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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 年々歳々/歳々年々
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04 - あるいは最後の鍵

 SDカードにはパスワードが掛かっていた。

 パスワードのヒントらしきものはそう多くなかったので、とりあえず喫茶店絡みなのだから、とpastelを入力、エンター。無事ロック解除。

「なんでだよ」

「いや僕に聞かれてもしらないよ」

 安直なパスワードにもほどがある。

 ともあれ、中身は二つのフォルダ。

 一つにはRU、もう一つはJPとある。ロシア語と日本語かな。

 というわけでまずはJPの方を開くと、さらにフォルダが別れていた。

 構造スキャン結果、参考動画像……?

 立体物って事かな。

 とりあえず参考動画像の方を開くと、膨大な量の画像と、一分ほどの動画が二十個ほど。

 ただ、これは……、

「へえ……なるほど、佳苗の想定を超えた注文じゃねえか」

「……だね」

 とりあえず画像をさらっと眺めてみれば、なるほど、僕達に『背後』があるかどうかはともかく、僕達にならばこれが調達できると踏んだのだろう。だから危険を承知でこのデータをよこした。

 それはどうしてもクロットさん――というより、喫茶店(パステル)には必要だったから。

 となると、と構造スキャン結果の方のフォルダも確認すると、中身は概ね想定通り。

「で、作れるのか?」

 洋輔が挑発するように言う。

 ふぁん。

「できたよ」

「お前理不尽すぎるぞ。クロットさんに限らずマスターも泣くに違いねえっての」

 いや、だって。

「複雑な構造って言えば複雑な構造だけどさ。材料それじたいはとてもありふれているし、それにここまで情報が揃ってれば再現は容易だよ」

 ともあれ。

 僕の手元に作られた物、それは日常生活でも使う人がとても多い物だった。

 日本語でそれは、『鍵』と言う。

「まあ、鍵だよな」

「うん。鍵だよね」

 フォルダの一番下にあったpdfファイルを開けば、そこには届けて欲しい場所とその届けるための前準備と手順などが細かく指示されていた。

 前準備というのは、この鍵を指定された形の箱に入れるなど、ようするに偽装しろということで、結構めんどくさい。

「実際面倒だな。どうする?」

 ふぁん。

「完成」

「…………」

 ジト目でにらみ付けてくる洋輔はさておいて、その指定された箱に鍵を入れ、さらに一回り大きな箱に緩衝剤で底上げをしつつ入れる。と、これでオッケーかな。最後に封をテープでするんだけど、このとき、テープに指定された文字を書いて、はい完成。

 あとは届ける前にする工程で、ええと、届ける前日に指定されたとある空き地に指定された銘柄の缶コーヒーの空き缶を置くなどの事をしなければならない。で、その銘柄の缶コーヒーは……、

「洋輔の家にある? これ」

「無いな」

「じゃあ明日、買ってくるか」

 確か近くのスーパーで売ってたと思ったし。

「いや、明日は三十一日だぞ佳苗。開いてるのか?」

「あー……たぶん、早めに閉店するくらいじゃないかな……?」

 大丈夫。だと思う。

「そもそも、明日仕掛けたら明後日……元日に鍵を届けなきゃ行けなくなるから、それを考えると別に明日買わなきゃ行けないわけでも無いよ」

「そりゃそうか」

 うん。

 と言っているところで、スマホに通知が。

「……ん。あ、徳久くんだ。行けるって」

「初詣か。俊もさっきオッケーってきてるから、今年は四人だな」

「今、グループ作るね」

 作業も一段落してるし。

 というわけでアプリを操作、僕と洋輔、蓬原くんに徳久くんでグループを作って……っと。これでよし。

『初詣グループだよ。向かう神社と集合場所を決めよう!』

 とまずは送信してちょっと様子をうかがうと、すぐに既読がみっつ付いた。どうやら全員見ているらしい。

「規模でいうなら八幡様なんだけど……蓬原くんにはちょっと遠いかな?」

「駅向こうだからな。……んー。となると、本町氷川か……?」

 本町氷川神社。なるほど、位置的には……、

「今度は徳久くんが遠くない?」

「だな……」

 と二人で普通に話していると、蓬原くんからメッセージ。

『駅からそっち側の神社には詳しくないけど、八幡神社か?』

『ちょっと蓬原の家から遠いな。氷川のほうがいいかも』

 間髪入れずにフォローをしたのは徳久くん。

『それに八幡はやたらと混むしな』

 しかも追撃までしてきた。

 確かにそうだ。八幡神社、大きな神社だから当然といえば当然なんだろうけど、かなり並ぶのだ。氷川の三倍で済めば御の字と言うほどに。

『なら、氷川かな?』

『オレその神社しってるか不安』

『アザミ小学校は知ってる?』

 僕の問に、帰ってきたのは言葉では無くスタンプで、『もちろん!』と動物が頷いている物だった。でも熊じゃ無くて猫のほうがいいと思う。

『ならばアザミ小学校の正門前で集合しよう。あそこはそこそこ広いし』

『了解。時間は?』

『ちょっと早めに、23時50分でどう?』

『オレはいいよ』

『俺もたぶん大丈夫……だけど、親に聞いてくる。ちょっと待ってくれ』

『了解』

『つーか洋輔は見てんのか』

『見てる。佳苗と一緒に居るから気にすんな』

『あー』

 そして送られてきたのは『理解。』と動物が深く頷くようなスタンプだった。だから猫の方がいいと思う……というか、なんだろうこの動物。オットセイ……?

「蓬原くんが使うスタンプってなかなか独特だよね」

「しかもあいつスタンプ大量に持ってるからな……同じ返事でも毎回違うスタンプ使ってきて面白いぞ」

 僕も猫のスタンプ買おうかな……。

『おっけーだって。誰かの親はくる?』

 っと、徳久くんが戻ってきたらしい。

『僕と洋輔の親は来ないね』

『オレの親なら呼べば来ると思う』

『どうする? 俺、親は邪魔だから居ない方が良いんだけど』

 ……普段の徳久くんからは考えにくい暴言だった。

 クラス委員を任されるだけあって結構優等生なんだけど、案外肉親には辛辣らしい。

『じゃあ呼ばないでいいじゃないかな』

『うん』

『了解』

『また明日ね』

 といったところで会話が一旦途切れる。

「こういう通話アプリは便利なもんだよな、やっぱり」

「つまり作れるようにしておけって事?」

「いやそんな事は言ってねえ」

「スマホの機械だけなら強引につくれないこともないんだけど、OSとかソフトウェアがどうも錬金術じゃ作りにくくてね……」

「だから作れとは言ってねえ」

「でも安心してよ洋輔。神智術と組み合わせればいずれは作れるようになるから」

「あ、マジ?」

 …………。

 やっぱり作れる方が都合良いんじゃん。

「無いより有るほうが良いに決まってんだろ。俺とお前の間はともかく、他の連中と意思疎通がリアルタイムで出来るかどうかってかなりの違いだぜ?」

「それはそうだけど、僕としてはもう異世界はごめんかなって」

「ああ、それは言えてる……」

 肩をすくめて二人で笑い、改めて鍵を入れた箱を眺める。

 まあ、大丈夫だろう。指定されたとおりには作ったし。

「指紋とか気にしねえでべたべた触ってたけど良いのか?」

「あー……まあ、良いんじゃない? いざとなったら指紋変えれば良いし」

「それもそうだな」

 それを出来てしまう僕達もどうなんだって話だけど。

「さてと、これで僕の方の要件は一通り終りかな。亀ちゃんおいで、撫でるよ、めっちゃ撫でるよー」

「にゃあ」

 飛び込んできた亀ちゃんをひとしきり撫で始めると、洋輔は明確に呆れのため息を吐いて窓に足を掛けた。どうやら部屋に戻るらしい。

「ああ、そうだ。年明けの話だが、サッカーのやつ、どうする。お前も来るか?」

「結局それ、具体的には何があるのか分かってないんだけど。何があるの?」

「カミッロ先輩、居るだろ。あの人が与和誘って、年明け一発目のお遊び紅白戦」

 なんだ、お遊びか。

 ……いや待て、カミッロ先輩だぞ。あの人プロ入りが内定しているユース選手なわけで、そうそう気軽にそんな草サッカーに参加できるもんじゃないだろう。

「その通り。実質、そのユースの主宰だな。与和もそれに招かれてるし、当然、藍沢先輩も来ることになってる」

「ふうん。なら僕も見学くらいはさせて貰おうかな」

「選手として参加しねえのか? お前ならどうとでもなるだろ」

「洋輔。今の僕の男子中学バレー界における評価は知ってる?」

「経歴半年化け物リベロ。……そうだな。さすがにそれでサッカーまで出来るとなればすっげえ悪目立ちするな」

 でしょ。

 まあ、例の兼ねた紅白戦では思いっきりやらかしてるので、既にバレている可能性は否定しないけど。

「ちなみに明日は家庭教師どうなるんだ」

「流石に大晦日だからね、お休み」

「だよな。なら明日は夜以外は予定無しか……」

「一応コーヒーを買いに行くけど、それくらいだね」

 洋輔は何か用事があるのだろうか。

 手伝えるなら手伝うけど、ゲームっぽいしな。どうせ。

「ちっ」

 舌打ちをされた。やはりゲームだったらしい。

 洋輔はひょいっと窓から洋輔自身の部屋に戻ると、ぱん、と服をはたいて言う。

「明日は他に何かするのか、お前」

「色々と自由研究はするつもりだよ」

「自由研究?」

 うん。

「ソフィアと合流がすぐに出来ない以上、覚えてる(うち)に神智術の再研究しないと……。僕がアレを光輪術まで昇華できるかどうかは別として、錬金術への応用とか、錬金術との併用には凄く便利そうなんだよ」

「そういや『相性が良い』――つってたもんな」

「うん」

 ちなみに魔法も神智術との相性が良い。

 相性が極端に悪いのは第三法、言霊だろうか? お互いに似たような発動方法を取るせいで、お互いに干渉しちゃって効果が歪むんだよね。

 その歪みを織り込んで計算できれば、上手いこと歪ませてローコストでハイリターンとかも狙えるのかも知れないけど……ちょっと現実的では無い。

 少なくとも今は。

「そういやさ、佳苗」

「うん?」

「ナタリア先輩にって渡した例の着物。本当に理由は『着てみたい』って言ってたからなのか?」

「そうだよ」

 但し、それだけでもないけど。

「…………?」

「年明けの二日に祭先輩がナタリア先輩と一緒に初詣に行くらしくてね。ナタリア先輩の手元には『後輩』の僕が作った着物があって、ならば着ていく可能性が高いでしょ?」

「ああ。……なるほど。お前の考えそうなことといえば考えそうなことだが、趣味が良いんだか悪いんだか」

「祭先輩とナタリア先輩という組み合わせは、なかなか見ていて飽きないんだよね。それとなく仄かな恋心があるかどうかはまた別として、部活仲間の綺麗な姿を見て嬉しくない男子なんてそうそう居ないよ」

「アレだよな。佳苗の発想ってこう、親戚のおばちゃんみたいなお節介だよな」

 …………。

 否定できない。

「どうせなら鹿倉先輩にも着物を渡したら良いんじゃないか。着物っていうか袴か」

「うーん。祭先輩も袴は着こなすんだろうけど、女の子が着物を着て初詣はまだしも、男子がそうするシーンってあんまり見ないなと思って」

「なるほど」

 あと猫柄を仕込みにくいし。

「おい」

「冗談だよ。ちなみに洋輔はどうする? 袴、着たいなら作るけど」

「遠慮する。俺はああいう動きにくいのは好きじゃねえ」

 着てみれば存外動きにくいとも思わないものなのだけど、ま、無理に着せる意味も無いか。

 ふぁん、と自分の服を袴に変換してみると、抱きかかえていた亀ちゃんがびくっと耳を立てた。

「どう? 似合う?」

「にゃあ……」

「馬子にも衣装」

 …………。

 洋輔は素直に、そして亀ちゃんにすら不評のようだった。

 ふぁん、と元に戻してっと。

「さてと」

 一段落ということで、色々と試行錯誤……の前に、SDカードの中身を改めて確認。

 さっきはJP、つまり日本語のほうだったけど、今度はRUの方を開いてみる。

 案の定、そちらにはロシア語でいろいろなことが書かれていた。

 内容的には日本語の物と差違はない……かな、所々ニュアンスは違うけど、やるべき事に違いは無い。

 元のデータがこっちで、僕達に渡すに当たってクロットさんが翻訳してくれたのかな……、うん、画像系にも特に違いは無いようだ。

 問題なし。そう判断してファイルを閉じ、SDカードを取り出すときちんと保管(かく)し、パソコンを再起動しつつ、亀ちゃんを抱えてベッドに移動。

 もふもふという亀ちゃんの冬毛を楽しむように撫で回すと、亀ちゃんはとてもリラックスした様子で喉を鳴らした。大満足だった。

「亀ちゃんのキャットタワーも、来年になったらちょっと変えようか。いや、でもあれも結構気に入ってくれてるみたいだしなあ……」

 ご機嫌そうにしている亀ちゃんの体温を確かめながら、うとうとと目を閉じる。

 とても平和な一時だったし。

 事実、平和としか言えない一幕だ。

 心の底からそう思う。

 だと言うのに、どうして僕と洋輔はこうも――緊張しているのだろう。

 そんな懸念に、けれど回答を得る事は出来なかった。


 恐ろしく長く感じたけど、それでも時間は止まらない。

 誰でも等しく時は過ぎ、だから僕らも大晦日を迎えるのだった。

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