86 - 『らしい』始まり
4月6日。木曜日。
新学年、その初日――始業式。
洋輔と一緒に登校すると、下駄箱の手前に掲示板が出来ていた。
そしてその掲示板には新しいクラスが表記されていて、ここで何組になるのかを確認し、新しい下駄箱を使うようにと補足も書かれている。緒方先生の言ってたとおりだな。
さて、僕は何組かな?
『わたらい』なので下から見た方が早いんだよね、僕だと。大抵一番最後だし。
「ん……俺は二組か」
「僕は……あれ。僕も二組だね。他の子は……うん?」
「おう……?」
案の定というか。
『二年二組』の男子出席番号十八番に、渡来佳苗の文字を見つける。
そして洋輔も同じ組のようで、男子出席番号九番だった。
ひとまず洋輔と同じクラスというのは一安心……だけど、ええと。
「うわあ。学校側の意図が見えるようだね……」
「だな……」
男女別で述べよう。
そして言いたいこともあるので、まずは女子から読み上げよう。
出席番号一番から、浅沼さん、右京さん、春日井さん、木野田さん、冬華、多治見さん、苫さん、七重さん、野々倉さん、長谷川さん、日野さん、保野さん、杢代さん、山都さん、横見さん、竜崎さん、若月さん、渡辺さん。
女子の一年三組仲間は春日井さん、杢代さん、横見さん、渡辺さんの三人か。
十八人で四クラスなので、概ね期待値くらいだろうか?。
一方、冬華が当然のように同じクラスになっていた。まあ、わかりやすいな。
次、男子も見ていこう。
出席番号一番から、五十嵐くん、磯谷くん、尾幌くん、景山くん、来島くん、徳久くん、菅原くん、田端くん、洋輔、中迫くん、樋本くん、葵くん、咲くん、郁也くん、森戸くん、昌くん、四方木くん、僕。
男子の一年三組仲間は来島くんに徳久くん、洋輔、葵くん、郁也くんに昌くんで、期待と、期待値を大幅にオーバーしている。
まあもっとも、僕と洋輔をバラしにくいように、郁也くんと昌くんもほとんどセットだし、こんなものだろうか?
教室に向かうと既に大分の生徒が揃っている。なんだか空気が奇妙に固いのは……、
「おはよう、冬華」
「おはよう。クラス、同じ。気楽」
「そうだね。何かあったら気軽に言ってよ」
「頼む」
……ま、冬華に僕、それに洋輔という問題児三人組が揃ってるからだろうなあ。
それを抑えるべく学年単位の抑え役になり得る、その上で僕との接点をもとより持っていた徳久くんや渡辺さんを配置したということだろうか?
郁也くんと昌くんは事情が逆だろうけど。
とまあ、そんな挨拶をした後、出席番号の示す場所へと着席。
「おはよう。昌くんと渡辺さんは、また同じ組の同じ班スタートだね。横見さんは一つ遠いけれど」
「そうね。おはよう」
「おはよーさん」
「おはよう、佳苗。なんだか安心するよ」
渡辺さん、四方木くん、昌くんの順で挨拶が帰ってきた。
一方で反応しかねている若月さんと竜崎さんは初めましてだな。どちらも小学校も違うし。
「若月さんに竜崎さん。おはよう。一年間、よろしくね」
「こちらこそ。噂は聞いてるわよ」
「よろしくねー。あんまりかっ飛ばさないでよー?」
けれどまあ、案外普通に話しかければ普通に返事が返ってくるものだった。
あるいは渡辺さんが根回し済みかな? それも十分あり得そうだ。
「にしてもこのクラス、僕が言うのもなんだけど。ずいぶん成績が偏ってない?」
「本当にお前が言うのは何だよ。嫌味か、学年トップ争い学力篇」
「なにそれ……、え、運動力編とかもあるの?」
「お前そっちにも名前載ってるよな。まあトップは鶴来だろうが……女子は女子で来栖か?」
「さすがは何でもランキンギスト……」
よく見てるよなあ。
と、そんな感想を漏らすと、
「らんきんぎすと……? って、えっと、何かしら、渡来くん」
「いや僕が勝手に呼んでるだけなんだけどもね。四方木くんっていろんな分野で、誰が得意か、みたいに観察できるんだよ。才能だと思わない?」
「……それは、確かに。けれどその割りには四方木くん、なんだか言いたげよ?」
「おう。渡来。ランキンギストとはあんまり呼ばないでくれ……」
はあい。
本人が嫌がるならば、あえてそれで呼ぶ意味も無いしね。
と言っている間にほぼ全生徒が到着し、少し遅れて予鈴が鳴って、緒方先生が教室へと入ってきた。
「やあ、おはよう。二年二組はどうやら……うん、全員揃って居るようだ。というわけで、始業式があるから、全員廊下に並ぶように。今日は出席番号順でお願いするよ」
ということは、一番後ろか。
二組の教室を出て、整列。
自然とロッカーが視線に入る。去年度までとは規格の違うそれは、縦長タイプ。去年まで使っていたものよりも、明らかに大きくなっている。まだ中身はわからないけど、これなら学ランとスラックスを吊してもかなり余裕があるな。
早く中を見てみたいものだけど、今は始業式へと向く。
始業式に参加するのは、新三年生と新二年正。
少し騒がしかった体育館内は、けれど式が始まればすぐに静まった。
「平成二十九年度、始業式を開会します」
始業式で行われるのは、まずは新任の教員紹介。
どうやら社会科と数学の先生が新任されたようだ。
次に各クラスの担任教師の発表。
当然と言えば当然、二年二組の担任は緒方先生である。苦労が偲ばれるけれど、僕にとってはありがたい味方の先生だ。
その後はロッカーが今年から少し変わったということ、詳細はこのあと教室で行われること。
新しい教室も綺麗に使う事、だいたこんな忠告がメインだ。
また、明日行われる入学式に関することも簡単な説明が行われた。
といっても、これは卒業式と似たような形なので、リハーサルは無しである。
これで全行程が終わったらしく、教室へと戻ることに。
といっても、自由時間らしいものはほぼ無しで、皆が教室に着くなり緒方先生は、
「じゃ、全員着席してくれたまえ」
と言った。
「新しいロッカーについて、まずは説明をするよ。ロッカーは今年度から、もう見たとはおもうけれど、縦長のタイプになった。幅は去年度のものとくらべれば少し狭いが、奥行きは十分にあるよ。男子は特に学ランとスラックスをハンガーにかけても随分余裕があるだろうし、下の方にはグラウンド用の外履きや、教科書・ノート類を置けるように区切りもされている。で、この新しいロッカーは、全て『鍵』がかかるようになった」
……鍵、か。
「それとだ。ロッカーは今日から階段に近い側と階段から遠い側の二つに綺麗に分かれているのだけれど、この遠い側が男子、近い側は女子が使うことになる。これはロッカーに出席番号が書いてあるから、それを参照して自分が使うロッカーを確かめること。ロッカーの鍵はまず、君たちには一つずつ渡すことになる。無くさないように注意してくれたまえよ。もちろん、鍵は掛けなくても構わないが」
ふうん……英断、と言えば英断だろうか。
「次、新年度の時間割や今年度の行事表は明日配布する。教科書や委員会決めは来週だね。以上、これで言うべき事は全てだ。今日はこの後、十時半まではここで適当に雑談をしてくれ。十時半になったら帰りのホームルームをするからね」
「はあい」
全員がとりあえず納得したのを見て、緒方先生は満足そうに頷くと教壇の椅子に腰を掛けた。
あとは暫く自由、ということらしい。
けどまあ、この妙な空き時間って本来、自己紹介をする時間のような気がするんだけど……? ちらりと緒方先生を見てみると、特にそんな様子もない。
…………。
いや忘れてるだけじゃないかなコレ。
「緒方先生」
「なんだい」
「自己紹介とかってやらないんですか?」
「あ。」
やっぱり……。
新年早々やらかすなあ。いや、まあ、新年だからこそちょっと気が緩んでたのかもしれない。
「こほん。と言うわけで、雑談の前にちょっと自己紹介をしようか。折角同じクラスになったんだ、出席番号と名前くらいは知っておくべきだろう」
というわけで、男女で順番に出席番号順の自己紹介コーナーが始まった。
男子は割と聞き覚えのある子だったりすることが多いのは、単に僕の友人づきあいが広いだけだろう。
一方で女子は聞き覚えのない子もちらほら混じっていて、これは流石に異性との差を感じたりもする。
で、特別に敢えてピックアップするならば、
「来栖冬華。言葉、不得意。理解は可、気軽に。頼む」
「鶴来洋輔。一年間よろしくっと」
「渡来佳苗。よろしくね」
まずは僕達三人組。
なんとなく警戒されるような空気もあったけど、渡辺さんや徳久くんをはじめ、男女ともに僕達と去年一緒だった子たちもいたため、それほどの緊張はしないですみそうだ。
「村社郁也。バレー部だよ、よろしくね」
「弓矢昌です。弓矢だけど剣道部だ。よろしく」
郁也くんは普通に、昌くんは自虐を挟んでそう言った。
ちなみに僕ら三人組に隠れているだけで、実は問題児の側にカウントされている二人だったりする。だから僕達と纏められたんだろう。
「長谷川あきら。女子バレー部よ」
「野々倉音夢。吹奏楽部、ホルンです」
「竜崎愛。女子テニス部ねー」
女子で部活を強調したのはこの三人。
長谷川さんは何度か体育館でお話をしているし、なんならネット越しに戦ったこともあるので、流石に覚えている。
めっちゃサーブが上手なのだ。
「五十嵐柊。五十嵐でも柊でも好きに呼んでねえ」
「前多葵。できれば前多って呼んで!」
「来島与和。好き勝手に愛称付けるのでそのつもりで」
男子で名前に拘ったのはこの三人。
なんだか二人ほどとても強い既視感を感じるけれど、五十嵐くんはすこしぼんやりとした様子だった。
正直眠そうだ。春の暖かい気候だからだろうか?
ま、今ピックアップしなかった子たちも大概個性的な子が集まっているイメージだな。
「最後に担任の緒方さゆりだ。部活では演劇部の顧問をしているよ。というわけで、これからよろしく頼むとしよう。二年二組は様々な事情のある子も多いだろうが、なあに、それほど心配することはあるまい。但し鶴来くん、来栖さん。あなたたちが追いかけっこをするところまでは百歩譲って認めるとして、窓から飛び降りたり壁を駆け上がったり、そういうことはやめてくれたまえ」
「抗議。望まない。そう、自然。変化?」
「渡来くん、翻訳頼めるかい?」
「えっと、『抗議します。なにも私が望んでそんなことをしたいんじゃないんです。アレが逃げるから自然とそうなるだけで。ね?』だそうです」
冬華は僕の翻訳に満足して頷いた。満足なのか……。
「ふむ。来栖さん、もう少し言い訳は考えておいてくれたまえ。……と、今のでも概ね解ったかも知れないけれど、渡来くんは感受性が豊かでね。ああやって来栖さんの言わんとしていることをきちんと理解出来るし、こうやってお願いすればきちんと解読もしてくれる。どうしても会話が成立しない時とかは、彼を頼ると良い」
僕だけじゃなくて洋輔にもできるんだけどなあ……。
ま、いいや。
「あの、緒方先生」
「なんだい、徳久くん」
「いえ。その、ロッカーの鍵とか、クラス章とかは……?」
「…………」
「…………」
そして会話が一段落したところで徳久くんがおずおずと聞き、暫く徳久くんと緒方先生が見つめ合った。
先に目をそらしたのは徳久くんだけど、誰がどう見ても焦っているのは緒方先生の方である。
「もっ……、もちろん! 今配ろうとしていたところだとも!」
本当かなあ……。
(多分今、クラスの全員の心が重なってるだろうな)
だよねえ……。
緒方先生が教室に入ってきた時に、一緒に持ってきていた箱を開けると、
「それじゃあ、出席番号順に配布するよ。男子から順番に来てくれたまえ」
と宣言。
五十嵐くんが向かうと、クラス章は男子の場合、冬服は学ランのカラーに付けるバッヂになる。夏服は装着義務が無い。
ちなみにクラス章は緑色の下地に『2』と書かれているだけのデザイン。学年カラーにクラスの番号、一年生の時と同じだった。
洋輔まですすいとそれが進んだ頃、洋輔がついでにと質問を飛ばした。
「ちなみに鍵を無くした場合はどうなるんですか?」
「あれ、言ってないっけ? 鍵は予備が一つだけある。その一つを渡すことになるが、その時に合鍵を作ることになるよ。これは三百円だが、お金が掛かるから気をつけるように。それと、予備の鍵は先生が持っているからね。緊急時は勝手に鍵を開けることもある。大きいロッカー、それも鍵付きになったとはいえ、あんまりやりたい放題はしないように」
もちろん緊急時はと断っているように、それは最終手段で、そこに至るまでは何段階かあるんだろう。
……あってほしいものだ。うん。
「どうしても鍵を無くし続けるならば、いっそ鍵など掛けなければ良い。どうせ去年度までは鍵なんて無かったわけだし、そもそも学校に貴重品など持ってくるまい?」
ごもっとも、と洋輔は頷いて鍵を受け取り、席に戻った。
もっとも、去年までも個人ごとに勝手に鍵を付けるケースはちらほらあったのだけれど。南京錠を通せる穴はあったし。
その後もトントン拍子に授与が進んで、僕が受け取った鍵には22118とシールが張られている。2年2組、1、18番。箱の中に残っている鍵は220から始まっている事を考えると、三桁目が1なら男子、0なら女子ってあたりだろう。
「あれ? 確か男女ともに20枚扉があったような?」
「ああ。残りの2つ分は予備と、クラス全体で何かを作ったりするとき、その制作物の置場としても利用する事になるよ。……当たり前のように君、数えてたんだね」
「そりゃあ、まあ」
なるほど納得。
席に戻れば今度は女子が順番に鍵を取りに行き、最後、渡辺さんが帰ってきた所でチャイムが鳴った。
やっぱり元々、配布するための時間だったんだろうなあ……。
「さて、なんともタイミングが良いね。それじゃあこのまま帰りのホームルームに入るとしよう」
そして何事も無かったかのように緒方先生は進行した。
まあ……このくらい緩いほうが、緒方先生らしくていいか。
2年2組座席表(出席番号順):
杢 代・曲直部 | 苫 ・菅 原 | 浅 沼・五十嵐
山 都・村 社 | 七 重・田 端 | 右 京・磯 谷
横 見・森 戸 | 野々倉・鶴 来 | 春日井・尾 幌
竜 崎・弓 矢 | 長谷川・中 迫 | 木野田・景 山
若 月・四方木 | 日 野・樋 本 | 来 栖・来 島
渡 辺・渡 来 | 保 野・前 多 | 多治見・佐 藤




