65 - 便利な眼鏡に近付いて
3月12日、日曜日。
この日、僕は洋輔を自宅にいつも通り招き入れ、キッチンを占領。
占領といっても両親には話を通してあるので安心だ。
で、キッチンで何をするのかというと、お菓子造りである。
「ホワイトデーのお返しと言えば、マシュマロか?」
「『優しさで包んで返す』のミーニング、僕は結構好きなんだけど、マシュマロだと特に日持ちが気になって」
「あー」
日持ちを考え始めるとクッキー類なんだけど……。
大量生産も楽だし。
「けどまあ、妥当にチョコで行くつもりだよ」
「まあ、そうだろうな。目の前の材料的に」
と言うわけで現在、目の前にあるのは板チョコ、ココアパウダー、生クリーム、牛乳、グラニュー糖にバターなどを初めとした大概のチョコ製品を作れるセットだ。
今回は僕からのお返しと言うことで、きちんと僕らしさを表に出していきたい。
つまり猫型……なんだけど。
「最初は亀ちゃんのディティールを忠実に再現してみようと思ったんだけど、大きくても困るでしょ?」
「そうだな。で、お前の結論は?」
「デフォルメした猫の形のチョコにする。ビターチョコで黒猫、ホワイトチョコで白猫、ミルクチョコも使って三毛とか、色を混ぜて虎猫とかも作れるから。で、数なんだけど、今のところ五種類くらいかなって」
「一人あたり?」
「うん」
というわけで現在の作業はというと、猫の形を制定する段階だ。
「お前の事だから二十種類くらい作るのかと思ったぜ」
「チョコを流し込む型の問題もあるからね。その辺は妥協」
「ふうん。…………。ん? なんかこれ、会話がすれ違ってる気がするんだが。えっと、五種類だよな?」
「一人につきね。被りナシのランダム封入、全四十五種にシークレットが五枠だよ」
「何がお前をそこまで駆り立てるんだ……」
まあまあ。
「モデルの猫は五匹で、ポーズ違いを作っていく感じだから、それほど手間は掛からないって」
「なるほど、被りナシで五種類ってのはそもそも猫違いって事なのな」
「そういうこと」
で、チョコの型はあらかじめ3Dプリンタで準備とかしておけば良かったんだけど、そんな気軽にモデリングが出来る能力には欠く僕だった。
というかソフトウェアを持ってないだけなんだけど。
そして3Dプリンタなんて使うくらいならば錬金術で済ませるというのが僕なワケで、あらかじめ五種類の猫がそれぞれ十種類のポーズを取っている感じのフィギュア的なものは用意しておいた。
もちろん、最初からチョコの型として使う予定だったので、きちんと各猫の色を変えなければならない所はパーツが別れているし、テーブルに自然と置けるように底面は平らになっている。
「型はえっと、どうやって作るんだ」
「シリコンで作るよ。大量生産を考えると金型なんだけど、流石に家でやるもんでもないし」
「中途半端な心遣いだな……」
だまらっしゃい。
というわけでフィギュアにはきちんと剥離剤を塗りつけておいて、シリコンに投入。
一つの型で五種類の猫を作るわけで、最終的に完成する型は十個となる。
で、そういう手順を踏んで完成した品物がこちらに準備しておいた。
「いや理不尽なクッキング番組形式だな?」
「キッチンでいちいちやってたら時間が足りないよ」
あといちいち手作りするより錬金術のほうが早いし綺麗に作れるよ。
「じゃあ何故ここでいちいち広げてるんだ」
「アリバイ造り」
「…………」
両親に対しての、だけど。
はあ、とため息を吐く洋輔を尻目に、大本の猫フィギュアはそれぞれきちんと箱にしまい、十枚のシリコン型をプレートの上に並べておく。
尚、早さを求めるならば、そして完成度を求めるならばそもそも型など使わず全て錬金術で終わらせた方が早いんだけど、流石にソレではお返しとしてどうかと思ったので、せめてチョコの部分だけでも手作りだ。
理想の動きに依存しまくってるけどね。
「それで、お前がチョコ作りをテキパキしているのは別に構わないんだが」
「うん?」
「いや、なんで俺がここに呼ばれたんだ」
「洋輔もお返し用意するんでしょ。ついでだから一緒に作る? って提案半分だったんだけど、冷静に考えると洋輔が猫のチョコを返すのも妙なんだよね」
「それに俺は既製品を持っていくつもりだ」
ふうむ。
たしかに手作りチョコってシビアなんだよね。素人が適当にやるとあまりにも微妙なものになってしまう。
それは僕だって同じだけど、『理想の動き』は世界最高峰のパティシエもかくやという感じで勝手に僕の身体を動かしてくれるので楽なのだった。
「理想ね……これまでも冷静に時々は考えてたんだが、お前のソレ、やっぱりホラーの部類だよな。お前が知り得ない事でさえもさも当然のように出来るあたり」
「閾値を越えさせるのが本来は難しいんだけどね。僕の場合はそれを換喩で補えちゃうみたい。冬華がドン引きしてたよ」
「あー」
つまり錬金術師的にも異常なのな、と洋輔が言う。否定できなかった。
「つーかそれ、道具として別物になっちまってるって可能性はねえのか?」
「鋭いね……」
「ん?」
僕がいつも付けている眼鏡……付けていない場合は眼鏡と同等の機能を持たせた別のアクセサリを大概身につけているけど、ともあれこれには大量の機能が追加されている。
敵意を図る色別、品質値や補正値という錬金術的な数字を表示するもの、錬金術的な道具の解釈をグラフで表示する機能にその時点での視界を保存するスクリーンショットみたいな機能、遠隔望遠機能に洋輔が持つ『あらゆるものの動きを察知する』間隔であるところの剛柔剣を視覚的に表示する機能などなど視覚的なものが多いとは言え、時間認知間隔の変更に理想の動き、消費魔力の最適化に神智術の補助機能といった視覚に関わらない機能が他にもたくさん乗っている。
結果、現在八十七種の特殊機能が付いているわけだ。
さらにその中で補正値を使う事で、主観変更をするなどのギミックも着いている。尚、この主観変更というのはたとえば色別の主体を変えるなどでよく使い、『僕にとっては味方だけど洋輔にとっては敵』だとかを判別したりすることが出来るんだけど、これは八十七種の中に含めていない。この補正値に代入するのは遺伝子型で、よく使う遺伝子型については簡単に指定できるようにIDを割り振っている。
「ごちゃごちゃし始めたな、その眼鏡も」
「ね。最初はダイヤルを使って頑張って調整してたけど、もうダイヤルでいちいち指定してらんないよ」
尚、初期型のこの眼鏡はちゃんとレンズに色々と投影していたけど、今は視覚にダイレクト投影することが多い。多いというだけでこれは『どっちでもできる』ようにしてあるし、何なら両方のいいとこ取り、つまり『視覚にダイレクト投影、ただしレンズ越しに見ているところに限る』なんてことも出来るようになっていた。
そんな機能を付けてるから特殊機能の数が爆発的に増えてるんだけど。
「もちろんそれぞれの機能ごとに、道具効果の把握は出来るんだけど。最近、この眼鏡が一つの道具としても認識できるようになっちゃっててね……」
「複合させすぎて新しい道具になったってわけか……」
「なった、というか、なりかけてる、というか」
まだ個別機能で効果を取得できるからな。
それが出来なくなるといよいよ新種の道具として扱いが変わる。
その時はなんて名前付けよう。
やっぱり『便利な眼鏡』かな?
「もうちょっと捻れよ」
「捻った結果、名前からどんな道具かわかんなくなるのも問題だよ。だいたい『便利な眼鏡』ってのも大概、たぶん眼鏡なんだろうなって想像はつくけど、具体的にどう便利なのか解んないじゃん」
「まあ、言えてる」
かといって付加されいる効果の全てを名前にぶち込んだ日には三百文字くらいになりそうだし。
効果は一応、僕が把握できる範囲で全部記録しておいた方が良いんだろうな……。
僕が自分で確かめた道具に限った、僕の認識による図鑑でも作っておくか。
冬華あたりが涙しそうだ。
「ああ、理不尽にか」
「たぶんね……」
喜んでくれるとも思うけど、それ以上に理不尽を嘆くだろうなあ……。
等と行っている間にも作業は続行。
「よし。猫はそれぞれ黒猫、白猫、ぶち猫、三毛猫、虎猫で――」
左から順番にチョコを流し込んでいく。
黒猫や白猫という単色系は至って簡単だ、ぶち猫も二色なのでそこまでの手間では無い。問題は三毛猫と虎猫の二匹だ。何を考えてこんな複雑なものをデザインしたのだろう。
「いや俺に言われても……」
「理想の動き曰く、出来るらしいんだけど」
身体は理想に任せておくと、三毛猫は十種類の型にまず一色目を投入し、次に虎猫の虎模様をペンシル形状の器具に入れたチョコで描き、その上からベースになるチョコを投入、し終えてようやく三毛猫の二色目を投入……、なるほど、作業の時間である程度冷えるから、それを使うのか。でもテンパリング法的に味は大丈夫なのかな?
『理想の動き』なわけだし、大丈夫だと思うけど。
そんなこんなでテキパキと作業をしていると、ぴたりと身体の動きが止まった。
「ん……終わりか?」
「いや、待ち時間みたい」
少しすると身体はまた動き始めて、最終的には冷蔵庫で冷却開始。
いきなり冷やすのはNGということらしかった。
「今度こそおしまいみたいだよ」
「ふうん。冷やす時間は?」
「本によると二十分くらいかな」
「つーことは……、お前がフルに稼働しても、アレだな。全員分にお返しを用意する事を考えると、今つくった五十匹じゃ足りねえだろ、大分」
「そうだね」
頷く。その通りだ。
「というわけで、あらかじめ複製準備しておいた型の二セット目がこちらになります」
「…………」
どん、とキッチンの奥、収納棚から引っ張り出してきたのはつまり、そういうものである。
「こっち用でまたチョコを溶かし始めて型に入れて冷蔵庫に入れる頃には丁度二十分経ってるから、最初の型を外してもう一回作って……。これでループが完成するんだよ」
「……自重しねえのな」
「まあ、洋輔の手伝いもするつもりだったからね」
本当に。
けれど洋輔が既製品で対応するなら、こっちはこっちで集中するか。
二セット目の製作を開始しつつ、ふと気になったので聞いてみる。
「ところで、例の猫耳カチューシャを送ってきた彼女には何を返すの?」
洋輔のことだ、その子にも普通にお返しをするとは考えにくい。
「最初はウサ耳でも送りつけようかと思ったんだけどな」
事実洋輔はそう言って、けれど首を横に振った。
「考えても見ろ、ホワイトデーのお返しにウサ耳を女子に渡す男子。端から見れば変態じゃねえか」
「端からどころか正面からでも変態だと思う」
「だよな」
ということで無しになったらしい。
「だから結局は普通のお返しになると思うぜ。包装にちょっと仕掛けをかける程度」
「無難だね」
その辺は僕よりよっぽどさじ加減の上手い洋輔だ、大丈夫だろう。
「とはいえ、その子だけ包装が違うとそれはそれで変な誤解を生みそうだけど」
「安心しろ。包装は個別、全員違う。中身は同じだけど」
「手の込んだ手抜きだね……」
「仕方ねえだろ。お返しにランクを付けるのもなんか嫌な話だし、だからといって皆に同じもんを配るのもつまんねえし。お前だってそう思ったから、そうも大量に種類を用意したんだろ?」
ごもっとも。
「それでだ、包装紙を準備したいんだが」
「どういうのが欲しいの? リストアップしてくれれば、準備するよ。ついでだし」
「ああ、そんじゃ頼むか。買いに行くのもめんどくさいしな」
気持ちは分かるけどお返しにめんどくさいというのはどうなんだろう。
もっと楽しめば良いのに。
「お返しを用意するのは楽しいんだよ。買いに行くのが面倒なだけ」
「ああ、うん……」
変わんないと思うけど、まあ、いいや。
包装だけでもやる気があるなら、お返しの気持ちは込められるだろう。
「ちなみに佳苗、お前はどういう梱包するんだ?」
「箱の中にキャットタワーっぽいものを用意して、そこに固定を兼ねたクッションっぽいものを設置しておくでしょ。その上に猫が各々いる感じかな。箱はこんなの」
ふぁん、と作って洋輔に見せると、洋輔はふむ、と頷いた。
本当は大きな箱でちょっとした遊びをしたかったんだけど、チョコの固定ができない問題があるため、平らな箱……イメージとしては、新書版の本のような形の箱を縦に使う感じになる。
「なんつーか、手の凝りようが半端ねえ感じになるな」
「お返しには全力を込めようって決めてたからね」
「お返し目当てに来年はまた増えそうだな」
「さあ。何があるかは、わかんないよ」
茶化しつつ、ふと思う。
全四十五種プラスシークレット五種ってどうやって教えよう。
ガチャガチャみたいなラインナップ表みたいなのを用意する……、いや、それはもう既製品を疑われるよな。
「普通に渡すときに言えば良いだろ。『数は同じだけど種類が違うから楽しみにね』みたいに」
その手があったか!
「その手があったか! じゃねえよ。なんで基本が抜けるんだよそこで」
「面目ない……」




