だから明確な問題がある子だったとも言う。
そんな練習をしていると、時間はあっさり過ぎていく。撤収の時間だ。
バレーのネット、ポールは当然として、ボールや得点板も片付けて、それが終わったら大掃除。こんな当たり前の流れを、一応まだ仮入部期間なので、おさらいするようにしてった。
まあ、ポールとかの重たい者は他人にやって貰うよりも僕が運んだ方が効率的だったので、勝手にやらせて貰ったけれど。
「……あのポール、重たいはずなんだけどなあ」
「渡来先輩、うちのソファも片手で軽々持ってたから……」
「ええ……?」
その当たりは直ぐになれるだろう。うん。
「そうだ、先輩。練習着ってどこで買ってるんですか?」
「ん。近所の商店街にスポーツショップがあるから、そこで買ってるやつがおおいな。具体的には村社と曲直部、渡来以外がそこだ。別に練習着は指定が無いし、どこで買っても良いぞ。誰かの練習着で同じようなのがいい、ってならそいつに相談すると良い」
と、答えたのは漁火先輩。
実は一番後輩思いのような気がする。
で、僕と郁也くんに聞いてきたのが各務くんと長谷くん、鈴木くん。それ以外は風間先輩か。
説明には僕よりも郁也くんのほうが適任なのでそちらに任せて、僕はと言うと小里先生の方へ。
「小里先生。どうします、出席確認のプレート」
「どうするっていうと?」
「演劇部でも導入することになったんです。ただ、バレー部と違って固有ロッカーがないので、普通のパネルをひっくり返す形式になります」
「へえ……? それを敢えて言ってくるって事は、一緒にこの部のも用意できるのかい?」
「一つ作るのも二つ作るのも大差ないので」
「…………。ああ、お前がつくるのな」
そうとも言う。
「体育祭とかのプレート類も依頼されてまして。それの絡みで、色々と作る物もあるんですよ。なのでそのついでです。所属している部活というよしみもあるので、リクエストがあれば作りますよ」
「……すまん。刑事ドラマは見たことあるか?」
「いくつかは。どういう刑事ドラマですか?」
「こう、二人組がやるやつだ」
「バディ的なやつですね。なるほど、あそこで使ってるような出席確認にしたい? ですか?」
「ああ。プラス、鍵もそこに引っかけられるような仕組み……頼めるか?」
少し考える。
あのドラマに出てきた出欠の板……うん、どうとでもなるな。
「何人分くらい入るようにしますか?」
「三十六人。いけるか?」
「結構なサイズになりますね……部室に置く分にはいけますか。わかりました、まずは試作品作ってきます。今週中には持ち込めるので、少し待ってて下さい」
「ああ。……って、今週? 早くないか?」
「そうでもないですよ。試作品ですし」
多分。




