表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 未来への助走
77/111

75 - 奇妙な予感

 3月21日、火曜日。

 三年生はもう居ない、そんな学校の年度末。

 三年生のフロアはもともと、一・二年生のフロアとは建物自体が別館だ。だからホームルームが始まった後も、賑やかさに変化などあるはずがない。

 なのになぜか、がらんとしたなあ、なんて感じるのは……。

(気配の密度だろうな)

 洋輔。

 たぶんそれが正しいとは思うけど、もうちょっと自重して欲しい。

 今はロマンチズムに更けるときなのだ。

(ちげえよ。ホームルームの時間だよ)

 それもそうだけど。

「さて、在校生諸君。終業式までの短い期間で君たちがやることはそれほど多くはないが、とても大事なことがたくさんある。主に掃除と成績の最終的な確認、それにクラスごとの活動報告などだが、来年度の新入生を迎えるに当たっての準備もここに含まれる。頑張って貰うよ」

 というわけで、緒方先生の仕切りに意識を戻そう。

 卒業式が終われば当然、もはや授業などはない。

 僕達自身も修了式が間近に迫っているけれど、だからこそ、やるべきことはしっかりある。

 今年の振り返りとしての総合的な学習の総仕上げ、何度かやってきた発表会を総合して確認する活動報告。これは学年単位で行うことになる。

 で、大掃除。教室、廊下、トイレから階段の隅までを徹底して掃除し、事前にアナウンスされていることだけれど、ロッカーも今日の段階でほぼ空にしておくことが望ましい。ちなみに掃除の対象は一・二年生のフロアに加えて、三年生のフロア、及び特別教室なども含めるし、体育館や校庭も対象なので、ほとんど一日がかりの作業になる。

 そして来年度、新入生を迎えるに当たっての準備というのは、入学式のリハーサルというか、段取りの説明だ。

 最後に成績の最終的な確認。通知表は修了式の後に渡されるんだけど、その前にこの一年間の各種テストの成績を振り返るような形になり、これは簡易二者面談で行われる。

 簡易二者面談というのは、廊下に用意する特別な机と椅子で一人ずつ、教師と生徒がサシで話し合うというもの。ちょっとした進路相談もこれには含まれることになるけど、あくまでも簡易。隣のクラスの子とか、めっちゃ近いしそりゃそうだ。

 日程としては、21日、つまり今日が大掃除。

 22日が活動報告と最終確認で、23日は修了式。

 当然給食はないし、午前中だけで、あとは全員原則帰宅。

 ごく一部の部活に限っては活動許可が出るけれど、僕が関連している演劇部とバレー部は対象外。まあ、バレー部は直前まで悩んでたんだけど、コーチが某強豪高に呼び出されたので、お休みと言う事になった。

「ロッカーの整理かあ……」

「佳苗のロッカーってすごいことになってそうなのに、実際に中身を見てみると、すごく纏まってるんだよね。なんで?」

「なんでって……。前多くん。僕は荷物を持ってくるけど、持ってきた分だけ持って帰ってるからだよ」

「ふうん」

 葵くんは納得したようなしていないような、そんな曖昧な表情で頷く。

 ちなみに既に僕のロッカーの中には教科書もなく、残っているのは裁縫用具とハンガー類、あとはいざという時に使える組み立て式の箱などだ。

「おい佳苗、大きい鞄開いてねえか」

「サイズにも寄るけど。洋輔、どのくらい?」

「全部入るくらい」

 全部?

 と、洋輔のロッカーをのぞき込むと、そこには全ての教科書とノートが残っていた。

 僕と同じように葵くんもさりげなくのぞき込んで、「あー」、と声を挙げた。

「鶴来は鶴来って感じだな。安心する」

「…………。俺って感じって、どんな感じなんだ」

 微妙に哲学は始まっている横で、僕は自分のロッカーから組み立て式の箱……の奥からポールと布を使い、さらに消音の小細工もしつつキャスター付きのバッグ錬金術で生成。

 洋輔にはい、と渡すと、洋輔はサンキュ、とそのまま荷物を雑にいれ始めた。

 いや、雑に放り込んでいるようにしか見えないのに、それでもバッグの中身が奇妙に整然としているのは、剛柔剣(ベクトラベル)の凄まじい無駄遣いだった。

(いや、無駄というほどさえ使ってねえぞ)

 じゃあどうしてこうなってんの?

(剛柔剣と組み合わせて使う整理の魔法だな。一定の法則性に並び替えてくれる便利系)

 え、なにそれ。便利。僕も使いたいんだけど。

(無理だ。これ、魔導師向けの応用だし)

 ……ぬう。

 魔導師とそれ以外では、魔法に対する理解度というか、適正が全く違うからなあ……。

 やはり僕は神智術に活路を見いだすしかないか……。

「というか。さらっとキャスター付きのバッグが出てくるのをみると、やっぱり佳苗のロッカーって『すごいことになってる』んだな。わかりにくいだけで」

「そうかもね」

 尚、そんな事を言う葵くんのロッカーは、ザ・優等生といった感じで、やはり既に全ての教科書とノートは引き払われていた。授業が終わった時点で持ってくる理由もないし、きちんと勉強をするタイプの葵くんにとって、それらは家にあったほうが都合も良いのだという。

 代わりにそのロッカーに残っていたのは、折りたたみ式の将棋盤と将棋の駒。

「来年度、同じクラスになれたらね。休み時間とか、また将棋もできるんだけれど」

「だなー。違うクラスになっちゃうと、やりにくくなるし……。けどまあ、オレたちが決められるわけでもないから、うーん」

 葵くんはそう言って曖昧に笑う。

 実際、二年生でのクラス替えで、僕と洋輔、そして恐らく冬華までは同じクラスに纏められるだろうという『厄介者は纏めておけ』的な発想は出来るけど、そこから先はちょっと読みにくい。

 成績的に学年の上位をばらけさせたいだろうしなあ。

 郁也くんとか昌くんも同じクラスになれると良いんだけど。

「まあ。違うクラスになっても、長休みの時とかは遊びにいったりきたりしようよ。前多くんが良いなら、だけど」

「もちろん大歓迎」

 オレもまだまだ強くなりたいしね、と葵くんは良い笑顔を浮かべた。

 さて、掃除は本格的に開始。

 僕達の班は家庭科調理室の掃除を担当とされたので、家庭科の先生の指示を仰ぎながら、葵くん、徳久くん、前田さんに東原さん、斉藤さんの六人でテキパキとお掃除だ。

 そんな途中、

「そうだ、渡来くん。無茶振りしてもいい?」

 と、問いかけてきたのは先生である。

「無茶振りだと解ってるならば遠慮して欲しいんですが……えっと、何をですか?」

「実は……」

 先生はそう言って、奥から何かを取り出した。『何か』というか、クリーム色の布だ。

 いや、布というのは失礼だな。これはエプロン……か。いやでも――

「これ、直せるかい?」

「うわあ。すっごい焦げた跡があるな」

 ――横からのぞき込んだ徳久くんが言ったとおり、そのエプロンは焦げた跡がある。

 その跡は正面の裾から五分の一ほど、表面が一瞬燃えたけど、すぐに消火はできたって感じだ。

 また、本来は付いていたであろう紐が根元まで焼失しているらしく、真っ黒な焦げ跡になっていた。

「これは学校で焦がした……とも思えませんが、どうしたんですか?」

 そんなことをしたら間違い無く火災報知器が鳴っているはずだ。

 私物かな?

 という疑問を込めての問いかけに、先生はうん、と頷いた。

「五年前の卒業生が、私にって作ってくれたものでね。家で使っていたんだけれど……先日、ちょっとした不注意で、この有様だよ。幸い、小火というほどにも燃え広がることはなかったんだけれど……」

「不幸中の幸いですね。僕のような若輩者が言うまでも無いでしょうけれど、今度からは気をつけてください。で、修繕ですけれど……。うーん。かけつぎでどうにか出来る範囲じゃないよな……」

 このエプロンに使われているものと同種な布材は確か、演劇部のストックにあったような……。焦げた部分をその新しい布で覆う、もしくは新しい布と『挿げ替える』形でならば修繕のようなことはできるけれど……。

「すみません。僕の技術だと、修繕というよりこの焦げた部分を新しい布と付け替える形になってしまいます。それでも良いならば刺繍の再現なども問題は無いと思いますけど、それはもう新品、別物になっちゃう……」

「そう。そうよね……」

 錬金術的にはワールドコールや白露草……、どころか、白露液あたりでも余裕で治せる程度の損傷だけど、この国の中学生が行使しうる技術では出来るまい。

「焦げた跡を可能な限り緩和して、防火防水加工をする、くらいが限度ですね……。それもちょっとリスクがあります。やめたほうがいいかと。折角の思い出の品ならば、……うーん。こう、焦げ跡を隠すように折りたたんで額縁に入れてインテリアっぽくしてしまうとか。そういう方向でなんとかしてあげてください」

「わかったわ。無理を言ってごめんなさい」

「どういたしまして」

 返却しつつ、しかし五年前の卒業生か、と引っかかりを覚える。

 五年前。ということは、ええと、七歳か八歳上だよね。

 となると、もう二十歳は越えているか……。

 二十歳を超えている知り合いというと、それこそ日お姉さんとか日比生さんくらいになるからなあ。流石に引っかかりは気のせいか?

「けれど、五年前の卒業生って誰なんです?」

 僕が気になったのを悟って……という訳ではなく、単に気になったからだろう、東原さんが先生に問いかけると、先生は誇らしげに、胸を張って言った。

萬井(よろい)という子だよ。手先が器用な男の子でね、裁縫部に三年間所属していた」

「裁縫部に男子がいたんですか?」

 意外そうに斉藤さんが問うと、先生は懐かしげに頷いた。

「ああ。七人の女子に、男子は彼一人だった。もっとも、ずいぶんと大人しくて優しい子だったな。こう言っては彼に失礼かもしれないが、線も細くて、中性的な子だったから、女子に紛れて作業をしていると、よく見なければ気付けないほどだったね。懐かしい」

 ふうん……、そこまで中性的な子がたのか?

 いや別に、おかしい話でもないな。

 江藤さんのように男子よりも格好いい女性もいるわけだし。

「そういえば今度、その萬井の弟が入学してくるはずだよ。私が言っている萬井とは似ても似つかないけれどね」

「へえ……?」

 兄弟だからって、必ずしも似るとは限らないもんな。兄弟、で真っ先に思い出す昌くんと晶くんは本当に似ているけれど。

 しかし、そうなるといよいよ『引っかかり』の理由が分からないな。

 萬井って名前に心当たり、洋輔はある?

(萬井……、萬井。んー。なんかどっかで見たことはあるかも知れない、けど……)

 自信なさげに洋輔は答えてくる。

 少なくとも断定できない程度に、僕や洋輔の『知り合い』ではないし、一方的な面識さえあるかどうか。

 多分無いな。

(だとするとお前のその『引っかかり』が解らねえんだよ。ただの気のせい……、にしては、妙に確信的、つーか核心的だろ?)

 …………。

 そうなんだよね。

 ただ、裁縫部の子だったわけだから、演劇部の名簿で見たことがある程度かもしれない。

 茱萸坂先輩が遊びに来たときとか、一緒に名簿とか、過去の卒業アルバムとかを見てたからさ。

(ふうん……)

 うん、卒業アルバムを見ているのだ。五年前の卒業アルバムに載っていて当然だよね。

 引っかかりはその程度かも知れない。

 あまり見ない苗字だし。萬井って。

(確かに、ぱっと見じゃ読めねえよな)

 郁也くんのほうが難読だけどね。村社って。

(言えてる)

 と、話題が雑談に移り始めたので意識を普通の方に強く戻す。

「さてと、掃除は一段落だけれど、まだ少し時間が残っているね。どうする、もうオーケー、教室にもどっても大丈夫だけれど、戻ると雑用を頼まれるかも知れないよ」

 先生は少し悪戯っぽく言う。

 つまり少しならばここでサボっても良いよという意思表示に他ならない。

 一応一年三組の成績上位者やクラス委員がいる班なのだけれど、成績上位者である以前に中学一年生な僕達としては、その心遣いに甘える以外の選択肢を持たないわけで、各々少し雑談モード。

 ふと来年度の話になったので、

「先生。来年度の家庭科って、調理実習、何回くらいあるんですか?」

 気になっていたことを聞いてみた。

「例年通りならば四回。この中に、お菓子が一回ある。具体的に何を作るのかはまだ内緒だけれどね」

「オレはプリンがいいな、プリン!」

「私はそれなら杏仁豆腐かしら」

「シンプルにブッシュドノエルとかどう?」

「シンプル……?」

 葵くんの主張に東原さん、前田さんの謎の提案に徳久くんと連鎖的な反応が続き、こうなると僕と斉藤さんも何らかの反応をしなければ成らないような気がして、一瞬斉藤さんに視線を向けてみた。

「お菓子といえば。渡来くんからのお返し、とっても可愛くて美味しかったわ。あの猫チョコ、学年女子のグループトークで話題になったのよ」

「そうなんだ? ちゃんと全種類見つかった?」

「なんとか皆で探し出したの。…………。で、貰った私たちが言うのも何だけれど。渡来くん。あなた、全力で手間を掛けるのが趣味かなにかかしら?」

「あながち間違ってもないかも……いやでも、どうせ作るなら色々作りたくなるじゃない。シリコンモールド型とかならば簡単に作れるし」

「簡……単……?」

 …………。

 あれ?

(いや全面的にそれは斉藤が正しい)

 えー……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ