44 - 家に帰るまでがなんとやら
社会科見学は『見終わったらおしまい』というイベント、ではない。
というわけで午後、お昼過ぎ。
学校へと戻ってきた僕達はそのまま教室でお弁当を食べてから、あらかじめ指定されていたとおりにプリント類を受け取り、それを展開する。
具体的には感想文を書くための原稿用紙が一人三枚、六人なので合計十八枚に加えて、班全体用に模造紙が一枚。
社会科見学に訪れた場所についての感想文は四百字詰めの原稿用紙で一枚半を最低として最長三枚までに個人で纏めて提出し、また、班として模造紙一枚に自由研究のような形で班としての感想を纏めて書かなければならないわけだ。
「ポスカとサインペンも借りてきたよ。内容はどうしようか?」
「絵の解説を折角、ええと、学会員……だったっけ? あのおじいさんにしてもらったんだし、そのあたりも絡めて書きたいわね」
「学芸員のことかな、斉藤さん」
「そう。それよ」
斉藤さんの提案が至極真っ当だったからか異議が出るわけも無く、じゃあその方向でと話が決まる。とはいえ、感想文も書かなければならないし、何より、
「感想文が書き終わるまで帰れないんだよなー……」
という葵くんの愚痴からも分かる様に、優先度は感想文のほうが高い。
班としての模造紙の提出は実は今週金曜日のラスト、総合の時間までにという条件がついているからで、ぶっちゃけると今日やらなければならない理由も無いのだ。
また、模造紙も最低一枚であって、二枚までならばオッケーとなっているけど、写真を使うのはダメ。もちろん絵はオッケー。極端に雑な場所取りなどは当然禁止……まあ、『他校生や来賓も通る廊下に展示するから相応のものを』と言うわけである。
「これは趣味とか方向性の問題でもあるんだけどさ。皆はこの班のやつ、どういう形にしたい? しっかりした新聞みたいな報告口調もあれば、保健委員とかが偶に出してる保健通信みたいな、横書きのリスト的なものもあるよね」
「確かに渡来くんの言うとおり、それは最初に決めるべきかしら。でも、まともな新聞を目指すのはやめたほうがいいわね。しんどい上、メリットもそれほどないわ。そこまで情報を詰め込みたいわけでも無いし」
前田さんの回答に葵くんと徳久くん、斉藤さんが頷く。
一方で東原さんは少し間を置いて、けれど結局頷いた。
僕がどっちを選んだところで多数決では敵わないので、普通の横書きタイプになることがほぼ確定、と。
そうなるとレイアウトもそこまで凝る必要は無いな。
「もしかして渡来くん、なにか書きたいことがあるのかしら」
と、僕が考え始めたところで聞いてきたのは東原さん。
隠す理由も無いのでうん、と頷く。
「あの三つで一枚の絵とかも、ちょっと書きたいなって」
「あー。あの絵なー。なんか佳苗、妙にあれを気に入ってたみたいだけど」
「なんかね……ああいう絵を描ける人は、凄いと思うよ。うーん」
「……俺としては、それ以前に悩んだり話題を振りながらとんでもない速度で感想文をガリガリと書いてる佳苗にいつ突っ込みを入れれば良いのかと悩んでるんだけど」
「だとしたらもう手遅れだね」
「え?」
「今最後の一文字書き終わったから」
「は?」
はい感想文はおしまい。
四百字詰めの原稿用紙二枚ジャストといったところだろうか、過不足無く丁度よくできたと思う。
「……テストの時も思ったけど、なんだか渡来くんって、アレよね。プリンターみたいに一気に書いていく感じ」
「あー。インクジェットのやつ。オレもなんかそれは思う」
ダブルマエダによる容赦の無い評価はさておき、実際終わったものは終わったので後ほど提出することにして、今は一人手が空いたので、余った原稿用紙の裏を模造紙に見立ててレイアウトをざっくり準備してみることにする。
例の三つで一枚になる絵は展示されていたところのように『三角形』にそれぞれを配置したくて、それの中央に何か絵を絡める感じかな。で、その三角形の周りに文字を入れていくと。
他にも学芸員の砧さんが教えてくれた展示品のちょっとしたお話とかも交えて色々と描いていきたいものがあって、かつそれぞれに見出しを用意して読みやすくそして分かりやすくして……、ある程度インパクトを与えつつ、あまり奇をてらわない感じが良いよね。
三角形もそうなると、おにぎり型の正三角形みたいなのはレイアウト的にきついな。ならば視線誘導も兼ねて四角形を対角線で切ったような感じにするとか。大地と大海を底辺、大空が上。うん、イメージ的にも悪くは無い。
あとは折角だから国立美術館の外観もちょっと絡めたいな、西洋建築の見本みたいなものだったし。ならばその外観の断面図みたいなものを準備して、見所をそれぞれ紹介してみる感じも良いかもしれない。折角の音声解説もあったのだ、その音声解説ルートとかも書いて……、と。
「うーん……」
「……何かプリントの裏にがりがりと一気に書き始めたところまでは分かってるけど、ええと、何を書いたんだ、佳苗?」
「いや、僕だけ暇を持て余すのもアレだから、模造紙の方のレイアウトだけでも検討してみようかと思って色々と考えたんだけど……、こんな感じ」
「…………」
「…………」
意見を聞こうと班が机を合わせているその中心にそのプリントをすっと差し出すと、恐る恐ると問いかけてきていた徳久くんは当然として、その他の四人も含めてそれぞれ感想文を書く手が止まっていた。
「もうちょっと詳しく描くと、こうやって……」
「いやストップ。一時停止。えっと……、佳苗? これ、今描いたの?」
「うん」
描いたというニュアンスはたしかに正しい。文字はほとんどないもんね。
「なんていうか……、お前、絵も上手かったんだな」
「いや、『見たものを描くだけ』ならばできるってだけかな……、見たことも無いものを描くことは凄く苦手だよ」
「そう、なのか……?」
「うん」
『見たものを描くだけ』ならば表示固定で保存しておいた視覚的な情報をそのまま理想の動きで出力するだけだし。
なのでデッサンというかスケッチというか、模写のようなものはとても簡単にできるのだ。えんぴつ一本でもそこそこリアリティのある物が出力できる。
但し、見たことの無い、現実には存在しないものを描くことは理想の動きにも限界があるため苦手である。
(じゃあどうして出来てるんだよ、おい)
簡単だ、渡鶴を介して屋根裏倉庫に『断面図用の国立美術館の形状を代入』して模型を作成し、渡鶴にそれを切断して貰うことで断面を現実として表現し、それを渡鶴からの視覚情報として受け取って『理想の動き』で出力したものをベースに矢印を書いただけ。
(ああうん、他人には絶対に真似出来ねえタイプの遠回りだったのな)
そういうこと。
(褒めてねえよ)
えー……。
っていうか洋輔たち、学校に帰ってくるの遅いね。
(まだ電車。あと二十分はかかるだろうな)
のんびりと博物館を楽しんでいたようで何よりだった。
「美術館に置かれていた案内冊子を手書きにしただけ、みたいな感じね。私はこういうの、発想としては好きだけれど……」
「……せめて文章くらいはオレたちで考えるよ。うん。けどこの図解はたぶん佳苗にしか描けないし、模造紙にばーって下書きしてくれない?」
「え、いいの? これで?」
「なんで一番不服そうなのが本人なんだ……」
「いや、リテイクの何度かはあるかなーって思ってたから……」
けれどまあ、結論から言えば五人はあっさりとこれでゴー、とオッケーを出してくれたので、模造紙を広げて各種定規とコンパスを使ってレイアウトを製図。
ざっくりと形が決まったところでオッケーを改めて貰い、そのレイアウトにぴったり収まるように『三つで一枚の絵』を模写したものとやら美術館の断面図とルート案内やらを描いて、よしオッケー。
「迷わず直線をびしっと引いてるっていうか……、何のための定規なんだろう……」
「え、使ってるよ?」
「…………」
疑惑の視線を向けられてしまった。
でも実際、ちゃんと定規は使っているのだ。平行線を引く目安とかに。
ともあれ一通り下書き完了。
「どうする、ペンで主線も取っちゃおうか?」
「……悪い。任せる。っていうか、早いよ。描き始めてから五分も経ってないじゃないか」
徳久くんの呆れるような声に、僕も曖昧に笑ってペンを取った。
理想の動きの範疇で一応使っては居るんだけど……、定規を使って線を引くんじゃなくて、定規を使って平行線を取ってるみたいなんだよね、コレ。
(そういやその辺、曖昧なところがあるよな。お前が知らない事は出来ない……って訳でもないんだろ?)
作業を進めていると洋輔がそんな突っ込み、というか質問を飛ばしてきたので一応回答をしておくならば、理想の動きの適応にはいくつかの条件があることが分かっている。
その条件は全てを満たす必要は無く、ポイントを重ねることで閾値を超える事が出来ればいけるのだ。
実際にその動きを観測したことがあるとか、あるいはそれをするための動きをある程度精密に想像できるとかならばほとんどそれだけで閾値は超える一方で、その行動によってどのようなものが完成する、という事だけを指定する完了形指定で発動する時は補助材料をいくつか準備してやる必要があるわけだ。
たとえば料理の完了型指定の場合、『完成品の具体的なイメージ』と『完成品を作るための材料一式』でそのポイントを積み重ねている。
(ああ、ってことは一応の規準はあるのか)
一応……ね。
(…………。つまり、例外も多い?)
いや、例外はそんなに多くないと思う。
(じゃあ何だよ、その歯切れの悪さは)
具体的に閾値がどこにあるのか分からない。
それに加えて、『理想の動き』に閾値なんて概念がそもそも無いって可能性が……ま、これは追々と言う事で。
(…………)
だから今は、動作としてそういうことになってるんだろうなーってのが分かるだけなのだ。
洋輔が絶句というかもうどうでもいいという諦めの境地に達しているところで製図も佳境、というかほぼ完成。
「線も敷き終わっちゃったけど……。色、つけておこうか……?」
「…………。いや、さすがにそこまでやられるとオレたちの立つ瀬が無い」
「そうね……楽が出来るのは良いけれど、さすがに緒方先生も怒りそうだわ」
尚、肝心のその緒方先生はまだ学校に帰ってきていないはずだ。
一年生を担当している教師陣は社会科見学の各施設に終日居るって話を聞いているし。
「なんだなんだ、楽しそうな話して」
と、そんな所に割り込んできたのは帰ってきたばかりという様子の涼太くん。
涼太くんと同じ班の子は、上木くんと来島くん、女子は加藤さんに渡辺さん、古尾谷さんというメンバーで、国立博物館に行っていたはずだ。
時間的に洋輔達より一本速い電車で帰ってきたって感じかな。
「オレたちが怒られるのが楽しそうってどーゆー了見かな、涼太」
「わりいわりい。で、実際なにがどうして……、えっと、渡来? なんだそれ?」
「課題の模造紙のほう。下書きが思ったより早く終わったから、図面敷いちゃおうってなって。で、図面も敷き終わっちゃって、どうしようっかって話してたんだよね」
「……ええっと、ああ。なるほど。あらかじめ用意しておいたのか。お前準備いいもんな」
「現実逃避しても意味ないぞー、すず。渡来はやるって決めるとすっげえ早えもん」
くすくすと笑いながら来島くん。その横では渡辺さんも同意を示していた。
「こういう時とかは特に、渡来くんと同じ班だったら楽ができたのにーとか思っちゃうのは良くないわね」
「そーでもないわよ、恭子。やってとお願いすればたぶん完成させるところまでやってくれちゃうんだろうけど、そんなものを出してみなさい、先生に何を言われるか」
と、ひらひらと手でお手上げのようなモーションを取る東原さん。
ぱっと言われると思い出しにくいけど、恭子というのは渡辺さんの名前だ。東原さんとは最近、結構仲が良いらしい。
で、その渡辺さんはそれもそうね、と苦笑を浮かべて席に着いた。
…………。
しかし、僕は女子から一体どう思われてるんだろう。
「……いや、この際だからいっそ聞いちゃうけど、僕って女子から何者だと思われてるの?」
意を決して聞いてみると、
「変人?」
と渡辺さん、
「怪人?」
と東原さん、
「超人?」
と古尾谷さん、
「奇人?」
と加藤さん、
「偉人?」
と斉藤さん、
「愛人?」
と前田さん。
「……って、愛人? え?」
「冗談よ。というか、唐突な大喜利はノリが難しいわね」
飄々と言う前田さん、しかし僕には本当にすらっと出てきたように聞こえたんだけど……。なんだかなあ。
「渡来くんにせよ、あるいは鶴来くんにせよ……まあ、『あの子』と比べればまだマシかしらね。ぶっ飛んだことはするけれど、普通にお話はできるわけだし」
「あの子って、冬華のこと? 確かに喋り下手だけど、こっちが言うことはしっかり理解してくれるし。それほど問題じゃないと僕は思っちゃうけどなあ」
「それはあなたが『できる』からよ。実際、私だってあなたと同じ班になって、普通にお話をするようになったからその当たりは解消できただけで、最初は不気味だったのよ。なんでもとんでもない成績を残すんですもの」
勉強方面は最近になってようやくだけれどね、と東原さんは言う。
ふうむ。
やっぱりといえばやっぱり、不気味がられていた所もあるんだな、僕達。
最初から優しかった渡辺さんとかはレアな部類だったのかもしれないなあ……。




