66 - ホワイトデーの異変
3月14日。火曜日。
そして、ホワイトデー。
「おはよう」
「おはよーさん」
「おはよ……う?」
いつも通りにおはようと挨拶を交わして入った教室からは、『きょとん』という擬音が聞こえそうな感じだった。
男女関わらず、教室に入ってきた僕と洋輔を見て小首を傾げている。
「さてと」
どさっと机の上にまずはトランクケースを置いて、当然のように開封。
中に無数に入っている箱から、猫柄に白いレースのリボンでラッピングしたものを三つ取り出して、前田さん、斉藤さん、東原さんに一つずつ渡す。
「まずは三人から。ホワイトデーのお返しね。三人は特に猫グッズをくれたから、ちょっと特装版。中身は手作りチョコだけど、それぞれ五個ずつ入ってる。プラス、三人の箱の中にだけはちょっと特別な仕掛けもしておいた」
「わあお。手作りチョコ……えっと、ここで開けてもいいのかしら?」
「うん。でも食べると先生が怒るかも? 無数の試作品の後の完成品だから、味とかは保証できる……と思うよ」
品質値も結構高めになってるし。
具体的には15500前後。
やっぱり錬金術のほうがお手軽に高品質だけど、それはそれということで。
で、次にトランクケースのフタの裏側につけておいたリストの通りに箱を取り出し、該当する人に渡していく。当然、渡辺にも渡す。
「どこで買ってきたの……?」
「材料なら近くの卸問屋さんだよ。ケーキ屋さんに教えて貰ったんだよね」
「そう……」
そして考えることを放棄された。
力作なので何も考えずに食べて貰いたい。
一通り配り終えたら別組の子にも渡しに行って、無事、朝のホームルームが始まる直前までには配りきることができた。
お返しするのも大変だった。
「渡来くん。お返しを配ってきたのかい」
「はい。二年生とか三年生のところにも行ったので、ちょっとぎりぎりに……ラスト一個は緒方先生にどうぞ」
「おや。君にあげた覚えは無いけど?」
「この一年間のお礼ということです。クラスでも、部活でも」
「ふふ。ならば受け取ろうか」
本当は良くないんだけどねえ、と緒方先生。
それでもなんだか嬉しそうに受け取ってくれたのはちょっと嬉しい。
「さて、渡来くんからのお返しを……ああ、このクラスの女子は全員かい。いやはや、なんとも。ともあれ、お返しを貰ってどのように君たちが考えるかはさておいて、学校内で食べるのはよしておくれ。一応生活指導という決まりになっている」
「はあい」
まばらに肯定の回答が帰ってきたところで緒方先生が今日の連絡事項を伝えてきた。
「昨日も言ったが、今日の午後は明日行う三年生を送る会の準備をする。会場に椅子を出したりするのは委員会単位で放課後に行うことになっている。従来ならば会場の整理を複数クラスで行うのだが、今年は演劇部が好き放題するためにセッティングがもう済んでしまっているのだよ。ま、楽で良いと考えたまえ。だから君たちとしては、三年生を送る会で実際に歌うことになる合唱の練習がメインになる」
僕達が三年生を送る会で歌うことになる楽曲は、とある女性シンガーを主軸にしたグループの楽曲だ。なにかこう、学校にありそうな感じのするユニット名ということもあってすんなり選ばれた。
尚、卒業式で歌うのは別になっていて、そっちと比べるとお祭り的な意味合いが強い。
具体的には軽音部が演奏したり、ダンス部がちょっと踊りを入れたり。
出し物をするのは演劇部だけでは無いのだ。
尚、問題の演劇は前半の締めに、メインイベント級で行われる。いよいよ明日、と思えば緊張もするけど、戦争を吹っかける前夜と比べれば全く緊張はしてないのと同じだな……。
(おい、比較対象、比較対象)
わかってるよ。
「授業も殆どは自習になるが、それでも授業は授業だ。しっかり受けるように。それと繰り返すが、放課後になろうとも学校内でのチョコなどの飲食はしないように……生活指導、という決まりだ。あまり面倒ごとは増やさないように」
緒方先生は最後に本音を混ぜてホームルームを締めた。
で、授業。
緒方先生の言った通り、殆ど授業らしい授業はない。
ほぼ自習、一応この一年間の総ざらいみたいな形で感想文やレポートの類いを提出することはあっても、それくらいなのだった。
つまり暇。
かといって授業中なので雑談ができるわけでもなく、先生も含めて退屈な時間が続いていく。
洋輔に至っては暇すぎるせいでか、頭の中にとんでもない数の魔法の設計図を作り上げていた。また何やら大魔法を作ってるな……。今度はどんな効果だろう。
(観測機の調整用だ)
あ、うん。それはめっちゃ頑張って。
僕の方でもなにかこう、進展させたいとは考えてるんだけどね……なかなか錬金術だけではどうしようもない。
よし。
時間認知間隔の変更でちょっと楽しよう。
(おい)
洋輔の抗議は無視して、設定を百倍から百分の一倍に……、と、そんな操作をした時のことだった。
校内放送を告げるピンポンパンポン、という音が鳴り、
『一年三組、渡来佳苗くん。至急職員室に来て下さい。繰り返します、一年三組、渡来くん。至急、職員室に来て、緒方先生と合流して下さい』
と告げ、そして逆の音階でピンポンパンポン。
…………。
僕?
「うん? 渡来、何かしたのか?」
「いえ、全く心当たりが無いんですけど……。先生も解らないんですか?」
「ああ。……授業中の呼び出しはらしくないが、まあ、ご指名だ。行ってきなさい」
「……はい」
真偽判定を噛ましてみても、一応本心からの言葉だ。あらかじめの仕込みではない……。
さっきの放送の声、校長先生の声だったような。
で、緒方先生との合流を促している。何かがあった?
「佳苗、大丈夫?」
「うん。怒られるようなことはあまりした覚えも無いし……」
「あまりって」
「……プレゼントめっちゃ配ったからね、今日。そのせいかな?」
おちゃらけつつ席を立ち、授業中の教室を抜け出すと同時に椋鳥にアクセス、冬華とも情報を共有開始。
授業中なので静かな廊下を、かといって走るわけでも無く、それでも至急と言われては居るので急ぎ足で職員室へと向かう――誰とすれ違うことも無く、無事に到着。
ノックをしてから職員室に入り、
「失礼します。渡来です」
そして中をぐるりと見渡し、緒方先生がいないことに気付く。
あれ?
「ああ、渡来くん。緒方先生は演劇部の部室に行っている。そっちに向かってくれ」
首を傾げていたら校長先生が助け船を出してくれた。
「わかりました。校長先生、ありがとうございます」
お辞儀をして職員室を出る。
最初から演劇部を指定してくれればいいのに……いや、そうすると祭部長とかナタリア先輩を警戒させるかな?
いや、警戒って意味なら僕をピンポイントで校長先生が呼び出し、緒方先生と合流させるって時点で十分させちゃうよな。
それでも職員室に呼び出すのと演劇部に呼び出すのでは違うか……。
ともあれ今度は演劇部の部室へと向かう。鍵は……開いてるな、と中に入ると、
「え?」
思わずそう口に出すような光景がそこにはあった。
「ああ、きたかい。渡来くん。君はどう見る?」
演劇部の部室に保管していたトランクケースが乱雑に床に落ちている。
いくつかのトランクケースは無理矢理こじ開けたような痕跡もあった。
特に暗証番号付きのトランクケースに至っては殆ど破壊されているものさえある。
それ以外の備品には特に手が出された様子は無く、完全にトランクケースの中身だけを目当てにしていた感じか……?
「トランクケースの中身は衣装もしくは衣装に関連する小道具ですけど、既に明日の本番に向けて準備室側に移動させてあります。部室に置かれているのは全部もともと空っぽですから、盗まれたものはない……はずです。で、トランクケースが空っぽなことは、明日の本番に関係する人達ならば絶対に知ってます。何せ運んで貰いましたから」
「ということは、演劇に関係がない誰かがピンポイントでトランクケースの中身を盗もうとした……いや、中身を確認しようとしたと言うことかい?」
「恐らく。盗むならトランクケースごと持って行ったほうが効率的ですし、他の備品に一切手が付けられてないのも気になります。緒方先生、これは何時気付いたんですか?」
「ついさっきだよ。私はこのタイミングで授業が無かったからね、少し演劇部の部室で印刷を済ませようとしたのだが、そうしたらこの様子だ。渡来くん、君、今朝は部室に来たかい?」
「いえ。お返しを配るために駆け回ってたので、寄ってません」
「ということは昨日、私が戸締まりを確認しに来た午後の六時半からついさっきまでの間に起きたと言うことだね……」
誰が、何のために?
うーん……。
「鍵、壊れてなかったんですよね?」
「ああ。……この部室の鍵を持っているのは君と鹿倉、それと皆方。ただし皆方は鍵をナタリアに渡していたね。つまり現役の演劇部員と、顧問である私。それ以外だとマスターキーならば職員室にあるが、マスターキーを取るためには教頭か校長、あとは事務員のトップのいずれかから鍵を開けて貰う必要がある」
で、部員には動機が無い。
緒方先生もそれは同じだ、今はトラブルを起こしたくない頃合いだろう。
「マスターキー以外だと、既にある鍵から合鍵を作られている可能性ですが。あります?」
「君や鹿倉に渡していたように、皆方や茱萸坂も持っていたからね。そこで合鍵を作られている可能性は皆無とも言えないが、しかしあの二人がその手の悪用をするとも思えないよ」
そりゃそうだ。
「少なくとも、僕も合鍵は作ってません。となると祭部長ですけど、祭部長がそんなことをするとも思えない……」
「思い込みはよくないが、その通りだろうね。つまり合鍵ではなく、マスターキーの可能性が高い」
事務員のトップ、教頭、校長……か。
「宿直の用務員さんや警備の方は鍵、もってたりしますか?」
「いや、持ってないはずだ。どうしても必要なときはマスターキーを使う事になるが、それも事務員側に連絡を取って事務員室から借りるっていう過程があるね。ワンタイムパスワードを使わないと開かないタイプだし」
となるといよいよ事務員のトップか教頭か校長の三択だな。
「特に恨みを買うような事は……」
「してないつもりではあるが、例の停電騒ぎだとか、まあ、……負担は掛けたよね」
緒方先生が僕の言葉の続きを言った。
そう、停電騒ぎでは事務員さんに滅茶苦茶手数を掛けている。いやあれは落雷が原因だったんだけど、その後の復旧タイミングを演劇側の都合で併せて貰った都合が合ったし。それだけとは言うまいし、これまでのつもりに積もった鬱憤という線もあるにはある。
けど薄い。
大体、トランクケースの中身だけを狙う理由があるか?
そしてそれは事務員さんに限らず、校長、教頭のどちらにも言えることだ。
「……緒方先生、この件、表沙汰にします?」
「しないわけにも行くまいが、少しタイミングが悪いね。明日の舞台を終わらせてから……、のほうが、演劇部としては良いのだが。ちなみに校長はまだ知らないよ、私が授業中だろうとなんだろうと、最優先で渡来くんを呼んでいるとだけ内線でお願いしたんだ」
「…………?」
うん?
「じゃあ、職員室に呼び出したのは校長先生の独断ってことですか?」
「私は『渡来くんを呼び出してくれ』としかお願いしてないからね。その時、演劇部に私が居ることも伝えているから、確かに演劇部に直接呼び出すのが自然ではある」
なのに職員室に呼び出された?
校長先生が気を回してくれたのか、それとも裏の事情があるのか。
(色別は?)
さっき会ったときに癖でかけてるけど、緑のまま。敵対はしていない。
(部屋の中は)
現場の保全を優先するべきかどうかで悩んでる。
(気にせず片付けちまえ。それで何かが見つかるかも知れねえし、見つからないようなら俺とお前と冬華の三人で同時に校長・教頭・事務の三人を真偽判定かけりゃ誰が黒かは解る)
それもそうだね。
力業だけど。
「緒方先生、とりあえずこの場は僕が片付けます。小間使いをお願いするようで悪いのですが、祭部長とナタリア先輩を呼び出して貰っても良いですか」
「ああ、わかった。大丈夫かい?」
「片付けるだけですから」
「それもそうだね」
緒方先生は眉間にしわを寄せつつも一度部室を出て行く。
それに併せて、とりあえず壊されたトランクケースを机の上に移動させつつ、どのようなもので壊されているのかなどを確認……。
破壊痕からして、ドライバーとかの一般的な工具で無理矢理って感じなんだよな。妙な道具を使われた様子も無い。
そして片っ端から一応、色別を――ん。
壊れたトランクケースの影になっていたところに、赤いシルエットがいくつか浮かぶ。
赤。敵対。もしくは害意。
毒? いや、そんな物ではない。
トランクケースを移動させるついでにドライバーを取ってきて、その赤と緑の隙間に突き立て、抉るように『赤』く見えたそれを引っ張り出す。
小型の……マイクか?
(盗聴……)
となると、盗撮もあるかもね。
最初から錬金術で済ませないで正解だった。
別の赤いシルエットも抉り引っ張り出せば、今度は小型のカメラ。
いつぞやの、クロットさんに仕掛けられたカメラを思い出すけど、アレとは機種が明確に違うし、やりくちも違う。
(つーことは……ルイス・フォスターの二の矢か? ずいぶんとタイムラグがあったな)
全くだね。
けれど必ずしも西側とも限らないよ。
(クロットさんとはやり口が違うってお前が言っただろ)
そしてそのクロットさんは独立計画中だ。つまり喫茶店のクロットさんとは別の部門、跳ね返りの方が仕掛けてきた可能性はある。
まあそっちも無いかな……僕達の家にそれを仕掛けてきたときとやっぱり手口も機種も違うし。
それでも可能性としてはまだ捨てるべきでは無いだろう。
十分ほど経って、ナタリア先輩と祭部長が緒方先生と一緒に帰ってくる。
僕は『片付けた』トランクケースをまずは指さし、そして次に『片付けた』赤いシルエットだった機材を指さした――ナタリア先輩が一瞬動揺の色を浮かべたのは、クロットさんの仕業かと一瞬疑ったからだろう。その上で違うとも確信している。
「トランクケースの破壊とどちらが本命かはわかりませんが、厄介事ってことだけは確かなようです。僕の手には当然余りますが……」
「私の手にもずいぶんと余るね……。盗撮に盗聴といえば、以前更衣室とかにも仕掛けられていたが……」
あれとは……流石に別件だろうな。
「なるほど、大問題っすね。さゆりん。校長先生に伝えて、校内を改めて調査するべきっすよ、これ。演劇部が狙い撃ちにされたならばその理由も調べなきゃいけないっすけど、そうじゃないとしたら他の部屋にも設置されてる可能性があるっす、それを知ってて隠していると問題になりかねない」
「……そうだね。しかしそうすると、明日の『送る会』それ自体が吹き飛びかねないよ?」
「…………」
それでもやるべきっすよ、と。
祭部長が声に出すまでは一分ほどの時間が必要だった。




