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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
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77 - 『一年三組』

 3月23日。修了式。

「終わってみればあっという間だったなあ……」

 卒業式と同じく、整列は背の順ではなく出席番号順。

 そんなわけで、今のぼやきは涼太くんである。

「始まってすぐに色々とあったけれど、その後の方がよっぽど色々あったという気もするし。な、弓矢もそう思わないか」

「否定はしないよ。けれど六原、佳苗の目の前でよくもまあ言うよね」

「気にするような性格でもないだろ」

「そうだね」

 僕は苦笑しつつもそう答える。涼太くんらしい大雑把さだ、それはきっと、悪いことではないし、昌くんもその辺を知っているから、それほど強くは言わないのだろう。

 修了式でやること、なんてものは殆ど無く、単に学期末のそれと大差は無い。

 春休みに向けてあまりはしゃぎすぎないこと、だとかの注釈が付けられたり、新年度、進級後の簡単な日程の確認がされるだけだ。

 国家と校歌を歌ったら、全員揃って教室へ。

 まだ学校に来てから一時間と少しだけど、残るのは最後の確認に通知表授与だけで、それを受け取ればもう、帰宅しても良い決まりになっている。

「佳苗にとってこの一年はどうだった、長かった?」

「そうだね。色々なことがあったから……うん。長かった、と思うよ」

 昌くんの問いに、僕はただそう答える。

 …………。

 現実として、地球上の時間は一年しか経っていない。

 けれど僕はその間に色々と、奇妙な場所に赴いていた。その時間が、経験が、やはり長く感じさせるのだろう。

「そういう昌くんはどうだった?」

「そうだなあ。ぼくにとっては……、うん。今年度は、晶も坊もずいぶん元気で、嬉しい一年だった」

 長い短いのどっちだろうかという質問だったのだけれど、それとは違った方向に、けれどある意味一番聞きたかった答えを昌くんは言う。

「六原はどう?」

「序盤は本当に振り回されたって感じだけど、慣れりゃ楽しいだけさ」

「それはぼくも同感」

「だろ」

 そして話題を振られた涼太くんは、やっぱりまた奇妙にズレた答えを出す。

 人それぞれ、十人十色……か。

 なんて雑談をしている間に教室に到着。

 またあとで、と一旦席に戻れば、すぐに緒方先生が黒板に何かを貼り付けた。

「さてと、それじゃあ皆もさっさと自由になりたいだろうからね、サクサク進めることにしよう。通知表の前に、まずは春休みと来年度の最初にやることの確認からだ。皆、一度席についてくれたまえ……と、言うまでも無く着席されていると、先生は嬉しいけれど困る部分もあるね。君たち、そんなに早く帰りたいのかい?」

「そういう子もいるでしょうけど、どっちかというと雑談したいんですよ。僕達」

「納得だ。十一時ごろにはちゃんと帰るんだよ。お昼頃からクリーニング業者が来て、教室や廊下のつや出しをしたり、空調の掃除をすることになっているからね」

 はあい、と皆の返事が揃ったことに頷いて、緒方先生はさらに続ける。

「まずは春休みにやるべきことから。皆は当然知っているだろうが、基本的に春休みには宿題のようなものはない。のびのびと過ごして貰って良いが、この『特に何もない期間』に何をするかで来年度の成績が変わってくるから気をつけるように。宿題として遣るべき事が無い分だけ、顕著に表れるのだよね。次、登校日について。春休み中、全員に共通しての登校日はない。一部の生徒は部活や委員会活動の面から声が掛かっているだろうから、その登校日だけ護るように……ちなみにお休みの期間中は先生達も大抵居ないから、もしもどうしても教師のだれかに用事があるなら、事務員さんが居る間に来て、そこから電話を掛けて貰うようにしてくれたまえ」

 そこまできちんとしゃべり終えて、緒方先生はふう、と一つ大きく息を吐き、そしてぺらりと教壇に乗せたノートのページをめくっていた。

 …………。

 カンペか……。いや、言い忘れられるよりよっぽど良いんだけど。

「次だ、新学年になった直後の説明に入る。まず、始業式の日は登校したら、下駄箱の前に掲示される全クラスの名簿を確認してくれ。その名簿から自分の名前を探して、自分の所属と、出席番号を確認するのだ。確認が終わったら、新しいクラス、新しい出席番号が刻印されている下駄箱を使うこと。そこが新年度に君達が使う下駄箱になる。上履きに履き替えたら、その後は自分の所属するクラスへと向かう。一年生のフロアではなく、二年生のフロアに直接と言うことだね。で、新しい教室ではまず、出席番号順の席に着くことになる。これは黒板に掲示されるはずだから、それぞれ確認して着席してまっていてくれたまえ。始業式が始まる頃には、適当な教員が適当に向かうから、あとはその先生に従うように」

 終盤がめちゃくちゃアバウトだった。

 まあ……たぶんその適当な教員って、新しい担任なんだろうけど。

「ロッカーの使用は始業式が終わった後に改めて説明がある、それまでは使わないように……少し来年度から制度が変わることになっているから、厳守だよ。あとは特別な指示があれば、黒板に掲示される。逆に言えば教室について、席を確認して、そのとき何も他に書いていないならば、暫くそのまま待つだけだ。大丈夫だね? ……よろしい」

 皆が頷いたのを見て、緒方先生も満足そうに頷いて。

 そして、とん、と机の上で、その『束』をきちんと整えた。

「ではお待ちかね、通知表の返却を行う。出席番号順に呼ぶから、呼ばれた子は取りに来るように。一番――」

 通知表に書かれている数字それ自体は昨日、ちらりと見せて貰っているから、そこまでどきどきするような事も無い。備考欄に何を書かれているか……とかはちょっと気になっても、それだけだ。

「うー、緊張すんなー」

 とは葵くん。

 徳久くんも少し落ち着かない様子だった。

「そう?」

「いやあ。数字それ自体は知ってても、いざ渡されるとなると、どうしてもさ。それに親にも見せるわけだし」

「それは確かに」

「…………。なんだろうこの圧倒的強者の余裕って感じ。オレだけかな?」

「いや、俺もだよ、前多」

「だよなー。……なあ、佳苗、徳久。通知表、見せてくれない?」

「僕は良いよ」

「俺も構わないよ。そっちも見せてくれるんだろ?」

「うん」

 というわけで、全員が通知表を受け取るのを自然と待つことに。

 僕が最後だし。

「最後、渡来くん」

「はい」

 呼ばれて受け取りに行くと、通知表を渡しつつ緒方先生は小さな声で言う。

「何度見てもでたらめな数字だが、誇らしいことだ」

 と。

 僕も苦笑で頷いて、受け取り、席へと戻る。

「以上、今年度するべき事全ては、これでおしまいだ。佐藤くん、号令をお願いしていいかい。この後の自由時間のためにも、一度区切りを付けてしまおう」

「わかりました。起立!」

 張り上げられる声は、瑞々しく。

「気をつけ、」

 明るく、そして誇らしく。

「礼! 『一年間、ありがとうございました』!」

「一年間、ありがとうございました!」

 全員の声がそう重なると、不意を打たれた、といった様子で緒方先生は表情を綻ばせた。

 アドリブでしかない徳久くんのアレンジに、全員があっさりと足並みを揃えるあたり、このクラスはなかなか良いクラスだったのだと思う。

 僕とか洋輔とか、問題児もいたけれど。

「よろしい、こちらこそありがとう。最後の最後で良い贈り物を貰った気分だよ。……それじゃあ、解散。自由にしてくれたまえ。ただし、さっきも言った通り、十一時ごろにはちゃんと帰るんだよ!」

「はい!」

 と。

 それが、一年三組としての最後の挨拶、連絡事項で。

 だからここからは、一年三組ではなく、『元・一年三組』として、雑談がそれぞれに始まっている。案外、さっさと帰ろうとする子は居ないようだった。

「じゃあ早速通知表……いくよ?」

「ああ。と言うわけで、これが俺の」

 そして通知表の見せ合いの一番手を飾ったのは佐藤くん。

 ザ・優等生という形容がよくされるだけあって、全教科で安定して褒められている上、五段階評価も五と四しかない。割合は、概ね半々かな。

「流石は徳久、って感じだなあ。一番低くて、四かあ……」

「そういう前多は?」

「ん」

 次に見せてくれたのは葵くん。

 大半は五、所々が四で、体育が三。

 三が混じるとは言え、全体的な成績で言えば徳久くんを上回っていると思う。

「……で。ラストは佳苗なんだけど。なんかオチが読めてるんだよね、オレ」

「前多もか。実は俺もなんだ。……で、佳苗。答え合わせをさせてくれるか」

「うん」

 はい、と展開した通知表に書かれた、学年通しの成績は、体育以外は全てが五。

 体育だけは四になっている。

 細かい所を見れば、五は五でも全て最高点というわけではないのだけれど、総合的には嫌々ながら五という数字が出るらしい。

 また、体育の四については、これもある意味『ギリギリの四』だそうで。

「……あれ。オレたちの予想だと、実は全部五なんじゃない? って話だったんだけど、体育、四?」

「うん。ほら、僕、泳げないから。水泳での失点が、どうしようもないみたい」

「あー……」

「他の分野が完璧すぎるからなあ。時々お前が泳げないの、忘れる……」

「もし僕が川に落ちたりしたら助けくらい呼んでね……?」

「大丈夫だろ。佳苗なら泳げなくても、最低限の浮力で足場作って浮いてそうだし」

「前多くん。僕は水の上を歩けないからね」

「…………。本当か?」

「うん」

 走るならば出来るけど。

 とまあ、そんなやりとりをしつつも、お互いに思うところを少し話していく。

「折角クラスの皆と仲良くなったーってところでクラス替えは、正直寂しいものがあるね」

「徳久もそう思うんだ? オレもだなー」

「僕も、そうだね。けれど、同じ学校に違いは無いし、休み時間にお話したりは出来るよ」

「まあな。そう考えると、二年からは休み時間中、違うクラスでも仲の良い連中がつるむことが増えるのかな?」

 小学校の時は自然とそうなってたからなあ、と葵くん。

 徳久くんも言われてみれば、といった様子で二度、三度と頷いていた。

「小学校と中学校じゃ、クラスの数も違うからね」

「確かに。佳苗と徳久はさ、二年生になったら、何か今までと違う事をやろう! とか、そういうのは決めてたりするのか?」

「俺は生徒会役員にならないか、って声が掛かってるよ。副会長職。受けるかどうかは未定だけど」

「へえ! 佳苗は?」

「僕は決めてないなあ。色々とやることが多いから」

「部活かー」

「ううん」

 葵くんの当然の勘違いを、僕は首を横に振って訂正する。

「部活じゃないよ。野良猫探しだ」

「…………。うん? 野良猫探し?」

「そ。野良猫の生存確認をしつつ、子猫が生まれてないかなーとか、そういうのも片っ端から確認するのが僕のライフワークだからね。来年度になったらちょっと本腰を入れて、縄張り地図とかも作ってみようかなって」

「佳苗らしいといえば佳苗らしいが。それ、ものすごい手間が掛かるな」

「だからこそやりがいがあると思わない、徳久くんは」

「まあ……確かに」

 自分から追い込むのはいまいち感心しないなあ、という様子で徳久くんは渋々頷いた。

「大丈夫だよ。無理はしないから」

「ん。ま、信じるさ」

「どっちかというと、オレは佳苗がどんな地図を完成させるのか楽しみだなー。完成したら見せてくれる?」

「もちろん。なんなら一緒に作る?」

「ごめん。そこまでは付き合えない」

 きっぱりと。

 断れるところは断る葵くんだった。

 しかしその言いよう、もしかして。

「そういう葵くんは来年度、やることが定まったってことかな?」

「まあ、ちょっとな。将棋に本腰入れようかと思ってる」

「目指すは奨励会か」

「うん」

 その先のプロも見てるけどな、と葵くんは小さく続ける。

 プロの棋士を目指す、かあ。

 それは大変な決意だろう。けれど、葵くんならばなれるのかも知れない。

 あくまで楽しみながら、その狭き門をあっさりと通り抜けることだってあるかもしれない。

 妙な信頼がそこにはあるのだ。

 何かやらかしてくれるんじゃないかという、そんな予感が。

「きちんとやるならば、僕もちゃんと手伝える範囲で手伝うからさ。遠慮無く言ってよ」

「ん……、そうだな。もし良いならだけれど、結構な頻度で将棋指すのお願いすると思う。負担にならないか?」

「大丈夫だよ。問題は時間が合うか、だけれど……、」

「それはこっちが合わせる。お願いするのはこっちだしさ」

「ごめんね」

 そんなやりとりをしていると、横から、「渡来くん」、と渡辺さんが声を掛けてきた。

 会話が一段落するのを待ってくれていたらしい。

 悪いことをしたな。

「どうしたの?」

「ごめんなさいね。今日、帰る前にできれば、これを渡しておいて、って頼まれていたの」

 差し出してきたのは折りたたまれたメモ用紙だった。

 まるで封をするように、猫のシルエットがペンで書かれていて、実に『解っている』感がある。

「中身、読んでもいいかな?」

「もちろん。とはいえ、中身を私は知らないんだけれどね」

 …………?

 渡辺さんからの手紙では無いと言うことか。

 メモ用紙を展開すると、そこに書かれていたのは……、う、ん?

「…………。渡辺さん。これ、誰から受け取ったの?」

「二年四組の先輩よ。鹿伏兎(かぶと)先輩ね」

「そう……、聞き覚えは、ないなあ……」

 というかそんな名前の先輩居たっけ?

 なんか曖昧だ。

「変なこと書かれていたかしら。だとしたら……」

「いや。渡辺さんが謝るようなことはないよ。それに……」

 ほら、と中身を渡辺さんに見せると、渡辺さんはあれ、と小首を傾げた。

 そんな様子に疑問を抱いたようで、葵くんや徳久くんもぐるっと回り込んでのぞき込んでくる。

「……何も書いてない?」

「うん。……メモ用紙自体はありふれていて、かろうじて書いてあるのはこの封代わりの『猫のシルエット』だけ。何が伝えたいのかが、読み取りにくい……。というか、読み取れない。謎だね」

 それでもわざわざ送ってきた。

 何か意図はあるんだろう。

 その意図を探るかどうか、僕は少しだけ考えて。

「ま、何か用があるなら追加してくるでしょ。暫く放っておこうっと」

「それでいいのか、佳苗」

「逆に聞くけれど、徳久くん。もしこういうメモを渡されたら、どう思う?」

「どうって……。何もしようがないな……」

 でしょ。


 結局その後、僕達は女子も男子も関係なく、単に雑談に花を咲かせて、十一時ぴったりに皆で帰ることになる。

 それが一年三組としての、僕達の最後の行動で。

 楽しくて、けれど不思議と悲しくて、なんだか複雑な気持ちになった。

 小学生の頃は思いもしなかったのになあ。

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