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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 天秤は日常に傾けて
45/111

43 - 社会科見学その場所で

 1月31日、火曜日。

 社会科見学デー。

「いぇい!」

「佳苗、なんかテンションおかしくない?」

「ひゃっほう! そこのマグカップも買ったァ! 全部でいくら!?」

「三千九百円だけれど、きみ、」

「おつり百円準備しておいて!」

「あ、うん……」

 店員さんが困惑してるけど無視。財布から四千円取り出してお会計。

「前多。どうする?」

「いやオレに聞かれても」

「先に言っておくけど、私たちも無理よ?」

「学校の中ではああも完璧人間なのに、外に出るとこうなのね……」

「意外だわあ」

 なんだか酷い事を言われているような気がする。

 けれどまあいいや。

 というわけで改めて、今日は社会科見学デー。

 各クラスの各班単位で行動班を組み、国立博物館、国立美術館、科学博物館のいずれか一つに行動班単位で向かうという遠足の亜種イベント……というのもまた違う気がするけれど、まあ、そんなイベントである。

 ちなみに僕が参加しているのは一年三組の第五班。

 所属するのは男子が僕、葵くん、徳久くんで、女子が前田黄色さん、斉藤えりさん、東原由香さんの計六人。

 そして今、僕達は駅前の集合地点で先生に出席を報告し、入場用のチケットを受け取って今回向かうミュージアムへの道すがら、出店で猫グッズを見つけてしまったのが運の尽き、ちょっとだけ待って貰って買い物を堪能している状態である。

「ふう、買った買った。いやあ、こんなこともあろうかとリュック持ってきておいて正解だった」

「…………、佳苗ってリュック持ってきてたっけ? なんか小さな手下げ袋だけじゃ無かった?」

「そこに折りたたみ式のリュックを入れておいたんだよ」

「折りたたみ式のリュック……」

 葵くんの疑問に答えると徳久くんが呆れるように反芻した。

 ちなみに真相としては今作った。

(おい)

 だって不便なんだもん。

 あとでコインロッカー見つけたらそこにしまうけど。

「渡来くんって意外と粗い部分があるのね」

「ああ、金遣いは荒いよ、僕。ほしいものはすぐ買っちゃう。で、そのあとお小遣いが足りなくなって涙目になる」

「なるって分かってるなら我慢しなさいよ……」

「猫のガチャガチャは一日に十個くらいまでってきめてるよ」

「『くらいまで』という定義に自制心の不足がうかがえるわね」

 なんていう愉快な会話を交わしつつ、呆れる皆も一緒にいざ移動。

 僕達が到着したのは、『国立美術館』。

 色々と相談した結果、ここが一番無難だろうと判断された為で、じゃあなぜここが無難なのかというと、美術館という場所を考えると分かりやすいかもしれない。

 つまり、男女で一緒に行動するにあたって、それほど『男女が持つ感性の違い』が影響しない場所がここという判断だ。

 徳久くんや東原さんは比較的その当たりは誤魔化せるけれど、葵くんや前田さん、斉藤さんはその辺を隠しにくいだろうし、僕に至っては猫が居たらたぶんそこから動かなくなる程度には融通が利かない。

 だから全員がそれほど『興味の無い』、けれど授業として回る分には丁度良い場所として選ばれたのが美術館……という感じ。

 入り口の横にコインロッカーがあったので、班の皆にちょっと待ってもらい、荷物は一度そこにしまってあらためて合流、六人揃って入場。

 今は特殊な展示会が開かれている期間では無いようで、特殊なグッズは無し。裏を返せばプレーンな状態、この美術館のウリとも言える部分が全面的に出る日でもあって、それはこの美術館の価値をそのまま見ることができると言うことでもある。

 とはいえ美術的な事にそれほど詳しいわけも無い中学生六人組ながら、最近の美術館では音声案内用の機材が用意されていて、学校としてそれをあらかじめレンタルしてくれていたそうで、入場したときに渡して貰えた。

「丁度いいな。皆でこれを聞きながら回るか」

「そうね」

 徳久くんと東原さんがリーダーシップを発揮し、僕達第五班をきちっと纏めてくれた。

 偉い。

 そして折角の美術館なので、眼鏡の表示固定で色々と記録することに。

 ついでだから品質値とかも片っ端から見ていくことに。

「美術品の価値なんて正直わかんないもんだけど」

「うん?」

「こうやって眺めてみると、不思議と気品見たいのを感じるなーって。佳苗はどう?」

「確かにそうだなあ……」

 僕の場合は価値を品質値で判断しちゃってるところもあるけど、それもまた、気品の一つなのかもしれない。

「特にそこの絵はすごいね」

「どれのこと?」

「そこの稲作……? みたいなことをしてる絵」

「これは特に、音声案内には無かった作品ね。渡来くんの好みなのかしら」

「それも、あるかな」

 まだ序盤も序盤だ、だからなんとも言えないけど……品質値が妙に『高い』。

 展示されている絵画の大半は品質値が10000を越えた特級品で、時々5桁を割ったものがあったとしても9000を越えたものばかり、というあたりがさすがは美術館だけど、僕が今見つけたその絵は品質が52051と、明らかに跳ね上がっている。

 そして錬金術の観点から見ても、品質値52051というのは尋常では無い。

「色使い……、なのかな。あるいは顔料の材料か。その辺はわからないけど、格が違うような気がするよ」

「ふうん……? 私には、他のとあまり違って見えないけど」

「オレにもさっぱり」

 ダブルマエダが首を傾げて言う。

 なんだか不思議と息が合うんだよね、この二人。苗字の読みからしてそうだけど。

「僕にも根拠らしい根拠はなんだけどね……、あと、あそこの絵もいいな。あっちは格が違うとかじゃなくて、題材が良いよ」

「…………。猫か……」

「僕ずっとここに居ても良い?」

「ダメだ。ついてこい」

 徳久くんはこういう所で融通がきかないのが不便(おりこう)だった。

 だからこそリーダーシップもあるんだろう。

「不気味なくらいに綺麗な絵もあれば、不気味なくらいに現実的な絵もあるのよね。現実的な絵っていうのも変だけど……。見れば間違い無く絵だと分かるのに、なんだか確かにこういうものがあるんだろうなって思わせるというか」

「さっきの猫とか、丁度良い感じのデフォルメだったよね。きっとあの絵を描いた画家さんは猫好きだよ」

「……だめね。渡来くんにとってはあらゆる絵画的表現が猫かそれ以外かになってるみたいだわ」

 実際それが最高の違いだと思う。

 音声案内に従いながら歴史の名作を見て回ること一時間ほど、概ね一周したというところで現代アートコーナーなる部屋が合ったので、皆でちょっと入ってみることに。

 現代アートというとカテゴリが滅茶苦茶広いので、一体何があるのかなと疑問符を浮かべてはいたのだけど、そこに置かれていたのはたった三枚の絵だった。

「…………、」

「うん? どうしたの、佳苗」

「…………、」

 たった三枚。

 題材は恐らく、空と、海と、地……だろうか?

 澄み渡る大空に揺蕩う雲。

 深く満ちた大海を漂う魚。

 青々しくも雄大なる大地。

 三点セットで一つの絵。

 まるで一つの世界を描いているかのような壮大感。

 まるで一つの世界を見せつけられているかのような……疲労感。

「これ、は……」

 作者だろうか、三つの絵の下には署名があった。

 署名は一つ。名前的には日本人で、男性。

「……まさか、見るだけでこんなに疲れる絵があるなんて」

「え……? 佳苗、大丈夫か?」

 感想を素直に漏らせば、徳久くんがぎょっとした様子で聞いてくる。

 ……もしやと思って他の五人を見れば、特に疲れた様子は無かった。五人とも僕の様子がおかしいことに気付いてか、こちらをのぞき込んでいる。

 五人は何も感じない……僕だけが感じる錯覚?

 一応色別、緑。当然だ。『色別:虹』でも問題なし。

 品質値は馬鹿げて高いけど、それだけ……僕だけが何かを連想しちゃってる感じだろうか。だとしたら……いや。

 だとしたらこんな扱いで展示はされていないだろう。

 少なくともここにこれを展示することを決めた人は、僕と同じか、そうでないにしても何かをこの絵に感じ取ったのだと思う……会ってみたいな。

 その人にも。

 描いた人にも。

 けれど今は自粛、自粛。

 名前と絵はきっちり『表示固定』で残しておいて、今は目立たないように行動――

「君は」

 ――する、つもりだったんだけどね。

「その絵を見て、『疲れる』と言ったのかね?」

 話しかけてきたのは、このブースの入り口から入ってきたばかりの男性。

 紺色のスーツに紺色のネクタイ、金色のタイピン。

 銀色にさえ見えるような白髪の、おじいさんだった。

「その制服は確か……社会科見学にきている中学校の子だね。失礼、挨拶が遅れてしまったな。私はこの美術館に所属している学芸員。(きぬた)坂月(さかづき)、と言う。はじめまして」

 おじいさんの名乗りに返すように徳久くんが、そして少し遅れて僕も含めた残り五人がはじめましてと挨拶を返せば、おじいさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「その絵はね。私が無理を言って展示して貰っている作品なんだよ」

「そうなんですか。……すみません、友達が失礼な感想を言ってしまいました」

「いやいや、責めないであげてくれ、きみ。そもそも失礼な感想などではない。最高格の褒め言葉を貰ったのだからね」

「……褒め言葉?」

 そう、とおじいさんは徳久くんに答える。

 ただ、あくまでも興味の対象は僕らしい。

「私も同じような感想を抱いてね。この絵を描いたのは若い画家だ。とても面白い作品なのだが……、これを『疲れる』と表現してくれたのは、私以外には三人程か」

 その三人だけで展示を認めさせた……のかな、だとするとこの人はかなりのお偉いさんなのかもしれない。

 うーん。

 色々と話を聞いてみたいってのが正直なところなんだけど、深入り厳禁ってのがな……。

 大体、この絵は本当に『疲れる』というだけで、何か特別なものが描かれているわけでもない。

「私はこの絵を『疲れる』と表現した者に、同じ質問をしていてね。だから君にも聞きたいのだが。君はこの三点の絵の中で、最も気に入ったのはどれだろうか?」

「……僕、ですか?」

「ああ。君だ」

「僕は」

 改めて絵を見る。

 空と海と大地、三点の絵。

「僕には、一つの絵しかここには展示されていないように見えますけれど」

 僕の回答におじいさん……こと、砧さんはかかと笑う。

 それはもう、満足そうに。

「願わくば君のその感性は大事にしてもらいたいものだ。世代を継ぎうる者としてね。いや、失敬。しかしなかなか有意義だった。そうだな、……その端末は、音声案内用のものだね」

「はい」

「特別だ。その端末には入っていない、特別な絵を一つ紹介してあげよう。もちろん、迷惑で無いならばだが」

 砧さんの提案に僕は皆と顔を見合わせる。

 どのみち時間はまだまだあるので、砧さんの提案を受けても良いし、それを断って好きに動いても良い……とはいえ、裏を返せばまだまだ時間がある以上、あてもなく見て回るよりかは有意義かもしれない。

「俺たちは、それでもいいかな……」

「私たちもいいわよ。折角美術館の人が直接レクチャーしてくれるならば、一番じゃない」

 徳久くんと葵くんはあっさりとうなずき、東原さんと前田さん、斉藤さんもそれでいいよと頷いた。

「では、お願いします」

「うん。ついておいで」

 砧さんがゆっくりと歩き出し、僕達もその後に付いていく。

 展示されている三枚の絵を最後にもう一度だけ見て、……やっぱり疲れるな、とだけ思った。

 そして砧さんが案内してくれたのは、入り口にほど近い場所に展示された絵。

「あれ、この絵って……」

「うん? どうかしたのかい?」

「確か渡来くんが『特にすごい』とか言ってたやつよね」

 稲作をしているかのような絵……例の、品質値が馬鹿高い絵である。

 音声案内には特別な紹介が入っていなかったものだけど、やっぱり何かあるのか、これ。

「へえ。この絵にも何か感じ取ったのかい?」

「いえ、特にこれといって変な感想はありませんでした。ただ……この周囲に置かれている絵のなかでは、一番気品があるというか、そんな感じがしただけです」

「気品?」

 品質値……などというものを説明するわけにもいかないしな。

 どう説明したものか。

「確か佳苗が最初に見た時は、『色使いか顔料が違うのかな』とか言ってたっけ?」

 助け船……とも違うのだろうけど、そう補足してくれたのは葵くん。

 ナイス。

 正直に言えば建前だったけれど、初見での感想がそれであったことも事実だ。

「……驚いた」

 そしてそれに驚きを見せたのが砧さんだった。

「ふうん。君はこの絵の色使い、顔料が違うと見たのか」

「いえ、なんとなくですよ。根拠は無いんです。ただ、この絵だけ妙に気品があったというか……、僕は好きです」

「なるほど。君は好きか」

 裏の意図も察したのか、砧さんは笑みを引っ込めて頷いた。

「この絵の絵の具にはありふれた、けれど普通は使われないものが使われていることが分かっていてね。時間が経てば立つほど、この絵は色味を変えていくんだ……数百年という時間を掛けて、その絵の雰囲気そのものを変えてゆくという仕掛けが施されていることが分かっている。世代ごとに感想は異なるのだろうね、面白い絵だよ」

 そしてその、普通は使われない絵の具の材料は、……ま、僕はそれを好きだと感じたというのが答えになるだろう。

(突っ込みを我慢してたんだけどさ)

 ならそのまま我慢してなよ、洋輔。

(いや言うね。お前結局猫か血にしか反応しねえのな)

 そりゃまあ。

 僕は僕だし。

 内心では洋輔とそんなやりとりを交わしつつ、砧さんの解説に耳を傾ける。

 この静謐な美術館という空間に飾られた絵達を誇らしげに説明する砧さんはとても嬉しそうで、それがある意味、絵以上に印象に残るのだった。

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