49 - クラスメイトの心遣い
それは意図的と言えば意図的で、できるかぎり妙な事件が起きないようにと苦心した結果である以上、僕や洋輔にとっては思惑通りではあるのだけれど――だとしてもちょっと、何も起きずに時間が進んで。
平和で暇で何にもない、だからこそ色々とやりがいのある日々を過ごして、ついにその日がやってきた。
2月7日、火曜日。
即ち、誕生日、だ。
その日の夜、家で行う誕生日会に呼び、そして実際に来てくれたのは次の通り。
同じクラスからは徳久くんと蓬原くんに渡辺さん、違うクラスからは四方木くん、学年が違うところで言えばバレー部つながりで鳩原先輩と風間先輩、演劇部からは皆方先輩に祭先輩。当然洋輔も来ている。
……数人のつもりが大所帯になってしまったけれど、前もって人数が分かっていれば準備はできるもので、ダイニングとリビングの机や椅子を一時的に退避させて空間を作り、パーティ用の大きいテーブルにクッション類、ソファなどを導入してそれっぽい場所をでっちあげることで、九人という来客に対応できるようにした。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
洋輔を除いて、一番最初にやってきたのは徳久くん。
ちょっと早すぎたかな、という徳久くんに、そんな事は無いよと答えつつとりあえずの会場へとご案内。
「洋輔。ドリンクお願い」
「オッケー」
「うん?」
「たぶんそう時間掛からずに他の連中もくるだろうから、らしいぜ」
「なるほど」
というわけで僕は改めて玄関に戻れば、案の定すぐに次の人がやってきた。
今度は二人組。
「やあ、元気してる?」
「お邪魔するよ」
「おかげさまで。いらっしゃい!」
鳩原先輩と風間先輩だった。
どうやら学校前で集合してからやってきたようだ。
「迷いませんでしたか?」
「特に問題は無かったよ。鳩原先輩がこの辺詳しかったから」
「友人がいてね」
なるほど。
というわけでこの二名もご招待すると、徳久くんが「先輩だ」、と呟きグレープジュースを机においてお辞儀をした。妙なところで丁寧だった。さすがはクラス委員。
「先輩方も洋輔にドリンクは注文して下さいね」
「うん。うん? 注文?」
「そこにメニューあるので」
「メニューって……本当にあるし……」
作ったのだ。
洋輔に接客は丸投げして、すぐに次のお客さんへと対応。
「おー、ここが謎多きかーくんハウスね!」
「みちそー先輩。そのフレーズは何か問題があるような気がするっす」
「りーりんもスラングに塗れちゃってるわねー」
皆方先輩と祭先輩だった。
「ようこそ。道は……、大丈夫でしたか?」
「少し迷ったかな。けれどりーりんがなんとかしてくれたわ」
「…………」
ややうんざりとした様子の祭先輩を見て、ああ、これはかなり迷ったんだなと理解しつつも、口に出す理由もなかったので黙殺。
応接セットへとご案内、してゆくと、ジュースを飲み始めた鳩原先輩に風間先輩、徳久くんが四方木くんと自己紹介をしあっていた。
…………。
あれ?
「四方木くん、いつのまに来てたの?」
「いまさっき。ベランダからお邪魔したよ」
「なるほど。ということは猫追いかけてたんだね」
「お前ほど猫寄せできねーかんなー」
羨ましい奴め、と四方木くん。
尚、そんな四方木くんに対してだいぶ警戒心を高めている洋輔が居たけど、謎だ。
(いや謎も何も、こいついきなりベランダから入ってきたんだぞ。問題だろ)
僕達もよくやるじゃん。
(お互いの部屋ならな。けど他の奴の家にはやらねえだろ)
…………。
それもそうだった。
まあいいや。
四方木くんは若干ヤンキーっぽい見た目だけど、内面は割と自由なだけで優しい子なのだ。
(俺ちょっと苦手なんだけどなあ……)
まあまあ頑張れ頑張れ。
接客は任せて次のお客さんに備えると、タイミング良くやってきたのは渡辺さんと蓬原くん。
「おじゃまします」
「いらっしゃい。二人で来たってわけでもなさそうだけれど」
「さっき、そこの道角で会ったのよ」
なるほど。
「これで全員かな。案内するよ」
「ああ、一番遅かったか。悪いな」
「呼びつけたのは僕達だからね。気にしないで」
というわけで、四方木くんを案内した覚えが無いけれど、まあ全員が揃ったことに違いは無いので、洋輔がドリンクを配り終えたところで両親を呼びつつ、オードブルを配膳開始。
「今日は集まってくれてありがとう! もうジュースは飲んで貰ってるけど、いつでもおかわりできるからね。とりあえずは前菜から出していくけど、苦手なものがあったら手を付けないで良いからね」
「はい質問。渡来」
「はい何かな四方木くん」
「これ、どこの店からケータリングしてるんだ」
「いや、ここのキッチンで作ってるよ」
「…………。誰が?」
「僕が」
お前ってそんな器用だっけ、と四方木くんが首を傾げた。
案外そうだったよ、と答えると、まあ、そんなこともあるか、と四方木くんは曖昧に頷いた。
例によって配膳は洋輔に手伝って貰い、配膳完了。
「コース料理みたいっすねえ……」
「祭先輩が望むならばそうしてもいいんですけど、窮屈なので。今日はフランクに、適当に食べられるようにしておきました」
「その割にはずいぶん本格的よね、かーくん」
皆方先輩が疑問を呈した。
ので、
「いえ、この後すぐにメインなので雑です」
「たしかに!」
払拭しておいた。
「それで佳苗。前菜がこれだというのは分かったけれど、メインはどういうものになるのかな?」
「鴨フィレ肉のソテーをメインにするよ。もう下準備はしてある」
「呆れた手際だな……」
「その後はデザートとケーキもあるから楽しみにしておいて。全部手作りだけど、味にはそこそこ自信があるよ」
「渡来くん。料理の写真撮ってもいい?」
「もちろん構わないよ、渡辺さん」
じゃあ遠慮無く、とぱしゃぱしゃと取り始める渡辺さん。
話をちょっと聞いてみると、インスタをやっていたらしい。
インスタ映えするタイプのオードブルにしておけばよかったか……。
「なあ渡来、この、細工……みたいなのは食べられるのか?」
「飴細工なので、もちろん食べられます。僕のお薦めは、こうやってフォークで砕いて、サラダにまぶす感じですね。その後こっちのソースを絡めてやると、ほら」
「おー。…………。手作り……? え、これが?」
風間先輩と鳩原先輩をあしらいつつ、皆が食べ始めるのをちょっと観察。
ナイフとフォーク、では食べにくいかと思ってお箸も出しておいたんだけど、全員ちゃんとナイフとフォークで食べている当たり丁寧だな……。
「ていうか、あれ? これ、かーくんの誕生日を祝う会っすよね? なんかものすごく歓迎というか、接待されているような……」
「皆がおいしそうに食べてくれるならばそれが一番なんですよ、祭先輩」
「そうっすか……? そうっすか……」
まあいいっすけどね、おいしいっすし、と祭先輩。
その言葉に偽りはないようで、ばくばくと食べている。良い食べっぷりだった。
「佳苗。もう揃ったのかい?」
「うん。見ての通り。お父さん達の分は、手はず通り洋輔の家のほうに配膳済み」
「いい事だ。何かあったらすぐに呼びなさい」
「もちろん」
そしてお父さんとお母さんは洋輔の家へと移動。
いや、人数的にちょっと入らないということで、じゃあいっそ大人は大人に分けてしまおうという発想だった。
料理は同一の内容で準備済み、問題は無いだろう。お祝いは朝にもしてもらったし、なにも今日に限るまい。
「親に信頼されてるようで、なによりだな。うちも見習って欲しいもんだ」
「四方木くんの場合は、四方木くんも努力は必要だと思うけれど」
「どういう意味だ」
「どうもこうも、勝手に猫を拾っては怒られてって下りを何回繰り返したの」
「たったの十三回だ」
たったの……?
ちなみにその十三回の内一回は自分でどうにかしたようだけど、残りの十二回は僕が知り合いの猫のブリーダーさんを介して里親を探して貰ったりもしていた。
猫のためならば苦じゃ無いけど、もうちょっと努力はして貰いたいところだった。
「というか……。今更だけれど、渡来。なんかやっぱり、お誕生日会とはちがうよな、これ」
「そうですか?」
鳩原部長の問いかけに首を傾げる。
割と毎回こんな感じなんだよな、僕の家だと。
「今回ほど大規模にやるのは、実は初めてなのでたしかにそうなのかな……。でも、去年も一昨年も、ピザとか頼んでわいわいするだけでしたよ」
「ふうん……、『お誕生日おめでとう』、って感じで祝福していくイメージだったんだけど。逆に歓迎されちゃって困惑だよ」
「祝福それ自体は学校でもしてもらってますからね。だからその恩返しをするんですよ」
「良い心がけだよねー。かーくん、バレンタインは期待しててよ?」
「それはありがたいんですが……、えっと、皆方先輩。ホワイトデーのお返しが困りますね」
「取りに来るわ!」
「ならば楽しみにしてます」
「反応が逆っすね、普通……」
とまあ。
そこそこ皆が靄々としてきたところで、いよいよメインディッシュを配膳することに。
「メイン料理は鴨フィレ肉のソテーをメインに、野菜をミルフィーユ仕立てしたものを添えてます。お肉の味付けは少し薄めにしているので、物足りないようならば添え付けたソースを付けて食べて下さいね」
「おー」
「うわあごちそう。これも写真とるわ」
「どうぞどうぞ」
これもインスタ映えはしそうにないけど……。
後でアカウント教えて貰おうっと。
いざ実食が始まると、皆はぴたっと歓談を止めた。
…………。
あれ?
「えっと……口に合わなかった?」
「…………、いや。美味いもんだから自然と喰うのを優先しちゃうっつーか……」
「……こんな上等な料理を食べられないからなあ、普段」
「そうそう。親が作る晩飯とは全く違うよコレ。予約必須の店で喰ってる感じ……」
「ねえねえかーくん。やっぱり私のお嫁さんにならない?」
「性別的に無理です、皆方先輩」
「残念ね。今からでも女の子になってみたらどうかしら」
「それができたところで皆方先輩も男の子に為る必要がありますよ」
「そうだったわ……」
いやそれ以前の問題だと自覚して貰いたいんだけど。
(つーかこの人こんなに積極的だったか?)
割と強引だよ、皆方先輩は。
ともあれ皆美味しいと思ってくれているらしい、本望だ。
「鴨肉ってこんなにジューシーなんだなあ。今まで食べてきたのとはなんか別物……」
「お嫁さんに欲しいは言い過ぎでも、時々食べに来たいよな。グリル渡来とかそんな感じのお店出せば良いのに」
「ピンポイント過ぎませんか、風間先輩」
それにお店にしようとすると面倒なのだ。
色々と許可を取らないと行けないし。
大体、今の年齢では申請出来ない気がする。
「……律儀に実務面を考える当たりが佳苗らしいけれど、なんかこう。……うーん」
徳久くんは僕にそう言って、けれど口を噤んだ。
明らかに何かを言いかけてやめたって感じだ。
「なにか言いたいことがあるなら言えば良いのに」
「四方木、お前なあ」
「佳苗が気付かないとでも思ってんのか。こいつ猫の一挙一動から猫の考えてることをあっさり読み取るんだぜ。人間ごときが隠し通せるわけねえだろ」
「まって四方木くん。その理屈はおかしい」
あと猫の考えていることは読み取っているわけじゃない。
なんとなく分かるだけだ。
「……ま、お祝いの席でいうのもどうかと思ってさ」
「いいよ。気になるから、むしろ言ってくれたほうが気も楽だ」
「ん……んー。学校でもなかなか、佳苗って何でも屋って感じで、何でも出来るだろ?」
渋々と。
徳久くんは僕に言う。
「で、いざこうやって押しかけてみると、その応対も素晴らしい。同い年でここまでの料理が出来て、それを振る舞えるってのは凄いよ。つまりさ、家でも佳苗は大概できちゃう。それって凄いことなんだ」
「うん……? 褒め言葉なのに、なんで祝いの席で言うのを憚ったんだ?」
「褒め言葉じゃ無いからだよ、蓬原。なあ、佳苗。ちゃんと休めてるのか、お前は」
「え? ……そりゃあまあ、自分の部屋では結構ぐだーってしてるけど?」
「もっとゆっくりしておけよ。なんか最近の佳苗の働きを見てると……今日のこれに限った話じゃ無くて、バレー部も、演劇部も、その先輩達が居る前で言うのはどうかと思うけど、やっぱりオーバーワークすぎると思う。佳苗だからなんとかなってるだけで、佳苗じゃなかったらすぐにすり切れるくらいにな。……全く、こっちも同い年に説教垂れるほど偉い立場でも無いけれど、それでも……もっと雑に手を抜けよ」
「…………、」
疲れてるように見えるのかな?
他の子たちも徳久くんの言葉に割と同調気味……、か。
ならば。
フォークを机において、「そうだね」、と答える。
「けれど、僕は今の状況を楽しんでるよ。あれこれやることが多くて、やらなきゃいけないことも多いけど……だからこそ、毎日が楽しいんだ。暇だと余計なことを考えちゃうからね」
「余計なこと?」
「『あんまりに平和すぎるから、ちょっと事件がほしいなあ』とか。そういう紛れが出てきちゃうって事」
僕が事件を起こすときっと大事になるよ、と言うと、徳久くんを始めとした半数ほどが頬を引き攣らせた。
けれど、そうか。
僕は今、他人からそう見えるのか。
(――ま、そうだろうな。現実は……逆なんだが)
うん。
洋輔は知っている。
僕がこのところ、『暇をもてあましている』事を。
(実際……『裏側』で動けなくなった分、『表側』で動き回ってるだけなんだよな、お前。そしてそれがこいつらにとっては違和感というわけだ)
かといってそれを是正するためには、洋輔の言う裏側、つまり非日常側にウェイトを置かなければならないわけで。でもまだ、竪川日比生さんからの連絡は無いしなあ……。
「忠告、感謝するよ。そうだね……、少しは楽をするようにするよ。僕も早死にはしたくないし。ところで鴨フィレ肉のソテー、実はもう少しあるんだけど、余分に食べたい人は挙手」
話題を強引に切り替えると、全員が手を上げていた。
大盛況だな……。
「大皿で出すか。皆でつまめるように。洋輔、ちょっと手伝って」
「はいはい」
こうして僕の誕生日会は進んでいく。
日常の限界点を示す指針として、とても価値のある会だった。
来年もまた、こうやって集まりたいものだ。
ちなみに来客の全員が猫系統のグッズを誕生日プレゼントとして送ってくれたのは、普段の僕の振るまいが故だろうか。
でも猫の油絵、これはいったいどこで買ってきたんだろう。
蓬原くんも大概謎のセンスだよな……。




