81 - 井戸端会議と迷い猫
3月27日、月曜日。
春休みの予定として、特にこれと言ってやることを決めていなかった僕とは違い、洋輔は今日、来島くんに誘われて少し遠くへと出かけている。確か来島くんが参加しているジュニアユースのイベントだったかな。
一方で僕はと言うと、自分の部屋で亀ちゃんを頭の上にのせながら少し作業をしていた。正直に言うとかなり重たいけど、まあ、それで満足してくれるならば本望だ。
で、作業内容は竪川日比生さんからのリクエストこと納品要求への対応。
指定されたものをふぁん、ふぁん、ふぁんと作りつつ、丁寧に梱包してトランクケースへとしまっていく。
ふぁん、という音が気に入っているのか、亀ちゃんはそのたびにご機嫌そうにヒゲを揺らしていて、梱包やケースへの移動時はその音がしないからだろう、亀ちゃんはちょっと不機嫌そうに僕の頭に肉球を押しつけてきている。そう慌てないで欲しいとは思うけど、猫に注文できる立場でもない僕だった。
尚、今回の納品要求に対して提示されている金額は、とりあえず三百万。
全てを納品できればボーナスあり、更に品質次第でさらにボーナスを付けてくれると言うわけで、『そこそこ良い品質』になるように調整して全て作っている。より具体的には品質値が6000台になるようにしている。
錬金術で僕が作る以上、品質値は三万とかならばノーコストで固定できるんだけれど、品質値はその名の通り、品質を表わす数字だ。あんまりに品質が高すぎると出所を疑われるし、そもそも値段が付かなくなる恐れもある。
あまりにも綺麗すぎる、理想的な宝石というものは逆に『偽物だ』と見られる事も多いし、本物である事を証明できたとしても今度は完成された工芸品というか、場合によっては博物館行きになりかねない。
「原石類はこれでオッケー。クラスターも梱包済み、あとは標本系かな……亀ちゃん、何色がいい?」
「にゃあ?」
何色って何だ、と言わんばかりの亀ちゃんに、猫に聞いた僕に問題があるなあとちょっと反省。
で、結局標本としては有名どころでお茶を濁すことにする。
具体的にはスターサファイアと、リリーパッドインクリュージョンのあるペリドットとか、そのあたり。
けれどこうすると、黄色系統の宝石が少ないな。ちょっと不公平感があるのでシトリンなども準備して、梱包、収納。
納品要求にチェックを入れて、よし、問題なし。
けれど少しトランクケースには余裕があるので、追加でいくつか持っていこう。タンザナイトとか。ふぁん。それに一点だけ、品質値を高めたものも準備する。何にしようかな……、ダイヤモンドも悪くはないけど、変に目立ちそうだし。ルビーあたりにするか。ふぁんっと。完成品の品質値を確認、82552。見た目は3カラットほどの深い紅色のルビー、傷一つ無くインクリュージョンも全くない。やっぱりぱっと見では色つきガラスだなこれ。
音も『ふぁん』だったから大丈夫だとは思うけれど、超等品ではないことも確認できたので、梱包して収納。
「今度こそ、よしっと」
納品要求のリストも畳んでこっそり二重底の方に仕込んだら、パタンと畳んで施錠しておく。
…………。
洋輔が居ないと突っ込みがなくて暇だな。
洋輔の感覚を介して状況を確認してみると、なにやら準備体操中。どうやら洋輔も参加することになったらしい。でも滅茶苦茶不本意な感じが伝わってくるので、これは来島くんに一本取られた感じかな。
ま、あっちはあっち。
「他にやることあったかなあ……」
日比生さんからのリクエストについてはコンプリート。
眼鏡の解析は現在進行形で実行中、冬華に複製品を渡すのも既に昨日済ませた。
急いでやりたいことといえば、『猫と少年』の確保だけれど、これは今度日比生さんに会うときに提案するわけで。
よし。
「買い物でも行くか」
「にゃあ……?」
亀ちゃんを頭の上から抱き上げて、そのままキャットタワーの上から二段目へと戻すと、亀ちゃんはちょっと残念そうに尻尾を丸めた。
「ちょっとお買い物してくるよ、亀ちゃん。おいしいおやつも用意するから、少しうとうとしておいで」
「にゃん」
亀ちゃんは実に物わかりの良い猫なので、頷くとその場で丸まった。
洋輔はいい加減突っ込みを我慢しきれなくなりつつあるけど、それでも我慢しようと努力しているらしいく、未だに何も言ってこない。いつまで我慢が利くだろうか?
折角なので暇つぶしの一環として利用しよう。
ふぁん、と着替えをざっくり済ませて、お財布とスマホをポーチに入れて、家から出たらまずは戸締まり。
終えて道を少し歩けば、野良猫が一匹おずおずと、こちらに近寄って「みゃあ」と鳴いた。
「おや、新顔だね。うーん。ミルクくんにしようか」
名前は適当に付けておく。ミルクくんという名前から分かる様にオスだ。
但し耳に痕跡はなし、去勢手術はしていない。首輪……は、しているな。飼い猫か。
けれど外に出慣れた様子が全くない。何かの間違いで外に出ちゃったか、あるいはとりあえず飛び出してみたのは良いけどどうしようかと悩んでいる、あたりかな……。
抱き上げて撫で回しつつ、周囲にミルクくんの視線を向けさせて、だいたいの家の方角を探って……少なくとも西ではないな。かといって北にはマンションしかないし、となると南か東か。
少し歩けば近所のおばさんと遭遇、「こんにちは」と挨拶をすると、「こんにちは」と返してくれる。気の良いおばさんだ。
「おや、その子は……? 渡来くんちの猫じゃあないわね?」
「はい。僕も初めて会ったと思うんですよね。これは勘ですけど、たぶん初めての脱走って所かなって。心当たり、ありませんか?」
「うーん。私よりもよっぽど渡来くんのほうが心当たり、ありそうな気がするわ」
「いやあ。野良猫の縄張り事情ならば知ってますけど、飼い猫を誰が飼い始めたとかはさすがに……」
「そうよねえ」
そうなのだ。
ミルクくんの推定年齢からさらに推理をするならば、そんな長距離は移動していない、はずだけれど。
「ところで渡来くん。最近、この辺のジュエリーショップに行っていたって、本当かしら?」
「行きましたよ。演劇部の小道具で、それっぽい指輪とかを作ろうと思って。そのためには本物を見るのが一番ですから」
「なるほど。そういえば、演劇部だったものね」
「はい」
ならば良いわ、とおばさん。
…………?
「えっと、どうして僕がジュエリーショップに行ったことを?」
「私も時々利用しているのだけれどね。今日もその帰りなのよ。で、『この前、随分幼い子が一人で見に来たんだよ』、って世間話をされたの」
「世間話……ですか」
「ええ。ああいうお店はあまり、子供が行く場所でも無いから……」
明言はしないけれど、おばさんはつまり、『僕が怪しまれていた』という事実をそう示唆している。
そりゃそうだよな。万引きでも疑われたのだろうか。だとしたらちょっとショックだけど、僕が店員さんの立場なら同じようなことを考えるかも知れない。
その後もミルクくんを撫で回しつつ世間話に興じていると、別のおばさんが近付いてきて、それを見た別のおばさんもまた集まってきて、いつの間にか僕を含めて五人の井戸端会議に。
折角なので聞いてみたら、僕を除いた四人とも、僕が抱える仮称・ミルクくんの飼い主に心当たりはないらしい。
意外と遠くから来たのだろうか?
「新参猫といえば。ほら、先日の引っ越し業者のお話、聞きました?」
「ああ。塀にトラックをぶつけたんですってねえ」
「まあ、初耳だわあ。災難ねえ」
疑問を浮かべて居る間に話題が切り替わっていた。
引っ越し業者?
「この辺に誰かが引っ越してきたんですか?」
「まだ完全に荷物が運び込めてないみたいだから、入居は明日かもしれないわね。ほら、ブロック塀に白いペイントをしていた空き家があったでしょう? あそこよ。たしか渡来くんと同じくらいの年齢の男の子がいたわね」
「町内会で挨拶出来ると思うわよ」
「楽しみだな。お友達が増えると良いのだけど」
ね、ミルクくん、と迷い猫に振ってみると、迷い猫のミルクくんはきょとんとした。当然の反応だった。
「ちなみにそのおうちに引っ越してきた人のお名前は?」
「ああ、あの苗字は読みにくいかもしれないわね。かがみさんよ」
……うん?
「読みにくい、かがみ……? 『各々』に『務める』で『各務』ですか?」
「そうそう。あら、お友達に同じ名前の子がいるかしら?」
「お友達。そうですね、そうなりたいものです。学年が一つ、違うかもしれませんが」
ふうん……各務くん、あの家に引っ越してくるのか。
いや、引っ越してきたのか。かなり近いな。ここから歩いて一分くらいだろう。
部活、バレー部の関連で前に体験入部しにきたほどに熱心な良い子ですよ、みたいな話もすると、おばさんたちは「まあ!」だとか、感心するようにそれぞれ声を挙げた。これは暫く井戸端会議の話題になりそうだ。
「もう引っ越してきているなら、ついでだし挨拶しちゃおうかな?」
「後輩思いで良いわね。ごめんなさい、お買い物に行く途中だったんでしょう? 引き留めてしまったわね」
「いえ。いろいろと面白い話もできたので、僕は嬉しいくらいです。それじゃあ、お先に失礼しますね」
「ええ。気をつけて」
というわけで、井戸端会議を離脱。
ミルクくんを抱っこしたまま、白い塀の家を目指す。
僕の目測は概ね正しく、だいたい一分ほどで到着。塀にはなにやら衝突した痕跡、そういえばトラックをぶつけた……か。
で、トラックの中にはまだ搬入が終わっていない家具や段ボールがあり、なのに家の中ではずいぶんと賑やかな様子だ。
「ん……ミルクくん。どうしたー」
「みゃあ、みゃあ」
抱きかかえたミルクくんがなにか、手を招くような仕草を見せる。
…………。
一分。距離が近い。誰の心当たりもない。
いやまさかそんな……。
「まあ、聞く価値はあるか……」
ということで、遠慮がちにインターフォンを押してみた。
しばらくの後、「はあい」と内側から女性の声がする。
『えっと、どなたかしら? ごめんなさい、今ちょっと色々と忙しくて』
インターフォン越しに今は遠慮して欲しい、といった声が聞こえた。
ごもっともだったけど、だからこそ確認が先だ。
「すみません、この近所に住んでるものなんですが、えっと、この子猫に心当たりはありませんか?」
『え、子猫? 首輪は付けていたかしら?』
「はい。緑色の首輪を付けた、白黒のオス猫です」
『心当たり! あります! ごめんなさいすぐ行くから、少し待っていてください! 潤司、近所の人が見つけてくれたわー! 玄関!』
ビンゴ、っと。
二重の意味で。
僕はそんな事を思いつつ、玄関前で数秒待つと、玄関を開けたのは少しきちんとした格好をした、けれど確かに見覚えのある、僕よりも少しだけ背の高い男の子だった。筋肉量は見えないけれど、髪型だとかはそのままだ。
「え……、あれ? 渡来、先輩?」
「やあ。こんにちは、各務くん。今日引っ越してきたんだ」
「は、はい。えっと……あれ? なんで、渡来先輩がここに?」
「僕の家、ここからすぐ近くなんだよ。それで、この子猫は……」
「あっ、その、えっと」
困惑しまくっている各務くん。
そして僕の腕の中で、やっと見つけた、とでも言わんばかりにしきりに腕を動かすミルクくん。
うーむ。飼い主に似ないタイプか、あるいは各務くんが選んだわけじゃないのか。親が飼いはじめるパターンもあるからな。
「ちょっと潤司、何してるの?」
「あ、お母。ごめん。えっと……。その?」
「あ! もーちゃん!」
玄関を飛び出すようにその女性は僕の方へと裸足で近寄ってきた。ので、ミルクちゃん、改め、もーちゃんを差し出すと、女性は「ありがとう! ああ、本当に嬉しいわ」と感涙しながら抱きしめた。もーちゃんはちょっと息苦しそうだ。
「引っ越しのどさくさで逃げ出してしまって、本当に困っていたの。ありがとう、えっと……、あれ? あなた、私と知り合いだったかしら? なんだか見覚えがあるわ……?」
「ええっと、人違い……、というわけでも、ないのかな? どうだろう。すみません、各務くんとは知り合いですよ」
「あら、そう。潤司の同級生……、なわけ無いわよね。引っ越してきたんだし。潤司、この子誰だっけ?」
「お母、失礼だよ! その人が渡来先輩だから! あのスーパーリベロの!」
「え?」
各務くんのお母さんはまずそう声を漏らして、「あ。」と思い至ったらしい。しきりに二度三度と頷いている。
にしてもスーパーリベロ? 妙な呼ばれ方をしているものだ。
「ってことは潤司の先輩……? に、なるのよね。ごめんなさい、うちの子が失礼をしなかったかしら」
「まさか。体験入部でも熱心で、先輩もコーチも、皆感心していましたよ。挨拶が遅れましたが。初めまして、渡来佳苗です。各務くんも、二週間ぶり」
「はいっ! 二週間ぶりです! えっと……、んと……」
ふむ。
立ち話もなんだけど、こんな状況で中に入れて貰うというのもなんか変だな。
「今は混み合ってるようだから、また……そうだな、明日のお昼過ぎにもまたきます。その時たくさんお話ししようよ、各務くん」
「流石! それがいいです! お母、いいかな?」
「え、ええ。明日なら、たぶん」
何が流石なのかは解らないけれど、相変わらず良い返事をしてくれるなあ。気がスカッとする感じだ。お母さんのほうは困惑模様だけど。
「それじゃ、また明日」
「はい!」
ばいばいと手を振り家を離れる。
しかし、こんな近い所に引っ越してくるとは……しかもあの驚きよう、偶然なのか。
奇妙な運命もあったものだ、なんて思いつつ、本題である買い物へと戻る。
…………。
洋輔、生きてる?
(パス回し中だから後にしろ)
ああ、うん。
…………。
やっぱり突っ込みがないのはなんか寂しい……いや、物足りないななんか。
味付けし忘れたフライドポテトみたいな?




