83 - 施工は手短丁寧に
各務くんの部屋は家の二階、角部屋で、僕や洋輔の部屋と比べて一回り大きかった。ちょっと羨ましいような、トイレが遠くて不便のような。
先に確認したところ持ち家らしく、必要ならばネジを容赦なく壁につきさしても構わないとの言質は先に貰っておいた。
そんな妙な感想を抱きつつも、組み立てる以前の問題としてパッケージから出されていなかった組み立て式のベッドは開封して説明書をチラ見して確認して『理想』でテキパキ作成、他の家具の移動も含めた配置の確認をした上で設置完了までの所要時間は六分ほど、ついでなのでベッドメイクもしておいた。
ベッドの位置が決まると今度は他の家具の位置が気になり始めるわけで、学習机やタンスの移動もついでに請け負い、また段ボールからまだ出されていなかった漫画や学習書の類いをざっと本棚にしまったり、パソコンの位置を調整したり、合わせてモニター兼テレビの壁掛け設置。
壁掛けにしたことで少し開けたスペースには『持ってきたけど使わないかもしれないカラーボックス』を各務くんの承諾を得た上で魔改造、ゲーム類を置いたりちょっとしたものをぽんとその場に置けるような空間をしっかりと準備して、余った材料でサイドテーブルもどきを作成、ベッドの横に置いておいた。それでも余った材料は小物立てにしておく。
お話ししながらながらということもあって流石にちょっと時間を食って、これの所要時間は十一分ほど。
「…………。え? あれ、もう……終わった……?」
「そうだね。あとは洋服類をタンスに自分で移動させて。流石に下着とかは、僕が勝手に触っちゃうのもアレだって思うし。それと、本棚の本もシリーズ・作者・巻番号できちんとソートはしておいたけど、自分好みに入れ替えるといいと思う」
「あ、はい……」
最後にちらっと全体的に、施工に問題が無いかを確認。大丈夫だ。
敢えて言うならカーテンかな。そして一応言っておくことにしよう。
「それと、カーテンは……遮光タイプのものを、お母さんに言って用意して貰うと良いかもしれないよ。目隠しの意味ではもう十分だけど、夕方にもろに陽が当たる角度だから。少しでも涼しい方が夏はいいもんね」
「なるほど……」
そんなわけで作業完了、作業で生じた木くずや鉄くずをざっと掃除してやれば、無事に各務くんの自室ができあがり、だ。
「…………。お母! ちょっと来て!」
「はいはい。どうしたの」
「終わった……」
「終わったって……」
ドタバタという音が終わったことであらかじめスタンバイはしていたのか、すぐに階段を上ってくる音がした。そして数十秒としない間に各務くんのお母さんが到着、部屋の中を見ると、手に持っていたタオルを床に落とした。
「え? なにこのゲストハウスのような空間……」
「渡来さんの手際がすごい……こう、なんか……、こう……。早送りで見てるみたいな……?」
「ここまでやるって解ってれば、壁紙の数枚でも持って来られたんですけれど」
「あ、はい……渡来さんってその、大工さんでもやっているのかしら?」
「中学生なのでちょっと。演劇部の裏方で鍛えられているだけですよ。それと、他の部屋も必要ならばやりますが……」
僕の提案に各務くんのお母さんは真剣に考え込むような素振りを見せた。その背後からもーくんがやってくると、僕の足下にすり寄ってくる。なかなか可愛い奴だ。内心は『やっと静かになったな偉いぞ』と言われているような気がするけれど。
「いやでも、さすがにそこまで頼むのはどうかと思うわねえ。潤司の部屋だけ進んだのは内心癪だけれど、それで十分よ。ありがとう、息子の為にたくさんの作業を……」
してくれて、と言う言葉を言う前に、各務くんのお母さんはあらためて部屋を眺める。
「……ええと、ベッドの展開に、家具のレイアウト変更、テレビの壁掛け設置、本棚の整理、見知らない棚が一つとサイドテーブルが一つ増えているように見えるのだけれど、二十分くらいよね、たしか」
「お話ししながらだったので、少し遅くなりました。すみません」
「いえ早いという話ね?」
そうだろうか?
(おう。普通はな、話ながら左手でベッドを組み立てつつ右手でタンスを移動させたりはしないし、無秩序に段ボールに入っていた本を本棚に整理しながら入れつつ新しい棚を作ったりはしねえ)
僕だって普通ならそんなことはしないよ。
錬金術でほぼ一瞬だし。
錬金整理術は便利なのだ。
「潤司。あなたの先輩、スーパーリベロじゃなくて、マルチプルに突き抜けた天才ってタイプじゃないかしら?」
「お母。おれも今そう思ってる」
そして本人の前でなかなか勇気のある会話をする各務母子だった。
「適当にやられていたらたまったものじゃないけれど、これは業者に頼んだような格好よね、もはや。渡来くんに何か報酬をあげないと……」
「ならば、少しもーくんを抱っこさせてください」
「え、それだけでいいのかしら」
「はい」
「どうぞ」
許可も貰ったので、足下にすりすりとしてきているもーくんを抱きかかえて、首筋のあたりをもふもふとすると、「なー」ともーくんは鳴いた。よしよし。家から勝手に出るんじゃないぞー、餌貰えないぞー。
「渡来先輩が抱えると、やたら素直だなあ、もーくん」
「僕はこの辺一帯で猫誑し扱いされてるくらいに猫が好きで、猫に好かれるんだよ」
「まるで冗談に聞こえない……」
実際冗談ではないのだ。
「もっとも、猫誑しと呼ばれるのはちょっと複雑なんだけど」
「そう……」
そしてもの凄く複雑に頷かれた。
立ち話というのも妙だったので、そのままもう一度リビングへ。
尚、もーくんは早速新居のふすまを破ったそうだ。覚悟はしていたけど本当にやられるとは、とは各務くんのお母さんの談。
「そうそう、渡来くん。あの学校って水筒の持ち込みはオッケーなのよね」
「大丈夫ですよ。ちなみに中身にも制限がないです。紅茶とかを持ってくる子がちらほら居ますね。変わり種だとお吸い物とか」
「……それは変わった子ね」
「同感です」
いや本当に。
「水筒じゃなくても、きちんとケースに入れるならばペットボトルもオッケーです。紙パックと缶はダメですね。校内に自販機はないので、その辺も注意してください」
「あら、ペットボトルも良いの?」
「ケースに入れて居るならば。ケースと言っても、布やら何やらで適当に作った物でも、ペットボトルの中身が見えなくなるならば大丈夫です」
この辺は今度校則というか、ちょっとした規則が作られるらしいけど、今度といっても数年は先になるとも言っていた。その辺も捕捉すると、少し意外そうに母子が頷く。
「先輩。じゃあ、食べ物の持ち込みは?」
「基本的にはダメ。バレンタインデーとかホワイトデーは例外的に『黙認』して貰えるけれど、お菓子類の持ち込みもダメだね。ただ、アレルギーが酷いとかの明確な理由がある場合だとか、持病の都合でどうしても必要なら個別に申請しておくと、年度中有効の許可証が貰えるよ」
尚、トローチタイプの薬も許可が必要になる。お菓子に見えちゃうから、らしい。
「部活中に小腹が空いたりしたらどうするんですか?」
「そこは公立校の悲しいところだね。基本的にはどうしようもない」
「ってことは、抜け道がある?」
「察しが良いね。一部の部活は顧問を通じて許可を取ってる。もっとも、そういう部活……具体的にはサッカー部とかだけれど、そのあたりは父母会が強いからできるんだ。男子バレー部にはそもそも父母会が無いから、同じ方法だと難しいかな……、外部コーチを招いてる都合上、攻めるならそっちだろうね。春川コーチに持ち込みの許可証を与えさせて、あくまで外部として、父母会と同じ流れで差し入れをするって形にする」
「おお!」
まあ、現状ではまずその許可証を与えさせるというのが難しいんだけど。
いや緒方先生にも手伝って貰えばすぐか……。
「ま、このあたりは在校生も改善できるならばしたがるだろうし、気軽に提案してみてよ。少なくとも僕は乗るからさ」
「はい!」
良い笑顔で各務くんが頷く。役立てて良かった。
で、なんで間食が欲しいのかと聞いてみると、
「……おれ、すぐにお腹空いちゃうから、間食がほしいんですよね」
とのこと。
漁火先輩も似たようなことを言ってたな、自発的に提案こそしないだろうけど乗るだろう。郁也くんも体力の分配がほとんど最適化ができたからこそ、単純な体力と集中力の不足が課題になりつつある。カロリーを取ることはその解決策の一つとして挙げていたから、たぶん乗ってくれる。
逆に反対しそうなのは……、居ないな。
消極的賛成に回る子が殆どだろうし、ならば結局発案者の有無だろうし、大丈夫だ。たぶん。いざとなれば僕がどうにかする。
(おい)
良いんだよ。僕にとっても都合が良いんだから。
(それが本音か……)
色々と持ち込める幅が増えることは悪いことじゃないのだ。
錬金術の役に立つかは微妙だけど、ね。
「練習といえば。渡来先輩って、持久走、どのくらい出来るんですか? 試合見てても最初から最後まで全然疲れてないように見えて……」
「持久走……」
…………、どのくらいだろう?
僕が小首を傾げると、あれ、と各務くん母子は不思議そうに僕を見た。
「まさか苦手、と言うことも無いと思うんですが……」
「そう……だね。苦手意識は殆ど無いかな。でも……どのくらい、って聞かれると、微妙だなあ。昔は『疲れ果てるまで走ってみる』みたいな事もやってみた時期があったけど……、今は大分変わったし。どうせ五月頃には体力テストもあるし、部活としての運動力テストもあるけれど、一番最近にやったの何時だったかな……一月……?」
「じゃあ、そこでどのくらいの距離を、どのくらいで走りましたか?」
「男子バレー部としてのテストだから、陸上的には正確なタイムとはほど遠いよ。1500メートル走、ゆっくり走って四分半くらい」
ゆっくり走って。
更に言うと走り終えた後すぐに別の運動を始めているけれど、絶句されているので言わないことにする。
シャトルランテストの『カンスト』という結果を知ったらどうなるかな? ……遅かれ早かれ知られるんだろうなあ。
「さっきまでも見てもらった分、説得力はあると思うけれど。僕はどうも他の人と比べて色々と規準が狂ってるらしいから、あんまり参考にしちゃだめだよ」
「はい。したくても無理です!」
実に正直者な各務くんだった。
その後も雑談は案外続く。
隣の県から引っ越してきたと言う事で、給食はどんな感じか……とか、このあたりの美味しいご飯屋さんはどこにあるか……とか、そういう生活的なものが多くなったのは、やはり引っ越しで多少の不安があるからだろう。
あとは、
「近所のタイムセール情報とか、知ってるかしら?」
「はい」
「そうよね、さすがに知らな……知ってるの?」
「知ってますよ。僕の両親は共働きなので、買い物から調理まで僕がやることも多いんです」
というわけで情報を共有。
そもそも近所のスーパーの位置が解っていないようだったので、適当なチラシの裏にペンを借りて地図をざっと記入、可能な限り解りやすいように記していく。
「ここのスーパーはあまり大きくないですけど、品物はそこそこ良いものがバランス良く揃ってます。値段は相応くらいですが、セール対象は安い印象ですね。値引き札が貼られるタイミングは五時半頃に一度目、七時過ぎに二度目です。平日午後二時と『八の付く日』の朝は定期のタイムセールがあって、木曜日は冷凍品がアイスも含めて四割引です」
「あ、思ってた以上に詳しいわ……」
まだまだだ。
「このスーパーにお目当てのものがないときはちょっと遠いんですけど、こっちのスーパーにどうぞ。かなり広いこともあって、大概はあります。ただ、安かろう悪かろうの目が多いことに気をつけてください。食品類は駅ビルの地下なんて抜け道もありますが、あそこは高い上セールはあまりないので……、雑貨類も上でありますが、同じです」
「なるほど」
「あとは商店街ですね。八百屋さん、お肉屋さん、魚屋さんに酒屋さん、米屋さんに豆屋さんなどなど、一通りありますよ。品質そこそこ、お値段相応がモットーですが、まとめ買いすると多少値引きしてくれる傾向があります。金物屋さんに寝具屋さん、紡織屋さんとかもあるので、一度時間を掛けてゆっくりと歩いてみてください。商店街で買い物するとポイントカードがあるんですけど、そのポイントカードが貯まると半年に一回行われる『くじ引き』ができます。くじ引きをしなくても五百円分の金券扱いになりますが、くじ引きに行けば『最低』でも千円分の金券に交換して貰えるので、貯めていってください。ポイントカードの有効期限は三年です」
「……ねえ、渡来くん。あなた、主夫でも目指しているの?」
ある意味当然の問いかけに、僕は曖昧に首を振った。
主夫かあ。それもいいかもなあ。
でもなんか暇そうだから、必ずしもなりたいというわけでもない。いやでも暇な分には趣味を作ればいいしな……。
「ものすごく複雑な返事ですね、先輩」
「まあ……なれたら楽そうだけど、楽しそうかどうかは微妙だからね」
「楽そうと、楽しそう……。そう考えると、渡来先輩って、バレーを楽しそうにやりますよね」
「うん。僕はバレーが楽しいし、好きだよ。各務くんはどう?」
「おれも好きだし、楽しいと思います」
「それはよかった」
けれど少しだけ嘘が混じっている。
楽しいだけが全てじゃない、か。
(その方が本来……『自然』だろうな)
だね。
そのあたりまえな感性は、けれどやっぱり、羨ましいなあ……。
この後も雑談は続き、結局僕が各務くんの家を出たのは五時過ぎになってからだった。
ちょっと挨拶するつもりでがっつり話し込んでしまったけど、まあ、楽しかったからいいや。




