52 - アクティベート・キー
マンション、エンゼルリーフ。
四階建て、エントランスはオートロックを完備。
通常の鍵ならば簡単に解除できる僕達でも、この手の電子ロックは苦手だった。
「まあ鍵を開けられないなら廊下から入れば良いんだけど」
「違いない」
時間は真夜中。
そもそも僕達は行動を隠す為に、いつぞやと同じく洋輔による光学迷彩を展開し、さらにあの時とは違って空間整理まで利用し僕達を極端に認識しにくくしているので、今の僕達を視認することはまず不可能である。
肉眼であれ、監視衛星であれ、あるいは監視カメラであってもだ。
移動は空中、エントランスをわざわざ介する理由もないので、そのまま三階の廊下にダイレクトで侵入。
308号室を探して……、よし、発見。
「かなり意識しないと見つけられないね、これ」
「さすがに本家本元は細かいんだろうんあ」
308号室に表札はない。
僕も洋輔も手袋を装着済みなので、指紋などは気にせずドアノブを回せば、当然だけど鍵が掛かっていた。
これも当然洋輔がアンロックの魔法で強制解除。
「俺たちってアレだよな。推理小説には向かねえよな」
「犯人側で考えると常に完全犯罪だもんね――っと」
308号室の玄関を開け、中へと入る。
暗っ。
かなり弱い光源で追従してくるタイプの光を出す魔法で最低限の明かりを確保。
ざっと見た感じ、定期的に掃除されているのか、埃の類いはほとんど無い。
また、洋輔が少し不安がっていた死体の類いもないらしい。
けれど無いのは埃や死体に限らず、生活の痕跡も確かにない。
掃除はされているのに生活感がないのだ。実際、ここでは誰も暮らしていないので当然なんだろうけれど。
但し、家具や食器類は全部残っている。
「間取りは1LDK。この辺で一人暮らしをするにしてはちょっと広すぎるが、金持ちなら十分あり得る範囲か。食器類は……、基本、ワンセット。一人暮らしで、しかも若干がさつな感じもするな」
「最低限、来客用のグラスとお皿くらいはあるみたいだけどね。……もしくは、何人かの食器もあったけど、処分されたかな?」
「その可能性を否定する条件が今のところ無いな」
壁に掛けられた時計はまだ動いている。但し大分時計の針はズレていて、メンテナンスはされていないことがうかがえる。
そして同じく壁にかけられているカレンダーは、随分昔のものだ。日付に印は付けられていないので、具体的な日時は未だに不明……ただし、これで何年の何月か、までは特定完了と。
前後の事情も踏まえれば、何日なのかの絞り込みも其程難しくはないか。
代入に使うパラメータも、十分に拾えそうだ。
「佳苗、こっち」
「ん?」
洋輔に呼ばれ、向かった1LDKの1の部分は寝室らしい。
古びた大きなベッドがどんと敷かれている……そのベッドの脚には、強く金属が擦り付けられたかのような形跡、が複数。
「渡鶴で再現するとなると、ここで何があったのか――あの二人が何をされたのか、見ることになるんだよな」
「そうなるね」
「……いいのか?」
「あまりよくはないけど」
他人の過去。
それも恐らくは隠し通したいであろう過去を掘り起こすのだ、良いと言えるわけがない。
それでもそこも含めて何があったのか。
代償としてどのような報復を受けたのか、これを知るのが優先だ。
……昌くんと郁也くんには、悪いと思うけれど。
それでも、僕達が過去を見てきました、なんて説明をしたところで納得して貰えるわけがない。
「そりゃ、そうだが」
だから今はその危惧よりも、もう一つの危惧をするべきだ。
「ん?」
「この家。確かに誰かが一人暮らしをしてたんだろうなあとは思うけど、たぶん男性だろうなあとも思うけど、具体的に誰が住んでたってのがまるで分からない。名前に関するものが、何一つ残ってないんだよ」
「…………、えっと、通帳とか?」
「印鑑とか、領収書ですらもね」
徹底した証拠隠滅。
それをした上で、空間整理による隠匿。
……事件を隠すだけが目的じゃないな。
「それこそ、田崎辰德って人の存在そのものを抹消しようとしてる感じがして……」
「んー……。言わんとしてる事は分かるけど、そこまですると労力が掛かりすぎるだろ。万が一の時に誰の部屋か分からなくするのがメインじゃねえの?」
「そうかも。……その辺の細かいニュアンスも、渡鶴で分かるかな」
その前にもう一つくらいは情報が欲しかった。
髪の毛一本でもあればなあ。
遺伝子型が同一かどうかくらいは分かるのだけど。
いや、時間が経ちすぎていて、難しいか……。
「位置情報、を代入して……時間も、カレンダーから代入して」
渡鶴の再現機としての機能をアクティベート。
いざ再現された時間帯、この寝室で起きていたことが観測できる――そこにはペットボトル飲料を飲み、ふう、と一息吐いている男性がいた。
この人が恐らく、田崎辰德さんだろう。
再現機は一端そこで処理を終了、後は日付をあわせてしかるべき場面を再生したらよい。
「よし。これは持ち帰って家でやるとして、今は隠蔽処理だね」
「ん。竪川日比生が使ったらしい空間整理はそのまま生かして、その上でさらに俺たちで仕掛ける感じだな」
上書きするにはもったいなさ過ぎる。
むしろ僕達よりも技術的な習熟は竪川日比生さんのそれのほうが上なのだ、綻び欠けている部分を僕達が修繕するだけで十分だろう。
とはいえ、この規模での空間整理となると地道な作業の繰り返しだ、いつものように『ふぁん』やら発想と連想でさくっと終わらせることが出来ないのは面倒だった。
面倒なだけで出来るけど。
三十分ほどかけて仕掛けを終えて、これでまたしばらくは大丈夫だろう、となったところで戸締まりを終え、僕達はベランダから空を介してドア・トゥ・ドアならぬウィンドウ・トゥ・ウィンドウで帰宅、改めて渡鶴にパラメータの代入を開始。
「それじゃあ洋輔。僕は一日ちょっと見てくるから、その間適当に誤魔化しておいてくれる?」
「ん。いざという時は起こすぞ」
「うん」
再現機、リアクティベート。
あの時あの場所で、何が起きたのかを……再現開始。
――再現を終えたのは、洋輔への宣言から二十六時間後の事。
僕が観測したのも丁度二十六時間、再現機による過去の再生は、それを観測するために同じだけの時間が必要なのだ、やむを得ない。
とりあえずお腹が空いたのでカロリーメイトをかじりつつ、再現された過去の記録から現状をちょっと考える。
田崎辰德さんは、死んでない……。少なくとも昌くんと郁也くんは、あの人を殺せていない。その後、昌くんのおじいちゃん、弓矢昼世さんが処理しに来た時も、まだ辰德さんは生きていた。
そして昼世さんもまた、辰德さんを殺害していないし、放置もしていない。その後は当時の日お姉さんが現場に来た、その横には竪川日比生さんもいて、処置が始まった。
空間整理によるあの現場からの徹底した人避け、事件の隠蔽。
そして『田崎辰德』はその過程で眠らされ、どこかに運ばれている。運んでいる人に心当たりは無し……恐らくは喫茶店案件……、か?
だとするとその後は結局死んでるかもな。けれど生きている可能性もある。
「何か分かったか」
「今情報は整理してるけど、喫茶店が事件の隠蔽に関わってる……とは思う。それと、田崎辰德って人間の存在そのものを隠蔽してるそぶりがやっぱりあるね。最初は事件を隠す為かと思ったんだけど……それにしては、ちょっとやり過ぎてると思う」
「……ふうん。となると『三つ目』か」
『せんせい』こと田崎辰德は生かされている。事件を起こしたことを理由に喫茶店か、あるはその直下にあるような組織に属することになり、そこで活動をしているのではないか。そしてそのために、田崎辰德という人物を半ば抹消している、と。
つまり郁也くんたちの事件の隠蔽を行う条件として、竪川日比生さんは犯人そのものをもらい受けたと。で、その事に日お姉さんはそれでやってくれるならと納得はした。けれどそれは同時に、昌くんと郁也くんが事件で経験した事を決して表に出せなくなった事を意味する。
けれどそれだけのはずだった。
しかし現実として、昌くんと郁也くんは『自分たちがせんせいを殺した』と考えてしまい、そこは日お姉さんにとっては誤算だった……あるいは計算していたけれど、やむを得ないと損切りした部分だったのかな?
その上で時間が経過し、僕達の失踪事件と帰還、冬華の帰還を経て、あのウェブページが作られる。僕達の推測通り田崎士織さんがあのページを作ったのだとしたら、その理由は田崎辰德さんを探すため。
これによって、田崎辰德さんの存在が却ってリスクになってしまった?
なんか違うような気がする。
「もっと単純な理由があると、僕は思うんだよね」
「単純な理由ね……だとしたら、田崎士織さんが直接弓矢や郁也と接触したってところじゃねえか?」
「うん……、たぶん、そうだ」
僕達の事件を追いかけるという名目で、田崎さんは三好さんとイッション僕達のクラスメイトに話を聞いている。その中で田崎さんは当然、昌くんや郁也くんとも接点を得ただろう。その時、田崎さん側は気付けなくても、昌くんと郁也くんは田崎さんが『せんせい』の血縁者だと理解した……としたら……。
「……あー」
「何だよ」
「いや。単純な理由がやっと見えた……」
「だから、何が」
「竪川日比生さんの空間整理を破ろうとしてるの、昌くんと郁也くんだ……」
「…………」
あー、と。
洋輔も納得の声を挙げた。
「あの二人、罪悪感が強かったもんな……、ならばあの時本当は何があったのかって改めて調べようとして、けれど『どこだったのかもいまいち思い出せない』、しかも『たどり着けない』ってところか?」
「たぶん。けれどあの二人ならば知識が無くても空間整理は壊しうる。何せ当事者だから」
それでもあの二人だけじゃあ、竪川日比生さんのだって修繕が間に合う。突破することは難しいだろう。
けれどそこに田崎士織さんも絡んでくると、これが結構簡単になりかねない。
だから別口の、少しやり方の違った隠蔽工作を利用して補強しようとした、ってところじゃないだろうか。
「……えげつないな」
「何が?」
「弓矢の姉貴がだよ」
「…………?」
どういうことだろう。
「つまりさ、俺たちに竪川日比生を手伝わせただろ。その理由がえげつないって事……一つ目、竪川日比生に恩を俺たちが売った形になるから、あっちは多少の妥協をすることになる。実際あのままならそう遠くないうちに、士織さんの方に破られかねなかったからな。二つ目、村社と弓矢が望むことの逆を俺たちにさせた。明確にそこで日常の線引きをしたのさ。『俺たちが日常から外れて何をしようと自由だけど、私の家族は巻き込むな』。そういう事だろ」
だからえげつないし何よりリアリストだよ、と洋輔は日お姉さんを褒める。なるほど、そう言われればその通りだ。そこまで考えての行動だったのかどうかはともあれ……結果としてはそうなっている。
そしてそのスタンスは、あの一月末の警告からブレていない。
「もっとも、弓矢の姉貴にしたって想定外はあっただろうけどな。事件の詳細を知られるどころか、事件の現場を目撃されるとは思ってねえはずだ」
「それは日お姉さんに限った話でも無いと思うけどね……」
再現された過去、事件において昌くんと郁也くんが受けた『被害』は僕がその一部始終を渡鶴を介して見た。洋輔は見なかった――洋輔にとってのトラウマのようなものを刺激するかもしれない、と言っていたから、無理にとは言わなかった。
僕に言わせればそれはトラウマじゃなくて嗜好だと思うんだけど。
「台無しにするんじゃねえ。あってるけど」
「あってるんだ……」
「まあな」
そしてその被害を見てみれば、なるほど、今のあの関係が構築されてもおかしくはないと僕は思った。お互いにお互いが一番信頼出来る相手であると同時に、その境界がなくなるような存在。
以前も覚えた感覚だけれど、それは僕と洋輔と似ているようで、全く違った成り立ちなのだろう。
「でもこれで、またリアクション待ちかな?」
「いや。その必要はねえらしい」
「うん?」
「竪川響谷先輩から連絡があった。来週の月曜日、昼休みに時間くれってさ。できればお前も一緒にと、丁寧な指定まで付けてきている」
……ふうん。なるほど。
「場所は?」
「何処でも良いって書いてあるな。俺たちで決めて良いそうだけど」
「じゃあ、第二多目的室にしてもらって。演劇絡みで僕が使うのはいつものことだから」
それにあそこなら秘密は守れるし。
大体、このタイミングだ――ただの連絡係というわけでもないだろう。
「今回の日お姉さんの行動が竪川日比生さんにバレて、その対処案が纏まった。そういうことだろうね」
「つーことは独立運動が始まるな」
「うん。……どうやら年度末は、忙しくなりそうだね」
但し、水面下で。
僕が笑うと、洋輔も笑った。
ちょっと、投げやりに。




