72 - いつかの事
ステージに音が漏れないようにゆっくりと優しく、それでもきちんとセットの後片付けを一人で行いつつ、頭上、キャットウォークで行われている業者による機材の修理を見学。
業者さんには色別、詳細数値の表示まで行ってみたけれど、ほとんど中立ド真ん中。詳細表示でこれなのだから、当然『虹』や通常の色別でも緑色、中立なのだった。
作業内容にも不審点は無いし、カバーが外れたタイミングでもきちんと色別や品質値の表示もしたけれど、やっぱり不審な点は無い。何も仕掛けられては居なかったようだ。
(じゃあなんでカバーの内側からネジが外れたんだ?)
もともと外れかけてただけじゃないかなあ……。定期的なメンテナンスで確認はしていたようだけど、カバーがきちんと固定されているかどうか程度で、その内側のネジは確認してなかったとか。
(手抜きかよ……)
まだ想像の域だけどね。
(だな。ちなみにその場合、連絡をしてから一時間すら掛からずに業者が来た理由は?)
校長が何かをしたという線はない。校長先生自身が疑ってたし。
となると何かをしたならば用務員さん、あるいは役所の範疇だ――それを踏まえて、今見えている情報から確かめると、たぶん答えはシンプルだと思う。
あの作業着、校内で別の場所を修繕する工事とかでもよく見るんだよね。学校が懇意にしているのか、役所が懇意にしているのかは解らないけど、馴染みの業者なんだろう。
定期点検もあの業者に任せているとみた。
その定期点検の手抜きが判明し、直近のいろいろな問題も含めて校長始め教員の一部や生徒達がざわつき始め、役所に警察にと『外様』が縄張りに入り始めたことで用務員さんがこれ以上厄介事はごめんだとクレームを入れた、あるいは用務員さんも手抜き点検のグルだったか……。
ともあれ、迅速になんとかしろと要求して、それに応える形で慌てて派遣してきた。
とか。
(……あり得るか?)
僕は結構あると思う。
学校はかなり閉鎖的な空間だ。そしてその学校において権力者とは間違い無く教員だけど、だとしたら官僚にあたるのが用務員さんや事務員さん。その権限はより実質的で、権力者をも上回る部分がある。
今回の一件で万が一を考えてみよう。
ネジの数本が生徒により発見され、校長にも報告がされていて、それが用務員側に伝えられているという前提の上で、照明器具が落下したという万が一だ。
怪我人が出たら論外、怪我人が出なくても『なぜ報告があったのに防げなかったのか』という責任論がまずは出てくる。それでも最初に批判されるのは校長先生だ、そしてあの校長先生はそれを敢えて受けて恩を売るだろう。用務員側と事務員側は、校長先生の良い値でそれを買うことになる。
そしてそこで校長先生が要求するのは権限、だと思うんだよね。点検とかの業者を指名する場に立ち会うとか、その程度かも知れないけれど、その程度の譲歩ですらも用務員、事務員にとっては許しがたいはず。
もちろん実際にはここまで妙な話ではなく、もっとシンプルだろうけど、こういう可能性もあるって事で。
(まあな。否定は出来ねえか。けれどだとすると、性善説と言いつつ結局性悪説だな)
性善説も性悪説も大差は無いよ。僕に言わせれば、どっちも綯い交ぜにされるものだ。
ま、そんな哲学をしてみるのもいつかはいいかもしれないけれど、今は今。
(ああ、結論を聞こうか)
僕達生徒側にとって、事件性は無し。
ただし教職員側にとって、今回の一件はひやっとしているだろうね。
最初に気付いた僕に対してだけ業者を呼んだことを伝えてきたのは、当然昨日までの事件に関連することもあるだろうけれど、その事件でワケありになっている僕ならば、これ以上の厄介事は抱えないという読みが働いたのだろうし、実際、その読みは正しい。
何もおかしな事は無かった、けれど早すぎるのもまた事実。
だから大人の都合は大人で解決して貰う。手抜きはバレないようにするべきだ。
(だな。……にしても、色別ってのも便利なんだか、不便なんだか)
便利に違いは無いんだけど、便利すぎるからこそ頼りすぎちゃうんだよね。
で、時々こういう例外的な、ブラフみたいなものにしてやられると。
対策を考えるのもバカバカしい。当面は結局現状維持……、暇なときに改善できれば良いな、程度で済ませよう。
うん。
頭上の作業が終わったのを見て、僕も手元の作業をテキパキと終わらせる。
舞台では後ろから四番目のステージ、ダンス部とチアリーディング部による創作ダンスの共同公演が始まろうとしていた。チアリーディング部はチア衣装、一方でダンス部は薄い桃色と淡い鶯色で別れてはいるけれど、シャツそれ自体の形状や、プリントされているイラストは同じようだ。
(そういや、その辺の製作依頼はお前に来てないな)
打診すら来てないんだよね。
僕が演劇部で色々作ってるのは周知の事実だから、逆に遠慮されているのかも。
それに、僕がメインの衣装を作るようになったから、その分だけ裁縫部の負担が減っている。そっちに頼んでるんじゃないかな。
(納得。色分けは……)
学年だろうね。
ちなみに今の学年カラーは、僕達一年生が緑、二年生が赤、三年生が青。来年になると色がずれて、一年生が青、二年生が緑、三年生が赤になる。転校しないならば三年間同じ色と言うことだ。
で、学年カラーが適応されるものは、上履き、体操着、水着の帽子、ジャージ、あとはクラス章とかの細かい所。学校指定の運動靴は白なので適応外、その他にもいくつか学年カラーを使う事はあるけれど、そもそもという意味で言うならば、実は学年カラーは校則に存在しない制度だったりする。
クラス章は流石に校則で定められているけれど、それ以外の物に関しては、赤、青、緑のいずれかであれば、好きな色を使って良い、とさえ書かれている。
これは転校してきた子に向けた救済措置なのかなと思えばそうでもないらしく、実際、ナタリア先輩は大概赤を使うけど、時々青や緑のものも使っているのを見る。以前それをなんでかなと思って聞いてみたら、『毎日同じ服は飽きるでしょう』と言われた。ファッションだったらしい。
(…………。ん?)
うん?
(いや、俺たちって最初から緑だったか?)
…………。
僕は自然とそう認識してるけど……、絶対とは言えないね。
(理極点で色まで切り替わるかねえ……認識が変わるだけならまだしも)
意識だけに影響を及ぼすと考える方が却って問題だよ。
物質的な何かにも干渉している可能性は否定しちゃいけない……っと、共同公演が始まるな。
一度館内が暗転し、スポットライトに照らされると同時に音が響く。この曲は、どうやらカバーアレンジではなく原曲のようだ。学校特権って感じがするけどそれはそれ。
音楽に合わせてスポットライトがあちこちを、照らし外してまた照らし、キレのあるダンスは挑発的に、けれど感情を強く訴えかけてくる。不思議なのは、確かにそこに感情は感じられるのに、その感情の色が見えないことだ。
喜怒哀楽のどれでもない。ただ、感情というものだけが放り出されている。
(……滅茶苦茶、器用なことをしてくるな)
ね。これは……難しい。
とても難しいと思う。『伝わってくるのに、何も解らない』。
ただしその『解らない』のが決して、不快じゃない。むしろ興味を誘うものだ。
なるほど、こういう魅せ方もあるのか……。
感心しながら見ていると、あっという間にステージが終わってしまった。
一曲勝負、だったらしい。かなりの運動量だったし、そりゃそうかと納得はする。
けれどもっと見ていたかったな……うん、これも、凄い。
また見たいという気持ちを。
もっと見ていたいという気持ちを、こうも引き立てるのは、難しいはずだ。
「……あるいは僕達が欠落しているだけか」
少なくとも今の演劇部にはどちらもが微妙に欠けている。
完成度では負けない、それは間違い無いはずなのに……考察だな、考察が必要だ。
けれどこれは哲学の粋でもある。祭部長、どこまで付いてきてくれるかな?
そんな事を考えていると、横から、「渡来くん」と声を掛けられた。
声を掛けてきたのは緒方先生だ。
「どうだったかい」
緒方先生は一瞬視線を上に向けたので、この話題はダンスではなく業者の方だろう。
「特に不自然な様子はありませんでした。僕が見ていた範囲では……ですが」
「そうかい。けれどまあ、君のような子が観察していて気付けないとも思えないし、ならばやはり、何もなかったか……」
平和なことは良い事だけれど、いまいち煮え切らないなあといった様子を緒方先生は浮かべている。僕らもある意味同感だ。
「この後校長先生のところに?」
「そのつもりだよ。何か伝言はあるかい?」
「手抜きをするならバレないようにお願いします、と。校長先生に向けてではないとも、伝えておいてください」
「ふむ。君の魂胆は見えたような気がするが、生徒がする腹芸ではないね。とはいえ今回はこちらも同意見だ、伝えておこう」
「お願いします」
「うん。……ところで、実は少し前から君のことを見ていたのだが。ダンス部とチア部の表現を熱心に観察していたね」
別に見られて困るわけではないけれど、あえてそう聞かれるとなんだか気恥ずかしくなる、そんなめんどくさい僕だった。
(自覚してるのな)
後で覚えてろ洋輔。
(なんで俺だけそうなるんだよ!)
良く言うでしょ。うちはうち、よそはよそ、洋輔は洋輔って。
(いや最後のはおかしい)
閑話休題、僕は曖昧に一度頷いて、けれどそのあとしっかりと頷いて見せる。
「軽音部と吹奏楽部のステージもそうですけれど、僕は演劇部の一員として、表現方法には興味があるんです。特にダンス部とチア部のあれは、とても興味深い」
「確かにアレは芸術と言っても良いだろうね。しかし演劇部があれを習得してどうするよ。そこに何かがあると見せつけるのが演劇であって、あのダンスはそこに何かがあると教えているのに、決して見せない類いだろう?」
「僕と似た感想で嬉しいです。けれどだからこそ、僕にあのダンスを参考にしなければならないと思います。あの『エネルギー』を、喜怒哀楽に自在に割り振れるようになれば、それこそ演劇としては完璧だと思いませんか? まあもっとも、だからこそ、結局参考にする程度で、取り入れることは出来ないんでしょうけどね……」
「…………。渡来くんは本当に、茱萸坂と同じ事を言うようだね」
……え?
なんでここで、茱萸坂先輩が出てくるんだろう。
「彼女にとっては不幸だな。君と同学年ではないにせよ、同世代であればもっとテキパキと、彼女の理想を求められただろうに」
「……茱萸坂先輩は、裏方メインでしたよね?」
「そうだとも。だが演技指導や、演技方法の模索もしていた。だからこそ今、茱萸坂は紫苑で事実上の監督までやっているのだからね」
そういえばそんな話を、猫屋敷の住人、江藤さんも言ってたな……。
近いうちまた遊びに行くか。
なにか出会いがあるかもしれないし、無かったとしても猫と遊べるし。
「さて、それじゃ校長先生と話してくるとしよう。渡来くんはこの後どうする?」
「折角なので、特等席からステージを見ることにします」
言いつつ、僕はセットの裏からパイプ椅子を取り出す。
「あきれた。そんなところに椅子を隠してあったのかい」
「実は今回用意した殆ど全部のセットが、緊急時には椅子や机として使えるように細工してあります。避難所でその手のものが不足するのは良くある話です」
「だからといってパイプ椅子が出てくる事には繋がらないだろう」
「…………。鋭いですね……」
「君のような子と頻繁に話すからね。自然と慣れもするさ」
緒方先生は悪戯っぽく笑って言う。
「ま、特別席からの見学も構わないが、ちゃんと全ての演目が終わったら三組の列に戻りなさい。言うまでも無いことだろうが」
「わかりました」
今度こそまた後でね、と緒方先生が去って行く。
僕はパイプ椅子を展開して、そのまま舞台袖、背後から舞台を眺める。
特等席。二階も大概だけど、後ろからのアングルというのは、演技をする側として結構重要なのだ。
いろいろなステージを見て、いろいろな表現方法を知って。
どのステージがどんな感じだったのかを自分なりに考えて、それを上手く自分たちの表現にフィードバックさせてゆく。
その詰み重ねをしていけば、役者にだってなれるのかもしれない――だからこそ、僕は役者にはなれないんだろうなあ。
恐らく祭部長にも、そしてナタリア先輩にも。
祭部長は演技をするより脚本を作る方を磨きそうだし、ナタリア先輩ではそもそも、役者という道を選ぶまい。
「……そう考えると」
今演劇部にいる三人は、三人ともに別の理由で、演劇をしているのか。
きっとそれは悪い方向に作用している。
だからそれを良い方向に転換できれば、きっと僕達は何かを得られる。
奇妙な確証だけれど、本当に、そう思う。
不安と期待を抱きつつ眺めるステージは、不思議と輝いて見えた。




