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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 二年生でも中学生
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94 - もう一つの舞台

 4月17日、月曜日。

 体験入部期間を迎えた中学校の放課後、その初日。

 僕はとりあえず演劇部の部室へと向かうと見知らぬ二人がこちらにすっと視線を向け、

「待ってました! 先輩!」

「お初にお目に掛かります!」

 と、襲撃するかのように挨拶をしてきた。

 誰。

「……えっと? 初めまして」

 いや本当に誰。

 先輩と呼んできたし、上履きの色は青。

 新入生だとは思うけれど……?

「ちーっす、かーくん」

「こんにちは、かーくん」

「こんにちは、祭部長、ナタリア先輩。……ええと、君たちは?」

「挨拶が遅れました!」

「ごめんなさい!」

 息を合わせて二人は言葉を続けてそう言った。

 表現は悪くなってしまうかも知れないけれど、片方は女子よりもよっぽど大人しそうな、けれど男子用の学生服を纏った子だ。男の子だろう。中性的な容姿で、身長は僕よりも高い。うーん。コンプレックスを刺激されるな……。

 もう片方はナタリア先輩と皆方先輩の折衷案というか、『美しい』と『可愛い』の中間点、『綺麗』って感じの子で、その黒い髪の毛はとても長い。美人さんだなあ。身長は僕よりも……やっぱり高いな、これ。

「ぼくの名前は芦原(あしはら)あゆむ。一年四組で、」

「私の名前は田所(たどころ)耀(ひかり)です。同じく一年四組になります」

「芦原くんに、田所さんね。覚えた。と思う。僕は渡来佳苗。二年二組だよ。それで、何用かな?」

 名前は初めて知ったなあ。

 さすがに心当たりがついたけれど、一応聞いておこう。

「はい! 私たちは、この学校で競技ダンス部を作ろうとしているものです!」

「ご挨拶をしようしようとは思っていたのですが、何組か解らず。今日になってしまいました。すみません」

「どういたしまして。僕も実は、二人の名前すら知らなかったしね……」

 ちらり、と祭部長とナタリア先輩を見ると、どうやらあらかた話は聞いていたらしい。

 どのように捌くかお手並み拝見、そんな感じだ。そんなに遅くなったつもりもないんだけど、事情の説明をされるくらいの時間は経ってたのか。

「二人のことは、皆方部長と水原先輩の二つのルートから僕も聞いてたよ。水原先輩は、日南川さんという人と面識があったそうでね」

「その時はコーチも、私たちも、ご迷惑をおかけしました」

「そう固くならないでよ。僕としては競技ダンス部に入れないけれど、僕の出来る範囲でよければ衣装は作れるからさ」

「本当ですか!」

 目を輝かせて二人が一歩踏み込んできた。

 気迫がすごい……。

「うん。というかその為に競技ダンスの衣装とかちょっと調べたりもしてた」

「相変わらずかーくんは職人気質っすねえ……。けれど、おれたちの言った通りな反応でよかったっすよ」

「祭部長。なんて説明してたんですか?」

「『衣装周りはかーくんが今は全部手配してるからカーくん次第、かーくんは「他所の学校は無理」でも「同じ学校なら二つ返事で手伝うだろう」、あんまり気負わず適当でも大丈夫っすよ』ってあたりね」

 代弁したのはナタリア先輩。

 見事に読み切られている感じだったけど、悪い気もしないな。

「ごもっともって感じですね。そんなわけだから、気軽に相談してよ。どんな感じの衣装が欲しいとか、ラフのデザインスケッチをしてくれれば、とりあえず作ってみるからさ。ああでも、その前にいくつか確認しても良いかな?」

「はい! なんですか?」

「競技ダンスって、ラテンとスタンダードってのがあるんだよね。二人はどっちをやるのかな?」

「両方。テンダンスです」

 欲張りパックか。

「衣装はわけた方が良いのかな?」

「それは……その、理想ですけれど、やっぱりかかりますよね?」

「かかるって……えっと、時間? それとも金銭的な?」

「両方です。……まあ、その。ぼくたちは、それほどお金に余裕があるわけでもなく」

 当然の疑問か。

「演劇部の衣装は、演劇部にあった布の在庫で大概は済ませられたけれど、そうだね。競技ダンス向けに作るとなると、演劇部の材料を使うのも問題になるかな……とはいえ、普通に作るなら、原価は一着千円くらい。ここで装飾を増やしたい、とかになっていくとちょっとずつ高くなるけれど、本物の宝石を使って欲しいとでもいわれない限り、二千円にもならないと思うよ」

「はい?」

「え?」

「あれ?」

「……高かった?」

「いえ。えっと……、桁が違いませんか?」

「違わないけれど……」

 まともに布を買えば高いけど、僕の場合は『布』から自由に材質を変更できるしな……。

 錬金術は偉大なのだ。

(それ以上にお前の『換喩』がおかしいんだよ)

 はい洋輔はサッカー部に集中。

「まあ、だから、先に予算を教えてくれれば、その予算内でできる限り豪華に作ったりはできる。そうだな、『こういうのが着たい』!ってデザインを、もちろん既に存在するドレスの写真とかでも良いし、それを絵にしたものでもいい。ラフでもイメージが伝わるならオッケー、そういう発注をして貰って、その時に予算はいくら以内で、って注文を付けて貰おう。そうしたら僕が衣装をつくって、何度か調整しながら完成させる。そんな感じだね」

「かーくんはこのあたりで嘘をつくことはないわ。二人とも安心しなさいな」

「は、はい……」

 逆に怯えさせてしまったらしい。

 けれどまあ時間的余裕もそれほどないので、さっさと次。

「じゃあ、次の確認ね。衣装って靴も含むかな?」

「え。靴も作れるんですか?」

「いらないなら作らないけれど」

「いえ是非」

「じゃあ二人とも、ちょっと上履き脱いでね。芦原くんは悪いけれど、学ランも一度脱いでくれるかな」

 言いつつ、演劇部の部室に置いたメジャーを取ると、二人とも素直に上履きを脱いでいた。芦原くんはしっかり学ランも脱いでいる。偉い。

「体型は概ね、見れば解るんだけれど。学ランを着られちゃうと肩幅がわかんないんだよね」

「ああ、なるほど」

「靴ずれしにくくする意味も兼ねて、オッケーならば足を触るけれど。芦原くん、いいかな?」

「はい」

 許可を貰ってから足をとり、足の甲、足の裏をざっと触れる。

 そこに皆の意識が集中している隙を突いて髪の毛を例によって風の刃だちょっとだけ切り、錬金術で渡鶴の管理する倉庫に転写。これでよし。

 あとは適当に計測をする『ふり』をして、はいおしまい、と一分足らずで終わらせる。

「次は田所さんなんだけど……、ええと、足、触っても大丈夫? 嫌なら別の方法を考えるけれど。粘土の上に立って貰うとか」

「いえ、大丈夫です」

「なら遠慮無く」

 こちらも同じように計測するふりを……ん?

「…………?」

「かーくん。どうしたっすか?」

 僕が小首を傾げると、祭部長が心配そうにのぞき込んできた。

「田所さん、勘違いだったら悪いけど、左足怪我してる?」

「え?」

「え?」

 と、重なったのは田所さんと芦原くん。

 そして芦原くんは田所さんに視線を向けると、『まさか』という表情を浮かべ、逆に芦原さんは『なぜ』という表情を浮かべていた。

「僕は医者じゃないから断定はしかねるけれど、最近の怪我かな。慢性的って感じじゃあない。ちゃんとお医者さんで見てもらったほうが良いよ、放っておいても治ることはあるけれど、治らないときはどうしようもなくなるから」

「やっぱりあの着地の時……」

「……まあ、ちょっとだけ。捻ったわけではないの、ちょっと、衝撃がね?」

 それはそれで問題のような気がする。

 ちょっと触っただけでは解らない程度の怪我だろうとはいえ、あんまり甘く見ない方が良いだろう。ヒビくらいは入ってる可能性がある。

「ま、そのあたりは二人でちゃんと相談しておいてよ。折角衣装を作るなら、万全な状態でのダンスを見たいしね」

 手を離して、一応メモを取っておく。

 数字は大雑把なものだけど、そもそも型紙を作らない以上細かい数字は無意味だし。

「あとは、好みの色とかも聞いておいて良いかな。衣装自体はまた別に聞くけれど、アクセサリーとかで調整したいから」

「私は、青が好きです」

「ぼくは薄い緑色……かな」

 青と緑か。となると赤系統を何処で補填するか……金具かな。あとは肌がほどよい赤みになるだろう。

「ねえかーくん。ラテンとスタンダード、だったかしら、その衣装って結構違うのかしら?」

「僕は詳しくないので……ただ、ざっと映像とかを調べた感じだと、別物ですね。スタンダードだと王妃様だとか白雪姫ようなカクテルドレスも見るんですけど、ラテンではかなりスッキリとした、布面積の少ないドレスが多かったです」

「へえ。じゃあ私はラテンが無理ねえ」

「無理にとは言いませんけど、僕はナタリア先輩こそラテンドレスが似合いそうだと思いましたね。ま、好き嫌いはそれぞれの趣味だし、先輩の注文は覚えてますので、ご心配なく」

「それは良かったわ。万が一作られてもりーりんに着せるくらいしかないものね」

「突然の飛び火っすね……」

 祭部長がやれやれと言葉を上げた。

 …………。

「かーくん。『ワンチャン似合うとかないかな?』とかそんな視線で見ないでくれるっすか?」

「……思ってませんよ?」

「間。間があったわよ、かーくん」

 おかしいな、最近はやたらと他人に心が読まれているような気がする……。

 気になったついでなので、直球でぶつけてみるか。

「最近他の人からも、やたらと心を読まれるような事が多いんですよね。そんなに表情に出てますか、僕」

「そうねえ。元々かーくんって表情に出やすい部類ではあったのよ。ただ、その表情が読み取りにくかったかしら」

 表情に出やすいのに表情が読み取りにくい……?

「確かに、かーくんって入部した直後もすぐに表情を変えたっすよねえ。ただ、その意味までは分からなかったっす。ただ、一緒に舞台で演じるようになって、『ああ、かーくんはこういうときこういう表情をするんだな』……って分かる様になってきたというか」

「あるいは逆かしらね? かーくんが『舞台で演じるために、しっかりと感情表現を「ふつう」にアジャストした』、みたいな。ちょっと前までのかーくんは表情に出てもその表情がどんな意味かを悟らせない感じだったのだけれど、今のかーくんはしっかり、『あ、今は楽しいんだな』『あ、今は悲しいんだ』、そういうことが当たり前のように通じてくるの」

「ナタリアの言い方が近いっすねえ。『表情言語』が日本語になった、そんな感じっすよ」

 つまり表情に出まくってると言うことか……。

 要改善、っと。

「不本意かも知れないけれど、それ、とても大事で、すごいことなんだからね、かーくん。プロの役者も顔負けだと思うわ」

「そう褒められるのは嬉しいですけど、それ以上にデメリットが強いので……任意で出したり出さないような訓練もしてみますか」

「だそうよ、りーりん」

「やる気があって結構っすよ」

 そりゃあまあ。

 演劇部のメンバーなのだ。僕も。

「さて。あゆみー、ひかちゃん、」

「待って下さいナタリア先輩。なんですかその呼び方は」

「え。何って。演劇部の伝統でしょう、あだ名」

「百歩譲ってそれはそうとして、まだこの二人は演劇部のメンバーじゃ無……」

 す、っと。

 僕の前に祭部長が何かを取り出した。

 何かというか、それは入部届だった。

 芦原くんの字は、芦原くんの見た目からは裏腹に普通の男の子って感じだなあ……洋輔よりもちょっと荒い部類かもしれない。田所さんはびっくりするほどゴシック体だ。ペン字講座でも受けているのだろうか。

 じゃなくて。

「え? 二人は競技ダンス部作るんでしょ?」

「はい。もちろん。ただ、その競技ダンス部を作るためには大きなハードルがいくつもあるとはあらかじめお聞きしてましたし、私たちも『競技ダンス』に演劇の要素を取り入れられるならば、それは決して悪い話じゃないんです」

「それに、ここならば自然と渡来先輩ともお話を出来ますから」

「うーん……まあ、二人が良いと言うなら、良いけれど。僕、バレー部と兼部してるから、あんまりこっちには居ないよ? 作業も大概、第二多目的室で済ませちゃってるし」

「あ、それで思い出した。かーくん、第二多目的室、見学させちゃっても大丈夫なの?」

「あぶないものは技術系の部に協力して貰って倉庫にしまわせて貰ったので、問題ありませんよ。といっても面白いものはそんなに無いですし、ギミック系は固定しちゃってますが。展開したいならば説明書がありますから、それを読んで下さい」

「そうさせて貰うわ」

 で。

 話を戻そう。

「もちろん、それでもいいなら僕としても歓迎したいけれどね。演劇部、ちょっと人数的に問題もあるし」

「そうなのよねえ。ここで二人が来てくれると助かるわ」

「大会の日程を優先させて貰う事はあると思います。すみません」

「それは大丈夫っすよ。とまあ、そういうわけっすから、かーくん。少なくともこの二人は、もう演劇部において、かーくんの後輩っすからね」

 うん……まあ、其れも良しとしよう。

 けどあだ名って演劇部の伝統だったっけ?

 どっちかというと皆方部長のワンマンじゃなかった?

 …………。

 なんか深くを聞くと火傷しそうだな。二人も納得してるならいいや、それで。

「じゃあ、僕のことは……、渡来でも佳苗でも、かーくんでも、好きに呼んでよ」

「なら……わたあめ?」

「あ。それ良いかも――」

「…………」

「――いえ、今の無し」

「いや……まあ、別に、そう呼びたいなら呼んでも良いけどね。折角出来た後輩からの呼び名だし。でもわたあめか……。他にもいろいろと呼ぼうとしてた人がいたけど、どうして『わたらい』から『わたあめ』が出てくるんだろう……」

 謎だ、謎でしかない。

 そんなことを考えていると、部室の扉がまた開いた。

 入ってきたのは、緒方先生。

「おや。なんだか随分と打ち解けてる様子だね」

「おかげさまで」

 ま。

 そこまで悪い気がしないのは、やっぱり先輩と呼ばれる事が嬉しいからかな?

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