06 - あけまし顛末神社にて
日付変更にあわせた初詣を、今年、僕と洋輔は同じクラスの蓬原くんと徳久くんを巻き込み、四人ですることになっている。
で、その待ち合わせ場所として指定した場所は、アザミ小学校の正門前。広場というわけでは無いけどそこそこのスペースがあり、また特徴的な場所でもあるため、同じく待ち合わせ場所として使っている人たちも多かった。
ちなみに僕達の家からは徒歩で5分かからないくらい。
「あ、居た。佳苗、鶴来」
「徳久くん。待たせちゃったかな?」
「いや、俺もいま来たとこ」
そしてあっさりと徳久くんと合流に成功。
徳久くんはダッフルコートを着込んでいた。足下を見る限りジーンズを着用、無難と言えば無難だし、意外といえば意外な格好のようだ。
考えてみると、徳久くんの私服ってあんまりよく知らないんだよね。
蓬原くんはどうなんだろう、と思ったら、
「なんだ、もう揃ってたのか」
と、一分と経たないうちにやってきた。
その手にはホットドッグ。どうやら近くのコンビニで買ってきたようだ。
そして蓬原くんの服装はというと、白の飾り付きシャツにスラックス、上着として黒のガウンコートを羽織る形。育ちが良いというか、優等生っぽいというか。
なんか徳久くんと逆なイメージがあるような、そうでもないような……。案外、見てみると違和感なんてものは無いんだなあ。
「待たせちまったか?」
「ううん。今丁度揃ったところだよ」
くすりと笑って応えると、うん、と皆でうなずき合う。実に集合がスムーズだった。
そして時間的にも丁度いい、11時48分。概ね予定通りと言えよう。
「それじゃあ行こうか。神社、すぐそこだから分かると思うけど」
「行列してるもんなー」
ここから見える程度には並んでいる。それでも八幡様と比べれば全く人が居ない方なんだからなんともはや。
四人でゆっくり移動して、最後尾に並ぶ。
この位置なら日付が変わってから、十分も待たないだろう。
「アザミ小って、洋輔と渡来の出身校だったよな」
と、待ち時間に聞いてきたのは蓬原くん。
「そうだな。ここには居ないけど、信吾とか、あとは佳とかもそうだ」
「ふうん。小学校時代の仲間とか、来てたりするんじゃないの? 学校からめちゃ近いし」
徳久くんがそう言って周囲を見渡す。確かに徳久くんの言うとおり、アザミ小の子ならこっちに来ていることも多いだろう。八幡様、混むし。
「小学校ではあんまり、俺は目立ってなかったからな。佳苗は若干……まあ、猫絡みでアレだったけど」
「失敬な。あんまり酷い事を言うとまた野良猫を集合させるよ」
「渡来なら本当にやりそうで怖い……」
蓬原くんはそう言ってお手上げのポーズを取った。一方、徳久くんも呆れ笑いといった様子だ。
「ともあれ、俺たちはそこまで目立つタイプじゃなかったからなぁ……。居たとしても気付かれないかもしれない」
「鶴来と佳苗が目立たない学校って怖いと思うんだけど……。蓬原、どう思う?」
「同感。同感でしか無い。この二人が埋もれる学校って、超人育成機関くらいだろ」
「当時の僕達はほんと、僕が猫関連でおかしかっただけなんだよね……成績的にも、スポーツ的にも」
「ふうん……?」
僕がバレーを始めたのは中学校に入ってからだ、その前に至っては殆ど経験すら無かった。
洋輔がサッカーをまともに始めたのもやっぱり中学校に入ってからだ、その前もお遊び程度でやることはあったけど、それだけだった。
身体能力も至って普通、本当に特筆できることは僕の猫寄せくらいであって、それ以外に目立つ余地はまるで無かった。
「そう考えると、僕も洋輔も今年は飛躍の一年だね。宇宙人にアブダクトされたって言っても信じられちゃうかも知れない」
「そんな事言ってるとアメリカあたりの諜報機関なり宇宙関連が攫いにくるかもしれねえぞ」
「ロシアかもな」
僕の適当な発言に蓬原くんが冗談を噛まし、そして微妙に冗談になっていないことを徳久くんが続けた。何重かの意味で。
一人理解できるわけもない蓬原くんは、それを珍しい軽口だと判断したようで、くすくすと笑っている。
「しかしこの神社。規模にしては人が多いな」
「この辺で神社って言うとそんなに数が無いわりに住宅地だから……そのせいだと思うよ」
「なるほど」
「蓬原が住んでるのは東町だっけ? あっちにも大きい神社あったよな。そこも混むのか?」
「ん。出店も出るくらいには賑やかだよ。つっても八幡神社ほどではないか」
聞き返したのは徳久くんで、蓬原くんは思い出すように言う。
「そもそも俺、あっちの神社も行ったことねえからな。そこまで詳しいことはわからねえや」
「引っ越してきたばかりだもんね」
「そ」
あんまり聞いてなかったな、そういえばその辺も。
「蓬原くんって前はどのあたりに住んでたの? 引っ越し前」
「静岡」
ふむ。振っておいてなんだけど、ものすごく反応に困るな。
静岡といえばお茶というイメージはあるけど、何もそれだけと言うこともあるまいし。
「三人はずっとこの街育ちか?」
「俺と佳苗は少なくともそうだな」
「俺も」
「ふむ。案外少ないもんなんだな、引っ越してくんのは」
「逆に出て行く子も少ないしね。この街、そこまで住みやすいわけじゃ無いけど、特段不便って訳でもないから……」
大体の施設はあるし。
大型のスポーツ設備も一通り有るしな……しかも河川敷も近いし、遊び場にもそれほど困らない。
そんな街の話の雑談をしていると、
「あれ、洋輔?」
と、なんだか久々に聞く声がした。
「うわー、めっずらしー。佳苗と一緒じゃないお前って新鮮なんだけど」
「ちょっと。一恵。僕のことをアレ呼ばわりはよくないと思う」
「え? ……うわっ佳苗! いるじゃん! って、なんだよその眼鏡。お前目良かっただろ。紛らわしいなあ」
そして久々な割りには酷い言われようだった。
「今でもすっごい目は良いんだけどね。諸事情あっての伊達眼鏡というか、なんというか」
「ふうん。……っと、そっちの二人は?」
「ああ。こっちが蓬原俊で、こっちが佐藤徳久。どっちも今のクラスメイトだ。で、こっちが加賀一恵。俺たちとアザミ小でほとんどクラスメイトだった奴だ」
「よろしくなー」
脳天気に挨拶を始めたのは一恵で、それに対応するように蓬原くんも徳久くんも応じていた。二人とも付き合いが良いからね。
尚、一恵とは洋輔の紹介通り、僕と洋輔と同じ小学校に通い、そして大半で同じクラスだったこともあって仲の良い部類だったりする。
中学校は別の方に行ったけど、これは単に好みの問題だ。あっちの中学校はブレザーだからという理由で選んだ子も多いし、一恵もたしかその類いだったと記憶している。
「えっと、加賀は一人で来たのか?」
「んーん。親と一緒。見ての通り雑用頼まれたんだよ」
と、持ち上げたのは袋。
どうやら暖かい飲み物を買いに行かされたらしい。不憫だ。
「大人には勝てないもんね……」
「そーゆーこと。ああそうだ、洋輔達もスマホあるなら連絡先交換しとこうぜ」
「もちろん」
というわけで友達登録も含めてこなしておく。
そういえば小学校の友人とはあまり交換してなかったな。
「俺からでよければ何人かグループで巻き込もうか?」
「任せるよ」
「了解。そんじゃ、そろそろ親が怒るし。良いお年を、あと早めにあけおめなー」
良いお年を、と別れたほとんどその時。
神社の中から、『十』、と声がした。すぐに『九』とも。
つまり、カウントダウンだ。
周囲の人たちもそれが何かに気付いたようで、言われてスマホを見れば確かにそんな頃合い。
この近くに居る人たちが大声では無くとも、皆で言えば相応の音量になるんだなあとか思いつつ、僕達四人もそれに参加する。
さん、
にい、
いち、
ぱちぱちぱちぱち、と周囲が拍手に包まれた。
「というわけで、改めまして。あけましておめでとう」
「あけおめ。今年もよろしく」
「おめでとう。今年もよろしくお願いします」
「おめっとさん。よろしくな」
四者四様の決まり文句をそれぞれに言いつつ皆で笑い合う。
そして、少しずつながら列も進みはじめたようだ。
「新年かー。こんな日でも無ければこんな時間に外出なんて出来ないから、他の日がわかんないけど……でも、夜の街ってのも面白いな」
普段は静まっちゃって面白みの欠片も無かったりするんだけど、何もそんな事を言って白けさせる理由も無い。
そうだね、とだけ返して、周囲に響く除夜の鐘の音にふと空を眺める。
空は晴れ渡った夜空だ。星空といえないのは、この街が夜でも明るすぎるから。
そしてふと……何かを感じたので、『ふと』、色別をオンにしてみる。普段ならば緑一色に見えなければならないはずの夜空。
今も、緑一色。気のせいか……いや、色別をオフにして、遠見で倍率を上げる。
人工衛星……か。
「なんか見えるのか?」
「なんにも。というか、星が見えたら良いなって思ったんだけど……、この明るさじゃ見えないね」
「あー。確かに」
徳久くんの問いかけにはちょっと誤魔化しを挟んで、と。
話題を変えよう。
「そういえば二人は年越しそば、食べた?」
「俺は食べた。年越しパスタ」
「俺も喰ったぞ。年越しうどん」
「…………」
まあどっちも麺類だからいいか……。
「そういう渡来と洋輔はどうなんだ」
「ちゃんと喰ったぞ。今年は佳苗の手作り天ぷらそば」
「佳苗は料理上手いからなあ。羨ましい」
「あ、そうなのか。そういえば林間学校でもお前達の班早かったもんな」
あれは例外って気もするけどね。
「何なら二人分のおそばは余ってるし、天ぷらも材料は残ってるんだよね。このまま帰りに寄ってくれたら作ってあげられるんだけど……、新年明けてから年越しそばを食べるのは縁起が悪そうだし」
「え、そんなに本格的な天ぷらそばだったのか?」
蓬原くんの疑問に答えたのは洋輔で、その答えはスマホによって提示された。
つまり食卓に配膳されたところでいつの間にか撮っていたらしい年越しそばの写真である。
「えっと……どっかの老舗のそば屋か何かで注文したやつじゃ無く?」
「うん。つゆの出汁とかえしは前もって作っておいたやつだけどね。天ぷらはちゃんとそれぞれ下ごしらえからやって、肝心のおそばはそば粉をこねるところからやってみた。なかなか楽しかった」
「楽しかった、って……。佳苗が料理得意なのは知ってたけど、ここまでとは……」
今度なんか作ってくれよ、と徳久くん。
「別に良いよ。いつがいい?」
「え?」
「遊びに来るならその時に会わせるし、徳久くんの親がオッケーしてくれたら、徳久くんの家のキッチン借りて作るよ」
「え?」
「おい佳苗。佐藤が困ってるぞ。それと蓬原。お前も頼めば問題なくこいつは作るぞ」
「あ、そうなのか。……んー。今度なにかのタイミングで遊びに行かせて貰おうっと。佐藤もそうするだろ」
「そ、そうだな。……さすがにうちのキッチンは混沌としてるし」
混沌て。
まあ良いけど。
なんて言っている間に境内に到達。
あとちょっとだ。甘酒とかも配っているようだけど、流石に僕達は遠慮する。
酔い止めの指輪は流石に杞憂だったかな。今のところ妙なテンションで暴れている人も居ないようだった。
「けど初詣ってさ、何をお願いするんだろうな」
そして根本的な疑問をぶつけてきたのは徳久くんだった。
なかなか回答に困ることだ。
「素直に思ったことでいいと思うけどね。今年はどうか平和に暮らせますように……とか、何かの紛れで三億円くらい貰えますように……とか、そういうのでも別に構わないんじゃ無いの」
「三億って。渡来も大概俗物だよな」
「いやいや、あくまでも例だよ、例。……でももしも、本当に神様がいて、願い事を一つだけ叶えてやろうと言われても、なかなか困るよね」
「悩んでる間に神様が次に行っちまったら悲しいからな。常に願い事の一つくらいは抱えて生きるくらいの欲は持っておくべきなのかもしれねえ」
まあ、そんな欲はきっと果たされないのだろうけれど、それで良いとも思う。
大体、願い事を一つ叶えて貰ったとして、その対価になにをさせられるか分かったもんじゃない。
「……時々思うんだけど」
僕と洋輔の解に、徳久くんが首を傾げて言う。
「鶴来も佳苗も、楽天的に見えて妙にシビアだよな」
「そう見えるかな。僕達にはいまいち自覚が無いんだけど――」
といったところで最前列。
ポケットから五円玉を取り出して、賽銭箱に放り投げる。
徳久くんと蓬原くんはいまいち願うことが定まらないようだったけれど、僕の願い事は決まっていた。
どうか僕の大事な人たちに、一つでも多くの幸が訪れますように。