57 - 先行体験入部初日の一コマ
週もあけて2月20日。月曜日。
いよいよ以て、学年度末のテスト一週間前となり、多くの部活が活動自粛期間となる中、来年度の新入生を主な対象とした先行体験入部が行われる部活がいくつかあり、男子バレーボール部はその中の一つである。
部室で着替えを終えたらその場でちょっと待機しておいて欲しい、という顧問の小里先生からの言葉もあって、着替えを終えた側からわいのわいのと雑談が始まった。
どんな子がくるだろうか、というのがメインの話題と言えるだろう。
「渡来」
「はい?」
と、そんな雑談中に声を掛けてきたのはコーチだ。
ちょっとバツが悪そうで、何かトラブルがあったかな?
「ダメ元……も、ダメ元で聞くんだけど。『くじ』に使えるような箱とか、持ってないかな?」
「えっと、大きさは?」
「そこそこ大きいと助かるんだけれど……」
ふむ。
自分のロッカーを開けて、中をごそごそと探索。
確か以前、小物の整理に使っていたのが……ああ、あったあった。
畳んであったのできちんと展開してあげて、できあがったのはおおよそ一辺が三十センチ程度、クリーム色の立方体、段ボールの一種である。
「このくらいの大きさの箱でいいですか?」
「ダメ元で聞いたつもりなんだけど、良く持ってたな……」
「僕もびっくりです。くじ引きで使うなら穴を開けないと……それと、中身が見えないようにしたいですよね」
鞄の中からポーチバッグを取りだして、その中にしまっておいた簡単な工作道具を取り出すと、ついでに鞄の中から厚めで色つきビニールのシートも調達。
箱の適当な面を選んで、さくっとコンパスカッターで円形の穴を開けてやる。
ちなみに箱は段ボールのようなものだ。
そのままだとこすれて手を怪我をしない、とも限らないので、断面はフェルトでざっと覆っ何箇所かをちょっと大きなステープラーで仮固定、何度も使うならばともかく一度だけと考えれば適当で良いだろう。最後に色つきビニールで穴を塞いでこれもステープラーで固定、最後にカッターで円を綺麗に八等分するようにビニールに切り込みを入れる。
完成。
「できました」
「…………。えっと……」
コーチがふと時計に視線を向けた。
そして僕以外の部員に視線を向け直し、言った。
「今、一分くらいしか経ってないよな?」
「…………。三十秒くらいだったかも……」
答えたのは風間先輩。
「複雑なものならばともかく、簡単な工作ですから。ともあれコーチ、どうぞ」
「ああ、うん。ありがとう……」
何やら複雑な色を浮かべつつもコーチは箱を持ち、こほん、と咳払いを一つして言う。
「ネット張りは済ませてある。今日は全面だ。……じゃ、始めようか。全員揃ってきてくれ」
「はい!」
全員の声が重なって、皆で揃って体育館へと移動。
体育館では小里先生が話しているようで、いざ辿り着いてみると、そこには六人の見慣れない子供たちがいた。
ちなみに六人とも動きやすそうな服装だ。
というか体育着だな。見慣れないのは僕が通っていた小学校の子ではないからだろう。
「えっと、挨拶の段取りとかはどうなってるんですか、コーチ」
「ん。…………。考えてなかった」
土井先輩の当然の質問に、コーチは素直に答えた。
もうちょっと汚い大人のずる賢さを見せて欲しいところだった。
そしてどうしたものか、と微妙に空気が淀んでいる。
段取りは大事なんだなあ。
「皆さんこんにちは。僕はバレー部、一年生。渡来佳苗です。今日は体験入部に来てくれて、ありがとうございます。既に説明があったかも知れませんが、そこで先ほどまでお話をしてくれていた大人の人が、小里先生。男子バレーボール部の顧問の先生です。で、こちらの男の人が、春川さん。この学校ではなく、男子バレーボール部が招き入れた外部の方で、コーチをしてくれています」
段取りが無い以上、適当にでっち上げるしか無い。
ざっくり説明をすると、僕の紹介に合わせて小里先生とコーチがお辞儀をしていた。
どうやら乗ってくるらしい。
そして言外に続けろと言っている。
「詳しい自己紹介は後で行うとして、今の部員について、軽く説明をしますね。まず、セッター。二年生の土井と、一年生の村社」
「よろしく」
「よろしくね」
それぞれ順番にお辞儀をしている。この調子で大丈夫かな。
「現エース、二年生の漁火」
「よろしくな」
ちょっとニヒルに笑って漁火先輩。なんというか、『らしい』なあ。
「あとはざっくりと纏めますが、まずは二年生の水原、風間」
一応役割としてはミドルブロッカー。
僕がフィールドにいないときの守備の起点とも言う。
「あとは皆一年生で、鷲塚、古里、鷹丘、曲直部」
良く言えばオールラウンダー、もしくは可能性の塊。
正直に言えばこれという自分の形がまだ出来ていない感じだ、無理に説明するまでもないだろうけど。
「で、改めて、リベロの僕、渡来。以上がこの部活の現在籍者です。ということでコーチ、今日の予定をお願いします」
「ああ。それじゃあ、改めまして――」
一段落したので一歩下がって、在校生側に立ち位置を戻すと、
「対応、サンキュ」
と漁火先輩。
「いえ、僕の方こそ差し出がましい真似をしました。すみません」
「お前らしいよ」
ソレも含めて、と漁火先輩がすっとコーチに視線を戻す。
コーチは今日の予定、といっても『いつも通りの準備運動』を最初に行い、次にミニゲームを行う旨を告げている。
で、ミニゲームのルールは、『三対三』、サーブは無しのジャッジが投げ入れるタイプを六プレーでワンセット、交代となる。
尚、どちらのチームも構成は必ず在校生が二人と体験者が一人、の三人組。
体験者は参加前に『アタック』『レシーブ』『セッター』のどれを特にやってみたいかを申告することで、可能な限りその申告通りのプレーが出来るように在校生側が調整を行う感じになる。
で、このミニゲーム中、僕は『求められた選手』として動くことになる。
リベロとしての行動を見たいと言われれば見せるし、サポートが必要ならばするということだ――といったところで準備体操が終わり、二年生、体験者、一年生の順で体育館の中をランニング。
さすがにこの程度で息が上がるような子は居なかった。
その上でストレッチをこなして、っと。
「あ、あの。渡来さん……、渡来先輩!」
「うん?」
「あの試合、見てました!」
あの試合。あの試合か……、ちょっと漠然としすぎだと思うけど、うん。まあいいや。
ともあれそんな声を掛けてきたのは、僕よりも少し背の高い子だった。
ちょっと筋肉質で、髪はかなり短く揃えている……のに、不思議と柔らかい印象の子だ。
付けているビブスのナンバーは、3。
「ちょっと、カガミ。『あの試合』じゃ通じないよ」
「あっ!」
と、そんな彼に指摘したのは、僕よりも僅かに背の低い子で、こちらは男子にしては髪が長めだ。と言っても、僕よりもちょっと長いくらいか。少し天然パーマ気味なのかな? くるんと毛先が曲がっている。顔つきは少し凛としていて、少なくとも僕よりかは男らしいだろう。なんか負けた気分に……。
見た感じそこまで筋肉はついていないけど、印象は不思議と来島くんに近い。なんかこう、かなり管理しながら筋肉を付けてる感じ。
ビブスのナンバーは2だった。
「突然すみません、渡来先輩」
「ううん。気にしないで。えっと……」
「長谷理一と言います。こっちは各務潤司」
「オッケー、長谷くんに各務くんね。で、あの試合ってどの試合?」
「えっと、去年の全国大会の二回戦から、なんですけど」
ん……?
全国大会は遠征したやつだよね。それを見に来ていた?
ってことは、この辺の子じゃないのかな?
「そっか。あの会場に居たの?」
「はい!」
元気よく各務くんが答える。体育系とも微妙に違うんだよな。
なんだろう。
……客商売系?
妙にしっくりくるのが謎だ。
「なんだなんだ、面白そうな話してるな」
と、割って入ってきたのは風間先輩。
ちょっとにやついているのは、あの試合でかなり活躍した本人という自負もあるだろうけど、それ以上になにかからかうような様子が見える。人が悪いな……いや、良い人だからこそなんだけど。
自然と話題が去年の全国大会の話になり、若干裏事情に絡んでいる僕や土井先輩あたりには手放しに喜べない話もちらほらとはあったけれど、それでも概ねあの試合は知られていたらしい。
で、各務くんと長谷くんは隣の県から来たんだとか。
「よく小学校が許可したね」
「休んできました!」
郁也くんの素直な疑問にハキハキと各務くんが答え、郁也くんが言葉に詰まるという珍事……でもないな。よくあるや。
ともあれ、そんな各務くんは三月末、卒業式が終わり次第、そして長谷くんは四月二日に引っ越してくる予定らしい。
で、他の四人はだいたい地元の子。
ウタラセ小の子が一人と、イサラギ小の子が一人、カイト小の子が二人といった具合で、ウタラセ小と言えば郁也くんたちの出身校。
「小唄が来るってわかってればなー」
とは咲くんのぼやき。
そのウタラセ小の子こと、鈴木小唄くんは咲くんや郁也くんとそこそこ面識が深かったらしい。
「でも驚いたな、こっちに来るんだ。てっきりあきちゃんの方に行くかと」
「正直、剣道部も悩んでます。だから先行体験入部に」
なるほど、と郁也くん。
僕としては全く『なるほど』ではないのだけど、話の流れから読み取る限り、そこそこ小学生時代で仲が良く、剣道関連で知り合いだった、とかそのあたりだろうか?
「近いね。あきちゃんの家、道場もやってるのは知ってるよね? あそこに通ってたんだ。だから、小学校の知り合いと言うより、ボクにとっては道場の知り合いかな?」
「へえ。剣道ってことは、強いの?」
「強いの? ってまず聞くあたり佳苗らしいけど……」
やれやれ、と首を振られてしまった。
いやでも気になっちゃったんだもん。しかたないよ。
「結構デキる部類だけど、昌には敵わねーって所じゃ無いかな」
補足を入れてくれたのは郁也くん。
ふうむ、昌くんには敵わない……ということは、そこそこ出来るな。
剣道部としては期待の新人になりうる人材なのかも知れない。
尚、鈴木くんは背が高い。ずるい。以上。
他の三人は既存の部員とは特に関わりがあるわけではないらしけれど、イサラギ小の子は鳩原先輩と知り合いだったので、一応来てみたのだとか。
カイト小の二人組は友達同士で応募してきた、と言っていた。こちらはミーハーな感じで、なんか活躍してたらしいからちょっと混ざってみたい、という感じらしい。……その割には動きが様になっていて、この辺の強豪校で、しかも公立だから願書さえ出せばだいたい大丈夫というお気軽さから来た感じかもな。
「さてと、歓談するのもいいが、一応今日は体験入部だからね。そろそろミニゲームを始めるよ」
「はい!」
コーチの仕切りに全員の声が重なると、コーチはとりあえず、とビブス順にくじを引かせた。そしてそのくじはA、B、Cと三種類が二枚ずつ。
どうやら組み分け目的だったらしい。
……あみだくじでよかったのでは、と思ったけど、まあ流用が効くしいいか。
「Aの組から、ミニゲームをやってみよう。鈴木くん、長谷くん」
そしてAを引いたのが鈴木くんと長谷くん。
どちらもアタッカーを希望したので、それぞれの組に郁也くんと土井先輩が確定。
もう一枠は学年違いを優先ということで、鈴木くんと一緒にプレーするのは郁也くんと水原先輩、そして長谷くんと一緒にプレーするのは土井先輩と咲くんという具合に。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
土井先輩に併せて皆でお辞儀をして、プレー開始。
先行は鈴木くん側、水原先輩がファーストタッチ、郁也くんがきっちりトスを上げて、鈴木くんがアタック――
「あっ」
――を、からぶったけれど、水原先輩がきっちりカバー。ただし、ボールは返すだけ。
それを長谷くん側は咲くんがファーストタッチ、土井先輩が丁寧なトスを上げて、それを長谷くんがスパイク。こちらは完璧に決めたのだけれど、すっとそれに反応したのは鈴木くんで、ブロックに飛んだ所、長谷くんのスパイクでワンタッチを取ってみせ、水原先輩がボールを追いかけ拾い上げ、郁也くんがアンダーハンドトス、これを鈴木くんは低い位置からほぼ無回転のアタックに仕上げていた。
ゴーグル越しに軌道を表示してみれば、案の定がたがたに揺れるブレ弾になっていて、それを咲くんは取り損なうことで一点目は鈴木くん。
一度目の失敗を成功で取り返した形だな。
「……ふうん」
面白いな、と漁火先輩が目を細める。
「佳苗。お前なら今の、取れるか?」
「そうですね。びっくりはしますけど、しっかりと」
「なら逆に、アレ、真似できるか?」
「…………」
少し、考えて。
「たぶん、出来ます。漁火先輩にも出来るとは思いますけど、あまりお薦めはしません」
「でもなんか、必殺技っぽいしな」
「漁火先輩の場合、おもいっきりたたきつけるだけでそれが必殺技だと思いますけど……」
まあ。
あんな『奇手』を一枚くらいは持っていても良いのかも知れない。
始まったばかりの体験入部は、既に何かの影響を、与え始めているらしかった。
思わぬ効果だなあ。




