79 - 徹底解剖『便利な眼鏡』
3月25日、土曜日。
あらかじめ両親にも『勉強やら工作やらを本腰入れてやるから、ご飯とかは持ち込んでおくね』と閉じこもり宣言をしておいたので、文字通りに本腰を入れて『眼鏡』の解析を始めることにする。
「そこまでするのかよ」
「正直、ここまでしても解析しきれるかどうか……」
「…………」
そもそも。
僕が道具の効果をほとんど完全に見抜ける、というのは、副次的な才能なのだ。
僕自身が持つ力はあくまでも生成と換喩であって、そういう分析めいたことはどちらかと言わなくとも洋輔の領分だろう。
だから最初の頃、僕が錬金術覚えたてだったころは、『なんか作れた道具』の効果はまるで把握できていなかった。
今は錬金術に対する理解度が深まったこともあって、大概の道具は見れば効果を見抜くことが出来る。
特に単一の効果を持つだけならば、大概は瞬間的に理解出来る。もちろん『僕の概念上に似たようなもの、もしくはその効果に類似する現象に心当たりがある場合』と条件は付くけれど。
たぶん『換喩』のところが錬金術の才能と引っかかってるんだろうね。
というわけで、『眼鏡』を机の上に置いて、その横にノートを広げると、片っ端から眼鏡の機能を書き出してゆく。
『品質値表示』。
マテリアルとして認識しているもののマテリアルとしての品質値を詳細表示する。
最低値は0、最高値は不明。0から999を九級品、1000から1999を八級品、2000から2999を七級品……と、千の桁が変わるごとに等級が変化する。8000から8999の一級品が事実上の最高地点とし、9000を越えたものは全部ひっくるめて『特級品』と扱う。
一般的な考え方として、九級品から七級品は『子供の工作』、六級品から五級品が『とりあえず売り物にできる』、四級品が『まともな売り物』、三級品から二級品が『上等な売り物』で、一級品は『最上級として提供されるもの』、特級品に至っては『例外で値段が付かないこともある』という規準があり、これは地球上においても概ねそうで、大量生産品は大体五級品から三級品の間に集約される。
尚、マテリアルの消耗度合いでも品質値は上下するため、作りたてでも無い限りは通常、品質値は下がり続ける一方になる。
この機能は本来『表しのレンズ』という、全ての品質値を強制表示する機能に由来する。それでは視界が常に数字だらけで役に立たない為、本来ならばそれに『道具』を掛け合わせることで、品質値を表示する範囲を狭めるのが正当な使い方だったのだけれど、僕の眼鏡に搭載されているものには『マテリアルとして認識したものだけ表示する』という形で制約が掛けられており、『僕がマテリアルとして認識しうる全て』を対象と出来る。
僕がマテリアルとして認識できないのは『生き物』。僕がそもそも認識し得ない現象やものだとかも当然無理。あまりにも巨大なものであるとかならば時間次第で解決可能。現に『月』の品質値は表示できた。三十桁くらいあったので数えるのはやめた。また、たとえば家の品質値を表示するとき、『家全体』、『屋根』『窓』などのパーツ単位、『部屋』単位などなどは僕がどのようにマテリアルとして認識するかで表示方法を変更できる。
あと、頑張れば『現象』も、しっかりマテリアルとして認識できるならば品質として表示は出来る。意味があるかどうかは別として。
当初はレンズに表示していたため、のぞき込まれるとその数字が見えてしまうことがあったけれど、最近はレンズに表示するのではなく視覚へとダイレクトに投影する形に改善された。よって、表示中に眼鏡を覗かれていても相手には何も見えないので安心だ。洋輔が僕の視界を使う分には見れるけどね。
「当たり前のように使えることを前提にしているし、実際使い倒してる基本機能だけどさ……お前が『眼鏡』をかけるようになったのもこれが最大の要因だけどさ。アレだな。とんでもねえ機能だよなコレ」
「否定はできないね。僕が認識できる全ての『デキの良さ』を数値化しちゃうわけだし」
『補正値表示』。
マテリアルとして認識しているもののマテリアルとしての補正値を詳細表示する。
補正値とはデフォルトの値として通常は0が表示されるけれど、何らかの理由でこの数値が変動することがあって、この数値を変動させることでその道具の効果が変わったり、その道具の連動先が指定できたりと、そういう『変数的な使い方』をするために考案された錬金術全体の拡張的な概念だ。
なので、表示することそれ自体にはあまり意味が無い。全く意味が無いわけじゃ無いし、なんらかの関連や因果関係を見つける手助けになる可能性は十分にある。というか、補正値という考え方自体が錬金術による概念拡張、いわば後付けの解釈としての機能なので、『現時点ではこれ以上の使い方が解っていない』というのが実情だ。
「ちなみに冬華にこの機能を説明したんだど、何て言われたと思う?」
「ああ、それは俺も聞いてたぜ。『え、まって、なんでそういう概念拡張を普通に道具に落とし込めてるのかしら?』だろ? 良い笑顔だったな」
『固有値表示』。
マテリアルとして認識しているもののマテリアルとしての固有値を詳細表示する。固有値はそのマテリアルが持つ固有の値で、僕が使うと四百桁の英数字が三段、合計で千二百桁の数字がどれにも表示される。アルファベットの大文字と小文字は区別され、全く同時に作った同じ物でも全く共通点が無かった上、『完成品を二重にする』という効果で文字通り『同じものを二つ』として作っても全く違った固有値が表示されたので、本当の意味でのシリアルナンバーなのだろう。
「実用性皆無なんだよねこの機能。覚えられないから」
「ちょっと桁数がおかしいよな……」
『遠見』。
機能拡張としてはもっとも大人しく、そして同時にもっとも猛々しいもので、視覚に倍率を掛けて遠くを見られるようにする望遠機能だ。望遠倍率はほとんど自在に設定でき、視界に入っているならばだけれど月の地表の砂だとか、あるいはもっと遠くの星の表面、別の銀河に属している惑星に吹きすさぶ砂嵐の砂の一粒でさえも一応観測出来る。一応というのは、地球上で観測する場合、大抵塵や花粉などの邪魔者が視界を塞ぐからだ。月程度ならばどうとでもなるけど、それ以上になると空気中を漂うウィルスとかも余裕で見えちゃうので、ちょっと遠慮して欲しい。
「遠慮するのはお前だよな」
「ごもっとも。ま、普通に使う分には便利なんだけどね」
『表示固定』。
それを有効化した瞬間の視界を、『スクリーンショット』で撮るように固定するという機能で、根本的に『他の媒体に記録させる』という使い方が推奨される道具だ。僕もそうしている。写真が当たり前のように撮れるこの地球上においてはいまいちにも思えるけれどそんな事は無く、他人に知られるどころか悟られることもなく、ただ『僕の視界にある全てを鮮明に記録する』というこの機能は地味にヤバイ。先述の『遠見』と合わせて使うと盗撮もとても簡単だ。やられたらむかつくので、積極的にやろうとはしないけれど。
「お前がその辺の常識を持っててよか……、いや、常識、あるか?」
「僕自身、正直微妙だと思ってる」
『色別』。
ある主体から観測する対象が『味方』が青、『敵対』が赤、『どちらでもない』が緑として表示されるようにする、主に魔物とかを検知するための道具だったんだけど、その機能を視覚全体に適応している。これによって視覚、『見える範囲全て』の『味方』『敵対』『どちらでもない』が一目で分かる。但し、完全な青・赤・緑という三原色のみで視界が表示されてしまうため、地面とそれ以外だとかがまるで判別できなくなるのが難点だ。
尚、僕にとって『青』く表示されるのは洋輔や冬華が代表例。他にも昌くんや晶くん、郁也くんも結構青く見えることから分かるように、意外と冗長的な処理が出来る機能だったりもする。尚、逆に『赤』く表示されるのは主体にとって敵対するものに限られず、『敵対する目的』あるいは『主体にとって害になるもの』も対象になる。地球上に存在するかどうかはともかく、罠の類いや主体にとって害を与える目的で用意された凶器類、あるいは身体的な害に限らず、いつぞやは洋輔がエロ本を隠していたとき、それが親にバレることで害になると判定されたのか、エロ本を隠していた場所が赤く表示されるという事もあった。
目の前で抗議の声を挙げている洋輔はさておき閑話休題、色別系統の道具は『主体』という表現をしばしば用いる。これは原則、その色別を行使しているものが主体になる……つまり、僕が主体になるんだけれど、僕以外を主体として指定することも出来るというわけだ。たとえば洋輔を主体にしてみたりすると、『僕にとっては何でも無いもの=緑』が、『洋輔にとっては別の色』で見えたりすることもある。で、主体の指定は遺伝子情報を利用するのがシンプルで、何より使い勝手が良い。
「遺伝子情報の保存が出来るお前だからなんだけどな、それ」
「まあね」
『情報保存』。
先の『表示固定』などでも使っているけれど、僕が得た情報を『そういうもの』としてパッケージ……というかブラックボックス化、『道具の効果』に強制的な変換を行い、その変換された効果を保存する領域。
たとえば洋輔や冬華の遺伝子情報はもちろん、僕自身や葵くん、昌くん、晶くん、郁也くんなどなど主要のお友達は全員分保存してあるし、亀ちゃんやこの辺でよく見る野良猫といった猫の遺伝子も集めている。
改善に改善を重ねた結果、今のところ保存できる情報の数に制限はたぶん無い。ここで保存された情報を呼び出すときは補正値によって保存されている場所を指定するため、番号を覚えておかないと咄嗟に呼び出せない事もしばしばあるので要注意。最初の十個くらいは特に覚えようとするまでもないけれど、今みたいに三千とかの情報を保存しているとさすがにどこが何だったかを覚えてられないので、索引用の情報を補正値『1』に叩き込んでいる。
「涙ぐましい努力をしている反面、なんつーか、雑な道具だよな」
「『換喩』があるから出来ることだよね。冬華にこの機能を教えたら裏拳が飛んできたよ」
『色別:虹』。
ちょっと話が戻るけど、そもそも機能拡張である色別の、さらに機能拡張であることからこう表記している。
本来の色別は青、緑、赤の三段階だけで表示するんだけど、それじゃああんまりにも極端すぎるという場面がある。中立寄りの敵対だとか、中立寄りの味方だっているだろう。それを拾うために、この機能では虹の名前が付いていることから解るように、『七段階』で表示できるようにしたというものである。
ついでに『色別:詳細表示』。
これはもう『色別』とはまた違った物になっている気がするけれど、どの程度味方でどの程度敵なのかを『数値』で表現する。一応数字の色が敵は赤、味方は青、どちらでもなければ緑という申し訳程度の『色別』的な要素はあるけれど、明白に数値化される分、あまり色は意味が無いんだよね。ちょっと勿体ない。
「機能拡張の機能拡張……か」
「機能改善とでも呼ぶべきかな? 大差ないけど」
『時間認知間隔変更』。
旧称は時間認識間隔変更。
時間軸そのものではなく、使用者の精神が時間をどう認知するのかを変更するという機能……たとえば十倍に設定して僕が使ったときの効果は、『世界にとっての一秒を、僕は十秒として認知する』。あくまでも『認知するだけ』で、この例の時、この機能だけでは十倍速で身体は動かない。あくまでも精神が認知する間隔を変更するだけだからだ。倍率はほとんど任意で、自在に設定可能。十分の一倍とかにすれば、さっきの例だと『世界にとっての十秒を、僕は一秒として認知する』とかにもできる。
これ単体ではとにかく使いにくく、『精神』と『身体』の間に大きなズレが発生する。で、そのズレ気にせず無理矢理動くと、当然『身体』に負荷が掛かり、あらゆる神経が焼き切れても文句が言えない。
身体を動かさないにしたって、不随意筋は十倍程度の倍率ならば許容して世界に対して正しい速度で動いてくれるとは言え、瞬きや呼吸と言った『意識して行えるタイプの、無意識な身体動作』の制御が出来なくなるため、十倍程度でも軽度の酸欠やドライアイになることが多い。
この道具は単純に行使すると一瞬で錬金術による存在改変現象、生体祭壇化――旧称は魔王化――が進行するというデメリットも含め、とにかく使いにくい道具だ。
「魔王化……つまり、祭壇化を受け入れるならばそのデメリットは無視できるんだけどね」
「にしたって動けるかどうかは別だからな」
『理想の動き』。
実質的な時間認知間隔変更にマストの効果で、『思い描いたとおりの動作を再生する』という効果。つまり百倍だろうが千倍だろうが、そういう極端な倍率でも『平常時と同じように呼吸したり瞬きをする』などがこれで簡単に実現できる他、自分自身にその経験が無くても、たとえば映像を見ただけで体操の動きを再現したり、水上の小さな浮力の上で完璧なバランスを取る……などという漠然とした『思い描いた動き』でさえも強引に再生しうるという道具だ。
尚、再現という意味で言うならば『直接見る』、『映像を見る』、『アニメーションなどを見る』、『図で解説してもらう』、『言葉や文字で解説してもらう』、『勘』の順でその精度が下がっていく。百聞は一見にしかずというやつだ。
あと、これもちょっと生体祭壇化進行の恐れあり。
「勘……?」
「勘。」
『代償代替』。
錬金術が要求する一部の代償としてのコストを代替する完全エッセンシアを埋め込むことで当初は実現していたもので、『時間認知間隔変更』や『理想の動き』で発生する生体祭壇化などのリスクを肩代わりさせるというものだ。
錬金術以外の代償は対象外。対象内であれば完全エッセンシアに由来しているだけあって、全てのリスクを踏み倒せる。但し、この効果を使うためにはこの効果を発動するために『マテリアルとして認識』、もしくはそれに限りなく近い状況を作らなければならず、僕以外にこの効果を使えるのは現状、冬華だけである。
洋輔が『時間認知間隔変更』と『理想の動き』を使えないのは、これを適応できないからだったりする。
「生体祭壇もなあ……。最後の手段でしかねえもんな」
「そうだね……」
『剛柔剣表示』。
洋輔が持つ固有の感覚、剛柔剣を視覚的に表示すると言う機能で、洋輔はあくまで感覚としてそれを認識するけれど、僕は矢印を視覚に投影する形で『見ている』。見る矢印の範囲はある程度調整が利くけれど、大原則として『僕の視界に入る動きしか見ることは出来ない』し、『視界に入るならば距離は関係ない』。月の地表の砂の動きだって明確だ。
で、洋輔の場合はそれに干渉さえできて、矢印の軌道や方向を書き換えたり、矢印の根元を付け替えたりしてあらゆるものの動きを自在に操れるけれど、僕のこれはただ『見るだけ』なので、操ることはできない。
「できない、はず、なんだけどな……」
「…………。なんだけどね……」
さて、一段落。
「まあ、ここまでは僕が普通によく使う機能だし、そもそも狙って付けた機能だから解って当然なんだけど、」
『あなたを規準にしないで頂戴、佳苗』
椋鳥越しに冬華から突っ込みを入れられた。さすが勇者、手強い。
「まあ僕には解って当然なんだけれど、問題はこの後だよね」
「…………。もうこの時点で大概でたらめなんだけど」
洋輔は大きな大きなため息を吐いて、言った。
「本題はこっからなんだよなあ……」
と。




