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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 二年生でも中学生
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90 - 危険はいつでも手の先に

 ――地面を蹴った直後、空中で。

 時間認知間隔を弄って、さて、どうしたものかと考える時間を確保する。

 今の僕の体勢から取れる選択肢はそれなりに多い。

 けれど、飛び出してきている子供の体格や、こちらに突っ込んできている車の大きさやスピード、目撃者となるだろう各務くん、長谷くん、そして公園の中からはこちらを二人の女性――片方は母親で、もう片方とお話をしている隙に飛び出たのかな――に車の運転手、車にはドライブレコーダーもあり、これらは僕の選択肢を塞いでいるのもまた事実。

 まず魔法や錬金術、神智術による直接的な救助法は論外。目撃者が多すぎるし、ドライブレコーダーに記録されてしまう。記録されたとしてもそこまで違和感のないレベルでしか行使は出来ない。

 要するにピュアキネシスとかで不可視の壁を作るのはダメと言う事だ、何も無い所に車が衝突する様が見られてしまうし記録もされる。同様に重力操作による車という脅威の排除も却下、車は急ブレーキを掛けたところで空を飛べない。

 となると、飛び出してきた子供をどうにかするという次善策を考える。

 一番シンプルなのは子供を突き飛ばして安全地帯に追いやると言うこと。ただしこの選択肢にはいくつか疵があり、まず第一に僕が『真横に跳躍』した速度がリベロとしてボールを拾う時よりも初速を出している。この速度で子供を突き飛ばすとそれはそれで怪我をさせることになるだろう。もちろん車に轢かれるよりかはマシなので、いざとなったらこの選択肢を取ることも考えるけど、この場合を更に考えよう。

 子供を突き飛ばした後の子供の怪我も心配だけど、それを実行した場合、僕の跳躍は子供を突き飛ばしたところで力を失い、まずはその場に落ちるだろう。その場というのは道路の真ん中、車の前である。子供を助けることには成功するけど、その後僕が轢かれると言うわけだ。

 いざとなったら車程度に負ける僕では無い。なんなら普通に手で押さえつけることだって出来るだろう。とは言え、目撃者にドライブレコーダーがある状態でそれは流石に論外だろう、言い逃れが出来なくなる。となると上手いこと怪我をしない範囲で轢かれる必要があり、それはスタントマンの動きになる。『理想の動き』でセットは可能だ、恐らく僕はかすり傷が出来るかどうかで済むと思う。突き飛ばした子供のほうが却って怪我の度合いは酷いかも知れないほどに。というか、かすり傷だって賢者の石の効果で実質なくせるような気がする。

 ……のだけど、これをすると形としては事故なんだよな。僕にどんなに怪我がなくても、轢かれるという事実に変わりは無い。それに『理想の動き』次第ではあるけど、スタントマンをベースにすると言うことはボンネットからフロントガラス、天井を経由して地面に着地ってところだろうから、車のボンネットやフロントガラスにダメージを与える可能性が高く、それを理由に事故はあっさり露見する。錬金術で道具を治す道具を調達するのは簡単だけど、それを使うまでは結局出来ないし。

 うーん。まあ最悪、これだな。事故の事実は残って子供は若干怪我するけれど、轢かれるよりかは大分マシだ。

 じゃあその上で、他に打てる手は何かないかな?

 たとえば子供を突き飛ばすから子供が怪我をするわけで、子供を突き飛ばさないというのはどうだろう。子供をそのまま抱きかかえて、『理想の動き』でスタントっぽくボンネットから……いや結局これは子供まで無傷である保証ができない、それなら突き飛ばすべきだ。

 けれど抱きかかえるという発想はありだよな。抱きかかえてそのまま向こう側まで僕も行く……のは無理、抱きかかえた勢いのままでは足りないし、もう一度加速のために地面を蹴るにしても、向こう側まで向かえるだけの力を得る為のほんの一瞬がたぶん足りない。よしんば足りたとしても子供に強烈な重力が掛かってしまって、多少怪我をさせてしまうかもしれない。確実に足らせるとなると筋力強化をした上で地面を蹴ればいいけれど、アスファルトが抉れる上、子供は確実に怪我をするだろう。論外。

 論外だけど、得るものはあった。もう一度地面を蹴るまでの時間は一応確保できるのだ。で、そこの急加速で子供を怪我させてしまうかもしれないというのが問題で、その急加速が問題というのも加速そのものではなく、加速によって発生するゲージ圧が問題なのだ。それを解決できるならば選択肢にはなるし、大気圧を多少操作する程度ならば僕でも即興の魔法で対処できる。

 とはいえ、大気圧を下げる方向に操作しないといけないわけで。しかも結構な範囲にわたってそれをやらなければいけないのだから、竜巻までは行かずともつむじ風くらいにはなるだろう。目立つよな。

 そのリスクを無視する方法としては、加速方向の変更だろうか? つまり横ではなく縦に踏み切る。真上への跳躍であれば重力干渉で簡単に対処できるし、『子供を抱えている』状況であればその子を持ち物として見做し、錬金術由来の重力干渉・大気圧緩和は自動でひっかけることができる。但しこの場合、少なくとも車に轢かれずに済む程度の高さは上方向に飛ばなければならず、ましてや『重たい荷物』を抱えた状態で、助走距離もゼロ……か。違和感を持つ人は持つよなあ……。

 ただ、この違和感をリスクとして引き受けるならば、子供も僕も怪我はしないし、車にも『衝突痕』をのこさないから、事故として処理されない可能性も出てくるんだよね。目撃者もそんなに多くないし、となると問題になるのはドライブレコーダーだけど、これは事故化しない見返りとしてデータの削除を求める……とかで、対応できる。

 他にケアしなければならないのは、僕に対する監視が今もついている場合、この行動が相手側にとって『検証』の対象になるだろうという事だけど……。

 たとえ望遠レンズで撮影されていたとしても、それだけで王手は無理だろう。

 ならば全員無傷で済むこの方法が多分最善だ。

 よし決めた。

 真っ正面からだと衝突なので、認知間隔の倍率を修正しつつ『理想の動き』でブレーキがてら転がってきたボールを左足で公園側に弾き飛ばし、そのブレーキの力で身体をくるんと回転させて男の子を少し斜め横から抱っこする。車はもうあと一秒ほどで僕達にぶつかるだろう、一秒在るなら間に合う。

 地面を蹴って、手持ちの道具に付与してあるエッセンシア陰陽凝固体から重力干渉、真縦方向にふわっとジャンプ、足が地面から離れ、つま先が車のボンネットをかすめた。このままだと僕の足がちょっと車の天井に当たりそうなので姿勢を空中で無理矢理斜めにしてギリギリ回避、急ブレーキを掛けていた車が僕達をの真下を一メートルほど通過した所に止まった頃、僕も丁度地面に着地したので、まずは男の子を抱えたまま公園方面へと移動して安全を確保。

「ふう、間一髪。坊や、飛び出しちゃ危ないよ」

「……う、ん?」

 状況を飲み込めていない様子の子供の頭をよしよしと軽く撫で、推定母親の女性の元へそのまま抱っこしたまま移動。

「この子のお母さんですか? 目を離しちゃ駄目ですよ。危ない危ない」

「あり……がとう……、ございます……、えっ、と……?」

 状況を飲み込めていないのは子供だけではなく母親の方もだったらしい。

 というかこの場面をみていた誰もがよくわかっていないようだ。

 そして急停止した車からは慌てて男性が降りてきて、こちらに向かってくると、

「君たち、怪我は……俺、今轢いちゃったよな!?」

「僕にもこの子にも怪我はありませんよ。ギリギリ跳んで避けられたので」

「跳んで避けるって……」

 子供を地面に降ろして、いや大丈夫だよなと怪我がないかを確認。

 うん、大丈夫。かすり傷の痕はあるけど、新規に出来たものではない。今回とは別件だろう。

 で、僕自身も身体を一応確認。無理に身体を動かしたせいで引き攣るような痛みが何箇所かはあるけど、賢者の石ですぐに解消できる範囲だし、車との接触はなかったからその引き攣るような痛みだって気付かれまい。

「……怪我はなかった、とはいえ、えっと、事故だよな?」

「さあ。僕もこの子も怪我はしていません。目撃者はここにいるので全員、けれど怪我人もいなければ車に傷も付いてないんです。映像でも残っていなければ、事故はなかったと言う事になるでしょうね」

 流石に直接的な教唆は問題にされる可能性があるけど、このくらいの『誘導』ならば大丈夫。のはず。

 男性も無事僕の意図を察してくれた様子で、「そうだな」と頷いている所に、各務くんと長谷くんがおずおずと近寄ってきた。

 各務くんはボールをちゃんと持ってきてくれている。

「あ、あの、先輩? 大丈夫ですか?」

「うん? 僕は見ての通り大丈夫だよ。さすがに多少はヒヤヒヤしたけどね。君はどう、どこも痛くない?」

「うん。なんか、ぴょんっ! って! またやって!」

「僕は良いけど、ええっと、お母さん、良いですか?」

「え、ええ……?」

 一応許可も出たので、もう一度男の子を抱っこしてしっかり地面を蹴ってジャンプ。

 ついでにくるんとバック宙。

 よし、痛みもないし大丈夫っと。

「すげえ。子供とは言え人を抱えてバック宙……」

「いや体幹がおかしいよ……、姿勢の維持能力と修正能力が高すぎる……」

「それ以前に助走も無しになんであんな高さ飛べるんだ……」

「わー! もっかいもっかい!」

「はいはい。でも次で最後だぞー」

 もう一度バック宙、ついでに今度はひねりも入れて一回転半と。

 くるんとしっかり決めたらしっかり着地。

「……最近の子は、すごい事が出来るのねえ。三人ともなのかしら」

 お母さんでは無い方の女性が小さく感想を漏らした。

「いえ一緒にしないで下さい。ぼくたちにも無理です」

 そして自然と長谷くんが突っ込みを入れた。

 この流れに便乗して、ちょっとずつ感情を上書きしてやって……と。

「さてと、公園で遊んでる暇もそれほど無いんだった。二人とも、そろそろ帰ろうか」

「あ、はい」

「そうですね」

「じゃあ、今度からは気をつけてね」

 各務くんからボールを受け取り、それを男の子に渡して、何事もなかったかのように公園を去る。

 車を運転していた男性も無事、機材の操作をしていたし、あの様子ならば動画は残るまい。

 ……で、こっちは別な方向から攻め手置いた方が良いな、と二人の様子をみて悟る。

「各務くん、長谷くん。一応さっきのは、皆に内緒にしておいてね。大丈夫だとは思ってたけど、それでもギリギリだったことは事実だし。変に目立つと、色々と部活動にも支障が出る」

「でもあれ、皆が見たらヒーローだと思うんです!」

「だったら尚更秘密だよ。僕は妙な目立ち方を去年もしてるからね……今年も初っぱなからあんなことをしたなんて先生に知られた日には、三時間ぐらい通しで説教を食らうだろうかもしれない」

「そんなものですか?」

「そんなもんだよ」

 各務くんも長谷くんも納得は出来ていないようだ。

 けれど僕の行動に何らかの利害が絡むらしい、ということは理解してくれたようで、どちらも消極的に頷いた。

「……けれど、あの動き。なんだか、本当にヒーローみたいでしたよ。その後の抱っこしたままのバック宙とかも、やたらと空中姿勢がよかったですし。体操選手でも目指してたんですか?」

「まさか。僕は小学生の頃はそもそも運動が得意じゃなかったくらいだ。バレー部に入ったのだって、郁也くん……僕の同級生で、セッターやってる子ね。その子に誘われて、ちょっとやってみたら、思ったより楽しかったからって理由だし。好きこそものの上手なれじゃあないけど、そのおかげだろうね」

「ぼくたちも大概バレーが好きだとは思うんですけど……、そんな動きは出来ないなあ……」

 そうそうやられてたまるかとも思うけど、お手軽にやってる僕が言えた義理ではないのだった。

「……そもそもな話を聞いても良いですか?」

「うん?」

 と、問いかけてきたのは各務くん。

「いえ。さっきの動きにせよ、何にせよ。渡来先輩って……、リベロじゃないほうが、強いんじゃ? 普通のプレイヤーとしてフィールドに入れば、何でも出来るんじゃないかと思って……」

「……あ。それはぼくも思ってたんですけど、どうしてリベロをやってるんですか?」

「…………、んー」

 誤魔化すか。

 正直に言うか。

 どっちにしても、この二人に対しては失礼なんだろう。

 ならば隠し立てをするまでもない。

「リベロなら、やれることを制限できるからだよ」

「…………?」

「ルールで動きが制限されるでしょう。それが僕にとって都合が良いのさ」

「制限が、ですか?」

 そう。

「『ルールでダメだから』、それをしないで済む。余計な理想を描いて、無理に身体を動かしたせいで怪我をする……なんてことも、あるしね」

「……って、じゃあさっきのは」

 僕は言葉に出さず、肩をすくめるだけで答えとした。

 二人は十分察してくれたようだった。

「でも、見てみたいなあ。渡来先輩が普通の選手として動いてる試合」

「練習試合でよければ録画データが部室にあったはずだよ。生で見たいって意味なら、一応はそう遠からず見せることになると思うし。紅白戦とかだと、普通の選手として入ることもあるんだ。その時、二人がネットの手前か向こうかは解らないけれど」

 少し挑発をしてみると、二人は解りやすく闘志を燃やしはじめていた。

 心強い――し、扱いやすい。

 後者の感情は表に出さず、前者の感情だけを顕わにしつつ……そういえば、とふと思い立ち、聞いてみることにした。

「僕は二人の試合を見たことがないのだけど、映像とかあったりするのかな?」

「チームで撮ったやつなので、家庭用のデジカメ画質ですけど……データコピーしましょうか?」

「お願いしても良いかな。メモリ媒体は何?」

「カメラのSDカードですけど、パソコンに保存してるので、なんでも大丈夫です」

「わかった。じゃあこの後、一度僕の家に寄ってメモリ用意して……それと、朝ご飯。折角だから食べてく?」

「いいんですか?」

「もちろん。もっとも」

 ここから家まであと二十分ほどは歩くけど。

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