73 - 意図多き敵対
3月16日。木曜日。
もはや卒業式にむけての準備がメインとなる、そんなラストシーズンの初日、いつも通りに登校してクラスに入ると、挨拶よりも先に「佳苗」、と先に登校していた徳久くんが黒板を指さした。
つられて見れば、そこには緒方先生の字でメモ書きがされている。
渡来くんへ、登校次第職員室へ来るように、部活の話です……ね。
「急ぎの用事かな……ありがと、徳久くん。それとおはよう」
「おはよ」
「おはよう」
皆との挨拶は早々ときりあげて、黒板消しでメモ書きを消した後、僕は一人で職員室へと向かった。洋輔には教室にいて貰った方が都合も良いしね。
一応椋鳥との共有を有効化しておいて……と、職員室に到着。
「失礼します。渡来です」
「入りなさいな」
「はい」
促されて中に入ると、職員室の空気はとても重く冷たかった。
そして僕に集まる視線は『またコイツか……』という諦めが殆どで、なんとも僕の立ち位置が変なところに固定された感が否めない。
(いや、順当だろ)
…………。
ノーコメント。
ちょいちょい、と緒方先生がジェスチャーをして僕を呼び寄せたので、僕はそのまま緒方先生の方へと向かう。
当然、この職員室には祭部長もナタリア先輩もいないのだった。
「朝のホームルームまでさほど時間もないのでね、ざっくりとした説明で失礼するよ。一昨日、昨日の件について、昨日の夕方、教職員で情報が共有された。その上で、教職員は一通り、改めて学校内を探索したのだが、特にそれ以上のものは出てこなかった」
「つまり意図しない残業のやるせなさを僕にぶつけてる感じですか?」
「否定はしないが、やるせなさというより、今回は『よくやってくれたな』という気持ちと『よくもやってくれたな』という気持ちだね」
その二つは『も』の一文字が入るかどうかでニュアンスが致命的に逆方向なんだけど……。まあ、両立しないともかぎらないか。
「ともあれだ。教員側の結論から、先に話しておく。トランクケースの破壊も含めて、これをきちんとした問題にするべきなのではないか……だ」
「…………? 表沙汰にすると言うことですか?」
「ああ。きちんと警察にも被害届を出す形で。教員の中にも『これ以上問題ごとを増やすべきではない』という慎重論は多いが、だからこそ『これ以上の問題ごとが起きる前に徹底して終わらせるべきだ』という意見に纏まったと考えてくれたまえ。さて、その上でだ。渡来くん。君はどうするべきだと考える?」
「どちらでも構いませんが、僕は放っておいていいと思います」
僕の即答に、一瞬、空気が奇妙な形に揺らいだ。というか、淀んだ。
え、お前がそれを言うの、みたいな感じか。流石に複数を対象に取った真偽判定だと応用編にも限度があるので、もっと細かい感情はわからないのが残念だった。
「たしかに何か気になる事も多いですけれど……。やるなら、卒業式の後にこっそりでいいと思いますよ。今あの事件を表に出せば、少なからず動揺があります。それに僕が明確に関係人物ですからね。ただでさえ『特に何も起きていなくても、たぶんマスコミは来る』んです。そこで何か三年生の様子が変だぞー、とかからでも嗅ぎつけるのがジャーナリストで、ましてや全校集会なりを開いて事情を説明した日には、何かが起きたことは確定化。ここにいる教員の皆さんは当然お口にチャックが出来るにせよ、在校生の全員がそうではありません。辿り着かれれば間違い無く、また一週間くらいは校門付近が賑やかになって、卒業式も普段通りには行きません」
「だが……考えたくはないことだが、もしも三年生の中に協力者がいたとしたら、どうするんだい。卒業してしまえばおめおめと逃げられるだろう」
「万が一居たとして、警察がその子から事情を聞くのは卒業式の後です。可能な限り穏便に済ませるためにね」
「なるほど」
それに逃げたら追いかけるのは警察の仕事であって僕達の負担ではない。
いや、多少はこっちにもしわ寄せは来るか……。
「僕が言うのも本当にどうかと思いますけれど……なので、僕は『これ以上問題ごとを増やすべきではない』の側ですね。もちろん、僕の考え方にすぎませんから、先生方が相談して、表沙汰にするべきだと決断したならば、もちろん協力します」
「ただ、君とてトランクケースを壊されて怒っていただろう。その怒りはどう静めるというんだい。言っておくが、我々教員が君を特別扱いすることは難しいよ」
「僕は猫を三十分も撫でれば気分も機嫌も良くなるので、その辺は気にしないで大丈夫ですよ。猫は家で飼ってますし、普通に道を歩けば野良猫も大体来るので」
「やれやれな精神構造だね。まあ、そのやれやれな精神構造に助けられるのが我々学校なのだが……」
緒方先生は一度言葉を句切って、視線を校長、教頭、そして他の教員にざっと向ける。
それに唯一反応したのは、小里先生だった。
「渡来。こちらからも確認をさせてくれ。きみはつまり、『これ以上問題ごとを増やすべきではない』の立場に立つのだね。その場合、真相解明は大分遅れる。場合によっては迷宮入りもあり得るかも知れない。それでも構わないと?」
「迷宮入りすると言うことは、これ以上の被害が無いと言うことですよ」
小里先生に僕は答える。
「『これ以上問題ごとを増やすべきではない』という僕の立場は、言い換えれば、『これ以上問題ごとを増やすならばこっちも問題ごとを起こして徹底して追い詰めてやる、加減を知らない子供が一体何を使ってどのようにお前を追い詰めるか楽しみにしておけ』という意味です。解りましたか、」
僕は一度言葉を句切って。
視線も向けずに、
「町田先生」
と、名指しする。
「…………、え?」
「真相なんて概ね、解ってるんですよ。演劇部の部室に侵入させたのは町田先生です。方法は単純に合鍵ですね。その合鍵はどこで調達したかというと……そうですね、ここから説明しましょうか。マスターキーは今年、校長先生の権限で三度取り出されていて、そのうちの二回は三時間ほどで返却されましたが、その二度目の取り出しは『二十一時間後』に返却されています。で、この二度目の取り出しが行われた日に何があったかというと、町田先生が管理していた社会科準備室の鍵を町田先生が紛失し、校長先生にお願いして、マスターキーを借りたという『些細な問題』でした。校長先生も『些細な問題』だったから、町田先生に軽く叱責した後、マスターキーを一時的に貸し出した。その貸し出しの際に町田先生が直接、マスターキーの入った棚を触れている事も特定済みです。二十一時間もあれば、最新式の鍵はともかく、学校で使われているような単純な構造の鍵。合鍵の作成は近場の鍵屋でも余裕でしょう。実際そう証言してくれましたよ、鍵屋『ペンタ』の店主さんは」
過去の真相というものは。
それが起きた時間と場所が代入できるならば、僕には『見ることができる』。
「町田先生。町田伊代先生。あなたにはトランクケースが破壊されたその頃、アリバイを証明できますか? その日、あなたは学校に来る前、とあるカフェに入ってモーニングを食べていますね。それがかろうじてのアリバイです。けれど、その『カフェに入ってモーニングを食べた』のはあなたじゃない。そもそもあなたはそのカフェに、その日入ってません。あくまでも『店員さんがそう主張している』だけです」
一方的な種明かし。
僕が探偵ものとかミステリものの主人公ならばもうちょっと段階というものを踏むのだろうけど、僕はただの、力を持て余した子供なのだ。
だからセオリーなんて護るつもりもそもそもないし、使えるものは容赦なく使う。
「あなたの役割は可能ならばトランクケースの入手、盗聴・盗撮用機材の設置――などではなく、『それを出来る人物に侵入できる状況を作る』ことです。それがあなたに割り振られたタスクだった。ルイス・フォスターさんとは随分と仲が良いようですね、ビジネスメールのみならず、プライベートなメールもやりとりしている。『パスワードは町田先生が飼っている犬の名前を英語にしたものと町田先生の誕生日を四桁の数字にしたものを繋げて、最初の一文字だけ大文字に』、でしょう」
ようやく視線を向けると、町田先生は冷や汗をかいていた。
目に見えて動揺している。なぜ知っている、そう言いたげだ。
「けれどまあ、僕としては今喋ったことをきちんと証明することが出来ません。パスワードとメールアドレスが解っているわけですから、まあ、ログインして中身を見ることも出来るんでしょうけど、不正アクセスになっちゃいますからね。だからそんなことはしませんよ――していませんよ。カフェのお店の名前もお店の所在も、あなたが訪れたと主張するであろう店員さんの名前も全部知っていますけれど、それはもしかしたら張ったりかもしれません。何せ僕はまだ子供ですから。適当な事を今、僕は言っているだけ……かも、しれないですからね」
視線を小里先生に戻す。小里先生は疑惑の視線を町田先生に、そして僕に対しては恐れるような視線を向けてきていた。
一方で緒方先生は、『ああ、また犠牲者が増えたが、これはあれだね、もう証拠を完全に掴んでるタイプ』とでも言いたげだ。
「町田先生だけではなく、校長先生もルイス・フォスターさんと懇意のようですから、その辺も一応言及しておきましょうか? いえ、言うだけで、証拠を突きつけるようなことはしませんけれど」
今度はざっ、と視線が校長先生に集まった。
校長先生も明白な動揺を浮かべて居る。
「今のところ僕達の利害は一致しているはずです。『波風はできる限り立てたくはない』……卒業式もその先も、できればこのまま善も悪も綯い交ぜに、全てを曖昧に終わらせたい。だから僕は、『これ以上問題を増やすべきではない』と言う立場です。これ以上何もしなければ、こちらも何もしません。それで良しとしようじゃないですか……それが嫌なら、全力で戦いましょう。はたしてここにいるどの程度が僕の味方で、どの程度が校長先生や町田先生の味方になるのかは解りませんが……それは僕達がどうしようもなく対立したときの話です。今は未だ、手を繋げる。『利害は一致している』はずです……我ながら何様なんだか。それでも、『僕は知っている』。手伝ってくれた数人も、僕の意見に同意してくれました」
町田先生を見る。
校長先生を見る。
どちらも動揺が強く、けれど僕の発言に対して、即座にどうこうされるわけではないのだと安堵している。
……本当に僕はどうこうするつもりはない。けれど此処に居る先生達の大半は、詳しい話を聞きたがっているようだ。
「さてと。改めて、小里先生。今のが僕の答えです。迷宮入りが出来るなら、それが一番平和だと思いますよ」
「…………。詳しい話は、君に聞かない方が良さそうだね。解った、そうしよう。緒方先生」
「ええ、小里先生。まさかという話はしていましたが、そうなってしまったようですね」
そしてこの二人の先生は僕の『暴走』を織り込み済み、と。
そりゃそうだよな。
担任として顧問として、僕の『でたらめっぷり』はよく相談し合っているだろうし。
「渡来くん、とりあえずは教室に戻ってくれるかい。それとここでのやりとりは、暫く皆には内緒にしておいてくれ。我々はどうやらもう一度、『話し合い』をする必要があるようだ」
「はい。それでは、失礼します。校長先生、町田先生。『ここに居る皆さん』は当然として、『ここに居ない皆さん』にどう説明するのか、僕は楽しみです」
僕は最後にそう告げて、職員室を出た。
ところに、ナタリア先輩が立っていた。
「かーくん。ずいぶんと派手な立ち回りをしたようね」
「どこから聞いてたんですか?」
「小里先生かしらね、かーくんの立場を確認し始めたところからよ」
「つまり、全部ですか……」
タイミングが良いんだか悪いんだか。いや、狙ってきたんだろうし、良いんだろうな。
「あなたが言ったこと、どこまで裏が取れてるの?」
「殆ど全部です。なんならさっき言った通り、パスワードを入力して、メールアカウントにアクセスしてみれば一発ですよ」
「ああ、一発で不正アクセスになるわねそれ」
そして流石に引っかかるわけもないナタリア先輩だった。
僕は声の大きさを極限まで落として、言う。
「クロットさんにはそれとなく伝えてあげてください。きっと彼女の役にも立ちます」
ナタリア先輩はそれに頷くだけで答え、僕と一緒に職員室の前から移動する。
「それにしても、なんでナタリア先輩がここに?」
「湯迫くんって居るでしょう、軽音部の。あの子が私のクラスに来て、『渡来は部活絡みで職員室に呼ばれてた』って教えてくれたのよ」
湯迫くんが……、思いがけないところから発覚というか、発火するものだな。
善意だし、結果的には二度手間を省けて良かったんだけど。
「さっきの。りーりんにも教えるべきかしら?」
「…………」
少し、考える。
「それが答えね」
「正直に言えば。けれど、仲間はずれはダメです。教えましょう」
「いいの?」
「はい。あまりよくもありませんが、祭部長にだって知る権利はありますから」
「そうね。なら、りーりんにも私から伝えるわ。その方がまだしも、先生達の警戒を生まないでしょう」
……本当に多少って気がするけど。
「そうですね。お願いします」
それでもこれから先の事を考えたら、その提案は受けるべきなのだ。
「でも、一つだけ聞かせて頂戴。なんであなた、あんな宣戦布告みたいな真似をしたの?」
「実は思い当たる節がある感じですね」
「ええ。一つ『そうなんじゃないかな』というのはあるわ。けれど、あなたから直接聞いておきたいのよ」
まっすぐと聞き返してくるナタリア先輩に、僕は憧れのような感情を抱いているのかも知れない。なんとなく、そう思った。
「三年生。皆方先輩や藍沢先輩が疑われたまま卒業式というのは、個人的に嫌な感じだったんです」
「だからあなたが一人で注意を引くと」
「僕一人じゃないですよ。どっちかというと、注意を引くのは『二人の先生』のほうでしょう」
「良い答えね」
けれどあまりにも大人なやりかただわ、とナタリア先輩は嘆くように言った。
洋輔はどう思う?
(ん? すまん、将棋してた。聞いてねえ)
よし、今日は帰ったら亀ちゃんをそっちの部屋に送り込もう。
ベッドやタンスをその爪でガリガリのズタズタにされるがいい。
(直すの、お前だけどな)
…………。
ともあれ。
こうして、僕は二人の大人を明示して敵とすることで、その二人と協力関係を持つのだった。
(ん。東西がどう動くか、見物だな)
全くだ。




