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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
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76 - 簡易二者面談は導標

「さて、渡来くん。最初から少し話が逸れるのだが、今年度、この学校の校則に追加された項目は覚えているかい?」

「僕の記憶が確かならば、ですけれど、『壁を駆け登ってはならない』、『高いところから飛び降りてはならない』、『度を過ぎた鬼ごっこをしてはならない』。この三つです」

「うむ。合っている」

 3月22日、水曜日。

 簡易二者面談は男女統一の出席番号順で行われている。

 男子十八番の僕は『わたらい』、女子十八番の渡辺さんが『わたなべ』なので、当然、僕が通しの出席番号では一番最後、三十六番目。

 いざ呼ばれた廊下で緒方先生の前の席に座ると、緒方先生は初っぱなから妙な方向に話題を飛ばすのだった。

「その三つ全てが君の親友であるところの鶴来くんが原因になっているわけだが、君はどう思う?」

「洋輔らしいとは思いますね。怪我がないことは良い事ですけど、もうちょっと大人しくすれば良いのにとも」

「…………」

 どの口が言うんだい、というような表情を緒方先生は浮かべた。

 まあ。

「校則が増えそうなんですか?」

「いや。単に君の認識を一度、確認しておくのも良い機会だと思ってね。……さて。それじゃあ、改めて。簡易二者面談を始めようか」

「はい。お願いします」

 どんな前振りだったんだろう……。

 多少疑問には思ったけれど、まあ、きちんと挨拶を交わしていざ開始。

 緒方先生はまず、机に二枚のプリントを差し出した。

「まずはこっちのプリントを見てくれ。これが渡来くんの、今年度行われた全考査の結果表だ。…………。一学期の中間テストの頃から、こうやって見ると意外と君は良い点を取っていたが、期末テストあたりからさらに磨きが掛かっているね。そして年度末テストに至っては基本五教科だと男子で成績トップ。これはなかなか、素晴らしい。その分、副教科の『並程度』という得点が悔やまれるね」

「そうは言いますけれど、家庭教師さんに副教科までお願いするのも酷ですよ」

「ふむ。道理だね。ともあれ、テストの点数は極めて上々。多少授業中にぼーっとするところがある、と他の先生も口を揃えたが、度が過ぎているほどでもないし、そもそもぼーっとしているだけで、当てればきちんと答える以上、問題とも言えないわけだ。厄介だね」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「うむ。で、今一度聞いておこう。君、高校は進学校を志望するとか、そういう事は考えているかい?」

 緒方先生の疑問に、僕は首を横に振った。

「考えていません。正直、将来のことは将来の僕が決めれば良いと思っています。その上でさらに言うと、たぶん、僕は洋輔と同じ所に行きますよ。洋輔に合わせて」

「自覚は十分にしているようだが、やはり君たちは少し依存しているように見えるね。あまり良い兆候ではない……が、今更か」

「ええ。今更です」

 洋輔にも同じ事を言ってたな。緒方先生は本気で僕達を心配してくれているのだろう。

 けれど、この生き方は……たぶん、暫く変えられない。

 いつかは変わる日も、来るのだろうか。

「あい解った。で、こっちのプリントだが、通知表に記載される数字を先に見せるためのものだ。当然持ち帰りは出来ない、ここで返却して貰うが、それを自分で読んでどう思うね?」

「一学期の評価値が低くなるのは当然ですよね。でもその後の評価が高い。『成績だけ見れば、最初は弛んでたけれど、すぐに気を引き締め直した優等生』ってところですか。…………。僕達……、特に僕の扱い、やっぱり揉めましたか?」

「だいぶ昔ならば揉めただろうね。けれど今は絶対評価という方法を取ることになっている、それほど問題にもならなかった。……むしろ君の場合は、こういう成績に表れない所での評価が、少々まずいね」

 深刻そうに緒方先生は言う。

「…………。少々、ですか?」

 一応聞いておこう。

「……大分だ」

 だよなあ。

「やっぱりこの前の職員室の一件がトドメになりましたか」

「いいや、総評は三月に入った頃には既に着手するものだからね。あの大立ち回りの頃には概ねの評価が出た後だ。故に、『トドメ』というより追い打ちだね。その前から君はやはり、悪目立ちしていた。……入学式の直後のアレは、やむを得ないが」

 アレ。

 僕達の……失踪事件。

「小学校から報告されている君と鶴来くんの情報と比べると、現実の君と鶴来くんはどうにも、ずいぶんと目立つ子になったなあ、と思うよ。たしかボーイスカウトもやっていたんだよね。だとしても、それを変に利用するような子ではなかったとも聞いている。中学生になったという事がそうさせる事は往々にしてあることだ――君も知っている子で言うならば、皆方が良い例だろう。しかしね、やはり、君への評価は、とても複雑なことになっている。聞きたいかい?」

「聞いても良いならば」

「オフレコで頼むよ。『やらせれば大概できる天才型優等生』、『やらかしも大概多い問題児』。『勘が良く要領も良いけれど、他人と尺度が違いすぎる』。『猫』。『何もかもが出来すぎて、何もかもが早すぎる』。『一見普通の生徒なのに、いざ体感すれば別世界』。だいたいこんな感じだね」

 大体想定したとおりではあるけれど、『猫』って何だ『猫』って。解ってるじゃん。その先生には何かプレゼントしたいくらいだ。やっぱり猫派かな?

「演劇部としてはね、正直、君が裏方を専門に立ち回っていた期間で『マヒ』したのさ。『渡来くんならばやってもおかしくないな』と認識される分量がかなり増えていた。だからこの前の『時代劇主演』も、多くの教職員は『あの子は本当に何をやらせても一級過ぎて教えるこっちが緊張する』という認識が殆どだよ。けれどね、君の才能は、やっぱりちょっと、行き過ぎている。それは決して悪いことではない。それに君は自分自身が他人よりも『出来すぎる』という事を自覚していて、他人に要求することもないからね。むしろ他人に出来るラインをきちんと見極めることさえ出来ている節がある。誇るべき事だろう」

 けれど目立ちすぎている。

 緒方先生はそう視線で補足した。

 これで通じるだろう、とも。

「先生としては、僕にもう少し大人しくして欲しいと考えていますか?」

「否定はしないよ。だが肯定も出来ないな。君がわざとらしく大人しくすると決めたならば、きっと君はやり遂げるんだろう。しかしそれは、君という可能性を塞ぎかねない。……私はね。君みたいな子が、少し羨ましい。やろうと思うことができれば、その大概をやれてしまう才能が、羨ましい。だから、私は君を応援したい。そういう意味で、大人しくして欲しいという気持ちは否定しないが、肯定も出来ない」

 少し寂しそうに、緒方先生は言う。

「ただまあ。これだけは、知っておいて欲しいと言うことがあるのだ。聞いてくれるかい、渡来くん」

「もちろんです」

 何を言われるのか、と覚悟を決めていたはずの僕は、


「私は、あなたの味方でありつづけたい。あなたはその持て余した力で孤独になる時期が出来てしまうと思う。それでも、私はあなたの相談をいつでも聞く。それを、知っておいて欲しい」


 だから、そんな言葉に。

「――――」

 咄嗟に声を、出せなかった。

「よかった。何もかもが完璧にこなせてしまう君でも、もろい部分はまだ残っていたようだ。……これもオフレコだが、来年度も私が君の担任になる。渡来くん。君は、君のやりたいようにやりなさい。君の信念の元に、君の道徳の基に、そして君の逡巡の下にね」

「――うん」

 なんとか、声を振り絞って答える。

 少し僕はうつむいていた。だからか、眼鏡のレンズに透明なしずくがぽたりと落ちる。

 ああ、

 なんだか、とても久々の、感覚だ。

 僕は、泣いているのか……。

 眼鏡を外して、ハンカチで目元と眼鏡を拭いて、改めて装着。

 心を落ち着かせて、緒方先生と改めて対面する。

 緒方先生は、ただ、優しく笑っていた。

「別に何か、気が重かったわけでは無いんです。肩の荷が重かったわけでもないんです――ただ、不思議と。とても、嬉しかったです」

「それは良かった。少し落ち着いたら、一緒に教室に戻ろうか」

「……そんなに今の僕、動揺しているように見えますか?」

「ああ。随分とね」

 ……そこまで。

 本当に、僕は追い詰められていたわけじゃあない。

 もしそうだったら、とっくに洋輔が僕をフォローしてくれているだろう。

 だから僕が今、泣いてしまったのは、単に緒方先生が優しかったからだ。

 そうなのだと、思う。

(あるいは――)

 そう。

 あるいは、洋輔さえも気付けないような何かが、僕にあったのか。

 両親ではない、身近なようで遠い存在。

 先生にそう言って貰える事が、そんなにも、僕には嬉しかった。

 そうなるだけの何かが……あるいは、張り詰めていたのか。

 敵わないなあ。さすがは先生という感じだ。

「しかしまあ、君も中々難儀な性格をしているね。普通に生きる分には直面しないような葛藤を二つも三つも抱えているようにさえ見える。その葛藤の中身は、残念ながら解らないけれど」

「そうですか。僕も解りませんね……。あえて言うならば、学校に猫を連れてきたいなあという欲求はあります」

「それは葛藤ではないね?」

「ごもっともです」

「ふむ。多少は調子が戻ってきたかな」

 良い傾向だ、と緒方先生は笑った。

「教室に戻る前にもう一つ。これは先方、バレー部のコーチをしている春川さんから可能ならば確認しておいてほしいと言われたことなんだが、君は今後、バレーという競技とどう関わっていくんだい?」

「さあ、あまり考えたことはありませんね。僕はバレーも結構好きなので、続けるとは思いますけど、これ以上目立つのも嫌なので、リベロから外れるつもりもありません」

「…………。なるほど。やっぱり君、リベロ以外も『出来る』んだね」

「はい」

 認める。

 素直に。

 そんな僕のリアクションが予想外だったのか、緒方先生はきょとんとした。

「否定しないのかい」

「味方になってくれるんでしょう。ならば変に隠すより、事実を教えて対策を考えて貰った方が良いと判断しました」

 僕がそう言えば、緒方先生は納得したように頷き、「具体的には何が出来るんだい」、と更に深くを聞いてくる。

 これにも、素直に答えることにした。

「やろうと思えば、たぶん漁火先輩……今のエースの真似も、あるいは鳩原前部長のような事だって、出来ると思います。セッターもやって出来ない事はありません。体格は違いますが、そんなことは些細なことです。僕が力持ちなのはご存じでしょう? ……でも、僕は一人であのスポーツをやりたいわけじゃない。皆でやりたいから、リベロで在り続けたいと考えています」

「……君は、君が本気で全てをこなしたとき、その先も概ね見えていると言うことだね」

 はい、と頷けば、緒方先生は今度はため息を吐いた。

「その努力は報われているが、しかし外部が少々、うるさいようだ。具体的には、紫苑と日熊――」

「どちらも強豪校ですから。僕を選手として評価しようとすると『規格外』でしかなく、だからこそ気になるんですよ。できれば他の誰かが試してくれればそれが一番良いとさえ考えているはずです。あくまでも声をあげて口を出すだけで、本気では『ウチによこせ』と言わないのがその証拠になります」

「全くだ。その辺は勝手だが、私からも春川コーチと小里先生に少し忠告は入れておいた。渡来くんは望んでいない、その二つの強豪校の言い分はもっとものようで、その実、自分で抱えたくないからそう言っているのだとね。二人は納得してくれた様子だったが、来年度の活躍もほぼ確定。ともなれば、紫苑に日熊以外からも催促は増えるだろう。……君はその時、どうするつもりだい?」

「別に、どうも。ただ、僕にあんまり余計な期待をすると、鬱陶しく感じて辞めてしまう可能性はあると、先方に伝えるとは思いますよ。僕が、商店街を介して、直に」

「なるほど……」

 それはかなり『利く』だろうねえ、と緒方先生は笑みを浮かべた。結構悪いところもある先生だった。

 といったところで落ち着いてきたし、時間も時間なので撤収準備。

 折角なので簡易二者面談用の机と椅子をきちんと片付けてから、緒方先生と一緒に教室へと戻って、席へと戻る。

「ちょっと長かったな、佳苗」

「そうかな? 色々と相談事が多かったからね。部活で」

「あー……」

 そういえば緒方先生、今日は生徒会の話をしてこなかったな。

 緒方先生が味方をしてくれるというならば、ある程度調整も見込めるわけで、ならば生徒会役員への加盟も考えて良いんだけれど。

(そして打たれる杭になると?)

 洋輔。僕を打つのは自由だけど、僕、めっちゃ反撃するよ。

(知ってる。杭を打とうとして宇宙まで弾き飛ばされそうだな)

 事象の地平じゃないだけマシだろう。

 たぶんピュアキネシスを超高密度でやれば作れるぞ、ブラックホール。

(絶対に作るなよ。一瞬でも作った日には地球が大惨事待ったなしだからな)

 解ってるよ。

 猫に被害が出かねない以上、やるわけもない。

(俺は今この地球が猫が居る世界で良かったと、つくづく思ったぜ)

 ……ノーコメント。

 それにしても、なんで僕は緒方先生にああも心を捕まれるのだろう。

 相性とかなのかな……。

(恐らくな。……けれど、もしかしたら……)

 何か見えないつながりがあったのかも知れない、と洋輔は思い描いて。

 すぐに、今のナシ、と撤回した。

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