87 - 入学式、その後に
4月7日。金曜日。
入学式。
「平成二十九年度、入学式。新入生の入場です。拍手でお迎えください――」
主役は当然新入生であり、ともなれば在校生側でやることは要所要所の起立・礼と、拍手による賑やかし、あとは校歌斉唱や国歌斉唱くらいだろうか?
既定の位置に用意された椅子で、去年の僕たちがそうしていたように、新品の制服に身を包んで少し緊張しながら入ってくる子たちに拍手で答える。
この中学校の入学式では新入生の名前が全員呼ばれるタイプなので、そのコーナーに入ってから各務くんや長谷くんはどうなったかな、と探ってみると、各務くんと長谷くんは同じクラスで、どうやら四組らしかった。あとで冷やかしに行こう。
それが終わるといよいよ消化試合というか、賑やかししかやることがないからなあ、と存在意義に疑問を感じつつも、それでも主役の新入生にとっては退屈だとしても重要な儀式だ。ぶち壊す意味も無い。
尚、聞き覚えのある名前は他にもちらほらと。
小学校が同じだった子とかね。
在校生側挨拶は三年一組の味原さんが担当した。生徒会長とかではないんだ、と少し疑問に思っていたら、
「たしかあの先輩、この前の朗読コンテストで審査員特別賞を受賞してたな……」
と四方木くんが小さく呟いた。
…………。
僕も知らないようなことを当然のように把握しているあたり、やっぱり四方木くんは根っからのランキンギストなのだろう。
「ちなみに四方木くん。今年の新入生で特殊な子っている?」
「特殊ねえ。目立った成績といえば……、お前なら知ってるだろうけど、各務潤司、長谷理一。隣の県がやってた小学生の男子バレー大会で優勝したチームのミドルブロッカーとセッター。確か長谷はMVPも獲得していたはずだ」
「バレー部に来るのは知ってたけど、賞を貰ってるとかは初耳だなあ……」
……いやでも、納得か。
先行体験入部でも、かなり上手かったしな。
「あとは彩美あや、とか。女子サッカー界のホープだな。女子版の来島与和みたいなもんで、攻撃特化」
「わっかりやすい喩えだね……」
そんな子がこの学校にね……、いや、不自然でもないか。来島くんが居るわけだし。藍沢先輩のような例もあるから、必ずしも四方木くんの言った通りになるとも限らないか?
雑談にあまり興じても仕方が無いので、式の進行を待つ。若干うとうとしている子が見えたのは、まあ、仕方ないか……。
入学式それ自体はスムーズに進み、校長先生からのお話が終わると、校歌斉唱、の後退場。
新入生が退場したら在校生も退場し、それぞれ教室へ。
入学式の片付けは土日に先生がやるらしい。ファイト。
「さて、今日もそれほどやることは多くはないのでね。さっさと済ませるよ。まずは時間割と学校行事日程表を配布だ」
全員が着席した後、緒方先生はてきぱきとプリントを配ってゆく。
受け取った時間割は……うん、まあ、去年と似通ってると言えば似通っている。そりゃそうだよな。やることは大して変わらない。
重要な所だと体育は月曜日、木曜日、金曜日か。
「君たち、というより私も含めてだから私たちと言うべきだったね。失礼。私たち二年二組は体育の授業を、二年一組と合同で行うことになる。男子は一組、女子は二組の教室で着替えをする事になるから、体育の前はきちんと机を綺麗にしておくんだよ」
尚、二年一組に所属となった元・一年三組の男子は佳くん、蓬原くん、信吾くんの三人だけ。ちょっと偏ってるんだよな、やっぱり。他の知り合いでいうとバレー部の鷹丘くんとかが居る。
「一年生と同じく、家庭技術は隔週で入れ替わりになる。二組は最初の授業が家庭科だから、そのつもりで移動の準備はすること。ま、詳しい事は来週にも改めて説明するから安心してくれたまえ。さて」
そしてここで一度言葉を句切り、緒方先生は僕たち生徒を一瞥した。
「来週の頭に委員会を決め、教科書の配布を行う。その後は授業が始まるし、部活説明会、仮入部期間を経て身体測定と健康診断、生徒総会による生徒会役員の選定に、体力テスト、球技大会、体育祭とイベントが続く。今年は何事もなく万事予定通りに進むことを祈ろうではないか。まあもっとも、去年のスケジュールの方が学校運営的には随分と楽だったから、『あれ? ひょっとしてあのままの日程でやってたほうが私たち楽だったんじゃない?』とかそんな後悔はしそうだし、微妙なところではあるね……」
勝手に一喜一憂されてもなあ。というか僕達だって望んで問題起こしたワケじゃないし。
どちらにせよクレームは野良猫に直接お願いしたいところだった。
「ま、去年と多少前後はするかも知れないが、やることはそれほど変わりはしない。そうだね、二年生だからこそのイベントというと、近所の幼稚園で一日、先生のような事をするくらいか。子供達が楽しめるようにいろいろな準備をして貰うよ」
ふむ。野良猫大行列とかやろっかなあ。たぶんウケると思う。
(やめろ。トラウマになるやつも出てくるぞ)
じゃあ数を減らすよ。
(そういう問題じゃねえ……)
で、これで本当に説明は終わってしまったらしい。
「うーん。後はやること、実はそれほど無いのだよねえ。連絡事項は概ね済ませちゃったし、ロッカーの説明も昨日済ませている。何か質問がある子は居るかい?」
「はい。質問です」
と、手を上げたのは左の席、渡辺さんである。
「どうぞ、渡辺さん」
「ロッカーにハンガーが備え付けではなかったんですが、持ち込んで良いんですか?」
「ああ、構わないよ。常識的な範囲であれば多少の小物の持ち込みも可だ。常識的な範囲であればね」
常識的な範囲、と言う度に僕を見てきていたような……。
「ちなみに渡来くん。今朝は随分ロッカーの前で作業をしていたようだが、何をしたのかね?」
「え。僕を名指しですか……。いえ、ロッカーの寸法は昨日の間にはかっておいたので、今日のうちに使い勝手が良いように色々と改良したんです。ロッカーの上部は板で左右に区切って、左に予備の学生服とかを。右側にはジャージを掛けています。スラックスも吊したので大分下に空間も出来たから、ロッカーの中に棚を作りました。上から筆記用具入れ、あまり使わないコンパスや三角定規などの小物入れ、ノートと教科書を本棚みたいに収納できるブロック、通学用鞄を置ける場所、一番下に部活とかでも持ってくるアタッシュケースがぴったり二つ入るようにって感じですね。棚の上には水筒とかを置ける場所も確保しておいたので、そこそこ使い勝手は良いかなと。あと、棚の固定と板の設置は全て金具を使わない紐による固定なので、簡単にまるごと外せます」
「ああ、うん……? 棚を作って入れたのかい?」
「はい。便利ですよ? 多分」
「昨日の今日で作れるのは君くらいだよ……」
ロッカーが縦長タイプになったため、だいぶ中間地点にデッドスペースというか、無駄な空間が広がるのが気に入らなかったのだ。
ならば棚を置けば良いじゃないと発想したのは、僕ではなく洋輔である。
なので、実は僕のロッカーのみならず、洋輔のロッカーも似たような構成になっていたり……アタッシュケースの部分がサッカー部関連のものに変わってるけどね。
一方で冬華はと言うと、簡易の冷蔵庫もとい氷室のようなものを作っていた。電力は使ってないし断熱材も敷き詰めたので周りに影響はないだろうとは冬華の談。
「ま、主旨は理解しているようだし、構わないがね。つまりだ、『きちんと最初の状態にもどせるならば、多少大がかりに物を入れても良い』。戻せるならばだよ、気をつけてくれたまえ」
「ちなみに、戻せなかったら?」
おずおずと聞いたのは徳久くん。
元三組の子ばかり質問しているのは、緒方先生に慣れているから、というのもあるだろうな。
「基本的には、戻す努力をきちんとして貰う。どうしようも無いときは弁償だ。だから釘とかネジとか、そういうのは遠慮して貰いたいね」
そして回答はシンプルだった。
結構お値段がするらしく、壊さないように、と緒方先生は少し言葉を強めに続けた。
「さて、本格的にやることがないが、あと三十分ほどは学校に居て貰わなければならないからなあ。席替えをするもなにも、まだ始まったばかりで、暫くは出席番号の確認も兼ねたいしね、早ければ五月にでもするけれど、暫くはそれで我慢すること。いいね?」
特に異議も上がらないのは、それこそ二日目、しかも実際の授業が始まる前なのだ、席替え以前にお互いのことすらよくわかっていない状態なので当然とも言える。
(つーか地雷を踏みたくねえんだろうな。これ以上悪化したくないっていうか)
僕と洋輔、冬華だね。
(そ)
問題児……か。
ま、結局三組でも全員が慣れてくれたわけではないしなあ。
(慣れられたらそれはそれで困るんだがな)
まあね。
「じゃ、暫くは雑談でもしておいてくれたまえ。先生はここで眺めているよ」
うわあめっちゃ投げた。
「何か言ったかい、渡来くん」
「なにも?」
そして微妙に心を読まれた気がする。
緒方先生との付き合いも存外深いからなあ、僕がどう考えるのかはいい加減わかってきてるか……。
ま、折角の雑談許可だ。
周りの子たちとも軽く挨拶をもう一度交わして、ちょっと探ってみると、思いのほか僕は警戒されていないらしい。そこまで対応が固いということもなく、敢えて言うなら事件について弄っていいのかどうか悩む程度、と。
一方で冬華周りは大分警戒されている。
こちらも警戒というより困惑の方が近そうかな……?
冬華は言葉を解するけれど、逆に冬華が何を言いたいのかがいまいち解らない。それがストレスなのだろう。
とはいえ、冬華もそろそろ日本語という形態を理解し始めた頃だ。ああなると会得まで秒読み段階、ゴールデンウィーク中にはマスターしていてもおかしくはない。
そうなれば今の妙な困惑や緊張もなくなって、二年二組として普通に動けるようになるだろう。というか問題児とそのフォローができる要員を明確に集合させている分、他のクラスよりも活躍度合いは多いだろうなあ……。
やらかし度合いもか。
「そういえば昌くん。新入生の鈴木くんって知ってるよね?」
「鈴木……? ごめん、多分知ってるとは思うけど、複数心当たりがあって。どっちかな」
「鈴木小唄くん」
「ああ。そりゃそうか。あの子がどうかした?」
「いや、バレー部に入るのか、剣道部に入るのかで悩んでる……みたいなことを言ってたから。どっちにするのかなって思ったんだよね」
「うーん」
それは解らないなあ、と昌くんは少し困ったように首を振った。
「相談は三回くらい受けたんだけれど、なかなか決心付かないみたい」
「いざとなれば兼部すればいいのにね」
「佳苗みたいに無尽蔵の体力があればそれも良しだけど、あいつはそうじゃないから無理無理。活動日も重なってるし、どっちかで怪我をしたときのリスクも考えれば、運動部を二つというのは辛いよ」
ド正論で返されてしまった。
ううむ。
「四方木くん。データ的にさ、こう、兼部してる子たちの情報とか知らないの? 運動部二つに入ってる子とか知らない?」
「渡来も大概無茶振りしてくるようになったな……。んー。兼部数が一番多いのは今の三年生、何組かはまだ調べてねえけど、竜胆脩一先輩だな。テニス部、バドミントン部、陸上部、工作部の四つだから、運動部三つに入ってる」
「なんですらっと出てくるの……?」
「俺の趣味だ」
「四方木くんって不良というかチンピラっぽい見た目だけど、滅茶苦茶細かいことを調べるのが大好きだもんね。あと猫も好きだし」
「おい渡来、黙れ。俺はそんな軟派者に見られたくねえ」
「難破者って……四方木くん、船の免許でも取るの?」
「……えっと、四方木、でいいかな。佳苗に口で勝負するのは辞めた方が良いと思うよ、ぼくは一年程度の付き合いだけど……」
昌くんが唐突な裏切りを働いたところで、けれど四方木くんは「ご忠告がもっともすぎて何にも言えねえ」と答えた。
「ふうん? ……珍しいな。四方木くんがあっさりと足並み揃えるなんて、昌くんになにか響くところでもあったの?」
「いや。出席番号と身長的に見ても、去年の一年間、渡来と弓矢は結構付き合いあったに違いないだろ?」
「ああ、僕、昌くん家の猫ちゃんとよく遊ぶんだよ。弟くも居てね、大きなお風呂があって羨ましいんだよねえ……」
「え、猫? どんな?」
「サバトラでオッドアイ。すごくない?」
「弓矢。俺も遊びに行っていいかな?」
「…………。えっと。良いよ」
そう答えつつ、昌くんは「軟派者……ねえ……」と小さな声で呟いた。
四方木くんの性格は良くも悪くもこれで解っただろう。
それは昌くんに限らず、女子も含めて。
本人が本当に望んでないならともかく、そうでもないようだし、ならば仲良しになっておいたほうが何かとスムーズだからね。
「時に渡来くん。急なお願いで悪いんだけど、いいかしら?」
「なにかな、渡辺さん」
「適当なハンガー、調達してくれない? 制服を掛けたりできるように、私も設置したいの」
「いいよ。というより、予備があるからこの後すぐにあげるよ。ちょっと作り過ぎちゃってさ」
「助かるわ」
「いやあ僕の方こそ助かるよ。捨てるのも勿体ないし、どうしたもんかと悩んでたんだ」
ラッキーな提案にはきっちり乗ると、
「……慣れてるなあ、渡辺」
「だね……」
と早速、四方木くんと昌くんは打ち解けていた。
まあ……実際、似た者同士なんだよね、この二人。
(確かに性格的には素直な四方木が弓矢だし、やさぐれた弓矢が四方木だもんな……)
言えてる。




