74 - 平成二十八年度卒業証書授与式
3月20日。月曜日。
実行犯であるところの町田先生、そして共犯であるところの校長先生という二人と明確に敵対したことで、僕たちとその二人の先生の間では利益の共有が簡単になっていた。
つまり、『お互いにこれ以上何もしない』。
町田先生はもう僕達に授業以外で関わらず、校長先生も以降は一切『しらんぷり』を決め込むことで西ことルイス・フォスターとの縁を表面上は切ったので、こちらから何かを仕掛ける必要も無い。
そしてお互いに何もする必要が無いならば、それに反発する必要も当然ないので、この頃の学校は随分と平和だった。
一方で、学校の外はと言うと、少なくとも表面上は平和を保っていた。
少なくとも。
表面上は。
(めっちゃ重ねるな。まあ、同感だが)
と言う洋輔の心のぼやきが告げているように、その平和はあくまで表面上の、しかも仮初めのものと言える。
それでも平和は平和に違いないし、喜ばしいことだ。
今日は卒業式なのだから。
「平成二十八年度。卒業証書授与式の開会を宣言します」
『威風堂々』の流れる中、入場してくる三年生を、拍手で迎える。紅白で彩られた体育館内は、在校生はもちろん、卒業生の保護者や来賓もいて、やはりいつにもまして賑やかだ。
入場が終われば全員起立して、君が代の斉唱。
演奏は音楽の先生で、その厳かな短い曲は館内に響く。
そうすると次は一旦着席。
「卒業証書、授与」
僕達の通うこの中学校は、卒業証書の授与を一人ずつ行う方式を採っている。
三年一組から、出席番号順に呼び上げられ、身も蓋もない話だけれどリハーサル通りのルートを通って体育館を進み、壇上へと登って校長先生から卒業証書を読み上げられて……。
そのたびに、拍手が沸き起こる。
全員に、別け隔て無く。
三年四組の最後の生徒が授与され、席に戻って着席をしてから。
「表彰」
と短く、司会進行は続いてゆく。
卒業証書の次に行われる表彰は、所謂皆勤賞だとか、一部特別な成績を収めた子に対して行われるものだ。
尚、今年の卒業生で皆勤賞は三人。
多いのか少ないのかと言えば、多分少ないんだけど、でもこんなものなのかな……。
次に、特別な成績として認められたのは、特に学力に優れたとして三年一組、間宮さん。全ての考査で学年トップに君臨し続けていたらしい。そりゃ表彰もされるよね。
で、部活面での成績が認められたのは、演劇部から皆方先輩と藍沢先輩、男子バレーボール部から鳩原先輩、亀部から市岡先輩。
…………。
えっと……、一応補足すると、皆方先輩と藍沢先輩は中学生全国演劇コンクールで事実上の最優秀賞のようなものをとり、高校生全国演劇大会の特別枠を獲得、出場。そこでもかなりの高評価を獲得し、大会で表彰とトロフィーの授与をされたことを以て、今回の表彰対象となっている。
鳩原先輩はもっと解りやすく、これまで『特別に強い』というわけではなかった男子バレー部をいきなり全国大会に連れて行き、そこでエースとして大活躍、結果、無名校だったはずのこの学校は突然全国ベスト4というとんでもない成績をたたき出したことを以て、表彰対象となった。
尚、鳩原先輩はその表彰を最初、
『あの成績は自分の功績ではありません。土井や渡来にこそ相応しいでしょう』
と辞退したがっていたのだけれど、
『それでも誰も表彰しないわけにはいかないんだ。出資者に対しての感謝という意味合いもある。不服だとは思うが……どうか、受けてくれないか』
という小里先生や春川コーチの説得の上、
『というか、鳩原先輩。地区選抜から全国選抜に昇格になったんでしょう。それだけでも十分表彰対象だと思うんですけど、それじゃ納得できないんですか?』
という郁也くんの正論ド直球が飛び、その場に集まっていた僕も含めたバレー部の面々が揃って、
『あ。そういやそうだ……』
とそれぞれに呟いていたのは内緒。
郁也くんはそのあと、『え、まさかそれに気付いてなかった……え?』と逆の意味で頭を抱えていたけれど、うん。ごめん。
けれどまあ、名目がそっちじゃなく、全国ベスト4の方で結局表彰されることになったのは、『あくまでもこの学校の生徒としての活躍』を表彰する場だからだそうで。
そう考えると将来的には来島くんとか、表彰されないのかもな。ポテンシャルでは間違い無く満たしてるはずだけど。
さて、その上でだ。
そんな鳩原先輩に演劇部の先輩二人が並んでいるのは解る。この学校の演劇部は伝統的に影響力も大きいし、表彰という形で最後に『区切り』を付けさせるのは重要だ。
けれどそこに亀部の先輩が混ざるのはどうなんだ。
というか結局亀部って何なんだ。
何度説明を求めても、
『いい、渡来くん。まず世界は亀の甲羅の上に……』
から始まるから疲れるし。
渡鶴で活動中を観測しようにも、到底部活とは思えないことしかやってないし。
つまり、それが答えなんだろうけど、だとしたら……ううむ、いまいち認めたくないものだ。
などと現実逃避をしていたら表彰が終わっていた。
「学校長式辞」
プログラムが進んで、校長先生による式辞。
いつもの長いお話の特別版といったもので、要約するといろいろな事がこの学校であっただろう、これからもいろいろな事があるだろう、そんな全てを糧にして、将来を楽しく生きなさい、ってところだろうか。十五秒もあれば喋れる内容を五分も掛けるとは……。
「PTA会長祝辞」
次にPTA、保護者会のトップからのお祝いの言葉。こちらも長かったので要約すると、卒業おめでとう、義務としての教育は終わったけれど、これからもよく学び楽しく毎日を過ごしてください、PTAから些細な贈り物を用意しました、あとで教室で受け取ってくださいねって所。
「区議会より区長祝辞」
で、区長の祝辞。
…………。
うん?
と、何度かきちんと見直したら、本当に区長がいた。えっと、普通は代理をよこすんだけど……。目立つ生徒が多すぎたか。
(主にお前な)
いやまさかそんなことは……。
祝辞はかなり簡単に短く纏められているのに、不思議と聞いていて不快感がない。さすがは政治家。
「ここから、祝電を披露します」
祝電として届いたのは、教育委員会、同窓会、そして商店街。
どれも当たり障りのない内容だ。商店街が祝電を送ったのは、まあ、バレー部絡みだね。
「在校生、送辞」
そして送辞――贈る言葉。
これまで先輩としてよくしてくれてありがとうございます、これからもお元気で。ただそれだけのことを長ったらしく言う儀式なのだから仕方が無いとはいえ飽きもする。
とはいえ、このセクションは少しやることがある。
「以上を贈る言葉とし、在校生としてこの曲を送ります」
卒業生を送る歌。
送る会で歌ったものとは別の曲――けれど、定番に違いはない曲。
在校生がソプラノ、アルト、テノール、バスの四重、混声合唱。
全員で揃って練習したのはリハーサルの一度きりだけど、その歌は確かに館内を響かせる。それに涙を浮かべる卒業生が、ちらほらといたのが印象に残った。
「卒業生、答辞」
で、答辞――卒業生からの、ここまでの祝いの言葉への返事。
先生方に親たちに、三年間の恩を伝え、そしてこれからも頑張ります、そんなとてもシンプルな回答を、それほど時間を掛けずに済ませ。
「以上を答辞とし、この曲を送ります」
ピアノの伴奏に併せて三年生が歌い始めたのは、卒業式の定番ソング。
こちらもやはり混声合唱、涙ぐむ声も多く、いよいよ卒業式はクライマックス。
曲が終われば。
「校歌斉唱」
中学校の校歌を皆で歌い。
「卒業生、……退場」
司会を務める先生も、涙をこらえて進行する。
威風堂々と整然と、上を向いて歩く子も多い。ああ、きっと。
それは、やはり特別なことなのだ。
拍手喝采の中を退場していく三年生達。
皆方先輩は笑顔で泣いていた。藍沢先輩も笑顔で、ただ上を向いていた。
鳩原先輩さえも笑顔を浮かべて、時々目尻を拭っていた。
あの人達にとって、この式が中学生の終わりを告げるイベントになる。
高校からは特に、別々の学校に行く子がほとんどだ。
この後、教室に戻れば別れの挨拶をそれぞれに交わし、卒業アルバムを手にしていろいろな事を語るのかな。
「以上で、平成二十八年度。卒業証書授与式を、終了いたします――」
その言葉を皮切りに、来賓から退場が始まる。
「少し前までは、フラワーゲートっていう試みがあったんだってな。渡来は知ってたか?」
「そりゃあ、演劇部だからね。その辺の備品は全部チェックしたよ。……で、フラワーゲートは茱萸坂先輩の暴走で中止になったと」
ふと話しかけてきた涼太くんに僕が答えると、涼太くんは肩をすくめて「その通り」と言う。
フラワーゲート。花道。卒業生を送る最後の道を、在校生が花飾りをされたゲートで作り出すという試み……これは、茱萸坂先輩がやんちゃをしたことで中止になった。
もちろん、茱萸坂先輩はただ中止にはさせていない。その代わりになるような仕掛けを準備したし、それを継続できるだけの手も尽くしていた。
そして今年度は僕がいたので、僕も好き勝手改善させて貰った。
「今年は佳苗がなにかしたって聞いてるよ。何をやったの?」
聞いてきたのは昌くん。
特に隠すことでもない。僕は視線を体育館の外、校庭方向へと視線を向ける。
「屋上と校庭に仕掛けがあってね。卒業生が校庭に一度出て、記念写真を撮ってそのまま教室に戻る段取りなんだけど、その時に通る場所がプロジェクションマッピングで賑やかに彩られる。センサー感知式で色々と、校舎には花が舞ったりするようになってるから、今年からは特に賑やかだよ」
「え」
「で、教室に戻った後は、三年生が教室から校庭を眺めると、校庭をスクリーンに見立ててちょっとした映像が流れる仕掛け。工作部と美術部にめちゃくちゃ手伝って貰ったんだ。ね、梁田くん、蓬原くん」
「おう。楽しかったぜ、CG作るの」
「あ、うん……」
昌くんが『思ってた以上に本格的だった』、といった表情を浮かべる。
そうか、昌くんには直接的な影響がないけど、郁也くんのお姉さんが卒業生だったか。
「ボクが言うのもなんだけど。佳苗の凝り性によく、ついていけるよね……」
「いやあ。俺たちは自分の得意をやってるだけで、部活の延長だったしな。最終的な調整は佳苗にぶん投げたし。俺たちが三日掛けて調整することをこいつ三秒でやるんだぜ」
「パラメータなんて勘で打ち込めば大体当たるよ」
「本当にその勘でパラメータを小数点下六位まで打ち込んでドンピシャなんだぜ? どう思う?」
「いつも通りの佳苗じゃない?」
「まあそうなんだけど……」
それで納得される僕って一体。
(自業自得でしかねえよ)
でも本当にあれは勘なんだよね。理想の動きも使ってないんだよ。
(その眼鏡さあ。いよいよもってなんか、機能をきちんと分析した方が良いと思うぜ。色々と俺たちの知らない機能も大量についてそうだ……)
…………。
知らないほうが幸せなことも有ると思う。
(自覚してるなら調べろ)
はあい。
「卒業生に向けてと言えば、今年の卒業生が胸に付けてた花のブローチ、あれは工作部と裁縫部の共同だったよね。全員にプレゼントって聞いたけど」
「ああ。どっかの大食らいな某文化部が今年はやたらと大人しかったから、生地とか細工用のが大分余ってて、どうしたものかって所に生徒会から打診があったんだ」
「へえ。その某文化部とやらは例年、ずいぶん無駄遣いしてるんだね」
「今年もしてるようにしか見えねえのに、予算的には正常なんだよ。どうなってんだ、渡来」
「内緒」
言っても信じてくれないだろうし。
などと雑談がいよいよ彼方此方で始まると、在校生のもとにそれぞれのクラスの教員が集まってくると、一旦教室に戻って少し待機しているように、帰りのホームルームをするよ、とそれぞれ説明しているらしい。
あれ、ってことはこの後の片付けはどうなるんだろう。
卒業式の会場設営は在校の総出だったんだけど。
(たしか謝恩会で使うから、この後PTAが調整するっていってたぜ)
納得。
教室に戻っていく途中、校庭を眺めてみれば、プロジェクションマッピングが施された校庭の『動く花道』を、卒業生達が楽しそうに歩んでいる。特に一部は飛び跳ねてあちこちを走り回っているほどだった。具体的には皆方先輩なんだけど。そして飛び跳ねて走り回るだけなのに、不思議とそれだけでその周辺が舞台であるかのように、引き込まれるのがまた、皆方先輩らしい。
「…………」
そしてたぶん。
それが役者というものなのだろう。
あれを理想と設定すれば……たぶん、僕はそれを出来るだろうけど。
(妙なところで頑固者だよな、お前は)
全くだよ。僕だって自分をそう思う。
それでも僕は、確かに尊敬しているのだ。




