48 - それはまだまだ気の早い話
2月2日。木曜日、放課後。
演劇部で四十分ほど使ってしまったとは言え、まだ時間はあるのでバレー部へ。
部室で急いで練習着に着替えつつ、きちんと施錠をしなおして体育館に入ると、タイミング良くピー、とホイッスルが鳴った。
紅白戦……には人数が足りないだろうし、となると3対3のミニゲームかな?
と改まってみてみると、ネットを挟んで対峙していたのは、かたや土井先輩、咲くん、鷹丘くんの三人組、もう一方は郁也くん、漁火先輩、風間先輩。
但しどちらも頻繁に人を入れ替えているようだ。
これはそれほど疲れている様子がない上、コート側に部員が揃って居るので分かりやすい。
「例によって遅くなりました。すみません」
「いや、ちょうどよかった。渡来、すぐ入れる?」
「…………? はい、演劇部で身体使ってきたので、アップは終わってます」
「じゃあ、交代。俺の代わり、ちょっとお願い」
そう言ってきたのは土井先輩。
拒否権はないらしく、すっとコートから出てしまった。
いやそれ以前に、土井先輩の代わり……?
困惑しつつもコートに入ると、咲くんと鷹丘くんがちょっと困惑気味に僕を見てきた。
「まあ、いいや。土井先輩っぽくトス上げるから、レシーブとスパイクは二人に任せるよ」
ちなみに僕達の部活において、この形式のミニゲームではサーブがアンダーに制限されているため、サーブを拾うことそれ自体は難しくない。
もちろん、それをきちんとセッターの所に返せるかどうかは別問題だ。
普通ならそれも殆ど問題ないんだけど、このチームの場合は僕がリベロで入っていると極端に『僕任せ』なため、意外とこのあたりでボロが出やすかったり。
そしてそれを含めてみると、このチーム分けにもなんとなく意図は見えてきた。
郁也くん側のメンバーが漁火先輩と風間先輩で、これは郁也くんも含めてかなり攻撃寄りだ。つまり、僕がいない時の『レシーブ練習』兼、『乱れた場合のフォロー練習』ってところだろう。
もちろん、それは土井先輩にも必要なわけで、なのに交代を向こうから頼んでくると言うのはちょっと奇妙だけど。
怪我してる様子も無いし。
ともあれ向こうのサーブで僕にとっては本日最初のミニゲームがスタート、アンダーのゆるいサーブをしっかり上げたのは咲くんで、鷹丘くんは既に助走開始、咲くんもきちんと攻撃参加できるように身体を傾けていた。ちなみにレシーブは一歩分ほど僕の絶っているところからズレていたけど、僕が一歩動けば良いだけなのでさほど問題なし。
鷹丘くんの身長、ジャンプ力、助走距離、踏み込みの強さから最終的な到達点を推測しつつ最も『打ちやすい』ところにボールを置くようにトスしてやると、鷹丘くんは気持ちよさそうにずばんとボールを打ち抜き、風間先輩のブロックを弾きとばしてコートから大分外れ、それでも漁火先輩から郁也くんとフォローを重ね、ゆるゆるとこちらのコートにチャンスボール。
ハンドサインで二人に指示を出し、こちらのコートに入ってきたボールをすっと左手で軌道変更、した所を突っ込んできた咲くんが速攻気味に叩き込み虚を突くと、風間先輩が咄嗟にボールを弾くようにして上……げきることができず、そのままこちらの一得点。
「どっちもナイス! 二人とも慣れてきてるね」
「いやオレはどうかと思うぜコレ。お前本職リベロだよな」
「ワンハンドトスでもまるで不安定感が無いって言うか……トスがドンピシャすぎるし」
咲くんと鷹丘くんが釈然としない様子で愚痴ると、ネットの向こうからは、
「佳苗って絶対、リベロじゃないほうが強いよねコレ」
「ああ、サーブ、レシーブ、トス、スパイク。全部完璧だもんな」
「唯一足りない体格をまるで感じさせないのが怖い……」
「いえ、風間先輩。佳苗にはもっとたりないものがあるので」
「それはなんだい、郁也」
「リベロ以外へのやる気です」
辛辣な郁也くんの評価はなんというか、とても正しかったので反応できそうに無かった。
いやだって、リベロ楽しいし……。
アタックとサーブは疲れるし。
トスも所詮は真似っこだし。
「ああいう咄嗟のトスを当たり前のようにできるのは、ボクとしては本当に心中穏やかじゃ無いんだよね……アドリブ性能が高すぎるというか。その上で安定感があるって、文字通りに最強じゃない」
「燃費が異常に悪いから、そうそう実戦では使えないよ」
「燃費がどんなに悪くても、元のエネルギーの総量が多すぎて大差ないと思う……」
郁也くんは根本的なところを指摘した。
ごもっともだった。
「まあ、良いんだけどね。佳苗がやれるってことはボクにも出来る可能性があるって事だし。体力のコントロールにも、大分慣れてきた――」
というわけで、ゲーム再開。
今度はこちらのサーブ、担当したのは鷹丘くん。
危なげなくそれを風間先輩がカバー、郁也くんのほぼ真上に綺麗な回転で収まったボールは、郁也くんの直線的かつ瞬間的なトスから漁火先輩が打ち抜き、それに咲くんと鷹丘くんが反応できそうになく、しかたないので飛び込む。
飛び込みながらのアンダーハンドレシーブだ、やりにくいとはいえ『トス』のように上げることは不可能では無い。「鷹丘くんっ!」、と指名して強制的に助走を開始させつつきちんとスパイクを拾って『トス』……やっぱりちゃんとしたトスにはならないけれど、それでも苦し紛れとは言わせない。スパイクを打つには十分で、実際、鷹丘くんはきちんと打ち抜いた。
とはいえ、やはり完全に信じてはくれていなかったようで、漁火先輩のブロックが完璧にそれを捉え、ボールはそのまま目の前に落ちてくる。アタックラインまでは戻れている、このまま飛び込めばとりあえず拾えるけど……、どこに上げるのかって話だよね。咲くんも鷹丘くんもトス練習は殆どしていないはずだ、ならばどちらにあげてもあまり意味は無い……ならば拾ったボールをきわどいところに落とすか? その方が得点チャンスはありそうだ。ありそうだけど。
ブロックでたたき落とされたボールに飛び込んで、ボールを拾う。殆ど真上に、高く高く上げる。
「鷹丘くん、トス任せた」
「ぼく!?」
と言いつつちゃんとトスのモーションに入っている鷹丘くん。
それに合わせて助走を僕と咲くんの二人が取ると、鷹丘くんは不慣れなりにオーバーハンドトス、トスされたボールは少し、というか結構低めで、距離的にも打ちにくそうだ。まあスパイク打った直後だもんな、感覚もズレるだろう。それに咲くんだとそもそも上げらんなかっただろうし……咲くんは郁也くんと一緒に練習することが殆どだから、あまりトスの練習をしていない。その点、鷹丘くんも不慣れという点では同じでも、レギュラー争いに参加するべく雑食に練習しているのは見ていた。だから咄嗟に、とりあえず行動はできるのだ。あとはその精度を上げていくだけ、だろう。
短い助走からちょっとだけ跳んで、低いボールに合わせてアタック。まともなスパイクには難しいトスだ、けれど、ブロックに跳んでいた風間先輩、の手にわざと当てて、ブロックアウトを狙うには丁度いい。僕のアタックを風間先輩はなんとかブロックするも、そのボールはそのままするすると遙か彼方へと跳んでいった。
「大分低かったかな。でもナイス」
「なんだ今のスパイク……殆ど『大幅跳び』みたいな跳躍からどうしてああも体勢が整うんだよ……」
「がんばった」
「がんばった、って……」
実際、理想の動きによる強制的な身体操作なので、今のワンプレーで脇腹やら腕やらにかなりの負荷が掛かっている。具体的には痛い。
「渡来、一回外れて。アイシング……、は要らないにしても、ストレッチはしておけ」
「はい」
「渡来の代わり、水原。それと風間の代わりに古里も交代」
「はい!」
あまり痛がるそぶりは見せなかったつもりだけど、コーチにはバレていたらしい。流石に無茶だったか。
コートから出てストレッチを始めると、「渡来」と、コーチが声を掛けてきた。
「渡来のその自在さは武器に違いは無いんだが……。『動ける』というだけで、負担は相応にあるだろう。無理をして怪我をしちゃったら大変だ、少しは自重するように」
「もちろんです。……言い訳をさせて貰うならば」
「うん?」
「そういう怪我をしないためにも、リベロというポジションが僕には合ってるんですよね……なにせ、動きにルール面から制限を掛けてくれるので」
「…………。やれやれ」
間違っては無いけど正しくも無いんだよなあその反応、なんて感情を浮かべつつコーチはコート内に視線を戻した。
ストレッチが終わったところで、今度は土井先輩が声を掛けてくる。
「さっきの渡来のプレーで気になったことがあるんだけど」
「はい?」
さっきのってどのだろう。
「最後のスパイク……、というか、アタックというか。あれ、他に誰かできそうなやつはいるか?」
「ブロックアウト狙いなら漁火先輩がいずれは習得すると思いますよ。体幹いいし。それ以外の部分……助走からの跳躍、その間に体勢を変更するところとかは、僕でもそうそう出来ないでしょうね……出来たとしても怪我しかねない」
「そりゃ、そうか」
「ええ。武器には出来ると思いますけど、アレです。両刃の剣以前の、自爆武器。その一発だけならばできても、その一発だけで離脱しかねない」
「それを防ぐ。ああいや、防御側じゃ無くて、そういう無茶なアタックを封じる方法は思いつくか?」
「しっかりトスを高めに上げる……かな。さっきのは極端に低すぎたから、ああするしか無かったんですよ。しっかり高めにあがってれば、無茶して低確率な方じゃなくて、高確率で気軽に手慣れた打ち方をする選手のほうが大半じゃないですか?」
「それもそうだな」
参考になった、と土井先輩は頷いた。
…………。なったのかな? あんまり僕を参考にしない方が良いと思うけど……。
その後も暫くミニゲームが続き、一通り入れ替わりを続けて二度目の自分の番。
この時点のチーム分けは僕、漁火先輩、古里くんと、土井先輩、咲くん、水原先輩という組み合わせ。お互いに無難と言えば無難で、けれどやっぱりミニゲームって感じだよな。ちゃんと六人でやりたいような、けれど毎回ソレでは疲れるような。
結局時間いっぱいまで練習は続いて、撤収準備。ちゃんとバレー用のポールやネットは皆でしまって、それぞれ部室でお着替えタイム。
「今日はシャワー、一年からなー」
「はーい」
僕はあとから来たので後回しで良いよ、というわけで、先にシャワールームに向かった鷲塚くん、咲くん、郁也くんと鷹丘くんを部室で見送って、と。
「この頃佳苗、忙しそうだな。どうだ、演劇の方は」
「やー……、それが、まあ、ちょっと苦戦中でして。演技というより演出面なんですが」
「ふうん……? 確か……、剣道部といろいろやってるんだよな?」
漁火先輩の問いに僕は頷く。
「時代劇の殺陣を思い浮かべて貰えれば、それが演出の一つです」
「なるほど。……お前ならなんか無難にやりそうだけど?」
「僕だけができたって仕方がありません。他の子たちと合わせて動かないと誰かしら怪我しちゃうし……。今は練習なのでチャンバラ用のスポンジっぽいものですけど、本番ではしっかり目の材質で作ったものを使うというのもあって、これがなかなか」
「本番でもチャンバラ用のを使えば良いじゃねえか」
「仕掛けがあるんですよ。で、その仕掛けを埋め込むとなるとスポンジ材質では無理でした」
「なるほど。色々考えてるんだな」
現状、剣道部の殺陣はようやく形になり始めた、という所だろうか。昌くんはかなり『慣れている』けれど、他の子達はさすがに木刀形状のものを向けられると足が竦むらしく、どうしても動きが不自然になってしまうのだった。あっさり対応し始めている昌くんがおかしいとも言えるけど。
「こうなると没案のほうが練習的には楽だったかなあ」
「ふうん……? 没案って、どんな芝居だったんだ?」
「舞台幕末で、海外からきた女ガンマンと浪人の一騎打ちですね」
「ごめん。おれそっちのほうが見たかったかもしんない」
「クレームは祭先輩にどうぞ。もっとも、最終的にそのあたりの調整をしたのは緒方先生だと聞いていますが。モデルガンだとしても銃形状のものを校内に保管することはできない、だそうです」
「火縄銃にすりゃ解決するんじゃねえの?」
「火縄銃で早撃ちする海外の女性というのはシュールですね……」
しかもそれにわざわざ対応する浪人もその場合は発生するわけで、なんとも妙な空間になりそうだ。ゲームとかで表現されたとしてもこれはさすがに浪人のほうが有利だろうな……。
「というか、火縄銃も『銃形状』じゃないの?」
「あ。そっか。なおは頭が良いなあ」
「これは僕、さすがに馬鹿にされてるよな?」
「え、どうしてだ?」
「…………」
そして漁火先輩にきれいな突っ込みを入れた風間先輩は、漁火先輩の天然についていけなかったらしい。それでもなんだかほんわかとした空気が漂っているあたり、この人達は仲が良いんだろう。
「そうだ。大分気が早いとは思うんですけど……、先輩達って高校、どうするんですか?」
「本当に気が早いな……、けど、うーん。どうだろうな。地広はこの前スカウト来てただろ。あれ、受けるのか?」
「検討中……だね」
なるほど、スポーツ推薦……か。
「俺も悩んでるし、親も悩んでるよ。学費免除はでかいけど、受けるとなればかなり遠くなるから。寮生活か、あるいは下宿になるだろうし」
「声が掛かるだけ羨ましいけどねー。おれなんて全くだぜ。まあ取り立てて試合で活躍してるわけでも無いから、そりゃそうなんだろうけど」
土井先輩の悩みを水原先輩は贅沢と断じ、まあ、そうだなあ、と思う。
なかなか複雑なようだ。
「ちなみにそれこそ気が早いが、佳苗はどうするんだ。一年で優秀選手の一席、ベストリベロの方も最終選考まで残ってたんだろ、それこそ引く手数多だと思うが」
「全部断ってますよ、今のところ」
「今のところ、か」
「今はまだ、演劇部も頑張りたいですから。話を受けるとなれば、たぶん演劇部をやめるのが条件になっちゃうし」
「だろうなあ」
その辺、僕の価値はかなり複雑な評価になっている。
バレーボールに専念するならばきっと最高の素材なのだろうけど、だとしても少々扱いにくさがあり、さらに現状では専念できていない。どころか二の次にすると公言している。そんな僕を呼び込むのは、名の知れた強豪校ではリスクの方がよっぽど大きい。
士気は大事なのだ。それをくじいてる僕が言うべきでも無いけど……。




