68 - 意図した膠着
学校にパトカー、それも覆面のものが二台到着したのは十一時頃だった。
合計で四人の警察官はそのまま校長室に直行してくると、僕達にそれぞれ挨拶をしてくれた――その上で、校長に問いかける。
「表沙汰にしたくないと。しかし調べては貰いたい。そのような注文でしたが、何がありましたか」
「詳しい事はここに同席している生徒三人と、顧問の教師に聞いて貰いたいがね。少なくとも演劇部の部室に空き巣が入ったらしいのです。しかも盗聴や盗撮を試みたようで……」
「だとしたら本格的な捜査をするべきなのですが」
「明日、三年生を送る会がありまして。……それが中止になれば、生徒達も悲しみます」
「……だから、秘密裏に調べろと?」
「はい。抜き打ちの検査という名目で」
校長先生はあくまでもその四人の代表らしき男性に交渉をしている。
そしてその交渉は更に幾度かのやりとりを挟んだものの、最後は校長の言い分がほとんど完全に通る形になった。
但し、
「我々も相応の訓練は受けていますが、鑑識課ほどではない。完全に全てを調査しきれるかどうかはわかりません。それでも構わないのですね」
と予防線は張られたけれど。
そしてその予防線も含めて、なんていうか。
(馬鹿らしくなるほどに完全アウトなのか……)
うん。
所属、名前、目的、その全てが真偽判定で『偽』判定。
証拠隠滅部隊って所だろうね。
(どうする。三好さんたちに連絡とって確認とっちまうか?)
普段ならそれが第一候補なんだけど、それをすると『本物の警察』が介入するよね。本物の警察はあんまり融通が利かないケースが多いし、ましてや『警察を騙った連中』なんてものの存在を許さないだろう。
つまり、明日のイベントは吹き飛ぶし。
どころか卒業式すら怪しくなるかもしれない。
……それに。
(それに?)
演劇部の部室の中にある数々の最先端機器の存在がマスコミに漏れるとなんか色々言われそうでしょ。
(…………。まあ、たしかに。だからといってそいつら、証拠隠滅がそりゃ主な目的だろうけど、『それだけ』で済むか?)
それはまだ、なんとも言えないよね。
今のところは『証拠隠滅』を最優先にしているようだけど、余裕が出れば欲を出すかも知れない。
つまり再設置をしたり、あるいは別の場所も探ったりね――第二多目的室とか、準備室とか。
だからといって、その二つには入るな、なんて言えるわけもない。自分からなにかを隠してますよって言ってるようなものだ。
(裏を返せば、その辺を解決できるならばこいつらはボーナスキャラって考え方もできるわけだよな)
その通り。
十中八九この人達はあの空き巣の実行をした、あるいはそれを命じたであろうルイス・フォスターの関係者だ。西側の拠点を暴ける可能性がある。
それにこの人達はマッチポンプ的な感じで来ているのだから、事件を表沙汰にしたくないと考えているはず。僕達が手を回すまでも無く、明日の三年生を送る会も、そして卒業式だって『何も問題は無かった』として実行できる。
とりあえず、この人達が身につけているものは全部複写して、ふっ、と屋根裏倉庫に突っ込んでおいて……、遺伝子情報もなんとか獲得しておきたい。髪の毛を少し拝借するか。
(どうやって)
極小の風の刃を生成して、ミリ程度に切る。
で、切った髪の毛を元に血液として屋根裏倉庫に生成。
を、四回。
(…………。もうやったってワケな)
そういうこと。
あとは写真もとっておきたいけど、さすがに『僕達は全力で疑ってます』って言ってるような物になるか。ま、十中八九偽造だろうけど、挨拶と名乗りの際に見せてきた警察手帳も『複写』済みだ、それで良しとする。
(つーことは第二多目的室と準備室……『体育館第一更衣室』を抑えておけば、当面はよしか)
いや、三組の教室前……要するに、僕のロッカーも念のため見ておきたいね。
バレー部のロッカーは今のところ、バレー絡み以外は置いてないから大丈夫。
(なら、第二多目的室は俺だな。教室前のロッカーは冬華に任せるか)
お願い。準備室は僕が理由を付けてなんとかするよ。
(おう)
というわけで方針決定、と。
当面はこの偽刑事たちに従う。この人達が余計な色気を出さなければ何事も無く終わるだろうし、色気を出すようならばリアクションとしてこちらからの監視を行う。
幸い僕と洋輔はダイレクトに、冬華とも椋鳥や渡鶴を介して連絡は悟られずに出来るのだ、この監視体制から上手いことやられたらその時は相手を褒めるべきだろう。
「それじゃあ、私たちは現場を確認させて貰おう。演劇部の子で、説明ができる子はいるかな?」
「それならかーくんかおれっすね。……どうするっすか、かーくん」
「……うーん。祭部長、お願いしても良いですか?」
「それはいいっすけど」
じゃあかーくんはどうするっすか、と視線が帰ってくる。
「準備室の状態を確認したいんです。衣装とかも置いてあるので……」
「ああ、それはそうっすね。そしてそっちはそれこそ、かーくんじゃないと確認できないか。なら、頼むっすよ」
「はい」
結局、演劇部の部室に向かったのは刑事さんの二人と祭部長、ナタリア先輩、そして校長。
一方で僕の要求もあって準備室に向かうのは刑事さんの別の二人と、緒方先生、僕という割り振りだ。
そして到着した準備室こと体育館第一更衣室。
言ってしまえばバレー部のあたらしい方の部室と左右対称に展開された、主に練習試合などでやってくるゲスト向けに解放しているその部屋は、明日の本番に備えてセット類の一部と全員分の衣装、小道具などが所狭しと、けれど整然と保管されている。
電気を付けて、手前の壁に掛けていたチェックリストを手に取って、と。
「僕以外の三人は、少し待ってて下さい。まずはざっと中に足りないものがないかを確認します。正直わらわらと入ってこられると邪魔です」
「……ああ、うん」
緒方先生がしょんぼりと頷いた。
刑事さん二人も呆れ顔のようだ。
そしてこの反応からして……、やっぱり、こっちはノータッチだったか。
ルイス・フォスターはあくまでも演劇部の部室しか狙わなかった……? 僕をピンポイントで狙うだけなら、第二多目的室とバレー部の部室にもなにかやってるかな?
「セットに問題なし。移動痕跡もなし。衣装は……通しで全部ある、問題なし。小道具も特に異変無し……ハンガー類に変形もなし、リスト上と配置に変化もなし。ものを動かした痕跡がそもそもないな……」
色別的にも何一つ変わらない。
昨日最終確認をした時点から微動だにしていない、誰も侵入はしていない……な。
「もう入って良いですよ。特に異常は無さそうですが、刑事さんに確認して貰った方がより正確でしょうし」
「そうだね。すみません、刑事さん達。少々無理を言いました」
「いえ。お気になさらず」
そう言って入ってくる刑事さん達は、セットや衣装、小道具類に興味を示しつつも、カメラやマイクが設置できそうな場所を片っ端から攫っていく。特におかしなものはないようだった。
余計な動きをするそぶりもない。
どうやら盗聴や盗撮の再設置は命令されていないようだ。
「それにしても、どうもこの学校。盗撮と縁がありますね、緒方先生」
「全くだね。そして前回も見つけたのは君だったが……、良く気付くねえ」
「他ならない自分のためです。努力は惜しみません」
「ふむ」
そう、他ならない自分自身のため。
洋輔のためと言う部分もあるけど、それだって突き詰めれば僕にとって洋輔が欠かせないからだしね。
その後も暫く探索が続き、『異物無し』の報告を受け、ひと思案。
この後も全部のチェックをこの人達についてまわっていたら今日の授業は全部サボりになるよな。そうすると流石に他の生徒からアレコレ言われるかもしれない。
だからといってこの人達を野放しにするのはな……、いや、その辺はもう損切りか。
「緒方先生、そろそろ僕……と、祭部長、ナタリア先輩は、授業に戻った方が良いと思いますが」
「……そうだねえ。部室の確認も終わった頃だろうし、他の部屋まで君たちに付き合わせる理由もないか。わかった、校長にも確認しよう」
緒方先生はそう言って近場の内線をとると、職員室を経由して校長先生と連絡を取ったらしい。二、三の確認を経て、僕達生徒を授業に戻すことが決まった。
もっとも、あと十分足らずでもう給食の時間になるんだけど。
「一応、向こうでも妙なものは見つからなかったそうだ。破損したトランクケースは部室にそのまま置いてあるらしい」
「わかりました。修理できるなら、修理して使い回すか……ダメなら猫のベッドにでも作り替えよっと」
そして微妙に危惧していた、トランクケースを『証拠品』として持って行かれるようなこともなかったらしい。カメラやマイクの類いは回収されたっぽいけど、まあ、それが目的であって、それ以外はどうでも良いって事なんだろう。
最後に一度、がっつりと真偽判定応用編を書けて腹を探って……っと、まあ、良し。
若干邪な部分が見え隠れするけど、その程度はもっていない方がおかしい。
「じゃあ、先生。また後ほど」
「ああ。くれぐれも気をつけるように」
体育館の出口でそう別れを告げて、教室へと戻ってゆく。
もちろん、ただ戻るのではなく、洋輔や冬華との情報交換は欠かさない。
『監視は無しでいいのかしら』
『うん』
授業中の廊下なので、冬華からの問いに僕も軽く遮音のピュアキネシスを張って声に出す。
『再設置をされる可能性、ゼロじゃないけど、僕達なら見抜けるし。それに今のところ、大人連中もこれ以上の大事にはしたくないらしい』
『根拠は』
『トランクケースを押収しなかった』
あのケースを調べるための破壊行為なのだ、その現物を持ち帰ることをまずは考えたはず。なのにそれをしなかった。
それはつまり、『上』がそれを渋ったと言うことだ。
『これ以上僕達を刺激した時、ダイレクトな形での反撃がくるとでも思ってるのかもね』
『実際あなたならしそうだけど』
『今は無理。少なくとも卒業式……いや、その後、入学式が終わって一段落するまでは動けない。僕達の理由で学校行事を壊した日には、僕達はここに残れないよ』
『……そうね』
冬華も納得してくれたところで、洋輔。どう思う?
(俺も概ね同意だな。ただ、その後の手については少し考えた方が良いと思う)
後の手……、監視の方面?
(ああ。いや、お前が既にあの四人の究極的な個人情報は手に入れたのは理解している。身につけていたものも全部複写したんだろ? ならば後からの検証はどうとでもなる。渡鶴もあるしな)
うん。
(そこまではいい。その先はどうする?)
『調べる』止まりかなあ……リアクションは起こせない。
冬華にも言ったけど、学校行事は壊せないよ。
(……まあな。俺は良いけど、お前はそれで我慢できるのか?)
それは大丈夫。
(なんで。お前の性格的に我慢きかなくなるだろ)
いや。
我慢した分だけ我慢が終わったときのストレス発散が気持ちよさそうだからオッケー。
(俺は今までも大概相手側を同情したけどさ。今のこの同情はそれとレベルが違うね)
そこも含めて自業自得というものだ。
『どちらにせよ、カメラとマイクの排除はした。気付いたぞっていう意思表示はしたし、あっちもそれを警告として受け止めているだろう。その上で僕達が手を出してこない理由を考える……その先はあっち次第だけど、すぐには動けないよ』
『向こうがこれ以上動かないという根拠はあるのかしら』
『今日来た四人が動かないならば、それが根拠にできる』
あの四人は間違い無くルイス・フォスター側の人間だ。
正しく警察であるならば鑑識が来てしかるべきだし、証拠品になりうるトランクケースはもちろん、それ以外にも多くを押収されるはずなのにそれがない。
それは僕と洋輔が、そしてあるいは冬華にも、三好さんや田崎さんという本物の警察と接点があるからで、そこから発覚することを恐れたから。
それでも押収を強行する手はある、その場合は四人を直後に隠さなければならないけど、トランクケースの現物それ自体の押収は達成できるだろう。
だから今日、あの四人がこれ以上動かないならば、向こうにも事情がある、って事だろう。その事情までは具体的に読み取れないけど、大人の事情……というより、組織的な問題だろうなという想定はできる。
『根拠は?』
『冬華にも心当たりか経験が有ると思うけどね。二つの組織があるって前提を置く。その二つの組織は協力関係にあるけど、明確な上限関係にはなく、政治的な力の強さに差が大きい。で、政治的な力の小さい方の組織の管轄において行動をするために、もう片方、政治的な力を持ってる組織が指揮権を発動した。その結果、概ね命令通りには動いたけれど、命令から外れてしまったこともあった。ましてやその命令が諜報活動で、それが対象に露見している。さて、この責任は誰にあるか?』
『全員よ。けれど責任の重さを押しつけ合うでしょうね……なるほど、組織的な問題だわ』
さすがは勇者として、そしてその後も当面は国を動かしていただけのことはある冬華だ、即答だった。
そして発生している細々とした問題も概ね想像はしてくれたらしい。
『どんな世界でも、その手の押し付け合いは変わらないわね』
『そうだね……それが人間なんでしょ』
『違いないわ』
ま。
今はこれでいい。
(今は、ねえ)
うん。
(追々は?)
僕は忘れないよ。
(……ご愁傷様だな)
洋輔の嘆きはさておいて、何事も無く教室へと戻り、僅か五分だけとはいえど、一応授業は受けておく。校長先生が公休扱いにしてくれたのは感謝だった。
そしてその日の下校直前。
洋輔と僕と冬華の三人は学校を精密に検査し、その結果、特にカメラやマイクの仕込みは見つからなかった。
しばらくは意図したとおり、膠着状態を作れそうだ。




