47 - わりかし大概
例の果たし状に若干思うところがあったとしても、とりあえず授業は授業。
途中の休憩時間では、郁也くんと雑談していた昌くんを尋ねてお昼休みの時間を貰うことに。折角なので郁也くも誘ってみたら、見る分には構わないよと良い笑顔を浮かべた。丁度いいので郁也くんには所感を聞いてみよう。
給食の時間も普通に過ごし、掃除を終えたら昌くん、郁也くんの二人と合流して第二多目的室へと直行。鍵を開けて、と。
「さらっと当然のように鍵を持ち歩いてるんだね」
「兼部してるとどうしてもね」
「どっちつかずになる方が多いと思うんだけどなあ。佳苗、どっちでもキーパーソンってのがすごいよ」
「そう? ……さりげなく剣道部を初のインハイ出場まで持っていった昌くんも大概じゃ無い?」
「あれは運が良かったよ」
運ねえ……。
まあいいや。
第二多目的室に入ったら扉を閉めて鍵も閉め、当然のように遮光カーテンも全部閉じる。
これでよし。
「…………? 鍵まで閉めるの?」
「一応、演技にかなり踏み込むから……ネタバレ防止、みたいなものかな。あんまり言わないでね、郁也くん」
「うん」
了承も貰ったところで、と。
「はい。昌くん、これ」
「…………。何、これ?」
「見ての通りトランクケース。鍵は掛かってないよ」
「えっと……」
昌くんは困惑しつつも、ボクがはい、と渡したトランクケースを手近な机に置くと展開。
そして中から一着の衣装を取り出すと数秒それを眺め、そして僕に視線を投げてきた。
「一応聞くと、どこで買ってきたのかな」
「布の事なら、某業務用の布販売店」
「つまり佳苗の手作り?」
「そうなるね。やっぱり手作り感は出ちゃうんだけど、どうしても演劇用にカスタムする必要もあるし、ならば一から作っちゃう方が早いんだよ」
「早いんだよ、で作れる佳苗の行動力ってどうなんだろうね、坊」
「え、そこでボクに振るの? ていうかあきちゃん、今更でしょ。ドレスだって作れるんだよ、佳苗は」
「それもそうか……」
二人の感性は二人のものなので特に突っ込みを入れたりはせずに、と。
「悪いんだけど、ちょっと着て貰ってもいいかな。サイズはあってるはずだけど、動きにくいところが無いかとか、見た目が大丈夫かの確認をしたい。着替え用の間仕切りが必要なら出すけど」
「わかった。間仕切りは……まあ、いいや。坊と佳苗だけだし」
今更恥ずかしがる相手でもないし、と昌くんは言って、その場で学ランを脱いだ。
一応着るのを手伝うことに。とはいえ、昌くんはもともと和装も着ていたようだし、それほど手間取ることも無かった。ましてや今回の衣装、ほとんど普通の洋服のように着られるタイプだしな。
「これで、着られたかな。どう?」
「うわあ。無難」
昌くんの問いかけに郁也くんが身も蓋もない感想を漏らした。
「違和感はないよ。けどそれって、たぶんボクが元々あきちゃんの和装をそれなりに見たことがあるから……かな。浪人っぽいのは初めて見るけど、あきちゃんだと無難だね」
「褒め言葉として受け取っておくよ、坊。うーん。サイズ的には、一回り大きいのかな?」
昌くんはその場でくるっとターン、衣装をはらりを宙に舞わせながら言う。
なんだか思った以上に着こなされている感じだった。
「実際にはその衣装に、模擬刀とかも持って貰うからね。その固定をしっかりとしないといけないのと――もう一つ。昌くんも郁也くんも、今のところは他の子には内緒にしておいてね」
と、別のトランクケース……こちらは鍵付きのものを取り出して、その鍵を開ける。
中に入っていたのは模擬刀と、見た目はベージュのベルトのような何かである。
「こっちが本番用の模擬刀、試作品。練習で使うものと重さを近づけつつ、質感を寄りリアルに……とかやってたら、結構な強度になっちゃって。もちろん斬ったりはできないように刃はつけてないけれど、それでも思いっきり振り回してぶつかればかなり痛い。それを防ぐために、こっちの防具も準備した」
「防具……?」
そう、ベージュのベルトは防具なのだ。
「衝撃吸収に重きを置いててね。下着の上にそのまま付けるタイプだから、動きにくくなることはまず無いはず。もちろん、コレを付けていても全く痛くないわけじゃ無いけど、無いよりかは大分マシだよ」
「ふうん。なるほど、それを付ける前提で一回り大きくしてあるんだ」
「そうだね。それに加えて、舞台上での動きを大きく見せるために……とか、そういう算段もあるけれど。折角だし、防具の方もつけてみる?」
「そうしないと動きやすさはなんとも言えないだろうし」
それもそうだった。
先に出すべきだったか……。
一度衣装を脱いで貰って、防具の着用方法を教える。
といっても、それこそ肩に引っかけるようにして、あとは軽くくっつけるだけなのだけれど。
「重さは殆ど無いんだね。動きも本当に、ほぼ制約なし……、かな」
その上に改めて衣装を着て貰い、更に模擬刀を持って貰い構えを取って貰う。
すっと、そのまま殺陣ではなく剣道の方でたん、たん、とステップを踏んで、昌くんはうん、と頷いた。
「大丈夫。体育着と比べればやっぱり動きにくさはあるけれど、直ぐに慣れると思う」
「よかった。郁也くん、どう、見た目は。違和感とかある?」
「強いて言うなら演劇と言うより大河ドラマかな、って感じの作り込みの部分かな。裏を返せば、それくらいの大舞台で使えそう……ってわけだから、文句なんて無いよ。あきちゃん以外でも妙に浮くような衣装でも無さそうだし。……それにしても、こんな衣装を作ったりしてるんだからそりゃあ佳苗も忙しいよね」
「うーん。この衣装に掛けた時間はそれこそ数十分なんだけどね……」
「数十分で一着って……」
もっと言うならばそのほとんど全てが『どういう形状にしよっかなー』という考慮時間で、実際に『製作』のプロセスと言えるのは数秒の『ふぁん』というものだけど、そこまで教えても信じて貰えないだろうしなあ……。
「特に問題が無いようなら、この方向で行くか。それと昌くん、前も言ったと思うけど、実際に演劇が終わったら、衣装は全部プレゼントになる。模擬刀は一度回収するけど……、欲しい?」
「ちょっとね。でも、家に置くのはちょっと不安かな。ゆーとはともかく晶が振り回しそうだ」
「晶くんってそんなやんちゃなイメージ無いけど……」
「でもさ、佳苗だってこういうのがあったら時々振り回して遊びたくならない? ましてやほら、道場とかだと……」
否定しきれないところだった。
「ま、欲しくなったら言ってよ。なんか適当な名目付けてあげるから」
「……あきちゃんはともかく、佳苗はそれで良いの? 一応演劇部の備品扱いになるんでしょ?」
「それが問題なんだよね」
「やっぱり問題じゃん」
僕に突っ込みを入れたのは郁也くん。
しかし僕が問題としているのはそれの善し悪しではないのである。
「問題なのは僕が他人に勝手にあげることじゃなくて、演劇部の備品としておかなければいけないこと、なんだ」
「うん?」
「要するに、この手の長物を学校に置くのは如何なるものか、って突っ込みがあるらしくって」
祭部長がちょっと漏らした程度だけど、僕に対してもそれとなく言ってきたと言うことは相応の突き上げ……、ならぬ、押さえつけがあったんだろう。
教育委員会か、あるいは保護者会か、両方か。
学校そのものは容認してくれると思うけど……緒方先生が説得に掛かっているし。
「だから、演目が終わったら理由を付けて廃棄なり譲渡することになると思うよ。どのみちね。その相手が何処の誰になるか今のところはきまってないってだけで」
「ふうん……ならボクが貰うのもありかな?」
「郁也くんが? ……うーん、ダイレクトは厳しいかな。関係者にならば簡単に許可が出るだろうけど……。昌くんに一度あげて、それを郁也くんが貰うってのはアリだよ」
「じゃあそうしようよ、あきちゃん。ボクの家ならしょうちゃんも心配無いでしょ?」
「……確かにそうだね。坊の言うとおり」
じゃあそうしようか、と二人で頷いていたので、僕としても祭部長にその方向で伝えておくことにする。
「それじゃあ昌くん。ちょっとそのまま構えてくれる?」
「うん?」
というわけで、僕も学ランを脱ぎ、別のトランクケースから脇差サイズの模擬刀を取り出して、昌くんと相対する形を取る。
「これも試作品……、まだ方向性の段階だから、改善が入るはずだけど。ちょっとこっちに斬りかかってみて。避けるから。で、こっちも振りかえすけど当てないから、自然にしてくれると嬉しいな」
「ん。わかった」
素直に頷き、昌くんは構えを取ってくれる。
剣道ではなく、剣術の構え――殺陣で使うものとはちょっと違うけど、まあいいや。
僕も構えれば、昌くんは迷わず切り込んでくる。
それを半身にして受けて、返す刀で脇差をすっと振り抜く――それだけで。
「うわっ!?」
「えっ!?」
昌くんと郁也くんが見事なリアクション。
脇差を振り抜いた時、その先端から直線上にラメ入りの紙吹雪が舞ったからで、クラッカー方式では無く、圧縮した空気で一気に吹き出させている形になっている。いやクラッカー方式を最初は目指してたんだけど、火薬はダメと却下されてしまったのだ。
「び、びびったぁ……佳苗も人が悪いなあ、一声くれてもよかったのに」
「初見の反応がどうしても見たくてね。どうだった?」
「びびったというのが第一印象」
「坊に同じく……この紙吹雪が、血糊の代わり?」
「候補の一つだね。最初は花吹雪、みたいな話だったんだけど、調達が大変で。なら紙で誤魔化そう、ならばいっそ使い回せるように……みたいに色々と見当してたらこうなった」
脇差の柄をかちっと分解、脇差の刀身はそれで『開き』のようにぱかんと開いて、内部構造が見えるようになっていたり。
「ここに噴出する紙吹雪をブロック化して保管。振るときにカチッてスイッチを押すと圧縮された空気を解放、最大まで充填しておけば八回まで噴出可能。頑張った」
「え、手作り?」
「うん」
「時々思うんだけど、佳苗って何かこう……、作りたい物を作るよね」
「だって欲しいじゃん?」
「気持ちは分かるけど、作りたい物を作ろうとするだけでもすごいのに、作れちゃうってのがなんともなあ……」
呆れるけど羨ましいよ、と郁也くんが言うと、昌くんもそれに同調するように何度も頷いていた。ううむ。
「候補の一つにしてはすごい気合い入ってたし、これでも十分だと思うけど……それでも候補の一つって、それはどうして?」
「それはボクも気になるな。もう完成でいいんじゃないの?」
「うーん……。概ねの表現には妥協とはいえ納得してるんだけども」
風圧で一気に刀身の内側から押し出すタイプなので、切りつけた相手が血糊を出すわけじゃ無いから、どうしても場合によっては不自然になる事がある。
但し操作が手元でできるので扱いが簡単、かつ紙吹雪用の紙に特別な仕掛けはしていない上、その紙吹雪を一回分ずつに自動で取り分ける機構には電気系統を一切使っていないので比較的取り回しが良い。但し衝撃にはそれほど強くないので、つばぜり合いとかは苦手。そのあたりは脇差を複数準備しておいて切り替える事で解決できるんだけど……まあそれはそれ。
「最大の問題は、紙吹雪って点なんだよね。場面転換するときに正直、邪魔。掃除が大変」
「ああ……なるほど」
昌くんが周囲に舞い散った紙吹雪を見て言う。
ちなみにこれを使ったのは今回が二回目、一回目は僕の部屋の中で、結果ものすごく掃除が大変そうだったので、錬金掃除術で誤魔化した。
(おいなんだその錬金術は)
『ゴミ』をマテリアルとして認識して適当なものに作り替えるという手抜きだ。
(壮大なエコロジーだな……)
洋輔も利便性を認めてくれたところで、とはいえここの掃除にそれを使うわけにも行くまい。
「ともあれ、衣装にギミックまで試してくれてありがとう。練習も色々と迷惑を掛けるけど、どうにか手伝ってくれると嬉しいな。またお返しにカステラとか持っていくからさ」
「それはこっちもありがたいよ。晶がえらく気に入ってるからね」
それはよかった。
「ボクにもなにか欲しいなあ」
「ならば坊も手伝えば良いだろうに」
「あきちゃんも人が悪い。ボクにそんなアドリブ能力がないことわかってるでしょ」
少し拗ねるように言う郁也くんの頭を、昌くんはすっと撫でる。郁也くんはちょっと不機嫌そうに、けれど同じくらいご機嫌そうにふふんと息を漏らした。
…………。
猫みたいだなあ……。
「さて、昌くん。制服に着替えて。そろそろ休み時間が終わっちゃうからね」
「あ。それもそうか……。坊、その間掃除手伝って上げてよ」
もちろん、と郁也くんは胸を張る。
「ところで佳苗。無茶振り一つしても良い?」
「うん? どんな者かにもよるけれど」
「いや、あきちゃんが今きてたような衣装、ボクにも作って欲しいなーって」
だめかなー、と郁也くん。
坊、と咎めるような昌くん。
実にこの二人らしいやりとりだった。
「いいよ。色はどうする?」
「おそろいで!」
「オッケー。昌くん用の奴も、すぐに持ち帰れるように追加で作っておく?」
「佳苗。分かってるね!」
「坊。自重して。佳苗。ただでさえ忙しいんだろうに、なんでそう追い詰めるのかな」
「いやあ、ギミック考えずに作るだけなら簡単だもん。布も余ってるしね」
「…………」
たぶん佳苗は仕立屋を大分敵に回すよね、と昌くんは表情で言ってきた。
仕立屋のみならずあらゆる産業を敵に回しかねないのが僕なので、今更だった。
「ちなみに聞いておくと、晶くんとかゆーと用のもいる?」
「いやさすがにその辺はいいかな。ボクたちだけで使えればそれで良いし」
「坊……」
「佳苗にならば、今更でしょ」
いやそういう問題じゃ無くて、と昌くんが頭を抱えた。
……ああ。うん。
まあ。
「がんばれ、昌くん」
他人事と思いやがって、というような視線を向けてくる昌くん。
無視。
掃除しよっと。




