63 - 考査に結果を出したのは
3月9日、木曜日。
今日の授業で学年末テストの結果がこの日の授業で全て出そろったこともあり、帰りのホームルームで基本五教科はクラス単位での得点上位者が男女上位五人ずつ発表された。
まずは女子から。こちらは無難な結果と言えるだろう。
第五位、西捻さん。総合得点は482点。
第四位、山吉さん。総合得点は484点。
第三位、春日井さん。総合得点は488点。
第二位、東原さん。総合得点は492点。
第一位、渡辺さん。総合得点は496点。
これはいつものメンバーがいつも通り、多少の前後はあれど上位を独占した形だ。
尚、渡辺さんが取りこぼした四点は、数学の途中式で減点された2点と、理科のケアレスミスによる2点だったらしい。特に後者のケアレスミスは渡辺さんにとって激痛だったようで、テストの答案が返ってきたその日、渡辺さんにしては珍しく机に突っ伏して「やっちまったわあ……」と呟いていたのは……まあ、見なかったことにしよう。うん。
で、次。男子陣もある意味、無難な結果に収まった。
テストの度に発生する蓬原くんと葵くんによる鎬の削りあい、今年度最後のそれの結果は、次の通り。
第五位、郁也くん。総合得点は475点。
第四位、昌くん。総合得点は478点。
第三位、蓬原くん。総合得点は494点。
第二位、葵くん。総合得点は496点。
第一位、僕。総合得点は498点。
以上である。
実は上位五人って男子も女子も一年通してその面子は変わっていなかったりする。
順番の入れ替わりは結構起きてたけどね。
というわけで、放課後。
自然と、皆が集まってテスト結果の雑談タイムに。
「最後の最後で掻っ攫われた……え、総合498点、三教科300点って。は?」
珍しく葵くんの口調が荒くなっているけれど、一応詳細を述べておくと、僕が取りこぼした2点は社会だ。一つ選択肢を間違えていた。
それ以外は、ノーミス。ケアレスミスは幸い無かった。いやその選択肢のミスがケアレスミスだから、結局はワンミスか……?
ともあれ。
「葵くんのほうが、実は最終的な合計得点は高いと思うよ」
「なんで」
「僕、副教科のほうは全部80点代だったから」
「…………。あー……」
これは先生が教えてくれたわけでは無いので、上位五人で集まってそれぞれ答案を見せ合ったんだけれど、副教科四科目も含めた総合得点になると、さっきの順位が結構変わり、第五位から僕、昌くん、蓬原くん、郁也くん、葵くんという順番になる――のだけど、これは僕達五人で見た時のこと。
「徳久くん、副教科の合計点は? 結構高かったよね?」
「えっと、92と94と94に96だから……372かな」
「僕が80、82、84に81で327。五教科と併せて825しかないんだよね」
「ん、そうなのか。俺は全教科だと828だから、なら総合成績は俺のほうが上だな」
と言った具合で、僕は副教科では平均点より上だけど、それだけなのだった。
「家庭教師さんといろいろ予習はしてたんだけど……、基本五教科は教えてくれたんだけど、さすがに副教科はちょっと範囲外だったみたいで。無理にお願いするのも何か違ったしね」
「あー……」
なんとも言えない表情になって葵くんが頷く。
それでも80点代は確保したのだ、十分も十分だと思う。
尚、洋輔は基本五教科で398点、丁度クラスでド真ん中くらいの数字のようだった。
「でもなー。最後の最後でトップが取れなかったかあ。なんかなー。でもショックというより、『そっち!?』って感じで、これがまたなあ……。ていうか、オレもケアレスミスのせいだし」
「逆に言えば渡来くんでも、まだケアレスミスがあるって事なのよね。それにしっかり勉強をしている教科では見ての通りほぼパーフェクトだけど、そうでもない教科は普通より良い程度。ちゃんと人間だわ」
「それは言えてる」
「前多くんも渡辺さんも蓬原くんも、僕を一体なんだと……ああいや、反応はいいや。うん」
ちょっと前もなんか似たような大喜利に発展したという記憶があったので押しとどめて、と。
「うーん。兼部もしてる相手に普通に負けるのは、でもボクもちょっとショックかな」
「ぼくらもそこそこ、頑張ったんだけどね」
とは郁也くんと昌くん。そこそこでその点数は取れる物ではないと思う。いや僕が言えた義理でも無いか……。
「オールラウンダー」
ふ、と。思い出したかのように東原さんが言う。
「って、居るじゃない。なんでも出来る子」
「うん」
「渡来くんは、大概それよね」
そうなのかなあ……。
「いや」
しかし、東原さんにそう反論したのは郁也くんだった。
「どっちかというと佳苗は『何でも屋』のほうだと思うよ」
「『何でも屋』?」
「うん。なんでもいつでも出来るんじゃなくて、『やらせれば出来る』って感じ。いやでも、他人にやらされてやるより、自発的にやることの方が多いから、やっぱりオールラウンダーなのかな?」
「あー……。その辺のニュアンスは確かに微妙ね」
けれど通じたわ、と東原さん。
謎の意思疎通……、というほどでもないか……。
「他人がどう思ってるかは、まあ、別として。僕自身は僕を趣味人だと考えてるところがあるかな」
「趣味人?」
「うん。気分が乗った、やる気が出た事、趣味に対しては全力で、それ以外は適当、みたいな感じ」
もっとも、気分やる気趣味よりもさらに優先されるものもあるにはあるけど。
そう小さく捕捉すると、
「猫だな」
「猫ね」
と男女の声が綺麗に重なった。
ゆくゆくは人類共通の認識になって欲しいものだった。
「いや実際、あなたの猫好きはもう猫好きいって範疇を超えてるのよね……猫のためならば世界を壊して作り直すくらいのことはしそうだわ……」
「猫にとっての最善を追求するくらいはするけど流石に世界単位ではどうこうできないと思う……」
妥協するなら猫にとって最善の環境を持った惑星を探してそこで一緒に暮らすくらいはしたいけど、それでもちょっと規模がでかすぎる。
「ま、猫はまた別の話として、確かに僕はやる気にムラがあるからねー。今年度はそこそこ勉強頑張ったけど、来月からはどうかまたわかんないし」
「一度でもトップ近くの成績を取った以上、ある程度維持しないと怒られるぞ」
「別に。怒るのは自由だけど、反省するかどうかも自由でしょ」
「典型的な『ああ言えばこう言う』ね……。そういう側面を見ると、渡来くんもまだ同年代なんだなって安心できるわ」
横見さんが苦笑交じりに言うと、洋輔を除いた他の一同も概ね同意を示していた。
尚、洋輔も表面上はそれに会わせている。
(実際俺たちって、冷静に考えると同年代……でいいのかね?)
んー。
まあ身体年齢的には変わんないし。
それにどの異世界でどれほど暮らした記憶があっても、その世界でも不思議と僕達、大人みたいな思考回路にはならなかったんだよね……僕も洋輔も、結局最後まで子供の考えで、子供のように決断していた気がする。
(その辺はソフィアがなんか言ってたな。精神の形は身体の形に引っ張られる……だったか?)
神智術の応用、光輪術側での基礎理論だね。
その存在の本質は、外見の形である程度制御できる……って話で、たとえば猫の形を取らせれば、そこに叩き込まれた精神は猫に近い行動を取る、って感じ。
(いやソフィアは『戦士に精神を叩き込めば戦士らしくなる』としか言ってねえ)
猫でも戦士でも同じでしょ?
ニュアンスは致命的に変わりそうだけど……そもそも、それをいうならそれはあくまで基礎理論。
応用では逆のことも、ソフィアは言っていた。
(ん……俺はそれ聞いた事ねえかも)
そうだっけ?
要するに、外見の形によって精神の形が変わるのだから、精神の形とは外見の形と紐付いている。であるならば、その精神の側を固定しておくと、外見に影響をもたらせる――って感じ。
難しい事を言ってるけど、つまり『光輪術における擬似的な不老』の発想なんだよね。
(不老……)
うん。
神智術、光輪術において、精神の形は外見、身体の形と強く紐付いている。
身体が成長して大人になれば、自然と精神は大人びてゆく。
『だからこそ』、精神を子供の状態で強く固定してやると、身体の成長に伴い精神が成長したがるけれど、固定されているから成長できず、結果身体の成長が停止する……だったかな。
あくまでも擬似的な不老だけれど、完全エッセンシアによる不老と比べると冗長性があって、ちょっとずつ成長させるとかができる点で使い道は多いだろう、というのが僕とソフィアの結論だった。
(ふぅん……?)
そういう応用もあるってだけで、やっぱり、精神は身体に引っ張られるんだろうね。
僕達は結局、まだまだ子供だ。
……あるいは。
(大人になりたくないだけかもな)
…………。
かもね。
「さてと、そろそろ時間だね。昌くん、今日もよろしく」
「うん。来週は本番だし……ね」
そう。
来週は本番、三年生を送る会がある。
……そこまでに、完成している芝居をさらにブラッシュアップしなければ。
皆方先輩や藍沢先輩を、安心させられるような出来にしなければ。
無駄に気負ってもしょうが無いけど、責任感を持たない方が大問題だ。
というわけで、今日は演劇部でもバレー部でもなく、剣道部にお邪魔して殺陣のブラッシュアップを行うことになっている。
いざ剣道場へと向かうのは、僕と昌くん、そして郁也くん。
洋輔も本来は着いてくる予定だったんだけど、ちょっと冬華が呼んでいたのでそっちを優先することになった。
椋鳥のバージョンアップか、あるいは別件か。前者っぽいかな。
移動した先の剣道場には、既に大半のアクターが準備を始めていた。
僕と昌くんもきちんと着替えて、皆で準備運動をこなしたら、殺陣のシーンを確認するように行動を行う。
剣道部による殺陣は、思っていた以上に様になっている。かなりの練習をしてくれていたんだろう、剣道部の趣旨と大きく外れるはずだけど。
「確かに、剣道とは全く違ったスキルだけれど」
僕の問いに昌くんは笑う。
「結局、中学生。剣道をやっているからこそ、逆に剣術というものに憧れるっていうのもあるんだよ」
「そっか……」
それならば、良いんだけどね。
でもお礼はきっちり準備しよう。うん。
「さて、殺陣、一回目のシーンを一度始めようか」
「ラジャー」
持ち込んだスマホで本番でも使う音源を流しつつ、僕達は既定の位置に着く。
刀が振り回し、倒れ込む動作をする子。
予定通りに僕によって刀を弾かれ、そのまま奥へとはけて行く子。
そして僕ときっちり鎬を削り、けれど足払いで点灯する子。
そんな感じで一つ一つ確認をする……うん、かなり仕上がっている。
ただ敢えて残念な所を言うなら場、効果音と行動の間に僅かなズレがある事だ。これを潰すことが出来れば、一気に二段階はよいものになるだろう。
来週までにどうにか出来るかというと微妙だけど。
……いざとなったら、誤魔化せる範囲でこっちがサポートすることも出来るんだけど、そうすると後が怖いしなあ。
「どうかな、郁也くん。見学者として、今のに違和感はなかった?」
「んー、基本的には無いよ。いちゃもんのレベルでも良いなら、あんなに動いてるのに佳苗が汗一つかいてないのはどうかな? って感じだけど」
「汗。なるほど、汗か……」
それは確かに、違和感の原因になるんだよな。
僕の場合は賢者の石で常に回復状態にあるからそもそも疲労せず、汗をかくことも無いんだけど……それは僕だけの話だ。
普通に殺陣をしたならば、汗の一つはかかなければおかしい。
「改善できるならば、改善しないとね……。ありがとう、郁也くん」
「どういたしまして。でも、本当にいちゃもんのレベルだよ。端から見る分には本当に違和感なかったし、『特に疲れるそぶりがある』って役でもないみたいだからさ」
「それでもだよ」
リアリティを増すための大きなヒントに違いは無い。
どうやって現実とするか……賢者の石を使ってる以上疲労しない、であるならば汗を出すのは難しいから、水を作る魔法で擬似的にに汗のようなものを作り出すってのがベターかな。
「そうだ、剣道部の皆に聞きたいんですけど。本番用の刀、どうですか。馴染みそう?」
「それについては私からでも良いかな。剣道部はこの刀ならば結構大丈夫だとみてる」
答えてくれたのは二年生の先輩だった。
お墨付き、と。
「それはよかった。竹刀寄りかは大分重いですからね……」
「うん」
重い分だけ使いにくくなるのは当然として、竹刀と比べればバランスも長さも何もかもが違う。その上演技として、ある程度定められた動きをしなければならないのだ、かなりの無茶振りだと理解はしていたんだけど……。
現実として使いこなされていると、なんだか嬉しくなる。
「よし、それじゃあ皆、クライマックスも通すよ。佳苗、良いよね」
「もちろん。むしろこっちからもお願いするよ」
完成度をより高め。
そして、きっと。




