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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
87/111

85 - 月火水木金土日

 4月1日、土曜日。

 エイプリルフール、というイベント……風習? なんかどっちも違う気がするけど、ともあれ、そう呼ばれる日の朝のこと。

「ねえお母さん、お父さん。相談があるんだけど、良い?」

「ああ。なんだい」

「私も良いわよ。洗い物しながらになるけれど」

「ごめんね。えっと、前にもちょっと話したとは思うんだけど、今月から『お手伝い』を、始めようと思ってるんだ」

「うん? エイプリルフール、かな?」

「いや。真剣な方」

「ふむ」

 お手伝い。

 アルバイトと言うほどでは無い、単なる『お手伝い』として、近所に出来るミネラルショップ――鉱石や宝石の専門店――に在籍する『かもしれない』という風に、僕はちらほらと告げていた。

 既に竪川日比生さんとお父さんは一度しっかりと話し合っていて、条件はある程度決まっていたりする。

 日比生さんとの接点が『猫グッズのお店の前で会った』では弱かったという問題も、響谷先輩が上手いこと埋めてくれたし。これは偶然だけど、偶然だろうと必然として利用できるものは利用するのが僕達なのだ。

(巻き込むな)

 いやでも、僕よりも洋輔の方がそのきらいがあると思うよ。

(……ノーコメント)

 はいはい。

「今度お店の開店準備があって、そこに立ち会う事になってる。で、その後は週に二回の定期と、それ以外にも僕が暇で、あっちが忙しいときとかはヘルプに出る感じ。もちろん学校関係が最優先になるよ」

「部活の兼ね合いはどうなってるんだい」

「活動日に変更があるあたりも含めて、ちょっと整理したんだけどね」

 というわけで、部屋で準備しておいた、一週間の暫定予定を記述してあるコピー紙を机に提示。

 月曜日、演劇部、男子バレー部(体育館半面、もう半面はバド部)。

 火曜日、男子バレー部(体育館全面)。

 水曜日、演劇部。

 木曜日、男子バレー部(体育館半面、もう半面は女子バレー部)。

 金曜日、演劇部、男子バレー部(体育館半面、もう半面はバスケ部)。

 土曜日、男子バレー部(隔週、13時撤収厳守)、家庭教師さん(19時から21時)。

 日曜日、男子バレー部(隔週、終日全面)。

「こんな感じ。お手伝いに行くのは水曜日と土曜日が定期になる予定で、16時から18時までがメインになる予定。後ろはズレるかもしれないけど、家庭教師さんに遅刻するようなことはないようにする」

「水曜日の演劇部に出ると16時、間に合わないんじゃないかな?」

「ここに書いてある演劇部は『とりあえずの情報交換をする場』だから、全部二十分くらいだよ」

「ああ。そうなのか」

「うん」

 演劇部の活動は脚本作りの祭部長、演技研究のナタリア先輩、セットや衣装制作の僕とかなり分業が進んでいて、脚本が完成するまでは必ずしも一日拘束されることはない。

 で、新しい演目の主役はナタリア先輩、サブに祭部長で、僕は脇役を固めるという形で概ね決まっていることもあって、二十分から三十分程度の出動で構わないと言質を貰っていた。もちろん演技の最終確認とかをする時は別だけど、その時はバレー部を少しお休みすることになるだろう。あくまでもメインは演劇部なのだ。

 一応、通し練習とかは土日、男子バレー部が無い方の週でやることになるというバレー部側への配慮はされている。とはいえそれ以外の日の練習にも、たとえば長回しとかは可能な限り出る事になるだろうし……。

 ま、覚悟の上だ。

「定期、と言ったね。ということは不定期にも行くのかい」

「お店が忙しいとか、何かイベントをやるときにお手伝いをする、程度のことはあると思う。僕自身、結構乗り気だし、せっかくのお小遣い稼ぎチャンスでもあるから、結構積極的になるとは思うよ」

「やる気があることは良い事だ。が……」

 ちらり、とお父さんがお母さんに視線を送った。

 その意図はきっちり伝わったようで、続きはお母さんが言葉にする。

「佳苗。いろいろな事に手を出しすぎて、手が回らなくなるリスクは考えたかしら?」

「うん。優先順位は、だからハッキリさせてある。学校、家庭教師さん、お手伝いだよ。竪川日比生さんには相談済みで、それでオッケーって返事も貰った。『あくまでもお手伝いだもの、来られないときは来られないと一報入れてくれればそれでいいわ』だって」

「……それも社会勉強になるかしらね」

 肩をすくめて。

 けれど結局は了解の意味を込めてお母さんが答えてくれたので、お父さんに視線を戻す。

「お手伝いをするのは良いだろう。とはいえ、少し気になるな。佳苗、お小遣い、足りないのかい?」

「普通に遊んだりする分には余裕があるよ。ただ、『季節ねこ2017・サマー』とか、『にゃんこ海に行くフォトグラフィー・白浜編』とか、ほしいものがコンスタントに増えてるんだ。それを買おうと思うと、ちょっと、足りないかなって」

「ああ。…………。佳苗も筋金入りだなあ。そんなにたくさんグッズを買っても、いい加減お父さんの書斎が『猫グッズ部屋』になりつつあって、しかも更に加速するとなれば、置く場所がそろそろ無くなってしまうよ。それはどうする?」

「実はその面も兼ねてるんだよね、竪川日比生さんのお手伝いするの」

「うん?」

「お店用の倉庫があるんだ。で、その一室を借してくれるんだって。だからそこに、少し猫グッズを移動させるつもり」

「…………。意地でも減らさないつもりか……」

 もちろん、と頷く。

「わかった。そこまで言うならば、やってみなさい。途中でどうしようも無くなったら、すぐに相談すること……なにも私たちじゃなくてもいい。竪川日比生さんに直接だっていいし、先生だって構わない。ただ、本当にどうしようも無いときは、絶対に助けてと言うこと。その約束は、できるね」

「できるよ」

「うん。ならば、この件はこれ以上言うこともないさ」

 よし、親の承諾ゲット。

 念押しに委任状代わりのサインと押印をお願いすると、

「…………。やれやれ。妙な知恵まで付いてきたな」

 とお父さんは呆れ顔で、けれどしっかりサインし、印鑑を持ってくるとぺたんと押印。

 これで契約は問題なく交わせる、と。

「とはいえ、佳苗でさえこうも予定が詰まっているのか」

「曜日単位で見るとね。でも部活は大体六時には終わるし、途中で部活仲間と寄り道して帰っても七時には家でしょ。夜の予定は土曜日の家庭教師さんだけだから、実は予定が詰まってない方らしいよ」

「ふうん。佳苗の友達に習い事をいくつもしてる子とか、いるのか?」

「友達というか、クラスメイトに居た。クラリネットと学習塾、バレエに生け花、茶道の五つしながら、部活もしっかりやってる子」

「それは……また、すごいな……。遊ぶ暇が無いんじゃないか?」

「『習い事が遊びのようなもの』って言ってたよ」

 極まっているというかなんというか。

 本人が楽しんでいるならばそれで良いとは思うけど、一度躓くと大変そうだ。

 けれどそれでもなんとかなっているのだ。

 僕程度では忙しさでは全く及ぶまい。

「ねえ佳苗、新年度からそれだと、水曜日と土曜日は夕飯、どうする?」

「どうもこうも、そんなに遅くまではお手伝いもしないし。帰りにスーパー寄ってタイムセールで調達しつつ、帰ったら作るつもりだけど」

「そう。……忙しいなら、良いのよ?」

「忙しいのはお母さんのほうだよ。お仕事、大変なんでしょう?」

「親の仕事を心配するんじゃありません」

「はあい」

 曖昧な会話で最後は結んで、僕はリビングの棚の上に置いた猫用ソファからこちらの様子をうかがっていた亀ちゃんの元へと移動。すると、亀ちゃんはソファから僕の頭の上へと飛び移った。

「亀ちゃん、今度はちょっと痩せ気味だな。おやつ少し増やそうか」

「にゃん」

 亀ちゃんに提案すると、亀ちゃんは上機嫌に鳴いた。現金な奴だった。

「そうだ。お父さん達は各務さんともう挨拶した?」

「かがみ……というと、例の白い塀の家に引っ越してきた人達かい。一度すれ違った時に、それとなく挨拶はしたけれど」

「私は逆に挨拶されたわね。『どうも、各務です、よろしくお願いします』って丁寧に。息子さんが居るんですって」

「その子、バレー部の後輩になる予定」

「うん?」

 ちょっと遅れたけれど、良い機会だ。情報共有しておこう。

「前に部活の先行体験入部に来てた子の一人でね。隣の県から引っ越してきたんだよ。だから、色々とこのあたりの事が解らないみたい。スーパーとか八百屋とか、その辺で僕が知ってることは教えたと思うけど、結局は子供目線だったからどこまで役に立ったか……。お父さん……は不自然かも知れないけど、お母さん、今度会ったらそれとなく補足しておいてあげてくれないかな?」

「ええ、そういう事情なら。けれど、随分と近くに引っ越してきたわね」

「全くの偶然だったみたい。僕がたまたま外出した時に迷い子猫を見つけて、近所のおばさんたちと井戸端会議してたら『今日引っ越してきた家庭があるのよ』って教えてくれたんだ。名前を聞いたら聞き覚えもあったし、挨拶くらいはしに行くかーって行ったらまさかの後輩くん。びっくりだよね。しかも子猫の飼い主も各務くんたちだった」

「……引っ越した当日に子猫を逃がして、その子猫を探そうにも土地勘が無ければ近所づきあいもない状態という危機的状況で、佳苗というワイルドカードを引き当てるとは。なかなかの剛運だな、その各務という家庭は」

「剛運だったら子猫を逃がさずに済むよ」

「まあ、そうか」

 お父さんはあっさりと納得した。お母さんは『どうでもいい』といいたげな、醒めた視線でこちらを見ている。

「ちなみにその次の日、さっそく各務くんの家にお邪魔してね。ちょっと部屋の整理とかも手伝ってるよ。ドン引きされた」

「お前の怪力を見ればそうだろうな……、ふうん。と言う事は佳苗は、その子と結構気が合ったのか。良い事だ。横だけじゃなく、縦の友達もつくれると充実するものだしね。洋輔くんとは?」

「洋輔とは面識がない……ようなもんじゃないかな。すれ違うくらいはもうしてるだろうけど、洋輔は各務くんを知らないし、各務くんも洋輔を知らないから、洋輔にしてみれば『見知らないやつがいるなー』で、各務くんにしてみれば『このへんの子かな?』程度じゃない?」

「なるほど」

 実際には僕を介して結構がっつり『観察』してるので、洋輔からしてみると『いつ気付くかなー』なんだけど、そんな事は僕と洋輔以外知り及ばないことだからな。

 冬華にだって解るまい。

「ま、お前の大事な後輩だ。親の方は任せておきなさい」

「うん。……あともう一つ」

「うん?」

「いや、各務くんって、長谷くんって子と一緒に体験入部に来てたんだよね。長谷くんは4月2日……だから、明日に引っ越してくる予定だー、とか言ってたような。心当たり、ある?」

「明日……さて?」

 お父さんは小首を傾げ、お母さんは何か心当たりが合ったのか、うーん、とうなり声を上げた。

 十秒ほどの後、

「もしかしたらだけれど……。ここから大通りに最短ルートで行く道沿いに六階建てのマンションがあるのは解る?」

「えっと、コーラの自販機の所?」

「そうそう。そのマンションの斜向かいにある瓦屋根の家に確か、誰かが引っ越してくるって話は聞いたわよ」

 んーと……、距離的には、歩いて一分……、いや、二分くらいか?

 こっちも近いな。

「近いけど、各務くんちとは方向が逆だなあ……」

「そうだな。ここがむしろ中間地点くらいだろう」

「まあ、名前までは知らないから。そのハセという子じゃないかもしれないけどね」

 そりゃそうか。

 とはいえ時期がドンピシャだし、各務くんと長谷くんは随分仲も良さそうだった。

 それこそ僕と洋輔のような幼馴染なのかもしれない……と考えると、近場に引っ越すというのもあり得るだろう。

「というか。そういう関係ならば、各務くんに聞けば一発だろうに」

「あ……、そりゃそうか……」

「佳苗は時々、とても簡単な見落としがあるのは変わらないなあ……」

 ちょっと不安だぞ、とお父さん。

 僕がお父さんの立場でも同じ事を言うだろうなあ、否定できない……。

「なんでもかんでも完璧よりかは可愛げもあって良いと思うわよ。私はね」

「そうだな。確かに」

 そして僕の内心を察してか、お母さんとお父さんがフォローに走ってきた。

 うん、なんか追い打ちを食らった気分だけど、まあ、いいや。

「少し部屋に戻って、ちょっと工作してくるか」

「工作って、何か頼まれごとかしら?」

「ううん。曜日毎のスケジュールを纏めておこうかと思って。けど、新年度の時間割が来るまではどのみち暫定か……」

「時間割と言えば、新年度の学校行事表、貰ったら頂戴ね」

「それはもちろん。カレンダーにも書いておくよ」

 そこまでしてとは言っていないけどやってくれるなら是非お願い、とお母さんは意味深に頷いた。

「行事と言えば、早めに言っておくけど、今年の夏は、ごめん。お母さんとお父さんにはちょっと迷惑かけるけど、バレー部の合宿、たぶん行かないとダメだと思う」

「それは解っているさ。色々と声掛けも多いと小里先生から電話があった」

 へえ?

 小里先生も気が利くな……と思うべきか、あるいは深読みするべきか。

 疑ってばかりは疲れるし、気が利くな、でいいや。

(良いのかよ)

 良いんだよ。

 そんな会話で一度打ち切って、僕は自室へと亀ちゃんと共に戻り、そこで各務くんに確認をしてみると話題になっていた瓦屋根の家に長谷くんが引っ越してくることが判明。

 この街は狭いのかなあ……。

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