51 - 常に傾けて。
僕達が行動するためには一度家に帰らなければならない。
学生服だと動きにくいとか目立つとか、そういうのも理由にはあるけれど、なにより相応の事をするに当たっては相応の装備を調えるべきだし、そもそも動く前に色々と調べなければならないこともあるからだ。
……それと、どうも最近もまだずいぶんと上空から『監視』されているし。
渡鶴を使って色々と検証したいところだけど、検証するためにはパラメータが不足している。主に日付関連が。それに渡鶴の再現機としての性能は相応に高く、世界をそのまま再現しうる程度にはすごいけれど、裏を返せばその時何があったのかを克明に見てしまうと言うものでもある。
だから今回、渡鶴を使うかどうかは悩ましい所だった。日付がまず詳細で分からない以上、『いつ』を再現するべきかが分からない。場所も大雑把には分かるけれどそれだけで、細かい場所は分かっていない。ようするに時間も場所もある程度の絞り込みが出来ていても、それまでにすぎない――そして、再現機による再現に倍速モードが存在せず、等速、つまり世界を十分再現し、それを観測するためには現実世界でも十分が経過してしまうという欠点がある。
要は『たまたま事件当日を再現して』、かつ『候補地のアパートやマンションの中から正解を見つけて』ようやくスタートライン、そこから更に何が起きたのかを時間を進めて調べる必要がある。三日四日は拘束されかねない……、まあ、倍速が出来ないだけで一時停止はできるから、究極的にはそれで延々調べ続けるというのも手ではあるけど。
尚、この欠点は今のところ解決のメドが立っていない。
代わりに、現状のこの欠点を受け入れるならば、かつ僕が代入できる情報をもっているならば、割と地球上のことならば大体の事件の真相を見ることが出来る僕と洋輔だった。
実際、桜田門外の変とかは洋輔のリクエストで見てきた。まだ神の視点モードしか無かったのでちょっと物足りず、その辺は一人称視点モードの実装を早くしなければならない。
(それは是非とも急いでほしいもんだが、今は後回しだ。弓矢たちの事件の日時、やっぱり詳細はわかんねえな。ネット上の情報には存在しない)
事件そのものが?
(いや、誘拐騒ぎと無事保護って報道は出てる。ただし犯人は不明。それと誘拐騒ぎが起きている日から無事保護の報道まで一週間かかっててな、俺たちが知ってる情報と齟齬がある)
そして僕達が知っている情報の方が精度は高いはず。なるほど、その辺も含めて大雑把な情報操作としての空間整理がされているか。
厄介だけど、まだなんとかなる範疇だ。大雑把なタイムテーブルは組み立てが可能かもしれないし、時期的にソーシャル系のサービスも黎明期、場合によってはそこから探れるかもしれない。
(そう、そこが問題らしい)
……というと?
(ようやく分かったぜ。弓矢の姉貴が言いたかったこと。とりあえずこっちの部屋にこい)
了解。
窓を開けて洋輔の部屋に飛び込んで、そのまま洋輔が操作しているパソコンの画面を確認。すると、そこには僕と洋輔、そして冬華の失踪事件に関する情報を纏めているサイトがあった。
僕達の失踪は国が主導で行った何らかの養成プログラムの一種だったのではないかという陰謀論から、僕達の失踪は宇宙人によるアブダクションだったのではないかというオカルト論、そして僕達の失踪と冬華の失踪を関連付けて考えるような説もある。
更にこの失踪を経て、僕と洋輔は顕著に、冬華の場合は顕著と言うほど『データが無い』けれど、突然様々な分野でその名前が出るようになっている、という奇妙な共通性まで紹介されている……、と。
「スポーツ系の記録とか、なんでここまで綺麗に乗ってるんだろ」
「学校関係者に居るんだろうな。リークした奴が」
「炙り出す?」
「最終的にはそうしても良いが、今やるのは悪手だろ。答え合わせになりかねない」
そりゃそうか。
けれどそこに乗っているスポーツ系のデータは嫌に正確だ、小学校のころの情報もあるし、今のリアルタイムな情報もある程度乗っている。小学校と中学校の教師がグル? いや、そこまで連携を取っているとも考えにくい。となるとその両方のデータを持ちうるのは……教育委員会とか、その辺?
まあ後回し後回し。
で、それらの情報もわりかし問題だけど、大問題は別にある。
僕達の事件と冬華の事件を関連付けるのは良い、実際その関連付けは大正解だ。ただそこの『国主導による養成プログラム陰謀論』の項目の補強要素として、『この街では過去に少年M、少年Yが同時に失踪する事件も発生している』、『一週間ほどで発見、保護されたが事件の認知度が低い』、『この事件も犯人は未だ不明』といった記述がある。
イニシャルだけど……、M、Y。
Murakoso、Yumiya、だよなあ……。
「このページを作った誰かが、僕達の事件と郁也くんたちの事件を関連付けて考え始めている……、で、その一環として郁也くんたちの事件を改めて掘り起こそうとしている?」
「恐らくは、俺たちがやろうとしたようにソーシャル系サービスを巡って調べたんだろうな。その結果、報道は小さいが確かに大きな失踪事件があったことに辿り着いた……もしくは、もともとこちらの事件を追いかけていた」
…………。
もともと郁也くんたちの事件を追いかけていた。その事件を調べても、けれどその事件について何も出てくる事が無かった――竪川日比生による空間整理を用いた事件の隠蔽によって、何も情報を与えなかった。だからこれまでは動いても意味が無かった。
けれど最近は僕や洋輔の事件がおこり、僕達が帰還した後暫くしてとはいえ冬華も帰ってきた。これらの事件の後の僕達の行動は僕達が想像している以上に目立ちかけていて、それによって郁也くんと昌くんが巻き込まれた事件にも改めて焦点が当たりかけ、その対策を竪川日比生さんは行い、その結果として僕達の悪目立ちはある程度抑えられていた……かな?
でも限界が来た、限度が来た。さすがにこれ以上隠すことは出来なくなった、だからいっそ僕達が『普通に目立つ』ことで視線を僕達に集めさせ、その間に郁也くんたちの事件を改めて整理しようとしている?
「可能性としてはあるが、まどろっこしいな」
「だよね。大体、それなら僕達にもっと直球で交換条件を突きつけるのが自然だよ」
「ん。俺たちが普通に目立つことで村社と弓矢の安全を買える。代償として喫茶店は俺たちが目立つことに多少の裏取引を行う……」
成立は十分するだろう。なのに現実として、その取引は提案すらされていない。
となれば、この仮説は間違いだ。
「もっと単純化して考えると、このページの存在が竪川日比生にとって衝撃だったってのはどうだ?」
「というと」
「そもそも竪川日比生が使う空間整理は心理的な誘導、精神的なものであって、魔法的な現象じゃあない。真偽判定と親和性がある――というか、真偽判定に近いところがある程度に、ただの『技術』なんだ。……で、その技術は俺たちが習得にそれほど力を入れる必要がなかった程度にローテクだった」
「ローテクって……、まあ、確かに」
たとえば色。
たとえば言葉。
たとえば影の当たり方……。
その他細かい何かのあるなしを活用して、他人の意識を集中させ、他人の意識を分散させる。それを『場所』に固定して、そこを利用しようとする誰かに常に働きかけるというのが、空間整理における結界術の基本形。現実的な空間を作るのではなく、そこにある空間を『意識の外側』に置くという技術として、それを強烈に発展させているのが竪川日比生さん。
彼女ほどになれば、それこそ結界のようなものを作り上げることだって出来てしまうだろうし――事件を一つ、無かったことにする事くらいは出来てしまう。
そして後者によって、郁也くんと昌くんの失踪事件とその後の顛末を隠している、はずだった。けれど顛末についてはまだしも、失踪事件については今、このページに出てしまっている。
ローテク。
ローテク、か……。
「つまりさ。竪川日比生にとって、インターネット上の情報ってのは技術としてまだ昇華し切れてない部分なんじゃねえかな」
「…………。ありそうだね」
けれどだとしても解決策はあるはずだ。
ハイテクの部類まで及ばないにしたって、そのハイテクを使うのは人間であって、ならばそこに干渉をしてしまえばいい。
喫茶店の力を使えば特定なんてたやすいだろう。
「さらっと怖いことを言う奴だな……」
「事実でしょ」
「まあな」
インターネット上のページを空間整理によって消し去ることは出来なくても、そのページを作った人間を特定し、その人間を『整理』するという解決策はあるはずなのだ。なのにそれを取ることが出来ていない。
更に、日お姉さんは今回、この現状を僕達に伝えることが『不本意』だった。それでもダメで元々に伝えてきた、それにはどんな理由があって、それにはどんな原因がある?
「一つ目の可能性、竪川日比生がこれへの対処をするにあたって、その対処中だけでも俺たちの妙な動きを止める必要があった。けれど竪川日比生だけでは今回の対処が不可能、可能だとしてもかなり時間が掛かるって見込みが出てしまって、弓矢日がそれを援護するべく俺たちにすがった」
「可能性としては否定されるべきでもないけれど、まずないよねそれ。もしそうなら日お姉さんの性格的に、正直に教えてくるはず。僕達にもメリットがある」
「だな」
実際としては、日お姉さんは僕達にメリットがないかのような伝え方を僕達にしてきた。その上で損をしても良いならば手伝ってくれてもいい、けれどそれに報いることが出来ないだろうというのが一つ目の見方。
二つ目の見方としては、僕達にそれを伝えることを竪川日比生さんから依頼されたんだけれど、それによって僕達が損をすることが明白で、弓矢日さんとしてはだからいまいち伝えにくかった。だから『一応伝えた』という事実を作りつつ、僕達には伝わらないことを願った、とか。
「じゃあ二つ目、竪川日比生にはこれへの積極的対処ができない理由がある。それは技術的な問題かも知れないし状況的な問題かも知れないが、ともあれ理由があってそれが出来ない。その理由を取っ払う、もしくはそもそもの解決を図るためには俺たちに行動させるのが一番だけれど、気が引ける……」
「まだありそうだけど、必要とあらば何でも使う性格だと思うよ、日お姉さん」
「それもそうだ」
ドライとかではなく、また現実的というわけでもなく。
だからもしも遠慮した、もしくは考慮した、気を遣った相手は僕達じゃあない。
「……それにしてもこのウェブページ」
「ん?」
「いや、文体が独特だなと思ってね」
「ああ、何か堅苦しい感じはするな」
句読点がカンマとピリオドだったり、言い回しがいちいち複雑なものをわざわざ簡単に言い直しているような形跡がある。それと行間の使い方。これ、どっかで見たことがあるんだよな。どこだっけ……。
「ああ。思い出した田崎さんだ」
「田崎?」
「田崎士織さん。ほら、若い方の刑事さん」
「ん……ああ、あの人か。……うん? あの人、こんな文章の書き方するっけ?」
「うん。一度ノートパソコンで文書打ってるところを見たことがある」
あの時は調書ではないにしても議事録的な物を作ろうとしていたようだったし、多少妙な打ち方をしても気にしなかったんだけど。
……似てるだけ、かな。けれど嫌な共通項でもある。
「……ああ。確かに嫌だな。俺たちの成績を知っているのもそりゃ納得だし、あまり表向きには報道されていない事件について知っていてもおかしくはない人だ。……けれど、このページをあの人が作ったとしたら、その真意は?」
「僕達の事件をなんとか解決したい……って思うのが自然だけれど」
スマホを操作して連絡を取る。
連絡先は――昌くん。
遠慮無しに通話をお願いして、と。
『もしもし、どうしたの?』
「ごめん。今近くに日お姉さん、いる?」
『うん? いるけれど』
「代わって貰って良いかな。ちょっと演劇の衣装の相談を、どうしても大人の女の人からアドバイス貰いたくて……」
『あはは、佳苗らしいね。いいよ、ちょっとまって。日姉さん、佳苗から。助言が欲しいんだって――ん、演劇って言ってたけれど』
その後ごそごそと音がして、『あら』、と日お姉さんの声がする。
『こんにちは、渡来佳苗くん』
「こんにちは。……これ、今、スピーカーフォンモードにしてます?」
『いいえ? 普通よ』
「ならばよかった。今から秘密の相談、質問をします。相槌は適当に、誤魔化して下さい」
『へえ。それで、どうしたの?』
「昌くん達の『せんせい』の名前が知りたいです。というか、一つ候補があります。それが正しいかどうかを、はいかいいえで応えて下さい。『せんせい』の苗字は、『たざき』さん……ですか?」
『そうね。はい、そのとおりよ』
「名前は、ならば、『たつのり』?」
『そうそう』
その言葉からは焦りが伝わってくる。
なるほど、やはり……。
「……状況、なんとなく見えてきました。僕達側で対処します。竪川日比生さんにも気付かれないように頑張りますが、気付かれちゃったらその時は」
『……そうねえ。その時は、仕方が無い。無理なお願いだと、その子も分かっているんじゃないかしらあ?』
日お姉さんはあくまでも擬態を挟んで、けれど確かに注文を付けてくる。
けれどこれで確定だ。
『せんせい』は田崎士織さんの兄弟、田崎辰德。
田崎士織さんは僕達の事件が迷宮入りしつつある今もなお力を入れて調べてくれているいい刑事さんだけど、その裏が田崎辰德という兄弟を探すため。
そしてその裏に、弓矢昌・村社郁也の失踪事件が絡んでいる可能性に思い至っている。
「何号室かも教えて戴けるとスムーズなんですが」
『その中ならば3回目の、8番がいいと思うわ。エンゼルでしょう?』
「ありがとうございます。……今晩中に動きますが、如何に?」
『ええ。わかったわ。……これでおしまいかしら?』
「はい」
『昌、お話は終わったわよ』
『……もしもし、どうかな、参考になった?』
「うん。とっても参考になった」
昌くんには徹底して伏せる必要がある。
流石に電話越しでは誘導も精度が低い……けれど、日お姉さんもフォローしてくれるだろう。今回は誤魔化しきれるはず。
「またお願いするかも知れないけれど、その時はごめんね」
『どういたしまして』
けれど、ごめん。
心の中で謝りながら、僕は通話を切って洋輔が操作を続けていたパソコンの画面を見る。
「エンゼルが付くマンションはここだけ。エンゼルリーフ、四階建てで308号室は角部屋」
「田崎辰德さんについての情報は?」
「行方不明者に関する情報提供のお願いページに名前がある程度。大学からダイレクトに姿を消したことになってるらしい、けど」
ほら、と別のタブに表示されたのは、刑事の田崎さんとよく似た男の人。
……うん。
これは僕達の勘が当たったわけだ。
「空間整理の上書きは俺とお前で協力してやるとしてだ、他にやりたいことはあるか?」
「…………」
ちらり、と僕は僕の部屋の天井裏を眺める。
「正確な日にちを、なんとか特定したいものだね」
「……だな。それと一応確認するとして、死体があったらどうする?」
「僕が消す。死体はマテリアルに出来るから」
「分かった」
ならその方向で動くとするか、と洋輔はパソコンの画面を整理していった。
「竪川日比生は、どう動くとみる?」
「わかんない。ただ……直接的にこっちに殴り込む前に、日お姉さんに行く性格だと僕は見てる」
「俺も同感だ。とはいえもしもこっちを直撃してくるようなら、一度は躱すか?」
「いや」
だから僕は決意する。
全ての厚意をないがしろにしてまで、僕達の望んだ結末へと決意する。
「その時はもう――」
「――良いぜ。毒を食らわば皿までって言うしな……『何も進まない』のは、思ってたよりも困るもんだ」
洋輔もそれに同調し、ただ、笑った。
「今回の件で気付かれるかどうかはまた別だしな」
思ってもないことを言いながら。




