54 - 冬華からは貰えませんでした
2月14日、火曜日。
いつものように登校し、教室に入るなり、
「おはよう!」
と元気よく挨拶をしてきたのは渡辺さん。
「おはよう。どうしたの?」
「はい」
そしてぽん、と手渡されたのは綺麗なラッピングのされた小箱である。
思いのほかずっしりと重たく感じるけど、いきなり何だろう。
「今日、バレンタインでしょう。だから、チョコレートよ」
「あー……そっか。今日か……」
「悪く思わないでくれよ、渡辺。佳苗のやつ、ほんっとうに忘れてただけだから」
「分かってるわよ。それと鶴来くん、あなたにもね」
「お、ラッキー。サンキュ」
「ごめん、僕も貰ったのにお礼してないや。ありがとうね、渡辺さん」
「どういたしまして」
ふうむ。
バレンタインデー、そういえばそんな事もあったな。
そんな事を思い浮かべつつ自分の席へと戻れば、とんとん、と肩を叩かれた。
振り向いてみるとそこには横見さんと春日井さん、山吉さんがいて、三人から同時にはい、と手渡されたのもやはりチョコレートらしい。
「嬉しいな。ありがとう」
バレンタインにこんなにたくさんのチョコを貰うのは初めてかもなあ。
小学生の頃には二人か三人か、そのくらいだったと思う。
洋輔はもうちょっと貰ってたけど、僕は地味だったし。
「おーい。渡来くん。こっちこっち」
と、今度は横から声が掛けられて、向いた先には前田さん、斉藤さん、そして東原さんという同じ班の三人組。
三人を代表する形で斉藤さんが僕に手渡してきたのは、少し大きめサイズの箱だった。
というか重い。
「え、えっと?」
「私たち三人から、渡来くんにバレンタインのプレゼントよ。皆チョコばっかりもってくるだろうし、チョコ以外で攻めてみたわ」
「色々ありがとう。嬉いよ。でも、チョコ以外って何だろ?」
「置物よ。私たちが選んだものだから、必ずしも渡来くんの趣味に合うかは分からないけど、猫ちゃんの」
猫グッズ……!
「いや猫グッズ……! みたいな顔してるけど、そんなに嬉しい?」
「うん。すごく嬉しい。うわあ、本当に嬉しいよ。お返しは三人とも期待しておいてね」
どこに飾ろうかな、そもそもどんな置物なのかにもよるけれど。
やっぱり自室の目立つところかな?
それともリビングとかに置かせて貰うとかもありかな。
とりあえず全部ロッカー……、いや、演劇部の部室に置かせてもらうのが妥当か。
「佳苗さあ」
「おはよう。どうしたの、前多くん。徳久くんも」
「なんか羨ましい……」
「同感……」
そういう葵くんと徳久くんの手元にもしっかりチョコはあるんだけど。
しかも葵くんの手元にあるチョコ、将棋の駒の形だし。
そんなほのぼのとしたことをしている間にもチョコを持ってきてくれた子が居たりもして、結局朝のホームルームが始まる前には結構な山になっていたり。
「おはよう。…………。バレンタインデーということだし、まあその手の色恋沙汰一歩手前の青春はどんどんしてくれて構わないのだが、物事には節度というものがあるよ。皆、気をつけようじゃないか。ね、渡来くん?」
「緒方先生。僕は貰った側です」
「違いないね。けれどそれ、そのままにしておくのは……授業の妨げになるから、今のうちに急いでしまってきなさい」
言外にどうせ部室に置くんだろう、ならば授業が始まる前に行ってきなさい、と助け船を貰ったので、お言葉に甘えてそうすることに。
洋輔はどうする?
(んじゃ、俺のもそっちで保管してくれ)
オッケー。
一礼して机の中からクリーニング屋さんなどで使うような大きなエコバッグを引っ張り出し、素早く綺麗に袋詰めして、すっと立ち上がる。
「相変わらず行動が早い……いやそれ以前にその袋、どこから……」
「常備品だよ、前多くん。リュックとかと同じ」
「納得しかけたけど、納得しちゃいけないようなきがした」
勢いで誤魔化せなかったか……。
とりあえず一度教室を出て、洋輔のロッカーから洋輔が貰ったものも取り出して入れて、周囲を左右確認。
まあ、大丈夫だろう。
ということで廊下をダッシュ、演劇部の部室まで最短距離で移動して、鍵を開けて中に入り、メモ書きに『私物です、後でとりに来ます わたらい』と書き記して荷物の横に置き、部室を出て鍵を掛けたら再びダッシュ、教室へと帰還。
大体三分くらい。
「……なんだかもの凄く廊下を走っているような音がしていたんだけれど?」
「さあ。気のせいじゃないですか?」
「…………。まあ、息も上がってないし、本当に気のせいかなあ……?」
緒方先生を誤魔化しつつ席に戻る。ちなみに僕がいない間にも連絡事項はあったようだけど、全部黒板に書いてくれる優しい先生だった。まあ洋輔の感覚で見てたし聞いてたけど。
(それでも優しさは優しさだもんな)
そういうことだ。
その後は普通に進行され、あとはいつものように少しだけ空いた時間を使って緒方先生が先行体験入部だとかの補足をしていたり。既に一部の部活では始まりつつあるからね。
で、学年末考査の話にも改めて触れられた。
聞いたクラスメイト達の反応は概ねうんざりとした様子だ。テストが好きな子は少数派な割りに順位が平均して高めな一年三組だった。
「そうそう、それとだ。もうそろそろ三年生は卒業制作で忙しくなる頃合いだから、あまり三年生のフロアを騒がせないように気をつけてくれたまえ。もっとも、わざわざ行く事もあるまいけどね」
卒業制作……そういえば、鳩原先輩がこの前部活を見に来たとき、ちらっと言ってたな。なんでも校歌の歌詞を木の板に張るんだっけ? タイルがどうとか言ってたし、一人当たりの労力はそれほどじゃないだろうけど、決して楽な作業でもないだろう。
「ともあれ忠告はしたよ。それでは以上、今日も頑張ってくれたまえ」
そんな感じで朝のホームルームも終わり、いざ授業。
各授業も二月の中盤となれば総仕上げのようになりつつあって、これまでのおさらいをする教科もあれば、それでも新しいことを詰め込んでくる教科もある。
あとは雑学メインだとか、豆知識の類いだとか。
と、そこで午前の授業が終わり、給食を終え、掃除も終えてお昼休み。
今日は特に用事もないので、演劇用の道具の調整でもしようかなあ、と第二多目的室に向かうと、
「佳苗」
と。
階段を上っている最中、声が掛けられた。
少し独特なイントネーション。
「冬華。どうしたの?」
「用事を聞く、した」
「そっか。ついてきて」
だんだんと確実に日本語を習得しつつあるんだよなあ。
流石としか言いようがない。
もっとも、本人はもっと素早く習得するつもりだったようで、渡鶴のログに『日本語の表現は複雑すぎるわ、もう大胆に削っちゃいましょうよ文法の類いを』などと入力されていることが結構な頻度である。そしてたいていの場合、そんな文句に併せて文法の質問をしてくるのだからまたなんとも勉強家というか。
ともあれ第二多目的室へ到着。
防音措置も含めて色々と便利だよな、やっぱり。
『ここならこっちで話しても問題は無いよ』
『助かるわ。それで、連絡用のゴーレムについてだけれど。一応私がメインで抑えて良い、のよね?』
『そうだね。洋輔のにわとりバードとひよこチックでも似たような事……その場所の光景を見たり音を聞いたりはできるんだけど、子機が観測した者を親機が同時に観測できるってだけだから、一方的なんだよね。で、初期設計の段階からそう位置づけちゃってたから、双方向性を持たせるのはちょっと無理』
『なるほど。渡鶴の拡張はどうなの?』
『今は過去の再現方向に調整しちゃってるんだよ。おかげでパラメータの代入さえできれば千年単位で遡れるようにはなったんだけど、再現世界に干渉するための機能を追加したらリソース馬鹿食いしちゃってさ』
『いえ、そもそも「千年単位の過去を再生できる」なんて機能を搭載している時点で、ニムが居たら仰天どころか茫然自失すると思うのだけど。……ふうん。なら、その手の機能を切れば流用できるのかしら』
うん?
『ようするに一から設計するより、もう「出来る」ものがあるなら、それを流用した方が良いと思ったのよ。もちろん、そのゴーレムは私が管理するけれど』
『それはもちろん出来るけど……、どうせならオリジナリティ溢れる機能とか追加してみない?』
『あなたのそのチャレンジャー精神は世界を豊かにするけれど、間違い無く世界の寿命も削ってるわね』
眉を顰めつつ、それでも冬華は試したいことがあったのか、僕にいくつか提案してきた。洋輔にも確認をしてみたところ、恐らくは可能だろうとゴーサイン。
『あとは形……というか、モチーフというか、そういうのはどうする?』
『渡鶴とにわとりバードは鳥なのよね』
『にわとりバードはデフォルメされてるし、渡鶴に至っては特定形状無いけどね』
『ああ、そうなんだ。……じゃあ、なんで渡鶴って名前に?』
渡来と鶴来で、渡鶴。
分かりやすい名前だと思うのだけど。
『ああ、そういう……』
『うん。だから普段はキューブ状だったりもするよ。がんばれば人間みたいな形にもなれるね……』
ちょっと不自然さは残るだろうけど。
今後の機能拡張のついでに自然な形で出来るようにしてやろうかな?
優先度は低いか……。
『そうね。なら私も鳥で併せる必要が無いのか。……そうね。渡鶴をベースに、特定形状を持たない感じで……、できれば、アクセサリーみたいにしておきたいのだけど』
『持ち歩くって事?』
『ええ。ひよこチックの透明化機能で消しておくのもありだけど、身につけていて不自然ではない装飾品ならば堂々と持っていられるでしょう。で、外した振りをして透明化とかもできると』
なるほど。
その辺は女子の感覚だなあ……外した振りをして透明化という発想はなかった。
……この眼鏡にもいっそ透明化機能付けちゃおうかな? いや、そもそも眼鏡形状である必要が無いし、そんな無茶なことをするまでもないか。
『わかった。じゃあ、ピュアキネシスによる形状変更と同じ感覚で変形できるようにして……、そのゴーレムのルート権は、冬華に付与。僕と洋輔は最初に登録しておく。僕達以外にも、登録したらそのメンバーと音を共有できるようにして……』
『その、音の共有とかをするに当たって、子機をあなたたちにも渡す必要はあるのかしら』
『補助機の範疇で、ね。どっちかというと、「視覚」と「聴覚」の情報をそのゴーレムに渡して、そのゴーレム上で共有する感じ。使い魔の契約で発生する共有スペースの代替をゴーレムにさせるってイメージかな』
『……わかりやすいと言えばわかりやすいけれど』
技術的にそれができてしまうあたりあなたはやっぱり世界を滅ぼしかねないわね、と冬華は目を細めた。思いっきり呆れるように。
『けど、そうか。あなたは使い魔の契約でさえも錬金術的に解釈しうるのね』
『概念として代入してやれば良いだけでしょ?』
『その「代入」が無茶って事よ。あなたの場合は代入と言うより換喩なんでしょうけどね』
まあ、そうかも。
『良いわ、便利な事に違いはないし。とりあえずはブレスレットのような形で用意してくれる?』
『オッケー』
洋輔、すぐいける?
(ちょっと調整に時間をよこせ。五分)
ん。
『五分で術式調整するらしいから、ちょっと待ってあげて』
『ええ。五分そこそこで大魔法の要素変更が出来る洋輔も洋輔よね……、やれやれ』
『けどさ、冬華も僕とか洋輔みたいな事、ある程度は出来るでしょ?』
『ある程度は……ね。けれどあなたにも洋輔にも遠く及ばないわ』
改めて定義し直すことは得意だけど、と冬華は言う。
一から百を作る僕と、百を百個の一にする洋輔。
百を百として数え直して、誰にでも数えられるようにする冬華、か。
『そうだ、空間整理の手引き、渡したよね。読んだ?』
『ええ。そこそこ有意義ではあるわね……なかなか面白い技術だとも思うわ。けれど技術の域を出ないとも。あれ、心理的な誘導よね?』
『僕達もそう見てるし、その方面に進歩させてるよ』
『じゃあ私は、もう少し物質的な方向にアプローチしてみてもいいかもしれないわね……、ふむ。とはいえ、物質的に整理するって、それただの整理整頓じゃない』
『言い得て妙だね……』
空間ならぬ物質整理。
たしかにそれはただの整理整頓だ。
……あるいは、その『ただの整理整頓』を意識を介して空間に転用しているのが空間整理なのか。
『得意理論とか神智術はどうかな。使えるようになりそう?』
『今のところ前者は厳しそうね。概要を纏めて貰っておいてなんだけど、まるで理解が出来ないわ。思い込むことで発動するって、私ではどうしてもラストリゾートに近しい魔法として発動してしまうし』
それはある意味想定通り……、かな。
けれどだとしたら、
『神智術の方は基礎……、本当に基礎中の基礎だけれど、神智術による熱源の発生とかは出来たわ。……出来たけど、魔法とか錬金術ですませたほうが圧倒的に早いし、楽なのよね……』
『そっか……。相性的な問題かな?』
『あるいは根本的な問題かもしれないわね。私にはそもそもそれらの技術を使う資格がない、とか……』
ううむ。
『どちらにせよ、その方面ではあまり手伝えそうにないわ。悪いわね』
『いや、その情報でさえも十分だよ。ありがとう』
どういたしまして、と冬華が頷いたところで、洋輔の居る方向に魔力の渦が発生。
準備も出来たようなので、いざ冬華のゴーレムを作るとしよう。




