07 - 元旦闘争中一篇
2017年1月1日。元日。
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」
食卓を囲い、両親と一緒にそんな言葉をあらためて申し合う。
儀式的なことなのだ、意味を考えてはいけない。
とはいえおせち料理はあまり好きでは無い現代っ子な僕なので、あとで部屋に戻ったらハンバーグでも作って食べよう。
(俺にもよこせ)
分かってるよ。
じゃなくて、とりあえず今は新年恒例、いつものアレだ。
「それで、お父さん。お母さん」
「…………」
「僕としては何があるか分かったもんじゃないから、早い内に色々と済ませた方が良いと思うのだけど」
「…………」
おせち料理を食べながら新年特番のテレビを見て、時に笑いに包まれ、時に考えさせられ、などという表情をする両親。
聞こえないふりというにはあまりにも無理のある状態だった。
「やむを得ない。亀ちゃん、亀ちゃん。おいでー。撫でてあげる。そしたらお父さんの部屋に行って好きに遊んで良いからねー」
「にゃん」
「待ちなさい」
「やっぱり聞こえてるじゃん」
「…………」
「亀ちゃん、」
「いや。えっと」
バツが悪そうにするお父さん。と、我関せずを決め込むお母さん。
普段は良い親でしかないんだけど、このお正月というシーズンに限って言えばダメ親だと思う。
いや、ダメ親は言いすぎか。大体どこの家も似たり寄ったりだろうし……。
「そうだな。おせち料理を食べ終わったら話をしようじゃないか、佳苗」
「もう食べ終わったよ」
「……お、お雑煮を」
「準備しておいた。お餅は二個でいいんでしょ?」
「…………」
「…………」
負けられない戦いがここにはある。
同時に譲れぬ戦いだ。
「佳苗。まあ、待ちなさい」
「安心して、お父さん。どうせお父さんのことだから、忘れて困ってると思ったんだよ。これでしょ?」
トドメと言わんばかりに僕はポケットからそれを取り出し、お父さんに差し出す。
それはとても可愛い猫柄の入った小さな袋。
俗称、ポチ袋である。
でもポチは犬だよな。猫ならたま――
(言わせねえし思わせねえ。それはダメだ。論外だ)
――いや、まだ言ってないし思っても無いんだけど。
まあいいや。
「……さて。塁、初詣に行こうか」
「私を巻き込まないでいただけますか渡来さん」
「お父さん。お母さんにまで裏切られて尚、逃げられるとでも思ってる?」
「…………。なんというか。佳苗、ずいぶん強かになったなあ」
「中学生になったからね」
「納得して良いのやら……?」
それでも観念したらしい。
お父さんは「とってくるから待ちなさい」と袋を持って席を立った。
ま、これ以上は限界か。お父さんが好きなお雑煮の具、さといもをちょっと多めに入れてあげよう。
「ねえ、佳苗。あなたならばお年玉を無駄遣いはしないと思うけれど……、あの部屋にあった新しい猫グッズ。いくらしたの?」
「お小遣いを貯めに貯めた甲斐はあったよ」
「そう……」
確かにあなたは他に使わないものね、とお母さんは渋々頷いた。
実際嘘では無い。ちょっとずつ貰えたお小遣いと、年始恒例のこの大イベント、つまりお年玉で結構な額にはなる。
……まあ、さすがに五万円は貯まらないので、ちょっと苦しいけど。
「それでお母さん」
「お年玉ならばお父さんと一緒よ」
「そうじゃなくて。明後日のサッカーの話」
「ああ。弘美さんからも話は聞いてるわ。たしか演劇部の先輩も来るんでしょう?」
「うん」
藍沢先輩、演劇部の柱でありながらサッカー部の柱もやってたからなあ。
僕にとっては演劇部の、洋輔にとってはサッカー部の先輩で、どちらも正しいというのだから面白い。
二年後には僕も演劇部とバレー部で、先輩になれているだろうか。だとしたら嬉しいけど、途中で飽きてそうな気もする。
「お弁当はどうするの?」
「洋輔の分も僕が作る事になってる。あんまり凝ったお弁当にはしないけどね」
「そう。ならば気をつけていきなさい。何かあったらちゃんと連絡するのよ」
「うん。……じゃなくて。その明後日のサッカーの日なんだけど、帰りの時間がどうも読めなくて。どうすればいい?」
「あまり遅くなるようなら早めに連絡をして頂戴。時間次第では迎えに行くわ」
「らじゃー」
気の抜けた感じで、けれど大切な事は確認出来たのでよし。
あとは……特にないかな。
「それと明後日のお弁当、お父さんとお母さんの分もつくっておく? レンジで暖めてもいいし、そのままでも食べられるものにするけれど」
「佳苗特製のお弁当か。それは魅力的ね……、お願いしちゃおうかしら。材料は明日買いに行くのかしら?」
「うん。猫雑貨店が明日福袋を出すから、そのついでに買ってくるよ」
「猫雑貨がメインなのね。……うん? それ、もしかしなくてもお年玉で買うのかしら?」
「もちろん。猫雑貨のタメなら惜しくないよ。ねー、亀ちゃん」
「にゃん?」
そう? と言われた。
辛辣な亀ちゃんだった。
「意思疎通ができているっぽいのが却って恐怖よね……」
「結構前からずっとそうじゃん」
「まあ、そうね。……まったく、あなたのその猫好かれはどこからきたのやら」
生まれ持っての才能というわけでは無いはずだ。
けれど多分なにかの才能が妙な具合にかみ合ったのだろうとは思う。
ただまあ。
「お母さん」
「何かしら」
「猫をちゃんと好いてあげれば、猫ちゃんはみんな好いてくれるよ」
「新手の宗教勧誘かしら……」
「新手でも無いような気がする……」
そうねえ、とお母さんが諦めたようなため息を吐いた、ところで、お父さんが帰ってきた。
そして、僕にそのポチ袋を渡してくれる。
「はい、佳苗。お年玉。……大事に使いなさい」
「うん。ありがとう、お父さん。早速明日猫グッズ買ってくるね」
「大事に……使いなさい……」
「とっても大事だから。猫ちゃん福袋」
「……そうか」
お父さんも諦めたようなため息を吐いた。
まあ、半分以上は残すんだけど。
「あ、そうだ。お父さん、一つ聞いても良いかな」
「何だい」
「お父さんの会社が作ってる液晶ってさ、上に人間が乗っても大丈夫?」
「…………? うん?」
「えっと」
抱えていた亀ちゃんを一度床に降ろし、近くにあった広告チラシの裏に、テーブルの上に置かれたペンで図を記していく。
図といっても構造とかではなく、もの凄く簡略化した物だけど。
その図には舞台と、その上に棒人間、その二つの間に液晶パネルというイメージを描いてある。
「こうやってパネルをステージに敷き詰めて、その上で跳んだり跳ねたり」
「うーん……、直はちょっと、無理だな。ペンを」
「はい」
お父さんに渡すと、お父さんは液晶パネルの上にプレートを追加。
「ここに強化ガラス……、だと加工も持ち運びも面倒だな。アクリル板とかを敷けば、擬似的には可能だと思う。結構分厚くはなっちゃうな」
「そっか」
それなら何も液晶パネルに拘る理由も無いな……。
「佳苗、それは次の演劇部の演目でやる予定なのかい?」
「うーん。そうといえばそうなのかな。まだ脚本も出来てるわけじゃないんだけど、演出としてどうしても、足下の色を結構な頻度で切り替えたいんだよ。ライトだけじゃ限界があるから……」
「色だけで良いならLEDのテープライトを使った方が良いだろうね。そのほうが取り回しが良い。ステージ全域をカバーするのも、こっちならば出来ると思う」
「それはこの前の白雪姫でちょっとやったんだけど、あれ、アダプタを結構使うじゃん。それで苦労したんだよね……主に時間的な問題で。五分しか無いんだよ、準備に使えるの」
その五分で設営から配線チェックまでやらなければならない激務だったのだ。洋輔を介して二人分の手足が無ければたぶん間に合わなかったと思う。
「佳苗。質問だけれど、その演出は舞台全域にしなければいけないのかな」
「いや……、祭部長の話だと、登場人物の周りだけぼんやりと。複数の色を使い分けられるのが理想、単色でも良しって感じのリクエストだったよ」
「衣装もまた、佳苗が作るんだろう?」
「うん」
「なら、衣装にライトを付けちゃえば良いんじゃ無いかな?」
裾の部分なり靴なりに、とお父さんは棒人間の足下を丸で囲う。
なるほど、言われてみればその通りだった。足下に光を与える……、うーん。となると間接照明も使って……。
「靴と裾にライトを仕込んでおいて、演出として光らせる。その光が直接的すぎると演出としては駄目だから、間接照明みたいに……、結局アクリル板は必要そうかな。でもなー。ならば下にライト仕込んじゃえって話でもあるし……」
「お前の職人気質はたぶん俺に似たんだろうけれど、あんまり完璧を求めるべきじゃあないよ。手を抜きなさいというわけではないけどね。そもそも佳苗たち演劇部が凄いのは、セットや音楽がパーフェクトなタイミングで効果的に使われているからではあるけれど、それと同時にそれをパーフェクトに演じられる演技力が演劇部にあるからだ。小道具なんかに頼らずとも、お前達ならなんとか出来るんじゃないかな」
「……祭部長とナタリア先輩は、それで良いんだけど。次からは僕もちょっとステージに上がるから、なんか、不安で」
「お前が不安を抱くのは良い傾向だね」
お父さんは珍しく僕の頭をよしよしと撫でるようにしながら言う。何時以来だろうか、こう、普通に子供扱いされたのは。
それはとても鬱陶しいはずなのに、とても心地よい。
それが親子なんだろう。
でも割と最近もやられてるな。思い出してみると。
「最近の佳苗はなんでも出来るくらいの勢いではあるけれど、そういう弱いところがあるほうが好みだな。子供にかぎらず大人だって、完璧すぎるものは凄いと言うより恐ろしいの部類だからね。出来ないよりも出来るに越したことは無いが……」
「その当たりはそれこそ、個々の趣味になるのでしょうね」
ふむ。
両親の意見を聞きつつ、足下にすりすりとすり寄ってくる亀ちゃんを拾い上げ、肩の上にのせる。
「……ところで、佳苗。それ、重くないのかい?」
「亀ちゃんをそれって言うのは感心しないよ」
「すまない。えっと、亀ノ上を肩の上にのせて重くないのかい?」
「長時間は遠慮したいけど、まあ、少しなら問題ないかな?」
「そうか……」
ね、と亀ちゃんに顔を向けると、亀ちゃんは目を細めてゆっくりと鳴いた。同感と言うより、『ケチるなもっと乗せろ』って事のようだけど、流石に亀ちゃんを肩の上にのせている状態だと動きにくいのもまた事実。
「本当に、去年一年でずいぶんと強かになったよなあ、佳苗は。そんなに力持ちじゃあなかったと思うんだが……」
「成長期だからね。そのくらいの成長はするよ」
「そうか……」
いや、納得しちゃうのかお父さん。
あとお母さんも。
変に突っ込まれても回答に困ったから別に良いんだけど……。
「成長期と言えば、洋輔はこの半年で結構背が伸びたんだよね。羨ましい」
「お前もまだまだこれからさ」
「だと良いんだけど……」
僕のぼやきに反応したわけではなさそうだけど、亀ちゃんは器用に肩から頭の上へと移動する。
首が痛くなるのでちょっと遠慮願いたい所だった。バランスも取りにくいし。
「……ま、亀ちゃんの視界がいつかは僕の視界になると信じておこうっと。僕、そろそろ部屋に戻るよ」
「ああ。出かけるのかい?」
「んーん。今日はゆっくりするつもり。友達とメッセージとかで挨拶しないといけないし、年賀状の返事も書かないと行けないから」
「しっかりしてるんだかしてないんだか」
わかんないわね、とお母さんはぼやきつつ、お雑煮の中で伸びきったお餅を伸ばして遊んでいた。食べ物で遊ぶのは良くないと思う。
「佳苗。部屋に戻る前に一つ聞いてもいいかしら?」
「うん?」
「このお餅、私たち当たり前のように食べてるけれど、どこで買ってきたのかしら」
「ああ。それなら今朝の六時に作ったやつだよ」
「…………」
特に他には要件もなさそうだったのでリビングを後にして、自室に戻る。
すると、洋輔は洋輔自身の部屋の窓枠に腕を組むようにしてこちらを睨んでいた。
「お前の強情さはだんだん酷くなってきてるな、おい」
「自覚が全くない、なんて事は無いんだけど……。なんかね。押し通せちゃうってのがでかいのかなあ」
亀ちゃんはどう思う、と頭上の亀ちゃんに問いかけると、亀ちゃんはつんとしたまま答えてくれなかった。どうでもいい、と言う事のようだ。
とはいえ幾ばくか『人間の争いごとに巻き込まないでいただけます?』的なニュアンスがあるのはどういうことだろうな。
「そのニュアンスを拾うお前もお前だけどな……」
「あんまり酷い事言うとハンバーグ作らないよ」
「ごめんなさい。食わせて」
「はいはい」