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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 二年生でも中学生
94/111

92 - 準備の時間

 身体測定や検診を経た、4月14日、金曜日。

 部活説明会。

「で、部長。凄く今更なんですけど、これは何ですか?」

「何って。見ての通りっすよ」

 その説明会は新入生に向けて在校生一同が、この学校にはどんな部活がどのような活動をしている――ということを説明するイベントで、新入生の新人を如何に獲得するかと言うイベントである。

 一部の例外、具体的には各務くんや長谷くんはこのイベントをすっ飛ばしたというか無視してさくっと入部しているけれど、本来はここでこの学校の部活を知り、来週からの仮入部期間で色々と試して、最終的に入部先を決定する――という流れが一般的だ。

 例外と言えば、まだ演劇部にはに競技ダンス部を作ろうと試みている子たちは尋ねてきていないんだよね。諦めているとも思えないし、タイミングを伺っているのか、あるいは部活そのものではなく僕に対して直談判を望んでいるのかな?

 だとしたら今回の入部説明会が切欠になるのかもしれない。

 まあ単純に僕が何組なのかが解らないから動くに動けないという可能性も否定は出来ないけれど。

 で。

 その説明会に向けて各部活は一定の準備を重ねている。バレー部だってそうだ。

 当然、演劇部もそれなりの準備はしてきていたけれど……。

 今、僕と祭部長、そしてナタリア先輩の前にあるのは、三冊のノートだった。

「台本っす」

「それは見れば解るわ、りーりん。…………。この台本、私たちは初めて見るのだけれど」

「そりゃあ、昨晩やっと完成したっすからねえ」

 その三冊のノートに見覚えはない。

 というかどう見ても準備を重ねてきていたものとは違う物が提示されている。

「えっと……、僕達は例の時代劇を基にしたショートコメディものをざくっとやる、って話でしたよね?」

「おれもそのつもりだったんすけど、一昨日部室で準備してたら校長先生が来て、『例の時代劇、禁止ね』って。さゆりんから聞いて無いっすか、かーくんもナタリアも」

「私は初耳よ。かーくんの担任、たしか今年もさゆりんよね。どうなの?」

「残念ながら初耳です」

 つまり校長の独断専行。

 もしくは別方向からの矢か。

「嫌がらせかしら?」

「こんなどうでも良いところで僕達からの敵視を集めるほど不器用だとも思えません」

「それもそうね」

「かーくんは辛辣っすねえ。けどまあ、かなり申し訳なさそうにしてたっすよ。何か警察がどうとか言ってたな……」

 警察?

 と言ったところに丁度良く緒方先生がやってきたので、今の会話をざっくり纏めて伝えてみると、

「いやあ、すまないね。私もさっき言われたのだよ。で、原因だが、確かに嫌がらせではないはずだ。というのも今日、実は近くの警察署の署長さんが見学に来ているのだよね。それでほら、時代劇をやるとなると君たち、間違い無く模擬刀を使うだろう? 長物は指導を食らってもおかしくないというか、たぶん、食らうだろうから……。だから、『時代劇が禁止』といっても、刀を使わないならば別に良い、とのことだよ」

 と緒方先生。

「え。じゃあおれが二日でなんとかでっちあげたこれは無駄っすか?」

「……えーと」

 きょとんとする祭部長に緒方先生が言い淀んだ。

 なんか珍しい光景だな……。

「かーくん。衣装類は?」

「当日になって運ぶのも大変だったので、バレー部の部室に仮置きさせてもらってます。着替えもそこでできますね」

「そう。移動はさせてたか……。けれど、そうね。折角祭が作ってくれた台本だもの、こっちをやりましょうか」

「気軽に言いますけど、ナタリア先輩。僕達この台本初めて見るんですよ。今から僕達の出番まで三十分もありません」

「それはそうだけれど、かーくん。りーりんだって、こっちは『演じる目的』じゃあないでしょう?」

 したり、とナタリア先輩は笑って祭部長を見る。祭部長は余裕の笑みを浮かべていた。

「さすがにナタリアは気付いたっすね。かーくん、この台本は、『読み稽古用の台本』っすよ」

 読み稽古用……?

 台本を手に取って良いかと視線で問いかければ、「いいっすよ」と答えが返ってきたので、手に取り中身をざっと確認。

 してみるとなるほど、祭部長が作った脚本にしては、呼んでもいまいち画が浮かんでこない、ふわっとした内容だ。

 そしてふわっとした内容ではあるのに、奇妙に続きが気になる。

 展開が常に斜めに向いていて、ページをめくる度に少しずつ舞台がズレているというか……、

「最初と最後で別人になってますね、全員。しかもじわじわと」

「そうっすね。都合二十四人の登場人物っすよ」

 それはまた、やたらと難しい脚本だな……。

 ……そんなトリック作品を二日で作ったのか。やはり脚本関係では祭部長のセンスがピカイチだ。

「けれど、読み稽古か。考えたわね、りーりん」

「さすがに一日二日で台本だけ用意したところで、新しい劇は無理っすからねえ。かといって時代劇の前にやったのはアドリブ劇っすから、再現というのも妙な話っすし」

 だから新規の脚本で『本当に練習している風景』を部活紹介で流すと。

 なるほど、納得。

「配役は読めば解ると思うっすけど、一応。Aがナタリア、Bがおれ、Cがかーくんっす。改めて、内容は役に名前のない会話劇。かーくんが指摘したように、じわじわと『人間が変わっていく』物語っす。基本的には発声が重なることはなし、ただし順番は必ずしもABCABCと連続するとは限らないし、長台詞もあるんで、注意っす。一番の長台詞はC、かーくんの三頁になるっすね」

「早口でって補足があったやつですよね」

「そうそう。いけるっすか?」

「なんとかします」

「あら良い返事。りーりん、私、つまりAで変わったことはあるかしら?」

「そうっすねえ。最初と最後で比べると、人格というか性格が正反対になるっすから、そのあたりを上手いこと『ぼかして』、騙しきって欲しいってことくらいっすか?」

「ことくらいって。それが一番難しいと思うのだけど……。まあ、やるけれどね」

 ナタリア先輩もナタリア先輩で大概だ。

「立ち位置はどうしますか?」

「普段ならばテーブルっすけど、等間隔に舞台に立つ感じでいいんじゃないっすかね? 読み稽古とはいえ、多少の動きは付けないと暇だと思うし」

「そうね。小道具類は……、さすがにやり過ぎかしら。かーくんならあと二十五分もあるし準備してくれそうだけれど、そこまで準備されていると読み稽古じゃあないわね」

「そうっすね。どっちかというと、この稽古を経て必要そうな道具をリストするのが本来の形だし。けれどそうなると……、リストアップをする場面、出したいっすね?」

「それなら私に任せてくれたまえ、直前の変更をさせてしまった滅ぼしも兼ねてね。スクリーンを使えるようにしておくよ。渡来くん、端末はあるかい?」

「バレー部の部室で使っている物を一時的に借りますか。小里先生に話してくるので、ちょっとお待ちを」

「ああ。頼んだっすよ」

 …………。

 というかあれ、結局僕が準備することになってない?

 いや別に良いけど。

 で、洋輔、小里先生どこ?

(いや知らねえよ。……いや訂正、いた。剣道場前)

 サンキュー。

 丁度洋輔が通りがかったところにいたらしいので、進路を剣道場方面へと向け、あっさり小里先生を発見。

「小里先生」

「ん。どうした?」

「演劇部の舞台内容が緊急で変更になりまして。スクリーンを使うための端末が必要なんです。バレー部の備品、使っても良いですか?」

「ああ。そういう事なら構わないよ」

「ありがとうございます。代わりに何か、準備しておくこととかがあれば承りますけれど」

「その手の取引は緒方先生とさせて貰うから安心しなさい。それと戸締まりは任せるよ」

 はあい。

 大人の善意はできる限り受けておくに限る。

 というわけで進路をまたもや変えてバレー部の部室へ直行、鍵を開けて中に入り、衣装は放置でタブレット端末とノートパソコンを手に取ったら、きちんと戸締まりをしてから演劇部の待機場へ。

「お待たせしました」

「早いわね……ちゃんと許可は取ったのかしら?」

「もちろんです。対価は緒方先生に要求するそうで」

「良い様……、いや、自然なことっすよ」

 ちらっとトゲのある反応を見せる祭部長だった。珍しいな、何かあったのか?

 ともあれ、セットアップを開始。タブレット端末の機能を使ってノートパソコンに画面を共有させ、その共有された画面を投影させる事になるだろう。

「タブレット端末は祭部長が持ちますか?」

「いや、ナタリアの方が適任っすね」

「そうね。パスコードは?」

「8を4回です」

「凄まじいわね……」

 というかそれ意味ないじゃない、とナタリア先輩は言ったけれど、部活の備品なのでそんなものなのだった。

 一応アプリの準備などは僕が済ませておいく。あとは端子をパソコンとスクリーンに投影する機械に接続するだけと言う状態まで仕上げておいて――、

「いた。演劇部。というか祭、ちょっといいか」

「うん? 珍しい。何かあったの、佐上(さかみ)

 佐上?

 どこかで聞いた事があるような……、いや、見たんだっけ?

 よく覚えていないけれど、そんな佐上先輩はダンス用らしき衣装を身につけている。

「無茶振りだとは解ってるんだけど、俺が今着てるような服と似たような服って演劇部にないよな?」

「んん……、いや、どうだろう。その辺はおれが管理してるわけじゃないっすよ。かーくん、あるっすか?」

「『ギリ似てる』程度ならば探せばあるかも知れませんけど、何に使うんですか?」

「今日この二つ後がダンス部の番なんだけど、一人思いっきり破いちゃってな」

「破いたって、どんな具合に?」

「びりーって具合に」

「それを持ってきてください。それと同じような服はありませんが、可能な限りそれに近づける形で修復改造します」

「え。…………。いや、祭、こいつってたしかアレだよな。裏方の」

「そうっすよ。かーくんが出来るっていうんだから、出来るとも思うっすねえ。ま、乗るかどうかは佐上次第。ギリ似てるの範囲でよければあるらしいし、それを貸せるっす」

 佐上先輩は少し考えて、ちょっと待ってくれ、とこの場から走って行った。

「佐上先輩ってダンス部の先輩でしたか。なんで演劇部の部室で名前を見たことがあるんだろう」

「モブ役をやってくれてるっすよ。ほら、白雪姫のときも手伝ってくれてたでしょう」

「あっ……、……いや、あの時は名前知らなかったなあ……素で失礼な事しちゃってたや……」

「あっちもかーくんのことをよく覚えてるわけでもないし、気にしないでいいと思うわ」

 それでもなんだか、協力してくれた人の名前だ、忘れてはならないだろう。

 とか言っていたら、佐上先輩は二分足らずで、かつもう一人の男子を連れて帰ってきた。

 聞けばその子も三年生であるようだ。体格は祭部長とほぼ同じ、か。

「破れた服は持ってきた。で、こいつの服が破れたってワケで連れてきたんだけど」

「とてもありがたいです。うーん」

 破れ方は……、何かに引っかかったのかな、右後ろの裾から脇までが一気にびりっと破れている。

 千切れ千切れになっている感じではないので、修繕作業も難しくはない。

 ただ、刺繍がぐちゃっとなってるなあ……。

「すいません。佐上先輩、この衣装は先輩が着ている物のサイズ違い、で合ってますか?」

「ああ。刺繍も同じだったんだけど……見ての通りでなんとかなるかな?」

「なんとかします。祭部長。そっちの勝手箱を取ってください」

「はいっすよ」

 演劇部の待機場にあらかじめ運んでおいた勝手箱から紡織用の道具を取り出して、あとは時間との闘いだ。

 理想をセットしつつ服と一番近い色の糸と布を取り出して、ざっと縫い込み補填する。可能な限り縫い合わせた痕跡が残らないように細工もしっかりと。刺繍もなんとか復元できた、っと。

 四分ほど掛けて無事完了。

「あくまでも応急処置なので、肌に触れる内側には違和感があるかとは思います。ただ、外面的にはよくよく見なければ気付かれない程度にはなったはずです。着てみてください」

「いや、早……、早すぎないか?」

「まあ、かーくんっすし」

「かーくんだものねえ」

 説明を放棄する演劇部の先輩お二人だった。今は味方なのでそれで良い。

 その場で服を持ってきた方の子が着替えて確かめると、

「あ、でもこれすごいや。殆ど違和感もないよ。見た目も、着た感じも」

「お役に立てて良かった。ステージ、頑張ってくださいね」

「ああ」

「ええっと……まあいいや。ありがとう、渡来」

「どういたしまして」

 ダンス部の待機場へと向かったのを見て、僕は勝手箱に仕舞いながら、他に何かついでに使いそうな物はポーチバッグに入れると制服の下に装着しておく。

 使うかどうかと聞かれればまず間違い無く使わないけど。

「かーくん。それじゃあ、舞台でぶっつけというのも怖いし、一度だけやっておきましょう」

「そうですね。そうしましょうか」

「頼むっすよ」

 今度は三人で三角形を作るように向かい合い、それぞれが一冊ずつ台本を手に取ると、一番最初の台詞をナタリア先輩が明朗快活に読み上げ始める。

 さあ、どうなるかな?

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