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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
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78 - 未来への助走

 3月24日の朝。

 春休みの初日、僕はその朝をぼんやり、ベッドの上で過ごしていた。

 亀ちゃんの餌やりは済ませてあり、その亀ちゃんはというと僕の真横で丸まっているので、しっかり撫でている。相変わらず撫で心地のいい子だ。

 時々微妙になで方を変えてやると、そのたびに亀ちゃんは喜ぶような仕草を見せる。それもまた愛らしい。

「ちょっと、整理しようか。まずは猫と少年を入手する算段を立てなきゃ行けないんだけど、どう動くにしても難しいなあ……」

「流石にな。俺たちがポーランドの美術館に寄贈された絵を買えるかというとかなり厳しいだろう」

「うん」

 そもそも美術館に寄贈された絵である時点でそれを個人的に購入するのは難しい。

 ましてや異国の、しかも子供がそれを持ちかけたとしたらもの凄く怪しまれるだろう。

 立場を偽るのはそれ以前の問題としてキツイし。

「だから発想を変える必要がある。僕達が欲しいのは絵そのものであるようで、実はそうじゃなく、その中に仕込まれているはずの神智結晶だ」

「もちろんそれが他人に露見しないよう何らかの仕掛けは施されてるだろうし、となると結局、絵そのものをお前が直に確認するのは必須条件だな。その絵を実際に手に入れる必要があるかどうかを確認するためにだ」

「うん。『なんとかしてあの絵を直に見る』、どうやれば神智結晶を入手できるのかを確認して、どうしても入手しなければならないならばそのために策を弄さなきゃ行けないし、入手する必要無く、秘密裏にどうにかできるならばその検討をするべきだ。だからそのためにも、『あの絵を直に見る』という機会が欲しい……」

「最悪は『ラストリゾート』で実現できる。とはいえ、あの魔法はどうにもな。手段を選べねえ分、使わせたくねえし」

「かといって、僕達はパスポートも持ってないからね。……一応、何か適当な理由を付けて作って貰って、いざとなったら観光って体で行く感じだね。発行までの時間とかも考えると、それが出来るのは最短でも夏休み」

「急ぎは急ぎだが、一分一秒を争うわけでもねえからな……。それで十分と言えば、十分だ。むしろその場合の問題は俺たちがポーランドに旅行する名目造りだろ」

 その通り。

 少なくとも僕と洋輔の二人旅では通るまい。

 それに可能ならば冬華にも何らかの形で絡んで貰いたいし……、そうなると、結局は僕達が直に向かうのは『最悪の場合の保険』だな。そうせずに済ませたいものだ。

「となると更に発想を変えないとダメだろ。俺たちの方から行けないなら、絵の方に来て貰うって方向性」

「それを実現するためには、当該美術館とのコネクションが必要だね。その上で、日本国内の美術館で僕達に協力してくれそうなところも探さないと……幸い、日お姉さんが美術品の鑑定って仕事をしているから、その絡みで多少は可能性も探れる」

「もう一つ。国立美術館、あそこは使えねえか? お前、あそこの学芸員に目を付けられていただろう」

「……あの人か。日お姉さんがどの程度関連できるか掛けな部分も多いけれど、ありだね」

 そういえば結局、あの『一枚の絵』を描いた人とはまだ接触してないんだよな。

 これもついでに探るか。

「弓矢の姉貴を介して『猫と少年』をなんとか国内に輸入、国内で展示して貰う。その中で俺たちが直接視認する……流れとしてはシンプルだな。実現性は別として」

「その実現性も意外とあるのかもね。日お姉さんと僕があの学芸員さんにどの程度評価して貰えているかによるとはいえ、日お姉さんなら既に接点を持っててもおかしくない。希望的観測というモノでしかないとはいえ、案外大丈夫そうという気もする」

 洋輔はうん、と頷いた。

 そうときまれば、その方面でやるべき事はそれでいい。

「一応、ダメだったときの対策も立てておこう。夏休みはポーランド旅行の可能性を視野にセッティングする。僕も、洋輔もだ。冬華には無理を言えないね」

「けれど可能ならば着いてきて貰おう。俺たちと違ってソフィアと直接な関わりないとはいえ、俺たちにも気付けないようなことだってあいつならば気付けるはずだ」

 正当な評価だね。

 そう思いつつ頷けば、椋鳥を介して声がした。

『評価して貰えるのは嬉しいわね。パスポート、旅券はたぶんすぐに作れるわ、私の場合はだけれど。ただ、親を説得する方法が難しいわね。父親はまだしも、母親には生半可な誘導がきかないわ』

「僕と洋輔も仕掛かけるよ。もっとも、僕達が『企んでる』とクロットさんには伝えちゃうつもりだけれど。日お姉さんを動かすためには竪川日比生さんの力も借りなきゃいけないだろうし、遅かれ早かれクロットさんにも知られる。ならばいっそその力を使いたい。事情をある程度明かしてでも、手伝って貰った方が良いと思う」

『なるほど貪欲ね。それでも確かにその通りだわ』

 行動を抑制する方法はいくつかある。

 敵対するか味方にするか。

 中立や無関係はあまり良くない。

 僕は一部の教師と敵対することで、その教師達の動きを『止めた』けれど、クロットさんは敵にしたくない。

 だから味方にするわけだけれど、中途半端な味方では意味が無い――完全な味方に付けなければならない。僕達側からも多少の情報の開示はやむを得ないだろう。

 確かにリスクは多大にある。それでもそれ以上に、得られるリターン、神智結晶があまりにも大きい。

『神智結晶、ね。……とはいえ、その絵の価値を知らない人間でも、あなたたちが何としてでも手に入れたいと言うならば、それに価値があると悟ってしまうわ。そのあたりはどうするつもり?』

「それも考えないといけないんだよ。どうしたものか」

『他のものが本命だと偽装するのは?』

 冬華の提案に、答えたのは洋輔だった。

「無理だ。俺たちが『猫と少年』を求めているというのは、一瞬でバレる。タイミング的にも状況的にも、そしてそのタイトル的にもな」

「だからいっそ、隠さないと言うのもアリかなって僕は考えてる。明示して『猫と少年』だけをほしがる。『三つで一枚の絵』になっていたあの絵と同じように、何らかの特別な仕掛けがあると示唆してね」

『ふうん。……目立つわね、それ』

 それが問題だ。

 けれどその問題を受けても尚、やる価値しかないし、やらないことは損失でしかない。

「ソフィアはその神智結晶を実行するだけで『なんとかできる』と言いたげだった。僕と洋輔を足して二で割らないのが彼女だからね。彼女の仕掛けを起動さえできればどうにでもできるというのが僕と洋輔の見解」

『なるほど。つまり「なるようになれ」ということね。破れかぶれじゃないかしら』

「いや」

 僕は冬華に、けれど首を横に振って否定の言葉を口にした。

「『なるようになる』んだよ。ソフィアはラストリゾート、というより、ペルシ・オーマの杯に近い性質の神智術を使っている。リスクを込みでね。それほどまでに『尋常じゃない手段』で僕達は再会したんだ」

『ふうん……。で、その効果をある程度あてにできると?』

「いや、そうじゃない」

『…………?』

「神智結晶を手に入れて、僕たちとソフィアがある程度簡単に意思疎通ができる状態を作れたならば、僕とソフィアは協力して即座に理極点を一気に特定していく。で、理極点を一定数特定できれば、洋輔の出番だ。呪文(スペル)による理極点からの現実改竄、それで最終的には『問題がなかった』という現実に置き換える事が出来る。だから、『なるようになる』。……強引だから、できればそこまではやりたくないけれど、場合によってはやむを得ないとは考えていたし、ソフィアはその『やむを得ない』の状況にもうなっていると思う」

『やむを得ない、か。……この世界が黙っているかしら? 最悪の場合、世界はあなたたちを害と見做すのではなくて? 勇者として世界を変えた私は、だからこそ、世界を違えようとするあなたたちの行為が世界の許容範囲を超えているように見えるけれど』

「条件次第だろうな。けれど折り合いは付けられると俺たちは判断した」

『折り合い……』

 条件はそこそこ厳しいものになるだろう。

 それでも『ビジネス』、ウィンウィンの関係を築くことは可能だと、僕が簡単に冬華に説明すると、冬華は多いに呆れるように息を吐いた。

『まあ、あなたたちが可能だと判断したならば、あるいは可能なんでしょうね。……けれど、ダメだったときの次善策というか、事後策の方も考えておかなければならないわ。一点張りするには危険すぎる』

「そうだね」

 同感だ。

「いざとなったら全部忘れて逃亡生活、僕と洋輔で太平洋に無人島作って、そこで悠々と余生を暮らすことにするよ。猫もたくさんつれてね」

『前向きに言ってるけれど、方向が真後ろね。確かに本当にあなたたちはやりかねないけれど……。ああ、その時は私も噛ませなさい、ちょっと興味があるわ』

「その時が来ないことを祈る方向でお願いしたいんだけど」

 ま、こんなものか。

「これが僕達の『最終手段』で、目下、僕達の最優先課題だ。冬華、それを念頭にした上で、なにか僕達にやれることはある?」

『今のところは無いわね。そもそも私はあなたたちと比べて、そんな無茶はしていないもの』

 …………。

 いや、四階の窓から飛び降りて逃走を図った洋輔を即決で同じように飛び降りて追いかけたり、冬華も大概目を付けられてるんだけど……。

 裏を返せば、確かに『そういうこと』しかしてないんだよな。椋鳥の調整くらいか、非日常や異常に関わることは。

『それに私は、今の生活にある程度満足してるのよ。こういう世界でのこういう生活、また若い時期からの「やり直し」。私にとっての常識が非常識な環境というのは、とっても面白いわ』

「そっか」

 それは良かった。

「僕達は異世界での生活にどっちかといえばストレスの方が多かったからなあ……」

『私はあなたたちと違って、あの世界で「天寿を全うした」ようなものよ。普通に生きて、普通に死んだ。その後、第二の生を手に入れたようなもの。あなたたちとはそもそもの前提が違う。そのおかげでしょうね』

「だな。……ま、今後ともよろしく、冬華。俺たちも可能な限り協力する」

『ええ、期待しているわ。逆に私の力が必要ならば、いつでも言って頂戴。椋鳥の恩もあるわ』

「それはサービスだよ。レストランのお水みたいな」

『サービス過剰よ、それ』

 そうかな?

 僕達は笑い合い、一度そこで会話を打ち切る。

 僕は撫でていた亀ちゃんの首元をくすぐって、僕の胸の上へと移動させ、亀ちゃんと向かい合う。

 うーむ。

 猫との生活。もう少し刺激が欲しいような、けれど亀ちゃんで十分のような。

「方針会議も終わったし。亀ちゃん、たまには散歩にでも行こうか」

「にゃん」

 何言ってんだお前、と亀ちゃんに言われた。

「いや、なんで通じてるんだよ」

「僕だし」

「…………」

 洋輔は嫌々ながらに納得していた。

「散歩は冗談にしても、亀ちゃん、何かやってほしいことはないかい」

「にゃー……にゃん」

 亀ちゃんはそう言って背中を向けた。

 ので、僕はその背中をマッサージし始めると、くあああ、と亀ちゃんは気持ちよさそうにあくびをした。

「相変わらずだな……」

「僕と猫の関係は一朝一夕じゃないからね。これまで積み重ねてきたものがそうさせているのさ。……とはいえ、実は最近、『だいたいこんな感じかなー』ってところから、『なるほどそういう事か』って感じで、だいぶ確信めいてきてるから、進化してるとは思う」

「悪化の間違いじゃねえかな」

「対話は重要だよ、洋輔」

「…………」

 もう俺には何も言えねえよ、と洋輔は視線で告げてきた。

 けれど出来てしまうものはしかたがない。

「それと、洋輔がちょっと前にも言ってた眼鏡の解析だけど」

「ん?」

「近いうちに本腰を入れて解析するつもり」

「…………。そうか」

 うん、と頷けば、洋輔は目をうっすらと細めた。

「俺たちの予期しない効果がどの程度あって、それをどう制御するかだな」

「そうだね。あとは効果をしっかりと認識することで、効果は通常、『高くなる』。それの対策もしなければならないから、一日二日じゃ終わらないと思う」

「春休み中に解決できそうか?」

 洋輔の当然の問いに、僕は答えを詰まらせた。

 常識的に考えると、間に合わない。

「時間認知間隔の変更も使って、なんとかって所かな。細かい所までやるならばだけど」

「大雑把な効果の把握はそんなに掛からないか」

「うん。でもねえ……。どうせなら徹底して確認したいじゃん」

「まあな。だとしてもお前でさえそんだけ掛かるとなると、普通の錬金術師にはブラックボックスも良いところだな……」

 そりゃそうだ。

 錬金術の道具は組み合わせることで全く違った効果を生み出すことがある。

 陰陽凝固体や鼎立凝固体が良い例だ。

 問題はそこに法則が必ずしもあるとは限らないと言うこと……経験則というものが通用しないと言うことだ。

 だからあまり意味は無いのだけれど、それでも知識として何と何がどう干渉して、どんな効果になったのかはデータ化しておきたいんだよね。

 今はそこに経験則は働かないけど、もしかしたら将来的に、何らかの因果関係を見つけられるかも知れないし、あるいは『本当に何の関係もない』と断定できる日もくるかもしれないのだから。

 春休みは決して長くはない。

 それでもそこそこ休みが続く。

 だからこの機を使って、僕は一気呵成に進める事を決意していたのだった。

 もちろんというか、日常をないがしろにするつもりも到底ないけれど。

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