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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
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84 - 世間は存外狭いもの

 3月31日、金曜日。

 年度末。

 そんな日の朝、メールをチェックしていると、知らない人から二通のメールが来ていることに気がついた。

 よく見れば昨日の午後にどちらも受信していたらしい。

「気付いてなかったのか……」

「正直、メールよりもアプリ使うことの方が多いし……」

「まあな」

 一通目の差出人は……ええと、某テレビ局のディレクターさん名義。

 事件についてインタビューをしたいという話だったら面倒だなあと嫌々目を通しているとそうではなく、演劇部で使用している衣装やセットを作る裏方作業のドキュメンタリーが作りたいらしい。僕に対して直にこうやってメールをする前に学校には話を入れた、とも書いてある。

「つまり学校には話を入れたが、学校が乗り気じゃなかったからお前から落とそうとしていると」

「事実今の状態でそんな取材を受けるのはリスクしかないもん」

「まあな」

 当然拒否。

 文面は変に取り繕ってもダメだろうから、素直に自分の言葉で書いておく。

『学校が決めたことにならば一人の生徒として協力できるかもしれませんが、それ以上の協力はできません。僕個人としては新入部員の獲得ができるかできないかと言う難しい時期である事、バレー部との兼部をしているため全面的な協力ができない事などもあり、あまり前向きに検討はできませんから、まずは学校を説得し、学校から僕を説得させてください。』

 よし。これにあとはビジネスメールのお手本みたいなウェブサイトからとってつけたような体裁を整えて、返信っと。

 次の差出人は……日南川兵助?

 メールアドレスからして、読みは『ひながわ・ひょうすけ』だろうか。聞き覚えがないな……。

「洋輔、日南川さんって知ってる?」

「いや……、心当たりもねえな」

 添付ファイルもないようなので、普通に開封。

 内容は……、初めまして、突然のメール失礼します、といった文章で始まっていて、この連絡先を教えた人物の名前が書いてあった。『水原京司』、水原先輩だ。ということはバレー部関係かな、と読み進めれば、日南川兵助さんの自己紹介も書かれていた。曰く、競技ダンスのコーチをしている会社員で、年齢は四十二歳、男性。水原先輩との間柄は、水原先輩の母親の妹さんの夫、つまりは叔父、親戚にあたるらしい。水原先輩にはかなり無理を言って僕への連絡先を教えて貰ったから、水原先輩は責めないでほしい、といった事も書いてある。その上で、そこまでして何故連絡を無理にでも取ってきたのかという動機も『長くなりますが』と前置きをした上で書かれていた。

 さっきも言った通り、日南川兵助さんは競技ダンスのコーチをしている。コーチをしていると言うことは教え子がいると言うことだ。そしてその教え子に当たる二名が、新年度から僕達の通っている中学校に進学するのだという。競技ダンス部が存在しない学校に入学したのは、『部活がないなら作れば良い』『どうせ指導は日南川さんがやる』の二つを日南川さんが二人に説明した所、二人はこの学校を敢えて選び進学を決めたのだという。

 で、その理由はというと、『演劇部』、もっと言えば『演劇部の衣装』が目に付いたとか。公立校でありながらやたらと豪華なセットや衣装を使っているこの学校に入学したら、豪華な衣装を競技ダンスの大会で着られるのではないか、そんな事を言っていたらしい。で、日南川さんは事前の相談を学校としたものだとすっかり思い込んでたけど、先日のレッスンで実は学校に相談していないことが判明し、どうやって説明をしようかと奥さんに相談したら、その学校に奥さんの姉、の息子がそこに通っている事を知って、そこから先生方だとかの話を聞こうとしたら、『バレー部の後輩に、演劇部と兼部してる子が居る』と情報を得て、無理に連絡先を聞いた……という次第のようだ。

 つまりこのメールは、水原先輩を介して『バレー部の後輩』かつ『演劇部の部員』であるに対して、先生方に事情の説明をしたいのだけど、そのつなぎを取れないかということと、衣装周りなどの事情もできれば教えて欲しいということらしかった。

 なんというか、いろいろな偶然と水原先輩の説明不足が爆発してるな。

「なんつーか、剛運といえば剛運だよな、その日南川って人」

「一周回って悪運じゃない?」

「言えてる」

 洋輔も呆れている。

 要するに日南川さんは僕を『演劇部に所属してる生徒A』程度にしか認識していない。まさか演劇部の衣装全般を僕が手がけているとは思ってもみないのだろう。衣装周りの事情を教えて欲しいというのは、そこからどうにか教え子にとって良い条件を整える……そこまで積極的ではなかったとしても、教え子達が致命的なミスをしないで済むように、最低限どこが地雷なのかを把握しておきたい、と。その地雷を最短距離で踏んでいるという点を気にしないのならばその手法は正しいだろう。

「いや、そこを気にしないにせよ、結局誤解してる時点でダメだろ」

「ごもっとも」

 尚現実派というと、競技ダンスに関する相談は皆方先輩から数度に渡って受けている。そこで僕はそこそこ良い返事をしたつもりだから、こんな根回しをしなくても気にしないで良い。

 まあもちろん、それは皆方先輩が言っていた二人と同一人物かどうかがわからないんだけど。

「そこからだな」

「だね」

 というわけで、皆方先輩に連絡を取ってみる。

 そこそこ急ぎなのでまずはメッセージを送って、すぐに既読が付いたので通話が出来るかを確認、

『こっちからかけるね!』

 というメッセージがきたと思ったら着信。

「もしもし、渡来です」

『やっほー、かーくん。こんにちは』

「こんにちは」

『それで火急の用件みたいだけれど、どうかしたのかしら?』

「以前の事、一月頃が最初だったと思うんですけど、競技ダンス部を作りたいという二人組が入学してくる……って話、ありましたよね。その二人にはコーチがいたりしますか?」

『そうね、ずっと同じ人に習っていると聞いているわ。名前は日南川(ひながわ)さんよ。漢字が少しわかりにくいけれど、日曜日に南の川ね』

 これでほぼ同一人物で確定。

 となると何故あちらは『根回しできていない』と判断したのか? という問題が出てくるな。

「その日南川さんがバレー部の水原先輩と親戚関係にあるらしく、その接点から水原先生を介して、僕に問い合わせがあったんです。なんでも、その子たちは『学校側には競技ダンスに関する相談をしていない』とこの前のレッスンで言ってきて、これはまずいぞ、と思ったそうで」

『ふうん? …………? でも相談はしたわよね、私たち』

「そうですね。僕も『無理ではない』、『やれと言われればやる』、とお答えした記憶があります」

『そうよ。私もそうあの子達に伝えたんだけど……。あら? 何か奇妙なすれ違いね。少しその子達に電話して見るから、ちょっと待ってくれるかしら?』

「はい。お手数掛けてすみません」

『むしろこっちの台詞よ、かーくん。ごめんなさいね、折角の春休みなのに』

 お気になさらず、と一度通話を着ると、『しばし待て……』と謎のスタンプが送られてきた。待つか。

「……なんか俺には見えた気がするよ、お前らのすれ違い構造が」

「え?」

「そもそも二人の新入生は『学校に相談していない』と言ったのだとしても、それはきっと正しいぜ。だって『新入生は特に学校にコネクションを持ってねえ』だろ?」

 まあ、普通は。

 兄弟とかが居れば別だけど。

「それでも相談をするってコーチと約束していた。そんな二人は皆方先輩とのコネならば持っていた。で、皆方先輩は歴とした演劇部の部員だったわけで、そこから演劇部側にならば相談が出来る。で、実際に皆方先輩を介してお前に相談があったし、お前は無条件ではなかったけど、まあオッケーじゃないの、と答えた。皆方先輩はその二人にたぶんそれを伝えただろう、つまり二人にして見れば『演劇部に対しては交渉済み』で、それで十分って考え方だったんじゃねえかな」

「ああ。つまり演劇部に相談が出来てるけど、学校相手にはできていないから、コーチが『学校に相談はしたんだよね』って問いに『してません』って答えた……か」

「たぶんな」

 ……絶妙なズレだなあ。

 そして微妙なずれでもある。

 コーチと教え子側で、『事前の相談』の程度に差があるんじゃないかな、これ。

「まず間違い無くあると思うぜ。大会絡みとかで、部活として出るのか、個人枠として出るのかどうかとかも……って差もあるわけだしな」

「そうだね……」

 といったところで皆方先輩からメッセージ。

 確かにコーチとは前回のレッスンで相談の話になっていて、『学校とは相談できていない』と答えた、らしい。演劇部に対しての相談は聞かれてもないから答えてなかったとか。

 そりゃ誤解を生むだろうなあ。

 その上で、日南川さんには教え子側から改めて説明をするから、僕からも簡単に事情を伝えるメールを返してあげてくれないか、といった旨のメッセージも追加で送られたので、わかりました、と答えてメールの返信を作成開始。

 …………。

「先に言うと、誤解は無い方が基本的には良いと思うぜ」

「そうだよね……」

 というわけで、『簡単に事情を伝える』のではなく、『詳細に事情を伝える』形で文章を作っていく。

 まずは返事が遅れてしまったことを謝っておく。

 次に状況の整理だ。

 当該する二人の新入生からは、当時三年生だった演劇部の先輩、皆方智絵先輩から、今年一月の段階で相談が演劇部に対してあったこと。

 皆方先輩から相談を受けたのは演劇部と言うより僕個人で、その理由は現状、演劇部の衣装やセットを担当しているのが僕だからで、殆どの衣装は僕が作っている事も踏まえ、皆方先輩が僕に対して対応できるかどうかを確認していて、僕は可能だ、と答えたと言うこと。

 学校側としてはこの動きをほとんど察知していない様子で、競技ダンス部の創立を目指すとしても、『所属予定の生徒を五人以上とと顧問として教員を一人が揃っており、かつ、他の教員三人以上からの推薦があると生徒会を介し、教員会議を突破しなければならない』という制度的な問題があること。

 現時点で競技ダンス部に関する話をまともに知っているのは僕と、偶然その場に居合わせた数人くらいで、認知度はゼロに等しいこと。

 これらをざっくり纏めたら、そもそも教え子たちの名前も僕は知らないから、できれば紹介して貰えるようにお願いを挟んで、最後に『そちらでもゆっくりと状況を纏めてから、改めてご連絡ください』と釘を刺しておく。

 これ以上すれ違いをされても厄介なだけだし。

「おつかれさん」

「別に疲れてはないよ。……というか洋輔、さっきから何のゲームしてるの?」

「ゲームじゃねえよ」

 うん?

 洋輔の視界越しに洋輔が見ているものを確認すると、そこには競技ダンスの大会……だろうか、その概要が書かれている。

「過去の優勝者……俺が今見てるところな。そこをみてみろ」

「ん……」

 言われるがままに洋輔の視線が集中しているところを僕も見れば、そこには――おや。

 日南川兵助、皆方利恵ペア?

「なんというか。世間って狭いな」

「だねえ」

 二人の新入生がどうして皆方先輩と面識を持ったんだろうか、という疑問はあったけど、そうか、そこも親戚でつながりもあるのか……。

 尚、皆方利恵さんというのは確か皆方先輩の母親の従姉妹だったかな、前に聞いた事があったと思う。

 ついでにルールや、参考までに衣装もチェックしてもらい、インプットしておく。

 ドレス類は存外、露出が多いものが目立つな。あとは動きを意識しているのか、ひらひらと舞うような布の造りが多そうだ。

「演劇と違うか、やっぱり」

「そうだね。宙に舞う表現……の方はよく使うかな? けど、露出はむしろ控えめにする傾向があるんだよ」

「へえ? なんでだ?」

「単に演者が望んでないというのが、一つ。二つ目は『暗黙の諒解』」

「……ん?」

 中学生がむやみやたらと肌を露出してはいけません……みたいな、ね。

「ああ……なるほど。特に演劇は録画前提だもんな」

「うん。で、三つ目の理由もある。これが以外と大きいよ」

「なんとなく察しは付いたが、それは?」

「演目が終わったら各自に衣装はプレゼント、つまりその後の『使い勝手』を考えると、そんなバリバリ露出したドレスは着ていけないでしょ?」

 僕が錬金術でまともに作る衣装は最低で特級品。品質値にして30000以上がデフォルトなわけで、これは高級ブランドでまともに仕立てて貰ったパーティドレスの品質値が20000程度なのを以前に見たから、そこそこ以上に良いものなのだ。身長さえ変わらなければ一生使えるだろう。

 だからこそ、もちろん舞台で使う事は前提だけれど、それ以外でも使おうと思えば使えるようなデザインになるように調整していたりする。さすがに前回の時代劇のあれは無理だろうけども。

「…………。ごもっとも」

 洋輔はとある女性が着ているラテンドレスを見て大きく頷いた。

 なかなかきわどいデザインだなこれ。背中に至ってはほぼ布がないし。

「これはラテン系、らしい。スタンダードモデルはこっち」

「ふうん。こっちは大分普通なドレスだね」

「だな」

 新入生達はどっちのタイプを望むのかな? その辺も含めて確認しないと。

「存外やる気じゃねえか、お前」

「そりゃあ……他の学校の子までは面倒見切れないけど、同じ学校に通う子なら、多少は手伝いたくもなるよ。もっとも、情けは人のためならず、風が吹けば桶屋が儲かるって打算があるんだよね」

「前者は解るが後者がよくわかんねえな、そのたとえ」

 言いたいことはわかるけど、と洋輔は言って動画を再生。

 様々なドレスやシャツを着た男女が、情熱的にダンスを披露している。

 競技、と名前が付くだけあって、気迫が凄いな……。

「けど、競技ダンス部を作るとなると、既存のダンス部がどう思うか微妙じゃねえか?」

「どうも思わないんじゃないの。表現に用いる手段が似てるだけで、やってることが違いすぎるもの」

 魔法と神智術を比べるようなものだ。

 それに意味は無いし、お互いに対抗意識も沸かないだろう。

 たぶん。

 …………。

「微妙な所だな」

「だね……」

 対立はしないと思うけど、協力できるかは別だなあ……。

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