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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
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82 - 久々なリアクション

 日を改めて3月28日、火曜日。

 約束通りのお昼過ぎに、僕は白い塀の家こと、各務くんの家を尋ねた。

 手ぶらで向かうのも何だったので、猫を模した手作りのお菓子を持参することにしたけど、洋輔はついてこないことになった。

 あくまでも約束したのは僕だけだったし、そもそも洋輔と各務くんの間に面識らしい面識がたぶん無い。それを引っ越し直後にいきなりつれて行くのも無礼だろう。

 というわけでインターフォンをプッシュ。

『はい、どちらさまでしょうか』

「渡来です。遊びに来ました」

『……ああ!』

 なんだか不安になる間があったんだけど、大丈夫だよね?

 日付間違えてないよね僕?

(昨日の今日だろ。間違えたというより向こうの都合だと思うぜ。たぶん片付けが終わってないんだろ)

 あり得る。

『ごめんなさい、まだ少しばたついていて。けれど……』

「こんにちは、渡来先輩っ!」

「こんにちは、各務くん」

 インターフォン越しの声が終わるよりも早く玄関がバタンと開いて、各務くんが応対してくれた。

 それに気付いたようで、インターフォン越しの声も諦めを込めて、言う。

『そのまま上がって頂戴な。片付けが全然終わって無くて、お恥ずかしいのだけれど』

「すみません。お邪魔します」

「ようこそ!」

「にゃん!」

 各務くんが改めてようこそ、と言った直後、例の子猫、もーくんが全力で玄関を飛び出した。

 回り込んで捕獲、よしよしと撫でつつ玄関を通る。

「いや待ってください。先輩。なんか今すごい動きしませんでした?」

「そう? また逃げられたら大事だし、って捕まえただけだよ?」

「そ、そうですか……」

 成猫ならともかく子猫の速度だ、察知できればそれほど難しい事でも無い。

 にしてもこの子、逃げ癖が付いてそうだな。弓矢家のゆーととは比べものにならないやんちゃっ子か。

「あ、これ。スリッパ。どうぞ」

「ありがと。お邪魔します」

 玄関で靴を脱いで、差し出されたスリッパを履く。スリッパは犬柄だったけど、犬の気配はない。ちらほらと展開され始めているマットなどの柄も無秩序で、犬・猫・鳥などが入り乱れている……ふむ、動物好きの一家って感じかな。

 ん……?

 と、ある一点に視線が一瞬止まったけれど、

「渡来先輩、とりあえずこっちでいいですか?」

「うん」

 それよりも先に挨拶だろう。

 各務くんが挨拶してくれた先へと向かうと、昨日も見かけた各務くんの母親が重たそうにソファーを移動していた。

「いらっしゃい。ごめんなさい、まだ全然片付けが終わっていないの。今、とりあえず場所を作るから……」

「いえ、お気になさらず。むしろ僕のほうこそ、妙なタイミングでした。すみません。それと、これ、手作りのお菓子なんですけれど、よかったらどうぞ。焼き菓子です」

「あら! じゃあ……、そうね、折角のもらい物だもの。潤司、ソファの移動やっておいて。私はお茶を入れてくるわ、三人分ね」

「え、お(かあ)。あれ全部動かすのか?」

「男の子でしょ、頑張りなさい」

 えー、という表情で抗議する各務くんと、僕のお土産を受け取りつつ「ありがとう」、と感謝をしてくれる各務くんのお母さん。家庭事情は良好のようだ。

「各務くん。ちょっとこの子を抱っこしてくれるかな?」

「あ、すいません。ずっと抱っこさせちゃっていて。けど、ソファ動かさないと……」

「そっちを僕がやるよ。その方が効率は良さそうだ」

「え? ……重いですよ、あれ?」

 重いと言ってもたかがソファ。

 もーくんを各務くんに預け、先ほどまで各務くんの母親が重たげにゆっくりとズラしていたソファをすっと持ち上げ、

「で、どこに置けば良い?」

「…………」

「……各務くん?」

 きょとん、と。

 各務くんは目を丸くした。

 心なしか各務くんが抱えているもーくんも驚いている。

 なんか懐かしいな、このリアクション。

(だが正常だからな、それ)

 だよね。

 …………。

 洋輔の突っ込みがあると安心するななんか……。

「潤司、お客さんにやら……、え?」

 そして各務くんのお母さんもこちらをのぞき込んできょとんとした。

「えっと、ソファはどこにどう置きますか?」

「…………、そこのテレビの前、三メートルくらい離したところに。間にちゃぶ台をおきたくて……」

「はい」

 指示も貰ったので言われたとおりの場所へと静かに配置。

「各務くん。折角だしお片付け、僕に出来る範囲で手伝うよ」

「あ、はい……えっと……、渡来先輩、力持ちなんですね……ベンチプレスとか、やったこと、あります?」

「ベンチプレスはないなあ」

 確か野球部に機材はあったはずだけど。

 そんな雑談を交えつつ、言われたとおりに家具、具体的にはソファ・テーブル・椅子・スタンド類を移動。

 丁度終えたところでお茶が入ったらしく、各務くんのお母さんが配置したてのテーブルにことんと配膳してくれた。

 尚、持参した手作りお菓子ことクッキーも綺麗にお皿に盛り付けられている。

「ええと……、今貰ったものをそのまま出すのもどうかと思ったのだけれど、これでいいかしら」

「僕は嬉しいですよ。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「ちなみにこっちの茶虎猫風はダージリンティーの茶葉でアクセントを加えた、大人にもおすすめできる一品です。で、そっちのぶち猫風にもチョコチップが入ってますが、甘さは控えめにしてあります。一番あまいのはこっちの、白糖でコーティングしている白猫風になってます。次点はこのチョコ層を重ねているデフォルメ猫ちゃんです。どれも自信作です。お口に合うと良いんですが……」

 折角なので紹介してみると、各務くんと各務くんのお母さんは顔を見合わせ、それぞれぶち猫風とデフォルメ猫ちゃんを手に取るとぱくっと一口。

「あ。美味い」

「美味しいわこれ……」

「それはよかった」

 尚、どのクッキーも品質値的には9000オーバー、特級品。

 錬金術ではなく『理想の動き』による作成なのでまだまだ『詰めが甘い』ところはあるけれど、それでもそんじょそこらのデパートで売っているような手土産用のお菓子よりかは品質値が高く美味しいはずだ。

 とはいえ味付けの好みが同じかどうかはまた別の事。どんなに美味しい食べ物でも、たとえば辛いものが苦手な人に担々麺をだしたところで嫌がられるだろう。

「いやあ。さすがは潤司が憧れる先輩というか……色々と出来るのねえ」

「色々と教えてくれる、良い先輩や先生、友達に恵まれたからですよ。僕もそうありたいものです」

「にゃん」

 紅茶を一口のんだところでもーくんがやってきたので、もーくんをゆっくり撫でながらちょこっと性格判断。…………。うん、やっぱりちょっとやんちゃな子だな。けれど手加減は知っている。他の子猫と暮らしていた時期もあると言うことだ。

「えっと、この子の名前はもーくんで良いんですか?」

「ええ。私たちはそう呼んでいるの。けれど夫が付けた名前は、モラクスよ」

「伯爵でしたか。となると、星とか石とか、薬草とかが好きそうですね」

「…………?」

「…………?」

 モラクスと言えばソロモン七十二柱に数えられる悪魔の名前で伯爵、鉱石・薬草・天文学に関する知識を与えてくれるとか、そんな感じだったと記憶していた……んだけど、あれ、違ったっけ?

(いや、たぶんその二人が知らねえんだろ。名付けた父親の趣味って事)

 だとしたらすごい趣味のお父さんだよね。悪魔信仰でもしてるんだろうか。

(どっちかというと最近流行のゲーム由来だろうな)

 納得。

「由来が何処にあるのか次第ですけどね。もーくん、おいでー」

 手を地面に下ろせば、もーくんは僕の手から腕、そして肩から頭の上へと器用によじ登り、頭の上にどしんと座ると「にゃあ」と鳴いた。

 よろしい。

「良い子ですね」

「いや、……え? 何?」

 信じられないものをみた、といった様子で各務くんのお母さんは言う。

 このリアクションもなんだか久々だ。これからは年度末や年度初めの儀式になるのかもしれない。

「僕が猫好きをこじらせて、猫と色々とお話しできちゃうと言うだけのことです。お気になさらず。ね、もーくん」

「にゃあ」

 猫用のおやつも用意してあげれば良かっただろうか、いやでも子猫だしな、勝手におやつをあげるというのも健康によくないだろう。

 そんな内心はさておいて、折角お話ししに来たのに猫に合わせて困惑され続けていてもしかたがないし、話題を振ってみる。

「急に話を変えてしまうけれど。各務くんはやっぱり、バレー部にくるんだよね」

「あ、はい! そのあたりで、少し、聞いておきたいんですけれど……えっと、バレー部の部室のロッカーとかって、すぐに使わせてもらえるんでしょうか?」

 まあ、気になるよな。

 僕は頷く。

「ロッカーを使うだけなら仮入部でも。ただロッカーのカギが貰えるのは、正式入部した後かな」

「正式な入部はいつになったら出来ますか?」

「部活説明会の後、一週間の仮入部期間がある。それが終わったら……というのが、表向きで、慣例だね」

「表向き?」

 そう。

 実は明文化されている部分は『部活に参加を希望する生徒はその部活の顧問に入部届を提出する』『入部届は在籍者名簿に記名することで受理とする』『正式部員とは在籍者名簿に記名されている者を指す』の三つだけなのだ。

 そしてここに時期の明示が無い以上、『いつ入部届を出しても構わない』し、逆に一週間の仮入部期間を終えても仮入部のままだったり、別の部活の仮入部ができたりする。

「男子バレー部の顧問、小里先生と、春川コーチはどちらも融通が利くタイプの大人だからね。『早めに自分のロッカーが欲しい、入部させてください』と一言でも入れれば、その日の内に入部届は用意してくれるはず。それに各務くんが名前を書いて、保護者さんが名前を書いて判子を押して、それを各務くんは顧問の小里先生に提出したら、すぐにロッカーのカギも貰えるよ」

「なるほど……。えっと、入部はその入部届だけで良いんですか?」

 さて……。

 僕はちらりと、各務くんのお母さんに視線を向ける。

 遠慮はしないで、という感じで頷かれたので、じゃあ、としっかり説明することに。

「入部届を先生から貰うときに、部活の決まり事とかの説明が書かれてる紙も渡される。で、男子バレー部は外部コーチを招いてたりする都合上、そこそこ部費が掛かっちゃう。生々しい数字を出すと、今で月に二千円。新入生の支払いは五月から、基本は毎月払い。これが単に参加するための金額。シューズとか練習着も準備が必要ならば、買わないといけないかな」

「今使ってるやつのままでもいいのかな……、何か指定とか、あるんですか?」

「指定は無いよ。練習着だって、体操着で代用する子もちらほら居るから。シューズも今使ってるのがあるならば、そのままで大丈夫」

「気が早いようだけれど、渡来くん。ユニフォームとかは、どのくらいしたかしら?」

「ユニフォームはタダです」

「そう。…………。うん? タダ?」

「はい」

 これは他の部活と違う事なので、明文化されている。

 ちなみに似たような形で遠征費用や合宿費用も大幅な負担減が実施されるのだけれど、まあ、細かい数字は親だけ知っていれば良いというのが僕のスタンスだ。敢えて各務くんの前で言うことではない。

(お前のその気配りは妙な所でやたらと発揮されるイメージが最近あるな……)

 そりゃあ当然だよ。僕は世間ずれしてるから。

(誇るんじゃねえ)

 そうそうこの感じ。こういう突っ込みを僕は待っていたのだ。

 沈黙する洋輔はさておいて、と。

「部室周りで聞きたいこととか、あるかな?」

「あ。えっと、渡来先輩はロッカーにどんなものを入れてますか?」

「僕が常備してるのは練習着が二セットと着替え用の下着が二セット、シューズ、汗拭きタオルが二つとバスタオルが二つ。僕は予備を常備するタイプだからそうしてるだけで、普通の子は一つずつしか置いてないね」

「汗拭きタオルは解るんですが、バスタオルって?」

「男子バレー部の部室にはシャワー室が併設されていてね。練習後に浴びて行くんだ」

「なるほど。って、……え? シャワー室?」

 うん、と頷く。

 尚、先行体験入部時の見学ではシャワー室までは見せていなかったので、当然の反応といえば当然だ。

「お湯も出るから安心してね」

「公立校……ですよね?」

「うん。ちなみにシャワー室のある部活は、男子バレー部を除くと水泳部だけ。他の部活とかでも利用申請を出せば使えたりはするけど、ね」

「設備が良いですね」

「その辺の施設は、学校を建てた人に感謝だよね。あとは毎週一回、練習が終わったらそのまま部員皆で商店街にあるパステルって喫茶店に行って、そこで立食だけど軽食食べ放題にソフトドリンク飲み放題。これも後援が由来なので、タダ」

「ただより高いものは無いって言うような……」

「その通り。そういう特権的な立場を維持するために、男子バレー部は活躍しなければならないし、年に一度、二度は商店街が主宰する集会に出席する必要も出てくるんだ」

 だとしても楽な部類だとは思うけれど、といったところでもーくんが僕の頭の上から飛び降り、くああ、と大きなあくびをした。

 退屈な話はもういいよ、と言う事らしい。

「他にも、僕が答えられることならなんなりと。それと僕は、演劇部の裏方をメインでやっているだけあって、相応に力はある方です。僕なんかでよければ、力作業、お手伝いしますよ」

「いいんですか、渡来先輩。えっと……結構な重労働ですよ、これ」

「あー……まあ、乗用車くらいなら持てるから。大丈夫だと思う」

「あはは、冗談が上手ね」

 各務くんのお母さんはそう笑った。

 実際、冗談の部類だ。通じて良かった。

(まあお前なら荷物満タン状態のトラックも余裕だろうからな)

 洋輔ほどじゃないけど、洋輔よりかは得意だからね。

 ……我ながらわかりにくいな今の。

(間違ってねえから余計にな)

 全くだ。

「僕も先輩にはよくして貰いましたから。こんどは僕がよくありたいなと思っただけです。なんでも言ってください」

「じゃあ、悪いけれど、お願いしましょう。潤司、あなたの部屋の整理、手伝って貰っちゃいなさい。ベッドとかも組み立てないと、このままだとあなた、今日も床に寝袋になるわよ」

「えっと……いい、ですか?」

「もちろん」

 おずおずと聞いてくる各務くんは申し訳なさそうで。

 けれどその程度ならば、多分すぐに終わるだろうなあ、と僕は頷いた。

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