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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 二年生でも中学生
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88 - きっと特別で、けれど特別ではない

 規定の時間が来た途端、緒方先生は『畳み』に入った。

 本当にやることがないのかよ、と思った部分もあるけれど、このあたりの淡泊さはやっぱり好感なんだよね。

 というわけで、来週の頭の簡単な説明を改めて受けてから、起立、気をつけ、礼。

 さようなら、と解散、である。

 直後、ロッカー前に移動して渡辺さんにはお願いされていたハンガーを三本ほど渡しておく。渡辺さんは随分と感謝してくれたけど、あれだけで足りるのだろうか? まあいいや。

「さてと。洋輔、この後は?」

「俺は用事ねえな」

「じゃあ付き合ってよ」

「ん」

 もう学校も始まってしまったし、結局偶然は起きなかった。

 なので偶然ではなく必然に舵を切る。

 洋輔を連れて向かう先は、職員室のすぐ近く、中央階段の広い踊り場で、いくつものトロフィーが展示されているその場所だ。

「…………? トロフィーを見に来たのか?」

「まさか。あと数分じゃない?」

「何が」

「待ち人だよ。待ち合わせなんてしてないけどね」

 と、行っている間になにやら会話しながら、渡り廊下を通ってこちらに向かってくる数人の気配。

 すぐにその子たちはやってくる。三人組の女子で、全員青い上履きを履いている。新入生だ。

 その子達は僕達に一瞬だけ視線を向けると、「こんにちは」と挨拶をしてくれた。丁寧な子だなあ、と「こんにちは」と答えれば、そのまま中央階段を上っていく。どうやら校内見学をしているらしい。

「今の奴らを待ってたのか?」

「それこそ、まさか」

 さらに少し待てば、今度は話し声は聞こえないけれど、気配がまたいくつか近付いてくる。渡り廊下を通ってやってきたのは、

「あ、渡来先輩!」

「先輩……、こんにちは」

 青い上履き、新品の学生服と通学鞄を抱えた、見知った二人の少年。

 即ち、各務(かがみ)潤司(じゅんじ)くんと長谷(はせ)理一(りいち)くんである。

「こんにちは、各務くん、長谷くん」

「えっと……、佳苗? こいつらは?」

「バレー部の後輩になる予定の子たち。元気そうなのに温厚そうな子が各務くんで、優しげなのにきりっとしてる子が長谷くんだよ」

「いやその説明わかりにくい……」

「で、各務くん、長谷くん。この子が鶴来洋輔。僕の親友で幼馴染……で、僕の隣の家に住んでることもあって、付き合いがとても長くて深いんだ。だから色々と手伝って貰う事もあるし、手伝うこともある。今のうちに会わせておきたくてね」

「なるほど」

 長谷くんが得心したといった様子で頷く。

「以前渡来先輩からお話を伺ったことがあります。とても頼りになる方だと。初めまして、長谷理一です」

「あ、おれは各務潤司です!」

「よろしくな。鶴来洋輔だ」

「渡来先輩の隣の家ってことは、おれ達の家からも凄く近い……のかな?」

「そうだね」

 そしてこの様子だと、何度かすれ違っているのも全く記憶にない様子だ。

(無理もねえだろ。俺たちだっていちいちすれ違う奴らの顔なんて見てねえし)

 ごもっとも。

「何かあったら、僕や洋輔なら相談に乗れるよ。二年生のフロアに来るのも勇気が要るかもしれないけど、何かあったら二組までおいで」

「はい!」

「ありがとうございます」

「ちなみにお前らは一年の何組になったんだ?」

「えっと、おれとはっしーはどっちも三組です」

 おや、同じクラスになれたのか。遠方からの入学だ、バラされる可能性の方が高いかと思ったんだけど……あるいは、小里先生が手を打ってたのかもしれないな。

「はっしー……?」

「あだ名です!」

「ああ、うん」

 そして洋輔が押されている。なんだか面白いものを見ているような気がした。

「けれど、先輩達はどうしてここに?」

「ちょっとした調べ事だよ。で、それはもう終わったけれど、ここに居れば各務くんと長谷くんは通りそうだなあって読みもあった。洋輔と顔合わせさせたかったんだよね……」

 つまり僕の要件は既に達成している。

 その上で、だ。

「職員室に用事でしょう。部活周りならば手伝うけれど、どうする?」

 僕がそう提案すると、各務くんと長谷くんは一度顔を見合わせて、けれどすぐに「お願いします」、と丁寧に言ってきた。

「じゃ、行こうか。洋輔もついでだし付いてきてよ」

「俺はそれでも良いけどよ、何の役にも立たねえぞ」

「それは解んないよ。こっちこっち」

 さて、各務くんと長谷くんを引き連れて、すぐ近くの職員室へ。

 扉は一応ノックをしてから入室すると、小里先生を……居た居た。

「小里先生、お手数ですがちょっとお時間下さい」

「うん? ……ああ、なるほど。解った、ちょっと廊下で待っててくれ」

「はい」

 一瞬小首を傾げ、しかし僕の後ろに各務くんと長谷くんの姿を見て概ねの事情を理解したのだろう。意図もきっちり汲んでくれたので、各務くんと長谷くん、洋輔もついでに廊下でちょっとだけ待機。

 一分と掛からない間に出てきた小里先生は、

「お待たせ、渡来」

 とまずは僕に言った。

「一応用件を聞こうか」

「僕から言うより、直接行った方が良いかな」

「あ、はい。えっと、おれ達はバレー部に入りたいんです。で、渡来先輩に前から相談していて、早めに入部しちゃえば楽じゃない、とアドバイスを貰ったんですが……」

「ああ。なるほど、ロッカーの鍵が欲しいというわけだな。なら、部室に行こうか」

 別に話を通していたわけではないのにこの対応。もともと想定の範囲内ということのようだ。

「けれど、ええと、鶴来。お前は?」

「俺は佳苗について来いって言われただけで、入部希望じゃないです」

「納得。じゃ、ついてきてくれ」

 小里先生の音頭に合わせて、僕達四人はまばらにはいと答えた。

 まばらなのが僕達らしいといえばらしいのかな。

 ともあれ、職員室から体育館へ向かう。

 もとより体育館に近い方の校舎にあるので、移動には時間がほとんどかからない……っと。

「あれ、こっちに道ってありましたっけ……?」

「ああ。入学式だとかは封鎖してたからな――そっちは剣道場と柔道場、舞台の裏手に出る直通路とかがあるんだ」

 各務くんの疑問に小里先生が答える。

 話を聞いてみると、校内の詳しい設備案内は来週のレクリエーションでやるらしい。

「らしい……って、先輩達も去年同じだったんじゃ?」

 で、何も知らないこの二人は、だから自然と地雷を踏んだ。

 僕達にとっては地雷でも何でも無く、気にすることは無いとは言え、小里先生が明白に緊張しているからなあ……。

「そうだね。僕達の学年もそうだったみたい」

「みたい?」

「僕と洋輔はちょっとワケありでね。入学式が終わってから四月の殆どずっとを休んでたんだよ。だから校内の設備紹介とか、実はされてないんだ」

 茶化すように言うと、そうだったんですか、と各務くん。

 一方、あれ、微妙に不味いことを聞いたかな、と長谷くん。

 なかなか解りやすい二人組だった。

 通路は右へ、こっちは普通の体育館への通路だけれど、各種部室が連なる部室棟や校庭に出ることも出来る。

 まあ、部室棟は無視して更に奥へ。

 突き当たりを左に曲がって、すぐの所にその扉はあり、扉の上には『男子バレーボール部』とプレートが掛かっていた。

「というわけで、他の運動部の部室は大抵部室棟だけど、男子バレーボール部は体育館の中にあるよ。部室は体育館内からも入れるけど、一応こっちの出入り口も使えるから、覚えておいてね」

「はい」

 黙ってしまった小里先生の代わりに説明はしておけば、小里先生は部室の鍵を開けて中へと招いた。

 やっぱり広いよなあ、ここ。

(羨ましいと言えば羨ましいが、掃除が面倒だよな)

 うん。

「部室は概ね四つのエリアになっていてな」

 あ、小里先生が復活した。

 どうやら流せたと判断したようだ。

「各学年のロッカーが置いてあるところと、ブリーフィングが出来るようにベンチとか、プロジェクタで映像を確認出来る所だな。ロッカーはそっちが今の三年、向こうが今の二年。お前達一年生にはこっちのエリアを使って貰うことになる。ロッカーはかなり多めにあるから、一人一台が原則だけど、二台目も必要ならば言ってくれ」

「はい。えっと、このエリアのどこのロッカーを使えばいいですか?」

「好きに選んで良いよ」

 小里先生がそう言うと、各務くんと長谷くんはまたも顔を見合わせて、けれどすぐに隣り合わせになるようにロッカーを選択。

 ここにします、と声が重なると、小里先生はロッカーの鍵をあっさり手渡した。

「入部届の提出が本来は先だけれど、入部を確約してくれるならばそれは持ってて構わないさ。……部費とかの説明は渡来、お前がしてる感じか?」

「一応してあります。ただ、親御さん向けに改めてペーパーは欲しいかと」

「それもそうだ。今持ってくるから、その間にシャワー室とかの説明もしておいてくれ」

「はい。というわけで、各務くんに長谷くん。こっちこっち」

 二人を手招き、部室にある扉の一つの前へと招くと、その扉の鍵を開けて中を見せる。

「広っ!」

「え、なんだか思ってたよりも豪華……」

 各務くんは端的に、長谷くんは素直な感想を漏らした。

「何度見ても景気が良いよな、バレー部」

「もともと部室用の設備じゃないってのもあるけどね……」

 洋輔がぼやいた。

 シャワーはそれぞれ仕切りで実質的な個室になっていて、水に限らずお湯も出る。

 ちなみにボディソープやシャンプーなどの使用も一応オッケー。

 設計した人は偉いと思うけど、この設計を通した当時の役所は随分予算が潤沢だったのだろうなあと思う。

「シャワールームの鍵は一部の部員しか持ってないから、声を掛けて貰う必要はあるけど、基本的には部活の活動時間内と、部活が終わった後ならいつでも使えるよ。シャワールーム内は当然全裸オッケー、ロッカーの置いてある方では一応下着くらいは身につけて欲しいけれど、あくまでも努力目標。先輩にいつも素っ裸で出てくる人が居たりもするけど……、まあ、一応ね。タオルは各自持ってくること、各個室内と各個室のすぐ前にタオルや着替え置場があるから、それを活用すること。あと、全裸が許されるのは百歩譲って部室までだからね。部室の外に全裸で出ると、たいていそのまま生活指導だから」

「いえ流石に裸で出歩くのはちょっとおれも嫌です」

「ぼくも同感」

 よかった、変態ではないようだ。

「というかその先輩……の先輩は、強者ですね……。いくら同じ部活の子とはいえ、見られてなんとも思わないんですか……」

「ね。気にする方が変だろーとか言ってるけど、王者の余裕だよね」

「あ、はい……」

 王者の余裕で理解したらしい長谷くんは素直に頷いた。一方で各務くんはきょとんとしている。去年の洋輔と僕の関係がなんか逆転してる感じかな?

 なんて内心はさておいて。

「あとは……、えっと、構造上シャワーをは使用しているとき個室の扉は閉まるようになってるけど、見ての通り完全には隠れないから、覗こうと思えばドア方面からでもセパレータの上下の隙間からでも覗けちゃうけど、そんなことはしないように、くらいかな」

「何が悲しくてそんなことを……」

「全くだよね」

 いや本当に。

 けど盗撮騒ぎが何度かあったのだ、と説明すると、各務くんは爆笑し、長谷くんは苦笑いを浮かべた。

(いや本当に俺とお前が逆転してる感じだなこれ……)

 ね。まさかここまでとは。

「ちなみにシャワーって、これだと一回に使える人数が限られますよね。順番とか、決まりはあるんですか?」

「その日によるよ。部活上がりとかで一斉に使うって解ってるときは、上級生から使ったり、下級生から使ったりね。突発的に使う時は、それこそ自由かな。急ぎだったりすると一つのブースで二人くらい入ることもあるけど」

 滅多にないな。郁也くんと一度だけやったくらいだろうか。

「シャワールームの奥にも扉があるんですね?」

「そっちは通路側に出れるよ。ただ、基本は封鎖。勝手に入られても困るから」

「悪用されたら大変ですもんね」

 そういうことだ。

 さて、シャワールームの説明はこれでおしまい。

 先生はまだ戻ってきていないのでロッカーの側へと戻り、ブリーフィングエリアへ。

「作戦会議を部室でする時は、だいたいここに皆で集まってやるよ。練習試合とかで別の学校の子がくるときは視聴覚室を使う事もあるし、体育館でそのままやることもあるな。どっちにも投影機があるから」

「へええ……、公立校なのに充実してますね……」

「だいたい演劇部が元凶だよな、佳苗」

「ノーコメント」

 折角なのでなにか映像でも流そうかと思ったけど、そんな長居もできないことを思い出して中断。

「あとはそれこそ、ロッカーの使い方くらいだけど、人によるからなあ……。僕のでよければ見せるけれど、見る?」

「あ、見たいです!」

「……ちょっとだけ興味が」

 ならば、と移動してロッカーの鍵を開けて、中身を普通に見せる。

 なんの面白みもないロッカーだけど。

「思っていた以上に……、普通ですね」

「でしょ。忙しい時期だとユニフォームとかがごちゃっとしてる事も希にあるけど、洗濯とかがあるから、思いのほか溜まらないんだよ」

「なるほど。じゃあ、この……えっと、箱? みたいなものは一体?」

「これはクーラーボックスだね。中身は空っぽ、一応持ち歩けるようにしてあるんだ」

 と、説明をしている間に小里先生が帰ってきた。

 その手にはプリントが十枚ほど握られていて、その中の四枚ずつを各務くんと長谷くんに渡した。

 一枚は入部届、残りは部活動で招いているコーチや部活動の方針説明、部費に関するお知らせといったところのようだ。

「それを保護者さんに見せて、サインと印鑑を貰ってきてくれ。詳しい事は全部書いてあるし、分からない事があれば電話番号も載せてあるから、そこに連絡をくれたらいい」

「わかりました」

「はい」

 小里先生に対して、二人は素直に頷いた。

 そして小里先生は僕に視線を向けてくる。

「渡来。お前が思うに、一年にも部室の鍵は渡すべきかな?」

「いずれは。ただ、早くても六月でしょうね。渡すならばこの二人は入れていいと思います」

 そうしよう、と小里先生が頷く。

 ぴくりと反応したのは各務くん。ただ、声を挙げるまではいかないようだ。

「話が前後するけれど。各務、長谷。歓迎しよう。これからよろしくな。顧問の小里だ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 やっぱり何か、体育会系とはちょっと違う気もするんだよなあ……不思議な子達だ。

「佳苗、用事はこれでおしまいか?」

「そうだね。付き合わせてごめん、洋輔」

「どういたしまして。どうせ帰っても暇だしな」

「なら帰ったらお昼作るついでになんか遊ぼうか」

「ん。各務と長谷もこの後すぐに帰るなら、どうせ方向完全に一緒だろ。折角だ、一緒に帰るか?」

 洋輔は自然と各務くんと長谷くんを巻き込み、二人はあっさりと頷いた。

 これで面識は綺麗に作れた、と思う。

(お前が俺とこいつらに接点を与えたかった、ってのは解るけど、意味はあるのか?)

 さあ。

 意味が無いことを祈りたいね。

(……言えてるな)

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