69 - 幕は開いて
3月15日。水曜日。
授業は事実上の全休、今日は卒業式と終業式を除けば最後の学校行事、つまり、三年生を送る会の実施日である。
主賓は当然三年生。
それを二年生と一年生がメインになって送り出す……まあ、お祭り騒ぎだった。
イメージ的には学内で完結する文化祭、あるいは合唱コンクールの超拡大版……?
まあ、いろいろである。
で、このイベントを行うために各種活動が盛んで、その中に演劇部による演劇も含まれるけれど、あらゆる部活や委員会、あるいは各種有志の会として出し物を予定している。
だからこそ、僕と洋輔は僕達を標的にしたであろう細工に対して大人しくしなければならなかった。それに祭部長が演劇部の部室が荒らされたことを表沙汰にするのを大分躊躇したのだって、演劇ができなくなるだけならば即決だっただろうけれど、送る会それ自体が無かったことになりかねなかったからだったはずだしね。
大体、三年生は単純に楽しみにしている子が大半だったし。
在校生だって……大半とは言えないかも知れないとはいえ、三年生を送る会という行事を心待ちにしている子だって居るし、そうでなくとも授業が無くなることについては感謝して居る子のほうが多いだろう。
たとえ楽しみにしていないにせよ、いや、楽しみにしていないからこそ、そのために準備を『させられた』にも関わらず、その準備が不意になったら怒ると思う。
というか僕なら怒る。
(だよな……)
ま、そういう意味でも送る会が実施できることは幸いだ。
閑話休題。
今年の三年生を送る会は前半と後半の二部構成になっている。
で、前半の内容は校長先生や教員からの軽い挨拶の後、早速二年生有志軍団から出し物をスタート、主に学年別のステージが固まっている。固まってるだけで部活もちらほら入るけど。
前半のラストを飾るのが僕達演劇部で、演劇部の公演が終了すると三十分間の休憩、自由時間。この自由時間中に演劇部のセット類は一通り撤収し、後半へ。
後半のステージは部活単位の出し物が多く配置されていて、トップバッターは軽音部によるミニライヴステージ。ミニライヴステージといいつつ三十五分、ちょっと長めになっているのは、ラストの楽曲は吹奏楽部とのコラボで、そのまま吹奏楽部のステージが始まる形だから、そうだ。どんな曲をやるのかな? 楽しみだ。
尚、当然ながらこの二つの公演には演劇部がサポートをすることになっている。この辺は手伝って貰っている分、お返ししないとね。
ダンス部とチアリーディング部の共同公演もあるんだよね。この公演、サポーテッド表記に亀部があったので、プログラム読んだ段階でも強く印象に残っているのだった。
…………。
亀部、本当に何をどうしている部活なんだろ……?
「かーくん。そろそろ」
「はい」
などと考えている余裕はそれほどない。
校長先生のお話が終わり、最初のステージ転換が始まると同時に演劇に関連する人員がすっと席を離れ、それぞれ配置について各種準備。
僕、祭部長、ナタリア先輩は衣装の準備から。
既に大まかなセッティング……というか、衣装の移動を済ませてあるのだけど、他の衣装との連動に使う帯やマジックテープの最終調整、及び各自アクターが着替えやすいように衣装を整えたり、あとは衣装に問題が無いかのチェック。
そして最後に、小道具類の動作テスト。大丈夫、いける。
特に問題無し、と言う事で初期衣装に着替えをサクッと済ませ、三人揃ってインカムを装着。舞台開始時は当然外すけど、その前の各種準備確認までは無線でやりとりする事になっている。
なので、
「こちら演劇部、渡来です。これより本番直前の最終チェックを行います。チェック内容は前回のゲネで用いたチェックリストから一部変更しています。また、本日は本番につき、僕が最終的なサインを出すことが出来ません。よって、あらかじめ説明をした通り、本日は現時点からチェックを一年三組、鶴来洋輔が管轄します。以上、『ゴー』」
『こちら演劇統括、鶴来洋輔。これよりチェックを開始します――』
と、洋輔に丸投げすることにした。
もちろんこの話を持ち出したとき、『え、やだけど?』ともの凄く渋られたものの、条件を付けたらあっさり乗ってきた。チョロい。
(チョロいのはお前のような気もするが……)
そうかな?
まあお互いに損がないならソレが最良だろう。うん。
洋輔が事前に渡したチェックリスト……ではなく、渡鶴に入力された情報を元に最新の形でチェックを開始したのを確認し、僕は祭部長、ナタリア先輩と合流。
無線のマイクがミュートになっているのを全員で指さし確認、問題なし。
「ついに本番っすね。昨日は思いがけない形でブレーキがかかりかけたっすけど……、ま、それはそれ、これはこれ。切り替えて行くっすよ」
「そうね。まあもっとも、一番切り替えが必要なのはりーりん、あなたなんじゃない? 私はあんまり気にしないし、かーくんに至っては気にするタマじゃないでしょう」
「多少は気にしてますよ、僕も。セット壊されてないかな? って」
「ああ、そっちの心配っすか……」
実にかーくんらしいっすね、と祭部長は言う。その表情には良い意味での緊張が凛と残っていた。
この様子ならば大丈夫だろう。
「かーくん。よーくんのカバーはどこまで期待できるっすか?」
「ほぼ全面的に。いざという時の対処法はほぼ全部仕込んであります」
「グッジョブっすよ。ならばおれたちはおれたちの全力を、そしておれたちの『いま、楽しんでいること』を、らんでん先輩に、そしてみちそー先輩に、ついでに他の全員に魅せつけよう!」
「ええ」
「はい」
「我ら演劇部――いざ、」
いや。
「いえ待って下さい。早いです」
「――出……、え? あれ? 今良い流れだったっすよね?」
「否定はしませんが出番までまだ三十七分あります。それと洋輔によるチェックがまだ終わってません。はやらないでください」
無線を聞いている限り、今のところゴーサインが出ていないのは音響と大型セットの部門。
音響はそもそも触れる状況にないから当然だ、問題は大型セットの部門で、これは洋輔が全体のチェックを優先しているため……かな。
手伝った方が良いなら手伝うけど、大丈夫?
(問題ねえよ。ちょっと手間取ってるのは事実だけどな……照明落ちてる状態でのセット確認だし)
ああ、そういえばその辺は……、例の停電の時くらいか、ちゃんとやったの。
(ん。次回からの課題だな)
そうだね、ちゃんと記録しておこう。
「かーくんがしっかりもので助かるわ」
「それ、言外におれが抜けてるって言ってるっすよね?」
「あら、じゃあしっかり言い直しましょう。りーりんが結構抜けてる分、かーくんがしっかりもので助かるわ」
「…………」
そっち方向に言い直すっすか、と祭部長がナタリア先輩をジト目で睨んだ。ナタリア先輩は無視した。こういうところでこそ、力関係がハッキリと現れてるな……。
「ナタリア先輩って、やっぱり祭部長を信頼してますよね」
「当然よ。りーりんは完璧じゃ無いけれど……だからこそ、しっかり視線を、目線を合わせてくれるのだもの。私は……それにどれだけ救われているやら」
それは茶化すように紡がれた。
けれど……ただただ、切実な言葉で。
それは偶然の出会いだったのだろうけれど、ナタリア先輩は本心から救われている。
心がちくちくとするのは……嫉妬だな。
僕はナタリア先輩のようにはなれない。
僕は祭部長のようにもなれない。
……僕には洋輔が、理解者が最初からいた。
どうしようもなくつながりあってしまう、けれどどうしようもなく重なれない僕達は、お互いを常に理解者として、何があっても助けてくれる相手として、そして何があっても助けるべき相手として在り続けてしまった。
僕達は今更その在り方を、変えることなどできない。
あるいは僕たちが望めば、それは可能だ。けれど……だけれど。
僕は望んで孤独になりたくはない。
きっと、洋輔も。
(そうだな。俺たちにはあの二人のような出会いはできねえ……既に倖せなんだから、敢えてそこから降りていこうという気が起きねえ)
うん。
今更僕と洋輔は同時に気がついたけれど。
祭部長は初めて僕達を見た時に、気付いてたのかもね。
だからぼくはかーくんで、洋輔がよーくんと呼ばれる事を、良しとした。
とはいえ、祭部長が理極点ということもないだろう。それは幸いなのか、それともそうではないのか。
(そういや人を見る目、ってあるじゃん?)
ん?
(いや、人を見る目。それは俺も佳苗も、一定水準を超えて持っている。これはいいよな)
うん。
(だとしたら鹿倉先輩は、人を知る目を持ってるんだろう)
他人を知ろうとする気持ちと、その他人がどのように日常を見ているのかを想像するという力。
なるほど、確かに祭部長はソレを持っている。
人間観察、そして過剰共感。
それがあの台本を生み出す力の根源か。
……ふむ、そう考えると技術だけなら盗めるかな?
(まあ、可能だろうな)
技術だけならば、と洋輔はさらに補足を入れた。
それが全てなのだろう。
(しかし、奇跡的な出会いってのも存外溢れてるもんだな。鹿倉先輩とナタリア先輩は言うまでもねえけど、皆方先輩と藍沢先輩とか)
確かに。逆に僕達にケースが似てるのは、昌くと郁也くんかな?
(そうだな。産まれたときから決まってるパターン……まあもっとも、あの二人こそ俺たちとは大分違った方向に進化してるが)
確かにね。
と言っている間に、
『大型セット、「ゴー」』
『こっちも待たせました。音響、「ゴー」』
と無線が入る。
『了解。再確認、「ストップ」ありやなしや。十五秒』
洋輔が無線の奥で仕切っている。
祭部長とナタリア先輩は解らないだろうけれど、僕には洋輔からより細かい情報が伝えられていた。
全ての部門でゴーを確認。
但し懸念事項、あり――被害は起こさないように細工をしてくれるそうだけど、気をつけておこう。
『最終チェック、「ゴー」。演劇部主演チーム、そちらは?』
「『ゴー』っすよ」
祭部長がマイクのミュートを解除して言えば、洋輔は力強く言った。
『本番まであと十七分。各員は配置につき待機。セッティングは迅速に、けれど丁寧に。……この舞台を、成功させましょう!』
んー。
洋輔にしては普通だな。
やっぱりそこだけでも祭部長に任せるべきだったか?
(いやなんでディスられてるんだよ俺)
なんでって……祭部長の方が士気あがるし……。
(…………うん。否定できねえ)
でもまあ十分。
他のステージが展開されている舞台を眺めて、それぞれ緊張感を高めていく。
『本番まであと五分。演者三名、インカムを外して下さい』
洋輔の指示に対して、了解、と僕達の声が重なった。
ここから先の段取りは、洋輔に任せて――僕達はただ、芝居に、舞台に、集中する。
タイムテーブルと思考を、ひいては動作や台詞を同期させる。
あとは自分の思考を、役のそれに書き換える。
大丈夫。
やれる。
ステージの明かりが落ちた。
あとたった二分の場面転換で、洋輔がテキパキと指示を出し、大型セット類が展開されてゆく。
ナタリア先輩と祭部長は僕の肩を叩き、僕は二人の背中を押すと、ナタリア先輩はまっすぐに、暗いステージの真ん中まで進んでいった。
そして、次に祭部長が舞台袖へと移動する。僕の出番はまだ少し先だ、お手伝いさんとして参加してくれるアクターの衣装を調整し、そして――予定通りの時間に、予定通りのブザーが、予定通りの分だけ鳴り響く。
そして予定通りに背景音が流れ始め……ナレーションを担当する二年生の女子が、静かに、けれど今を解説し始めた。
なんだか時代系のドキュメンタリーにありそうなナレーションだった。
大丈夫。
歪みはない。
これならば……上手く行く。
上手く、行かせてみせる!
いや気負いすぎだな。
いつも通り理想を再現する。それでいいや。
『時は戦国。その娘は――』
スポットライトが、ナタリア先輩に。
『――慎ましく、日々を暮らしていました。そこを偶然、尋ねた侍様はただ、一度見るだけで、彼女に釘付けになったのだと。そう周りに、後に語ります』
ナレーションに併せて、祭部長がステージに入ってくる。
『そこの、君。唐突ではあるが、私の奥になってもらえないだろうか』
一目惚れをしたように、祭部長はナタリア先輩に言う。
ナタリア先輩は困惑を浮かべて、『嬉しいお話。ですが今暫く、お時間を』とその場は流した。
しかし祭部長が分するお侍は、その日を境に毎日訪れるとその提案を繰り返し、ついにナタリア先輩が演じる娘は、その侍と結婚する事を受け入れた。
ストーリーは順調。
セット転換も順調。
音楽は明るく周囲を包む。
けれど不思議と不穏な気配を察するような、完璧な塩梅で、それがまた素晴らしい。
物語が始まる前のあらすじのような部分だ、けれど実際に舞台を見ている人達は、引き込めている。
背景音との同期ずれもない。正しく理想的な展開だ。
だからこそ、僕もそれに応えなければならない。
さあ、
僕も僕として、この舞台に気負いすぎることなく、ただ全身全霊を尽くそう。
創作時代劇、フルバージョン。
きちんと演じるのは初めてのこの舞台に、僕は緊張感を持って臨むのだった。




