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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 年々歳々/歳々年々
7/111

05 - 大晦日には年越しそばを

 2016年12月31日。

 その一年の最後の日を、この国では大晦日と呼んでいる。

 一年中忙しく働き回る多くの大人達も大概はお休み、お休みではなくても早めに帰れるそんな日で、僕のお父さんとお母さんもその例に漏れず今日から連休なのだった――接客業とかおそば屋さんとか、却って今日がかき入れ時の繁忙期なんて職種もあるんだろうけど、僕の両親はそうではないということだ。

 朝に起き、そしてお母さんに聞いたところ、今日も三時頃までスーパーもやっているらしので、例の缶コーヒーを購入。ついでだったので年始に向けてお菓子の類いも購入しておいた。

 行きはともかく帰りに荷物を持っている状態では野良猫ちゃんたちとそれほど交流も出来なかったので、それは夜の楽しみにしておいた。

 既に午後の六時過ぎ。

 ところで年末年始というと、テレビ番組はその殆ど全てが特番だ。お父さん達は何か、夜に見たい番組が有るらしい。紅白かな? とも思ったけど、僕の両親はそんなに音楽に興味を持っているとも思えないしな。民放で何か面白いやつでもやるのだろう。

 別に何を見ようと勝手だけど、

『佳苗。だから夕飯の準備とか、お願いしてもいいかしら?』

 というお願いはどうかと思う。

 やるけどね。

 尚、錬金術で『ふぁん』と終わらせるように作る料理ではなく、ちゃんと自分自身で動いて頑張る料理を僕がするとどうなるかについては時折誤解されている気もするけれど、実はそれはそれで美味しかったりする。

 品質値的には錬金術で作る物より僅かに劣る程度かな?

 それもキラ・リキッドというエッセンシアを究極の調味料として扱えばあっさりとカバーできる範囲なんだけど、そんなことをするまでも無く一応、一流の料理店で出てくるような料理を作れるのだ。

 やっぱり便利、『理想の動き』。

(俺としてはソレを『理想の動き』で出来ちゃうのがまず問題だと思うんだが。調理法とか知らねえだろ、お前)

 うん。用語はまるで分からない。

 でも材料と作りたい物を明確に思い浮かべた上で、『料理をする』という事に理想を再現させれば、目の前にある材料を適切に下ごしらえし、また目の前の設備で最も優れた方法で調理を初めてくれるので何ら問題は無い。

(…………)

 わざわざ沈黙を精神領域の共有で伝えなくても……。

 尚、本日の夕食は天ぷらそば。

 例年通り年越しそばも兼ねている。

 但し、例年と違って僕が作るので、今回はちゃんとそば粉から作るのだ。

(いやなんでだよ)

 僕もわかんない。

(は?)

 だって身体が勝手に動くんだもん。これが理想、最適だって。

(……それも考えもんだよな?)

 だよね。

 それでもテキパキと僕の身体は動くわけで、そば粉と小麦粉をふるいに掛けて均一化、さらに手でさらさらとやっていく。これ意味あんの?

(知らねえよ)

 一通り終わるとお水を投入。……ちょっとだけ。で、水気を粉に含ませていき、と言うのを何度か繰り返していると、自然と粉が纏まってきた。さらに少ししたところでこね始め。ううむ、自分でやってたなんだけど、何をどう判断してこう動いてるんだろう。

(それってさ。冷静に考えると、すげえ怖ぇよな……)

 そう?

 僕は便利だと思うけど。

 暫くこね作業を進めていると、

「……佳苗。何か台所でやってると思ったら、えっと、何をしているの?」

「頼まれたとおり夕飯の準備」

「…………」

「天ぷらそば作るよ!」

「えっと、おそばをそば粉から?」

「うん」

「…………」

 お父さんがちょっかいを出してきた。

 そしてお父さんがもの凄く頬を引き攣らせ、「最近の中学校はこんなことも調理実習でやるのか、大変だな……」と言った。

 ものすごい誤解が生まれたような気がするけど、都合が良いのでそのまま放置しておくことにする。

 こね作業が終わったらちょっと休憩。きちんとビニールに入れて、おそばを打つためのスペースを確保して、っと。

「お父さん。気になるのは分かるけど、ここからは包丁も使うし危ないから、少し離れておいてね」

「はいはい、シェフ。楽しみしているよ」

「うん」

 というわけでお父さんをどかした後、確保したスペースに下準備。

 尚、普通の包丁でもやろうと思えば出来そうだったけど、『理想の動き』はピュアキネシスで包丁を生成していた。

(いや、自動で魔法を使うってのは流石にヤバイと思う)

 そう?

 これからのIoT時代、このくらいのAI的な便利機能が搭載されてていいと僕は思う。

(おう。その手の機能は道具に付けろ。人間に付けるもんじゃねえ)

 洋輔。誤解があるようだけど、『理想の動き』の再生はあくまでもこの眼鏡の機能だよ。

(屁理屈を言ってるんじゃねえ)

 などというやりとりをしつつも、僕の手はきちんと動いている。

 二本の麺棒でおそばの塊を延ばしては巻き取りまた延ばし、適度な長さになったら今度は厚みを整えて、きっちり二つ折り、四つ折り、八つ折り。

 おそばって斬るときになんか板使うんだよな。とか考えてたらピュアキネシスで生成されていた。身体はそれを当然のように使いこなし、とんとんとん、と素早く丁寧に一定の太さに切り分けていき、ちゃんと一人前分ごとに纏めて打ち粉を落とし、別に用意したトレーの上にのせてラップを掛ける。これを繰り返すこと八回、流石は理想の動きとでも言うべきか、余分が出なかった。

 さて、おそばは残る作業がゆでなのでちょっと待ってもらい、天ぷらの準備も進めることにする。

 今日の天ぷらの具材はえび、いんげん、にんじん、ごぼう。にんじんとごぼうはそれぞれ細切りにしたものをかきあげに、いんげんは数本を纏めてかきあげに、えびは大きいものなのでしっかり衣をつけて大きなえび天にする。ちなみに穴子とかも本当は用意したかったんだけど売ってなかったので諦めた。その分えび天は豪勢に。

 天ぷら以外にもかまぼこなどは添えるし、そこまで寂しいものにもならないだろう。

 下準備を追えたら油を暖める。ちなみに油は一通り用意したんだけど、ごま油では無くサラダ油を洗濯したのが理想の動き。ごま油じゃないの?

(知らねえよ。……まあ、そばと風味で喧嘩をする可能性があるからじゃねえかな)

 なるほど。

(なんで作ってる本人のほうが知らないんだよ……)

 洋輔のつぶやきはそれはそれと置いといて、おそばもゆでを開始。

 というわけで洋輔、そろそろ皆でおいで。

(おっけー)

 洋輔を呼びつつ、

「お父さん、お母さん。おそばゆでるよ」

「分かった。なにか手伝うことは?」

「食器も出してあるから、食卓整えておいて。洋輔達もそろそろ来る頃合いだし」

「うん」

 と済ませ、おそばを沸騰したお湯に投入。

 一方でてんぷらも順次カラっと揚げていく。

 ……今更だけど、桜エビとかもアリだったかな。今後の課題にしておこう。

 おそばの命とも言えるつゆ――出汁やかえし――などはあらかじめ準備しておくという料理番組スタイルを利用しているけど、これにはちょっと理由があって、流石の理想の動きでも作るのには時間が掛かるのだ。だからあらかじめ準備しておいた。

 ドアフォンがなりお母さんが応対に向かう。少し遠くで、けれど洋輔たちの会話が聞こえ始めたところで、丁度おそばもゆであがり。

 ずらっと並べた器にテキパキと盛り付けて、はい完成。

「おー……おお……う? え? 佳苗くんが作ったの? 自分で?」

「頑張りました。滅茶苦茶頑張りました。お口に合えば良いんだけど」

 と、洋輔のお母さんがどこかのタイミングからかみていたらしい。

 尚、今回のおそばの品質値は9662。

 文句なしの特級品……ただ、錬金術でふぁんって作れば一瞬で、しかも品質的にも10000ちょっとにはなるので、手間を掛けた分だけ良い数字では無いのが悔しいところだ。

(普通は手間暇かけた分だけ品質は上がるもんだしな)

 実際品質は上がってるんだよ、実は。

 今日使った材料はどれも普通程度の品質値、等級にして五級から四級品のものが多かった。それが特級品に化けたのだ。十分だと思う。

「さてと、伸びてしまう前に食べてくださいね。薬味はこっちにあります」

「至れり尽くせりじゃない。……佳苗くん、いいお嫁さんになりそうね。洋輔のお嫁さんにこない?」

「おい母さん。ツッコミが追いつかねえからやめてくれ」

「あはは」

 文句を言いつつもちゃんと配膳を手伝ってくれる洋輔。このあたりは言うまでも無く、どころか思うまでもなくやってくれるのがありがたい。付き合いも長いしな。

「それにしても本当に豪華な年越しそばね。……おそば屋さんでもここまで豪華なものが食べられるかどうか……」

「お金を払えば大概のものは食べられますよ」

「そりゃそうか」

 洋輔のお父さんは僕の返しに笑って言う。

 ま、妙な警戒を買うことも無かったらしく、六人揃って席につくと、タイミング良く亀ちゃんが降りてきて、僕の肩まで駆け上った。

 偉いのでチュールをあげよう。

「今年は本当に色々あったけれど。それでも、こうやって去年と同じく、皆でおそばを食べられることは幸いだ。……いや、一匹増えているか」

 チュールをあげている最中に僕のお父さんが言う。

 確かに色々とあった。

 特に僕と洋輔にとっては、それはもう、いろいろありすぎた……けど、それはお母さんもお父さんも同じか。

 迷惑をたくさん掛けたし。

 だから、それになんとか応えたいとも思っている。

「来年も、当然のように一年の終りを皆で迎えよう。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 すこしだけしんみりと。

 けれどあくまでも前向きに、僕らは今年を終えようとしていた。


 尚、この十五分後、レシピやおそばの作り方について懇々と説明を求められた。

 それでも逃げ切った。

 魔王からは逃げられない――なんて言い回しは有名だけど、魔王が逃げることなら出来るのだ。



 僕達二人の両親が雑談モードに遷ったこともあって、僕と洋輔は一度部屋で初詣の準備をすることになった。厳密にはそういうことにして二人と一匹で部屋に逃げたとも言う。

「お酒が入ると大人は駄目になるよね」

「子供でも駄目だろうけどな」

「ポワソンイクサルの解毒とかきかないかな……」

「どうだろうな……」

 アンチアルコール的な効果の道具でもつくって常時展開してしまおうか。

「滅茶苦茶困られると思うぞ」

「それもそうだね」

 ちなみに今は珍しいことに、洋輔が亀ちゃんを抱きかかえている。

 若干持ち方が怪しいので、この様子だとあと数十秒ほどで亀ちゃんが突如引っ掻くと思うけど、まあそれはそれで乙な物なので放っておこう。

「いや放っておかれてもな。どう持てば良いんだよ」

「右手を上に三ミリ動かして、左手の薬指にもうちょっと力を入れれば亀ちゃん喜ぶよ」

「……いや、流石にソレはねえだろ」

 と言いつつちゃんとやっている洋輔。

 そしてごろごろと喉を鳴らす亀ちゃんだった。

「シビアすぎんだろ判定が……」

「猫は気まぐれだからね」

 亀ちゃんは多少気性が荒く、またひねくれ者な一面が強いのだけど、亀ちゃんにとって都合の良い状況を作ってやると急に素直になるので扱いやすい部類である。

「まるで佳苗だな」

「…………」

 ノーコメント。

「それで洋輔、その格好でいくの?」

「流石に上にコートは羽織るぞ。お前は?」

「和服で行くのも考えたんだけど、いつも通りで良いかなって。マフラーに手袋でもしておけばそれで十分だろうし」

 そもそも寒さに関してはどうとでも対応できるのが僕達だ。

 他人から怪しまれないよう、服装をあわせるくらいのことはするけどね。

「鞄は……、小さいので良いか。洋輔も財布くらいは持っていくでしょ」

「当然だろ」

 ならば僕も財布と『最低限』の備えをしておいて、っと。

「最低限ねえ……」

 うん。最低限。

 さすがに初詣で何か問題が起きるとも思えないから、この程度で済ませておく。

 それと……。

 屋根裏倉庫のマテリアルを認識して、ふぁん。

 手元に作られたのは二つの、ちょっとした装飾はされているけどそれだけの、シルバーリングだ。僕や洋輔が付けていてもそれほどの違和感はない、と思う。

「はい、洋輔」

「はい、じゃねえよ。なんだこの指輪は」

「アルコールが人体に及ぼす影響をリセットする道具。範囲は魔力の量で指定できるようにしてある」

「…………。で、なんでこれを作ったんだ?」

「甘酒とか配ってるでしょ。それでタチの悪い酔い方してる人が居たり、あるいは酔っ払いと遭遇したらこれでリセットしちゃおうって事」

「必要か?」

「僕と洋輔の二人で行動するだけなら不要だろうけど、今回は徳久くんと蓬原くんも来るんだよ」

「……必要だな」

 分かってくれたようだ。

 結局、特にこれと言った特別なこともなく、そろそろ待ち合わせ時間になったので、両親に『良いお年を、行ってきます』と告げて外へとでた。

 今年もあと、20分。

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