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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 変わりゆく年度末
72/111

70 - それは一度きりの

 創作時代劇は大きく分けて三つのブロックから構成される。

 序。娘が侍に見初められ、結婚し、しかし侍は戦死して、その事を大名に告げられてから娘が女侍を目指すブロック。娘は此処で近侍と出会う。

 破。女侍を目指した娘が、仇にあたる敵の大名から内通を誘う書状を受け、夫の死には使えている大名にも瑕疵があったのではないかと疑うブロック。

 急。これまで助けてくれていた近侍を、今度は自身が救う役目と助けに向かい――結局近侍に助けられ、そして近侍が『敵の大名』に使える忍であることが発覚するブロック。

 殺陣のシーンは序と急の二つのブロックで行われる。

 前者は戦場を再現する、乱戦としての殺陣。ここに参加するのは主に剣道部の面々のみ。

 後者は闇夜、近侍による無双としての殺陣。こっちが僕にとってはメインとなる。

 で、今回の演目は、全ての動きを演者側がアジャストする前提で全てが動いている。

 ライト、音楽、効果音、風の演出、セットの自壊。それらの全てはタイムテーブルで完全に管理されていて、だからこそ演者は、ただ一つでさえもミスが許されない。

 台詞は管理された通りに言わなければならないし、リアクションだってそれは同じ。

 アドリブ性の一切を排除した、徹底した完成品としての舞台。本来は後から編集で付けられるべき音も演出も、その全てを最初から乗せている状態で表現されるもの。

 それが実現し、全てを完全に、最後の一動作までを終えた暗転の後。

 会場となった体育館は、しんとただ、静まりかえっていた。

 そして誰かが、ぱち、と一度だけ拍手をすると――どっと、体育館を拍手が包み込む。

 拍手喝采に違いは無い。

 ただ、その反応に奇妙な色が付いているのは……。

「……ねえ、りーりん。事実として完成したし、完璧に私たちはこなしたし、ベストのベストを追求してついにこうやって拍手も貰ったんだけれど、やっぱり題材が重かったんじゃ無いかしら? ドロドロすぎてこう、反応する側も困ってる感じの拍手になってるわ」

「そうっすねえ……、でもでも、今のはきっと良い映像になってるっすよ。あとで見返すのが楽しみっす」

「そんな事より、祭部長、ナタリア先輩。カーテンコールから休憩時間に遷るので」

「ああ、そうだったわ。いきましょうか」

 創作時代劇の完成度は間違いなく高かった。去年の白雪姫も大概凄まじかったと自負できるけど、今回はそれを明らかに越えている。

 まあ、ちょっと『演劇』の枠を越えているような気もするし、何より『三年生を送る会』の余興として相応しいのかという点には疑問符が付くけど……。

 ともあれカーテンコール。

 拍手の中、舞台の中央に僕、祭部長、ナタリア先輩の順にまずは並び、ついであらかじめの段取りに従い、剣道部を初めとした殺陣のシーンで協力してくれた子達、他のシーンでも様々な端役を手伝って貰った子にも当然登壇して貰い、全員が揃ったところで大きく一礼。

 終演を告げるブザーが鳴れば、館内にはそのまま放送が行われる。

『以上の公演を持ちまして、三年生を送る会、前半の全項目が完了いたしました。一同、休憩時間となります――』

 で、洋輔。

 どうだった?

(エグいな。なんつーか本当に、舞台をブルーレイかなにかに収録した映像作品……それも何度も取り直して、良いところを繋いだような出来だったぜ。理想にも程がある……)

 尚、理想の動きの拡張系である範囲版理想の動きなどは当然使っていない。

 全て皆の努力によって完成させたのだ。そう考えるとさらにエグい。

(全くだ。錬金術やら魔法やらで無理矢理再現してるほうがまだ納得できるぜ)

 ま、エグさはともあれ解体作業よろしく。

 と、ぶん投げたところで、

「かーくん! すごかったよー! おみごとっ!」

 と、皆方先輩が凄まじい上機嫌で突っ込んできた。

 その目は僅かに涙ぐんでいて、感動してくれたことは疑いようも無い。

「ナタリアもぱーふぇくとっ! この様子なら来年度も演劇部は安泰ね!」

「ありがとうございます」

「ありがとう、みちそー先輩」

「あれ、おれにはコメント無しっすか?」

「あ、りーりん。えっとね。演技とそれを支えるもの全てはよかったわ。音楽とのアジャストも完璧、かなり精密なタイムテーブルを作ったのね。で、それを実現させるだけの練習もしてきた。素晴らしいことだと思うわ。でも題材はもうちょっと考えた方が良いわね?」

「うっ」

 そして僕とナタリア先輩に対してはほぼほぼ手放しで褒めたのにも関わらず、祭部長にはいまいち厳しい皆方先輩だった。

「コンクールならねー。この題材、すごく生えそうなんだけど、でもコンクールだと長物は却下されちゃうだろうし、やっぱりこれで行くのは難しいんじゃないかしら。そもそも中学校級の演劇大会で殺陣を伴う時代劇って、ちょっとやりすぎよ。『できることが増えた』のは楽しいと思うわ、それにこうやって完成させている以上、それは褒められるべきことだけれど、けれど、ちょっと、手放しに褒めてあげられないのよね。……具体的には、かーくんにこれ、負担が掛かりすぎてるわよ。やっぱり」

「うう……、ごもっともっすよ……でもやりたかったんで……」

「気持ちは分かるのよ。私も演者側なら間違い無くやってたでしょうし……でもまあ、外側から見るとね、やっぱり負担の掛かり方が凄いと思うわ。主演とセットの調整をやらせるのは、今回を最後にするべきね。さて、耳の痛くなるような忠告はおしまい!」

 本当に凄かったんだもの、だからそこを褒めちぎるわ、と皆方先輩は言うと、本当に褒めちぎり始めた。嬉しくなるけど気恥ずかしくもあり、それでもそれ以上に誇らしくもあり。なるほど、僕の場合は演劇というものにこうやって嵌まっていくのだろう。

「皆方先輩。褒めて戴けるのはとても嬉しいのですけど、ちょっと洋輔達が困ってるので、僕は撤収作業の手伝いに入ります。ナタリア先輩、祭部長は大丈夫なので、その二人を特に褒めておいてくださいね」

「わかったわ!」

「いいっすか?」

「はい」

「悪いわね」

 どういたしまして、と言いつつ、洋輔の居る二階、キャットウォークへと視線を向けると、洋輔はバツ印を腕で取った。

 あえてジェスチャーをするまでも無く通じ合うとはいえど、一応アリバイ造りとしての表現は必要なのだ。

 で、何があったの?

(背景の布を巻き取る機構がこんがらがっちまってる。巻き取るだけなら出来るけど、再利用が厄介になるかもしれねえ)

 いいよ。治すの一瞬だし。

(ん)

 次に視線を向けたのは舞台の上。

 バレエシートはまだ撤去しない。この後、ステージを使う部でマーキングをする都合上、あったほうが楽らしい。

 なのに視線が向いているのは、そこに金属の部品が二つほど落ちていたからだ。

 両方ともネジ。

 大きさは違うけど……このネジ、どれのだ?

 セット転換で背景のパネルを衝突させるギミックのやつっぽいかな。

 となると、どれかの固定が緩んでる……、かな?

 それに洋輔の言っていた巻き取り機のトラブルの件もあるし、結局は周知が必要になる。

 舞台下の非常用ヘッドセットを付けて、っと。

「こちら渡来です。ステージ上にネジが少なくとも二本、落下していました。どこかの固定が緩んでいる恐れがあります。セット班は一度撤収作業を中断し、安全確認リストに則って確認をお願いします。それと、背景の巻き取り機のトラブルはどうなりましたか?」

『こちら鶴来。指示通り無理にでもとりあえず回収中。そのままの再利用は不可能の見込み、とはいえ修復は可能だろう』

「了解。そちらもその作業が終了次第、トラブルの原因をチェックして下さい」

 ヘッドセット越しに指示が伝わったのを確認、撤収作業が一時中断されて確認を始めているのを見て一息吐く。

 セットが故障するだけならば別にいい。修復作業は難しくない。

 けれど故障の結果、怪我人を出しちゃったら大変だ。

 故に、ネジの一本だって見逃してはいけない。

 ……と思っての行動だったのだけど。

『背景衝突セット、「い、に、ち」の三種に破損あり、骨組みに影響があるものも』

『灯籠セットの脚、固定器具が外れてるっぽいです。テープで仮に補修しました』

『シートの固定がとれて滑る部分があり。注意』

『こちら照明、スポットライトの稼働にちょっと引っかかりあり』

 思っていた以上に問題が出ていたらしい。

 直前のチェックでは問題が無かったとなると、あの一度だけの実行で消耗しちゃったってことか……?

 アジャストさせる為にかなり無茶をしたんだろうな。演者以上にあるいは大変だったはずだ、何せ演者は自分の身体をアジャストさせれば良かったけれど、裏方は自分の身体そのものではなく、ライトやセットを完璧に同期させなければならなかったのだから。

 んー。

 となると。

(まあ、そうだな)

 僕が結論を出す前に、洋輔が変わりに言う。

 いや、言葉にはしていないけれど。

(お前が事実上の主演になるのは、これが最初で最後ってのがいいだろ。お前の演技力も大したもんだったけど……まあ理想がある以上、お前はそれで当然なんだろうけど、やっぱ裏方にいてこそお前のでたらめ具合は一番活きる)

 そうかもね。

 けれど……実現できるかどうかは別だ。

 演劇部の人数さえクリアできれば、それでいいんだけど。

 来年度、何人入ってくれるかなあ……。

『こちら進行班。渡来くん、後半までにトラブルの解決はできる? 場合によっては後半の演目の順番を少し変えて調整できるかもしれない』

「こちら渡来。セット類の破損は、全部緊急回避項目の固定に従って封じちゃうので大丈夫です。再利用はできなくなるかもしれませんが、そうなったらそうなったで作り直せば良いだけなので。問題はスポットライト側ですね。そっちも既に洋輔を向かわせているので、解決は出来ると思います」

『なら、演目の順番は予定通り。つまり、あと七分で一通りの片付けを終わらせて貰わないといけないのだけれど』

「七分在れば余裕もあると思います。平気です」

『わかったわ。完了したら報告をお願い』

「わかりました」

 ま、来年度の事は一ヶ月先に考えれば良い。

 今はきちんと撤収作業、だ。

 どこの固定が緩んでいるのかをきちんと確認し、また破損したセットは破損した部分をきちんと確認して、将来の改善に役立てよう。

 ていうか結局、このネジはどこのネジなんだ……?

 片っ端から目を通してはみているけれど、特にネジが外れているような場所は無い。

 だからといって持ち運びが容易な小道具にはネジなんて使ってないしな。

 残る可能性は照明とか、天井に備え付けの機材だけど……。

「緒方先生、ちょっと良いですか」

「あまり良くないようだが、何があったのかな、渡来くん」

「ネジが落ちてました。舞台で使っていたセットは全部見てきたんですけど、ネジが外れているものがありませんし、小道具にはそもそもネジを使ってません」

「うん? つまり?」

「天井の照明かスピーカー。あるいは幕を滑らせるレールだとか、その辺から落下した可能性があります。許可を貰えれば、メンテ用のキャットウォークから確認してきますけど……」

「ああ……あそこに登るってことかい。うーん」

 キャットウォークはキャットウォークでも、体育館の舞台の上のそれは生徒どころか教員でさえも原則立ち入ることは無い。良くて用務員さん、実際には専門業者が時々通る程度だ。

 で、ネジが落ちていることは事実なわけで、場合によっては何らかの機材の固定が緩んでいる可能性がある。もちろん、このネジは全く関係の無いネジという可能性だって否定は出来ない。

 リスク管理をするという意味では確認をするのが絶対だけど、その確認をするためのキャットウォークへの侵入それ自体がリスクになると理解しているからこそ、緒方先生は少し考えた。

「君の私見で良いんだが、そのネジ二つの支えが無くなる事で最悪、どの程度の被害があるかな?」

「ものにもよりますが、照明が落ちてくるとかは十分ありうるんじゃないですか。僕が見つけたのがこの二つと言うだけで、もっと落ちていた可能性も否定は出来ません」

「ごもっともだね。……うん、じゃあ確認は用務員さんにお願いしよう。君が行った方が手早いのは解るが、危険だ。少なくともその格好ではね」

「…………」

 その格好。

 と言われて気付く、今の衣装。

 そういえば尼僧姿のままだった。

「君はとても細かいところまで良く気がつくし、良く調べてくれるのだが、アレだね。そのキビキビとした動作の全てがその衣装の状態で行われていたという点は、なんというか、妙なギャップを生み出している感じがするね」

「そう意識すると恥ずかしくなってきますね……いや、恥ずかしくなる以上になんかシュールですね。尼僧がヘッドセット越しに現場指示するのって」

「ごもっともだ。さっさと着替えてきなさい。まだ演技の余韻もあるだろうが、後半はゆっくり楽しむと良い」

「そうですね。そうさせてもらいます」

 お手伝いも楽しまないと損だしね。

 まだ皆方先輩との会話を続けていた祭部長とナタリア先輩にも声を掛けて一度中断して貰いつつ、着替えるべく控え室へ。

「それでかーくん。問題はどの程度でてたっすか?」

「想定よりも少し大きいです。セット周りの破損はまだしも、謎のネジとか、スポットライト周りの不具合も発生してました。やっぱり今回の舞台は『無理をしてようやく』ですね」

「そうっすねえ……覚悟はしてたっすけど、次の無い、一度きりの舞台って形になったっすか」

 祭部長は笑って言う。

 ナタリア先輩も、そして、僕も笑ってそれに頷く。

「全身全霊を、一度限り。最高の舞台を、この場にぶつける。……その目的は達成できたわね。みちそー先輩のうれしがる顔は見ていて気持ちよかったわ」

「同感っす。ま、この後のお手伝いもきちんとこなして、おれたちが大丈夫だって事を伝えるっすよ。来年度の演目は、また考え直すっすからね」

「今度は季節感を大事にしましょうね」

「……善処するっすよ」

 たった一度で満身創痍。

 そんな此度の演目は、だから今回でお蔵入り。

 だからこそ、見てくれた誰の心にも強く印象を残せたのではないだろうか。

 部活として、それは望ましいのかどうかは――別だけれどね。

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