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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 変わりゆく年度末
60/111

58 - 平穏無事より

 2月22日、水曜日。

 学年末テストまでの日も短くなるにつれて、休み時間の教室は少しずつ、自習をする生徒がちらほらと増えてきた。

 特にテストの成績で上位に常連となっている面々、具体的には男子だと蓬原くん、葵くん、郁也くんに昌くんは四者四様……いや、四者三様だ。

 それぞれを見ていくと、蓬原くんは黙々と自分の席でノートと教科書を開き、別のノートに重要な部分をピックアップしてメモ書きをしている。元々のノートが結構ごちゃごちゃしている蓬原くんなので、この手の整理を最終的にすることで調整している……と、本人から以前聞いた事がある。二度手間ながら、確かに有効なんだろう。

 次に葵くんはと言うと、こちらも自分の席で、かつ席の近い前田さんや渡辺さん、東原(あずまはら)さんという女子とも盛んに教えあいながらの自習で、こちらは黙々とではなくわいわいとという感じだ。女子との会話に若干の恥ずかしさを持つような葵くんではあるけれど、それ以上に勉強への熱意、というか成績を残したいという気持ちが上回っているようで、最近遊ぼうとしてもまず勉強をさせられるんだよなあと涼太くんが僕と徳久くんに愚痴っていた。そしてその真横で聞いていた葵くんの耳に当然入り、そのまま自習に参加させられていたのは自業自得でしか無いので助けなかった。尚、その光景は何も今に始まったことではなく、この一年間ずっとなので、涼太くんのテストの点数が意外と良いのはそのおかげなんだろう。その割に信吾くんの点数が伸びないのは、涼太くんとは違って君子危うきに近寄らず、そして勉強を葵くんがちらつかせた途端に逃走するからだと思われる。

 で、郁也くんと昌くん。この二人はこの二人だけで勉強を進めている。二人ノートと教科書を付き合わせて、交互に簡単なクイズ形式で問題を出し、それに答える、という繰り返しで、ゲーム感覚になっているようだ。ちなみに正解数と間違い数で何かボーナスとかペナルティがあるのかなと思って聞いてみたら、特に設けていないらしい。あの二人らしいな。しかもクイズの難易度もかなり適正値というか、実際にテストの問題になってもおかしくないようなものばかり出てきた。これはどうやら、自分が教師だったらどんな問題を出すだろうか、という方向からも色々やっているらしい。なんていうか……、本格的だよね。

 尚、僕と洋輔は特に自習はしていない。

 洋輔はそもそも平均程度の点数が取れたらそれで良いという考え方をしていて、僕も僕で家庭教師の香木原さ曰く既に一定水準なので、妙に上積みする必要も無いと考えている。ようするに自習なんてしたくないということだ。

 じゃあ今は何をしているのかというと、洋輔と一緒に台本を読み込んでいる。

 僕は単に演者(アクター)として台詞や立ち回りを確認しなければならなかったし、洋輔にも舞台の転換などをある程度仕切って貰う以上、結構な台本への理解度が必要なのだ。

 それに暇そうだったし。

(まあな)

 洋輔はあっさりと認めて、僕に台本を差し出し、ある行を指さした。

「ここだな。次のセクションへの転換を入れるとなると、この辺から動かないと間に合わねえ」

「そんな手前から?」

「大型セットの固定解除に時間が掛かるんだよ、お前抜きの人力だと。それとも機械入るのか?」

「入れたいのはやまやまだけど、予算がおりないだろうね……」

 まさか作るわけにも行かないし。

 そもそもまだ作れないし。

 解決するためには神智術の発展をさせたいけれど、これ以上の独学は限界がなあ……もっとソフィアからきちんと教わっておくべきだった。

 あっちも逆に、錬金術とか魔法についてそう考えてるだろうか?

「わかった。その辺は僕からも祭部長たちに伝えておくよ。でも、洋輔から直接言った方が早いかな?」

「かもな。竪川先輩と一緒に訪ねてみるが、鹿倉先輩にはそっちからもアプローチよろしく」

 オッケー。

 今回の舞台の肝になる部分、殺陣の調整はかなり剣道部が仕上げてくれている事もあって、まだ通しの練習はしていないものの、部分的な舞台の練習では現状でも既に合格点が祭部長から出ている。次の練習からは刀を本番で使うものにするので、それにどの程度の早さで慣れてくれるかだな……。

 劇伴、音楽面では、軽音部と吹奏楽部が大河ドラマで使われていた音楽をベースに、物語の進行に合わせて編曲し、撮り下ろしてくれたものが既に用意された。

 これによって、台本にはタイムテーブルが秒単位で打たれていて、具体的には今僕が読んでいる部分の台詞は7分22秒、その次の台詞が7分35秒。これは舞台開始からの経過時間を意味していて、執念さえ感じる。

 祭部長曰く、『おれたちはまだまだ、みちそー先輩やらんでん先輩には敵わないっすからねえ。過剰なくらいで最初は丁度いいっすよ』だそうだ。尚、両目の下に隈を作った気迫在る表情でそう言われたとき、その場に居た僕とナタリア先輩は『そうだね』と同意することしか出来なかったのは言うまでも無い。

「それにしても今回の劇、これをブラッシュアップして最終的にはコンクールに出すのか?」

「どうだろうね。その辺は祭部長次第かな……、新入生が増えるようなら、脚本の書き直しが必要になるし、そうなれば結局、一から作った方が良いって結論になるかもしれない」

「ふむ」

 予算的にも演劇部には余裕がある。僕がかなり節約してるというか、ゼロから色々作ってるからなんだけど。

 この余裕分は他の創作系の部活、具体的には工作部・裁縫部あたりをメインに融通していたり。もちろん、帳簿の上では演劇部の出費として。

(もちろん?)

 もちろん。

 ちなみに吹奏楽部とか軽音部も当然のように絡んでいるので、結構杜撰な管理体制とも言えた。

「ていうか、ブラッシュアップ以前にまずは完成させないとだけど」

「そりゃそうだ」

 他にも雑談を交えつつ、具体的な転換などについてあらかじめ僕と洋輔の間で相談を進めておく。けれど、このあたりを調整するのはテストが終わってからかな……、ナタリア先輩は大丈夫だろうけど、祭部長はもろに勉強が疎かになりそうだし。

「さて。一通り頭に入れたし、ちょっと休憩しよっと」

「お前なあ……」

「一気に覚えようとして覚えられる量じゃないもん」

 いや、本当に。

「そういや佳苗、今日の帰りはどうなる?」

「今日も体験入部があるから、それが終わり次第。洋輔は?」

「俺の方は暇なんだよな……先に帰ってるか」

 それで良いと思う。

 僕達が丁度そんな会話を終えたところで、

「あれ、洋輔と佳苗っていつも一緒に帰ってるわけじゃ無いんだ」

 と、葵くん。

 その手には二冊のノートが握られている。

「確かに僕達は一緒に行動してることが多いけど、なにも四六時中一緒に行動してるわけでも無いからね。下校も最近はばらばらに帰る事が多いよ」

 何せ使い魔の契約もあって、どんなに離れようと常時『同じ場所に居る』ようなものなのだ。僕も相手が洋輔だから特に気にならないだけで、これが冬華とかだったら心労で強烈に疲労してただろうな……。冬華どころか葵くんでも一苦労だろう、実際今、僕達は苦労している。

 観測機を止めたくなるくらいには。

「ふうん。距離感が複雑だな」

「そうかな?」

 あんまりそんなイメージは無いんだけど。

「ていうか。佳苗にとって、洋輔ってどんな距離感なの?」

「良く懐いてる猫?」

 うん。言い得て妙だと思う。

「…………」

 そして葵くんがとても複雑な表情を浮かべた。

 猫と言うより犬じゃないの、という疑問と、その疑問を口に出すのはさすがにまずいよな、という自制心が混ざり合った表情だった。

(その自制心を台無しにしてやるんじゃねえよ)

 いや洋輔だって読み取っちゃうでしょ。

(…………。ノーコメント)

 それは肯定でしか無いと思う……。

「ま、冗談はさておいて、何も親友で幼馴染だろうと、ずっと一緒の方だと息が詰まるよ。親兄弟が相手でも、たいていの人は多分そうでしょ」

「ああ、確かに……最初から佳苗もそう言ってくれれば良いのに」

「ごめんごめん」

 ま、この話題はそろそろ打ち切った方が良いな。妙な方向に飛び火しかねない。

 洋輔も同感だったようで、「そういや」と会話を区切った。

「前多の持ってるそのノート、何の教科だ?」

「えっと、こっちが数学。で、こっちが歴史」

「数学と歴史を同時に学んでるのか?」

「うん」

 …………。

 効率的……なのか?

 なんか反目しそうな教科の組み合わせだけど。暗記系と計算系で。

「ずっと暗記ばっかりしてると頭が固まるし、ずっと計算してると頭が固まるからさー」

「結局固まってるじゃねえか」

「うぐっ」

 痛いところを突かれたようで、葵くんは少しオーバーにリアクションを取った。

 たぶん言葉を間違えたんだろう。

「なんだなんだ、楽しそうな話してるじゃん。おれもまぜろよ」

「りょーた、混ざるのは良いけど、ノートの転記はどうしたの?」

「…………」

「やってないって言ったら……わかるよね?」

「…………」

 涼太くんは何も言わずに席に戻った。

 意外と正論に関しては強権的なところがある葵くんなのだ。

 もっとも、もう一押ししてれば葵くんはあっさり退いただろうけど……それが涼太くんと葵くんの距離感ということらしい。

 ここに信吾くんがまざると一気にパワーバランスが変わるからまた面白いんだけど、そのことを知っていては問題のある僕達だった。

「ちなみに涼太くんは何やってるの?」

「英語の日訳。やればできるくせに、なかなかやる気を出さないんだよ、りょーたは」

「あー」

 その辺はちょっと分かるかも知れない、と洋輔が感慨深そうに頷いている。

 但しその『分かる』の向きは涼太くんにむいていて、葵くんの苦労に納得しているわけでは無いのが分かってしまう僕にとって、この状況はなんとも言いがたい。

「『やればできるくせに、なかなかやる気を出さない』か。それだけ言うと、佳苗も似たようなもんだな」

「僕? そうかな」

「ああ。やれば出来るだろうに、お前、興味が向いたやつしかやらねえだろ」

「興味は無理に向けるものじゃ無いよ、洋輔」

「あれ、なんで俺が説教される流れに……」

「オレも普段なら洋輔を支持しただろうけど……今回に関しては佳苗の方が正しいかもね。だって、佳苗ってなんでもかんでもやれば究極まで突き詰めそうだもん。そんな勢いでなんでもかんでも出来るようになると、すぐに飽きちゃうと思う。興味がもともとあるやつならともかく、無理矢理向けられたものなら尚更」

 すぐに飽きる……か。

 それは、たぶん正鵠を射ているのだろう。

 葵くんは、結構本質を見抜いてくる。

「興味ねえ」

「好きこそものの上手なれ、だよ、洋輔」

 葵くんは屈託の無い笑みで笑う。

「話を変える……戻すかな? ともかく変えるんだけどさ、佳苗。演劇って、オレも見れる?」

「卒業生を送る会での本番なら特に問題は無いね。その前の通し練習だと……どうだろう。あらかじめ許可を取っておけば、入れるとは思うけど」

「そっか。ちょっと見たかったんだけど……」

「なら許可は取っておくよ」

「え、いいの?」

「うん」

 貴重な意見を貰える可能性もあるしね。

 というわけでやることリスト似頭の中で加えておく。

 話も一段落したということで、葵くんが自席に戻り、僕と洋輔も改めて周囲見渡してみる。特に先ほどと変わった様子は無い。

 やっぱり、これこそが日常だなあ。

「テストが終われば、演劇も体験入部がある。そう考えると、この後も忙しくなりそうだね」

「特に、お前はな」

 それでもオーバーワークじゃねえな、と洋輔は心の中で続ける。

 そう、僕のキャパシティはもっとあるのだ。この程度は僕の問題ではない。

 ……とか話をしていたら、外でぽつりぽつりと雨の音。

 今日は雨の予報、なかったと思うんだけどな……置き傘してるから僕は大丈夫だけど。

「雨……」

「洋輔、傘は?」

「ねえな。でもこれ、通り雨だろ。……だよな?」

 それはフラグになりそうだなあ……。

 等と言ってる間に休み時間の終了を告げるチャイムが鳴って、あらためて授業が再開。

 当然、この時期の授業はもうテスト前の再確認が前提になる溜め、多くの生徒達は食い入るように聞いていた。

 僕とか洋輔は聞き流してたけど。

 学年末ともなると、範囲も何もないしな。


 こうやって日々は進んでいく。

 大きな事件が起きることもなく、あくまでも平和のうちに日々は進む。

 だからこの間にも色々と試行錯誤をして、出来ることを一つずつ、それでも確実に僕達は増やし。

 その日の夜。

 僕は、妙な夢を見た。

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