95 - ※他所視点では大砲です
なんだかんだと話し込んでしまい、僕が体育館に着いたのは四時四十分頃だった。
既に体験入部向けとはいえ、それでもしっかりとした部活動が始まっているのをちらっと横目に見つつ、急いで部室で練習着に着替え。
鍵を確認して問題なし、っと。
いよいよ体育館、バレー部に合流したのは、四時四十五分を回った頃である。
「遅くなりました、小里先生」
「ん、渡来か。演劇部は良いのか? あちらを優先して貰っても構わないが」
「お心遣いありがとうございます。けれど、今日の所は大丈夫です」
「そうか。解った」
小里先生は小さく頷くと、ネットの横でジャッジをしていた春川コーチに向けて一度頷き、春川コーチはぴぴっ、とホイッスルを吹くとプレーを一度中断させた。
悪いことをしたかな、点数表記もないし、たんなる打ち合いだったんだろうとは思うけど。
「全員、集合。渡来はこっちへ」
「はい」
そしてコーチが集合させる。
いつもの見慣れたバレー部員に、見慣れない子が四人ほど、そして見慣れないわけでもないけど違和感のある子が二人ほど。この二人というのがまあ、各務くんと長谷くんだ。
各務くんと長谷くんは体育着ではなく、ほぼ新品の練習着を着ていた。それは郁也くんが着ているものと同じ柄、僕が着ているものとは色違いのものになっている。僕はリベロだから色が違うんだよね。
「さて、先ほど『もう一人レギュラーはいるけれど、その一人が兼部してる先を優先しているから、今日は来ないかも知れない』と説明をしたけれど、そのもう一人がこの子だ。渡来、自己紹介を」
「はい。渡来佳苗、今は二年二組です。ポジションはリベロをやっています。このゴーグルはスポーツ用の眼鏡です、目が悪いわけじゃないけれど、ちょっと訳ありなので、認めて貰っています。よろしくね」
「渡来は演劇部と兼部をしている。で、メインは演劇部。こっちは『後回し』にする事が多い。それでも渡来は、間違い無くレギュラーになるだろう」
「いやあ、解りませんよ、コーチ。もしかしたら一年生たちに僕よりも凄い子がいるかもしれない」
居てたまるか、とコーチは表情だけで伝えてきた。
言葉にしないのは賢明だ。
「コーチ。質問しても?」
「ああ。何かな、矢板くん」
「その……、渡来先輩は具体的には、どう凄いんですか? ことある毎に話に出てくるし、こうやって特別扱いをしていても他の先輩方はまるで『当然』って感じなので、凄いことはわかるんですけれど。それに部活説明会でもなんか、凄いことしてたし……」
「凄いこと? 渡来、何をしたんだお前」
そういえばコーチは外部の人間なので部活説明会には参加していないのだった。
「演劇部の説明で、読み稽古をして、残り時間をアドリブ芝居を兼ねつつついでに検討会みたいなことをしたんですよね。そこでやった事というと、その場で提示されたデッサンに寄せた衣装を一着でっち上げた事と、あとはハリセンのツッコミをバック宙で回避したくらいです」
「バック宙って……」
何をどうしてバック宙なんだ、という視線で見られたので、特に意味はありません、と視線で答えておいた。通じたらしくため息が帰ってきた。
「けれど、たしかに。どこが、と改めて聞かれると、どこになるんだろうな。全部という答えがダメだと、なかなかどうして難しい質問だ」
「全部……?」
「要は見せりゃいいんですよ、コーチ」
と、いまいち進まない話に呆れるように言葉を上げたのは漁火先輩。
「渡来の凄いところはまず判断力、次にその判断を瞬時に実行しうる瞬発力と敏捷性。あとボールコントロール能力がずば抜けすぎ。それに空中姿勢の維持能力はもちろん、フィールド上の全選手へのカバーも欠かさない……けれど、どんな説明をしたところで、プレーを見るには至らない。そういう事です」
「ごもっとも。渡来、すぐに運動は出来るか?」
「軽く身体は動かしてきましたから、大丈夫です」
「なら、『サーブ練習』、ハードモード。いけるかい」
ハードモード?
「というと、対複数ですか。何人ですか?」
「六人」
「…………。同時はちょっと身体が足りないんですけど」
「いや、連打だ。六人がサーブ待機、ホイッスルの度に一人ずつサーブを打つ。お前がレシーブした時点で次のホイッスル」
「それならやります。籠はABの交互でいいですか?」
「ああ」
コーチとのやりとりにきょとんとされているけれど、僕達の会話に合わせてしっかり咲くんと郁也くんが籠をコートに配置しているのだった。
「じゃあ、僕はあちらに」
「うん。一年生六人、さっきもやった順番で、今言ったとおり、一人ずつサーブを打つ。ホイッスルの度にだ。ま、サーブ練習だとでも思っておけ。相手は渡来一人だから、サービスエースは簡単だろう?」
若干挑発めいたコーチに対しての反応は、
「……はい!」
「はい!?」
という二つに分かれていた。
尚前者が三人、後者も三人。
後者に各務くんと長谷くんが居ることは言うまでもなく、もう一人は……ああ、郁也くんと昌くんの馴染みの子、鈴木くんか。髪型を変えていたようで、ちょっと気付くのが遅れてしまった。
「来て早々災難だね、佳苗」
「さあ。このくらいならばどうとでもするよ、郁也くん。それに、兼部で『サブ』って明言してるようなのがレギュラーを埋めてるって言うのは、納得いかないものもあるでしょ」
それでも納得させろ、というのがコーチのオーダー。
つまり、一点の失点だって許されないのは前提で、プラスアルファが必要だ。
「赤い方をA、青い方をB。赤い方は四角、青い方は丸だよ。頑張れ」
「うん。ボール一杯になったら交換よろしく」
「オッケー。ファイト」
咲くんからも激励を貰った。
どうやら満タンになった場合、Aを咲くん、Bは鷹丘くんが籠を交換するらしい。
僕は僕で、フィールドの中央、センターラインより後方に位置取って、軽く屈伸。
初見だけど、なんとかなるだろう。多分。
「渡来、準備は良いか」
「はい」
見ればネットの向こう側に郁也くんと鷲塚くん。あっちはあっちでサーブを打つ子にボールを渡す係と言う事だろう。
それ以外の子もアウトかどうかのジャッジをするらしく、配置についている。
「それじゃあ、始めよう」
コーチが宣言すると、ホイッスルを鳴らす。
一人目は因果なことに鈴木くん。オーバーハンドの、素直な、けれどそこそこ力強いサービス。本来ならば人と人の間を狙ったり、特定の人を狙って打つことができるのかな? コントロールには自信があるようで、実際このサービスもラインギリギリを狙ってきていた。問題なくAに返す。
直後、ホイッスル。二人目は……知らない子だな。体育着の刺繍は『井戸向』。なんて読むんだろう。その子が打ったのはアンダーハンドの、天井サーブに近いようなゆったりとしたサーブ。特に問題なし、Bに返してホイッスル。
三人目は先ほど僕に疑問を抱いていた矢板くん。こうして対面してみると背が高いな、160くらいだろうか? 打ってきたのは鋭いジャンプサーブ、けれど鋭いだけ。問題なく処理してAに返すと、ホイッスル。
四人目は各務くん、少し癖のあるモーション。これは……ブレ玉気味かな? 案の定放たれたサーブはブレブレとしながらネットを越えてきた、けど、まだまだ回転が掛かってしまっているから、特に問題なしと、Bに返す。
五人目はまた知らない子、体育着の刺繍は『尼野』。あまの、でよさそうだ。身長は……僕より高いな。バレーボールはやっぱり背の高い子だけで有利になるし、そんなものか。そんな子が打ってきたサーブは、横に跳ぶようなジャンプフローターサーブ。この打ち方をする子は部内で初めてかな? 精度は十分、威力も十分。ただし素直だ。Aに返す。
六人目は長谷くん、モーションはジャンプサーブ、それもかなり強烈な。漁火先輩をコンパクトに纏めた感じかな……、印象的には各務くんと逆だけど、案外両方とも出来るタイプかもしれない。ちょっとドライブ回転が強いのか、ぐいっと食い込むようなサービスだったけど、さほど問題なく拾い上げてBに返す。
これで一周、と。
二周目も同じ順番で、概ね打ち方に変化もないのでざっと返して三周目、も順番そのものは変わらずに、ただ六人目、長谷くんが打ち終えたところでホイッスルが止まった。
「どこに打っても、拾われる……」
「拾われてるだけじゃないよ。『完璧に拾われてる』。レシーブを全部籠に、しかも交互に割り振るように入れてる。全部高さも同じにしてだ。セッターにとっては天国だろうね……」
「……そりゃ、レギュラーにもなるかあ」
どうやら全員が納得した、とコーチが判断をしたらしい。
結果的に咲くんや鷲塚くんの待機が無駄になったな……。
「渡来、折角だ。その六人に三球くらい、サービス打ち込んでみてくれ。全力で」
「…………。コーチ命令ならやりますけど、僕、リベロですからね?」
「ああ」
そしてコーチから直々に指名をされたので、渋々サーブの準備を始める。
ネットの向こう側では真意を測りかねる、そんな感じで一年生達がフィールドに、とりあえずのフォーメーションを組んだ。
逆にこちら側では鷲塚くんがボールを投げ渡しつつ、「派手に行こうぜ」などと煽っている。
「派手に……ね」
ホイッスル。
派手かどうかはともかく、最初は威力マシマシで行くとしよう。
ジャンプサーブを理想にセット、実行。
自然と身体はボールを宙に投げ、助走をすると大きく跳んで、思いっきり『打ち下ろす』ように一撃を放つ。ドオン、と言う音が体育館に響くと、びくっと体育館にる皆の視線が集まった。ような気がした。尚、ボールには強いドライブ回転が掛かっていて、ネットの間際をえぐるようにボールはぐいっと落ちている。六人の誰も反応は出来なかったらしい。
「鷲塚くん。次のボール」
「……あ、うん」
二球目はちょっと趣向を変えてみよう。ということでジャンプフローターを理想にセット、実行。
途中まではジャンプサーブとほぼ同じ、けれどボールには回転を一切掛けずに、ただ前へとどんっ、とたたきつける。ボールはネットを越えると同時に突然力を失ったように、大きくブレながら三人のレシーバーの真ん中に落ちた。
「三球目は……うーん」
ボールを受け取りつつ、何を打つか考える。
ジャンプサーブで、ドライブ回転とかはガン無視、単に直線的にコートの角ギリギリにたたきつけるか。スピードと威力を重視しつつもきっちり角を狙えば良い。理想はセット、身体は理想についてくる。強く踏み込み、高く跳び、普段の倍近いジャンプの頂点から、直線的なサーブをジャストミートさせると、またもどんっ、とボールは放たれて、相手側のコートの隅に突き刺さった。
その後、僕もとんっ、と着地する。
「着地まで動けないし、実戦には使えないか……」
「いや渡来、今オレの身長を余裕で越える高さ跳んでなかった?」
「助走があったからだよ、咲くん」
「うん……、うん……?」
「走り高跳びとかで跳ぶ人いるでしょ?」
「そう……だな……?」
よし納得してくれた。
我ながらどうかと思うけど。
「コーチ。とりあえず三球やりましたけど、まだ必要ですか?」
「いやもう良い。もう何度目かは解らないけど、渡来が仲間でよかったよ、本当に」
「そうですか」
サーブは疲れるので助かるな、ということで、ネットへと近付くと、一年生の六人が一歩二歩と後ずさった。
……何故。
「いや。『何故』、みたいな顔をしてるけれど、渡来のサーブは僕達だって怖いからね?」
「そうですか?」
そうそう、と三年生四人組がものすごく頷いている。
また、同級生、二年生の皆も神妙に頷いていた。
「改めて、佳苗がリベロなのは不幸中の幸いのような、戦力的な損失のような……。実際問題、本戦で佳苗がサーブを打ったら、なんか二十五連続得点とかしそうじゃない?」
「郁也くん、無理言わないでよ……。さすがにそれは無理無理。僕の集中力が持たない」
体力的には問題ないだろう。
それにたぶんやれば出来てしまう。
けれどそれでは『スポーツ』ではない。
洋輔がサッカーでやろうと思えば、いくらでもやりようはあるだろうけど、それをしないのと同じだ――いや、僕は洋輔と比べれば大分ずるをしている部類だけど、さすがにそこまでスポーツを壊したくはない。
「『打て』というなら、お手本になる映像があるならば、僕は概ねのサーブを再現できます。仮想敵の再現だとかはもちろんとして、皆が打ちたいサーブのお手本にしている人が居て、その人の映像があったりすれば、僕なりに『再現』して、その打ち方も助言は出来ると思います。気軽に相談してね」
「ということだ。自分がコーチとして参加出来ないときは、渡来にサーブの手ほどきを受けると良い。なにせ本当に打てるもんだから、参考になるとは思う。……さて。矢板くん。これで『渡来の凄いところ』は納得してくれたかな」
「納得はしました。けれど疑問もあるんです。なんでそんなに出来るのに、リベロなんですか? 普通のプレイヤーとしてコートに入っていた方が、きっと……」
その問いに、コーチは少し言葉に詰まらせる。僕が言うべきだろう。
「僕がリベロ以外を一番楽しいと思うから。プラス、僕が無理をしすぎないために、枷を掛けたいからだ」
「……無理? 枷?」
「身体を無理に動かしちゃうことがあるんだよ。時々ね。それで怪我をしかけることもちらほらとある。だから、そうしないように、ルール面から縛ってるって事」
「……言い方は悪くなりますけど。傲慢ですね」
「そうだね」
直球でぶつけてくる子だなあ。
好印象だ。
「渡来先輩。失礼な事を言って、すいませんでした」
しかもその上できちんと謝っている。
もうちょっと生意気なくらいでもいいと思うのだけど……ま、いっか
「誤る必要は無いよ。傲慢だというのもまた事実だしね――けれど、よっぽど切羽詰まらない限り、僕はリベロでも十分、このチームで働ける。『一人のスターより、六人のチーム』のほうが強いんだよ」
大概の場合はね。
僕の断定に、一年生達は少し感心した様子で。
けれどその後ろで二年生と三年生が白々とした視線で見てきていた。
それでも言葉にしなかったのは、まあ、空気を読んでくれたんだろうな……。




