41 - 事情それぞれ
お昼休み。
三年生のフロアがある側の校舎、その中央階段からは時々屋上に出ることができる……もちろん、先生の許可がある時に限られているので滅多に出る事は出来ない。
僕や洋輔、冬華あたりならばもちろん電子的なセキュリティも無効化した上で鍵を破ることはたやすいし、そうでは無くとも一部の信頼厚い生徒、具体的には生徒会に属しているような子だと鍵を渡されていたりして、そういう場合は勝手に出る事もできる。
「そうだ、渡来くん。君に相談があるのだった」
「どうしたんですか、緒方先生。小テストのコピーをしないといけないんでしょう」
「分かっていて言ってるね、君は。あんなの口から出任せに決まっているじゃ無いか」
「…………。僕は気にしませんけど、他の生徒も聞いてますからね?」
「……君はやりにくいなあ、本当に」
今のはただの自爆だと思うけど。
あと洋輔がもうそろそろ告白された子に呼び出された場所に到着するので、覗きをする関係上できればさっさと用件は終わらせていただきたい。
(…………。お前も大概だよな)
だって洋輔がどう答えるかは見ておきたいし。
立場が逆でも洋輔は僕を覗いたはずだよ。
(否定はしねえよ。ったく、大概な幼馴染にも程がある)
お互いに、ね。
「それで相談ってなんですか?」
「うん。来年度の生徒会役員、任せても良いかな? というものだ」
「いやです」
「即答かい。多少は考えるふりでもしてくれないかな、ここは」
「無理です」
「何故だい?」
何故って。
これこそ、『分かってて言ってる』な。
「来年度なんでしょう。来年度と言うことは僕が二年生ということで、祭部長たちが三年生。新入生がどの程度入部するかは分かりませんが、この時期になると祭部長とナタリア先輩が演劇部を引退、僕が回すことになります。もちろん、僕以上に良い子が入ってくれるならば一年生に部長を任せてしまって僕は裏方専門に戻るというのもアリですけど、人数的に……視線の量的に、それは無理でしょう。大体新入生だけに預けるには色々と遺産が多すぎる」
普通のプリンターどころか3Dプリンターにレーザー加工機、最近導入されたものと言えばモーションキャプチャ用の機材にそれらを扱うのに不具合ない程度の高性能を誇るパソコン、専門的なミシンや工作部も持たないような特殊な研磨機エトセトラ、演劇部の部室が『基本的に許可を貰った人物しか出入りできない』という例外的な扱いを受けている原因がそこにある以上、一定の信頼が作れない限りはそこの鍵をはい、と手渡すわけには行かない。
じゃあ今は良いのかというと、良いのだ。信頼されているというのを自称するのもアレだけど、そもそも僕は演劇部の部室で作業はあまりせず、第二多目的室を事実上の拠点としている。そっちには妙な機材も無いし先生達も安心という仕組みである。さらに部室を使う時だって、基本的にはナタリア先輩やら祭部長、ちょっと前なら皆方前部長が部室には詰めていて、一種の『抑止』、監視役になっていた。
で、僕ではそれをこなすことが出来ない。
バレー部との兼部は結構タイトなのだ。さすがに分身は出来ないし。
「バレー部を削るわけにもいきません。僕自身がバレーを楽しんでますし、それに商店街との関係はご存じの筈です」
「その辺も踏まえて、名前だけでも役員に乗せて貰いたい……という話が上がってね」
…………?
名義貸し?
なんとなく読めたけど、当たりかな……、一応確認するか。
「一応、話を聞くくらいはしますけど……。演劇部のやることがあるので、部室に移動しても良いですか」
「ああ。もちろんとも」
緒方先生は笑顔で答えつつ、僕にだけ聞こえるような小声でありがとう、と呟いた。
(あまり他の生徒には聞かせたくない話……か?)
名義貸しって時点で既に正常じゃ無いからね。それを大々的にやるほうがおかしい。
(そりゃそうだ)
緒方先生と一緒に演劇部の部室に移動する最中、洋輔はと言うと呼び出された場所に無事到着。
洋輔が向かっていたのは屋上である。
そして屋上で待っていたのは、やっぱり『見覚え』のある人だった。
1年1組、巳波穂香。
僕と洋輔とは二年ほど、同じクラスになったこともある――同じ小学校出身の子だ。
『俺にああいう手紙を出してくれるやつが居るなんて、ありがたいもんだ。……受け取ったよ、アレ』
『……来てくれないかも知れないって、ちょっと、不安で』
洋輔の五感を介しての覗き。いや、覗きとは違うか。
巳波さんは嬉しそうにい笑っていた。
けれど……、この子。
『でも、来てくれた。…………。いえ、来てくれないかもなんて、考えるまでも無かったって事は分かってるわ』
『そりゃなによりだ。……屋上に出る鍵、良く持ってたな』
『私は今、生徒会書記だからね。その伝手で、会長にお願いしたの』
『納得』
私物化はあんまり感心しないが、と洋輔が内心で考えているのが伝わってくる。
もっとも、僕のことをすぐに思い出して、この程度なら可愛いものだと思い直したらしい。それでいい。
『鶴来くん。私はね、……とりたてて、何かが得意と言うことも無いし。何かができると言うことでも無いの。私に出来ることは……たぶん、鶴来くんには全部出来てしまう。手助けをしたいけれど、きっとそれは邪魔にしかならない。そんなことは、分かってる。それでも、……それでも、私は』
勇気を振り絞るような巳波さんの言葉に、洋輔は『あー』、と。
ただ、天を仰いだ。
『私は、あなたのことが大好きです。……付き合って、くれませんか』
振り絞られた勇気は、だから直球でぶつけられる。
洋輔は案外……こういう直球に、弱い。
ただ単純に感情をぶつけてくる相手に、弱い。
苦手なわけじゃ無い。
相手の気持ちがわかってしまうからただ、弱いのだ。
羨ましいな。
普通の恋をしている彼女が、そして普通の恋の対象として見られている洋輔が。
僕に告白をしてくれた子だっているけれど……あの子は、一橋さんは、僕を同年代の男としてじゃなく『可愛い弟』のように見ていた。
僕よりも身長が高かったから振った。それは真実だ。けれどその後ろには一応、そういう理由もあるにはある。
その点、洋輔に今告白をした巳波さんは違う。
どこまでもまっすぐに、たぶんこれが恋愛というものなのだと自覚して、勇気をかき集めて実行した。それは尊ばれるべきことだ。
『わりぃ』
だから、それを断る勇気も相応に要求される。
『俺なんかを選んでくれたことは感謝するよ。勇気を出して本音で話してくれたことにもな。……だけど、わりぃ。付き合うことは、出来ない。恋人にはなれない』
『…………、どうして? 私には、何も出来ないから?』
『そんな理由で断るほど馬鹿じゃねえよ。何でも出来るような奴だったとしたって断ったさ』
『やっぱり……渡来くんが居るから?』
洋輔は否定しなかった。
視線を彼女と一度あわせて、すっと頭を下げる。
『けれど、鶴来くん。……私はただ一つだけかもしれないけれど、渡来くんには絶対に手伝えないことを、手伝えるって事は知ってるわ』
『……へえ。巳波がその手の事を口に出すなんて思いもしなかった』
『……正直、この知識が入らなければ、ずっとただ、鶴来くんに憧れているだけだったと思うわ。この知識を身につけたから、私は……、私も、勝負できると、思ったの。興味が無い子なんて、居ないもの』
頬を赤らめて巳波さんは言う。
『そうだな。興味が無い奴なんて居ない。……だからこそ、やっぱり無理だよ。理由は、……結局、同じだ』
洋輔はそう言って、顔を上げて巳波さんを正面から見据える。
巳波さんは衝撃に打たれたような、そんな表情で。
『まさか……』
と。しかし、心当たりはあったのだろう。
理解したような表情の直後に、悲壮な。諦めの表情を浮かべている。
『ここで話したことは誰にも言わねえよ。それがお前のためになるだろうしな』
『……私が、私がこのことを言いふらすとは考えないの?』
『さあ。半々だな。勇気を出したのに俺がそれを無碍にした、それは事実だし……その理由も理由だし、ともなれば復讐は言い過ぎでも、ちょっとは恥ずかしい目にあわせてやろうとか、そのくらいは考えるのが巳波だし。けどまあ、俺はどっちでもいい』
その程度で傷つく俺じゃねえもん、言いふらしたいなら勝手にやれと洋輔は突き放す。
洋輔なりの情けだった。通じたかどうかは微妙だけど。
『もっとも、それで佳苗に累が及ぶようなら話は別だが……ま、あいつはあいつで気にしねえか。外野にとやかく言われたところで五分も猫を撫でれば忘れるだろ』
いや待って洋輔、それは酷くない?
(けど考えてみろ。お前が自由に五分の間、猫を撫で回して良いって言われたら、それこそ殺されかけた相手が目の前に現れたとしても『まあいいやあの時はあの時で今は今』って切り替えんだろ)
…………。
否定できねえ……。
『にしたって、恋愛ってのは難しいよな。振った俺が言えた義理じゃねえのは分かってるけど、告白を決意するほどに人を好きになるのは難しい。嫌いになるのは一瞬だってのに』
『…………』
巳波さんは洋輔のそんな感想に、何も言わず。
ただ、意気消沈した様子で、ゆっくりと校舎へと戻ってゆく。
『佳苗も振った。俺も振った。……好きになって貰えることは嬉しいが。苦しいな』
巳波さんが去った後。
誰にと言うわけでも無く……いや。
洋輔は洋輔自身と、僕に言い聞かせるように言った。
「渡来くん。それで、事情の説明に入ってもいいかい」
「はい。何があったんですか?」
うん、と。
僕が感傷に浸っている事を知っているはずもなく、緒方先生は先生自身の用事を貫いた。
ま――感傷に浸るのは洋輔が主だし、それに僕としては少し様子見が必要そうだし、今はこっちを優先しよう。
「本町商店街からの支援を受けるに当たって、当然、その支援の窓口が必要だとなってね。その窓口として先方は、可能ならば生徒側からも代表をよこして欲しいと言っている。向こうがパトロン……もとい、スポンサーである以上、スポンサーの要求は可能な限りで実現するべきだし、妙にこのあたりでごたつくと上が厄介に動き始めるかもしれない」
「上……? って、ああ。教育委員会ですか」
うん、と緒方先生は深く頷いた。
「けれど、今以上に露骨にしてしまうとそれこそ大変なんじゃないですか。今はただ、『善意で地域が学校の仲間をしてくれている』って名目なんでしょう? 変に学校側と明確な窓口を作ってしまうと、それこそ『学校の経営方針』にあれこれ口出ししてくると思いますよ、商店街は」
「その辺は君ならば適当に捌けるだろう」
まさかの問題丸投げだった。
その手の大人の事情は大人で片付けて貰いたいところだけど、そもそもこの寄付金を引っ張り出したのが僕ということを鑑みると、僕の事情である事も否定できなかった。
こほん、とわざとらしく咳払いを挟んで。
「僕がいる間はまだしも、卒業後はどうするんですか。窓口を正式に作ってしまえば、そこに入る子が僕と同じくらいの調整能力を常に持っている前提になりますよ」
「君ほどのオールラウンダーは確かに期待できまいが、大人に対してあれこれと対抗できる程度に口の強い子ならば居るだろう。一学年に百五十人近く居るのだしね」
「取らぬ狸の皮算用って知ってます?」
「ああ。だが実際、君と同じくらい大人に刃向かえる子は毎年居るよ。問題は無い」
「そっちじゃありません」
「うん?」
「自惚れも過分に含まれる言い方になりますけどね。商店街との間に窓口を作ってしまえば、その窓口が商店街から金銭的……に限らず、あらゆるサポートを受ける調整をすることになりますよね。僕がいる間は僕に無茶振りをすれば良いだけです、それは一つの事実かも知れません。やれというならやりましょう。けれど、僕がいなくなった後……『僕がいなくなったこの学校』に商店街から継続して同程度の援助を常に得られると思います?」
僕の指摘に緒方先生は顔をしかめた。
一応考慮はしていたようだ。……となると、僕がOBとして継続して援護する、みたいなことを思い描いてたのかも知れない。
茱萸坂先輩とか、卒業生がちらほらとこの学校のために動く前例はあるし、説得もあるいは可能とみたってのもありそうだ。
「僕がいなくなってすぐに援助を打ち切る、なんてあからさまなことはできないと思いますけど、僕が卒業してから二年もすれば縮小が始まって、五年も経たずに立ち消えるような特例現象ですからね。その時窓口役についている子は、生徒から恨まれますよ。『なんでこの前まではこういう援助があったのに、それを無くしたんだ』って。悪いのはその子じゃ無いと教師が説明したところでそういう風潮はどこかに残るし……そもそも、僕が卒業してから五年後、つまりはおおむね七、八年後ですけど、そうなると教員も半分以上は入れ替わってそうですし、そうなれば事情を正確に理解してる先生は少なく、僕という生徒がどれだけ『変だったのか』さえも説明できず、結果、生徒と一緒になって『窓口役の子の交渉が悪かった』と言いかねません」
「……まるで見てきたかのように言う。しかし確かに、渡来くんの言うとおりでもあるな。七年、八年先となると自分もここに居るかどうか」
ちなみに緒方先生曰く、どんなに粘っても二十年が限界になるらしい。
「八年後はまだ大丈夫でも、その先でまた問題にならないとも限りませんしね」
「何か手は無いかい?」
「僕が卒業する直前に大問題を引き起こして全ての援助をゼロにしつつ、僕だけを悪者にするというプランならばすっと浮かびますけど」
「論外だ。それでは君の将来に差し障りがあるし、他の子達だって大困惑だろう」
そう言ってくれるあたり、緒方先生は実に優しい先生なんだよなあ……。
ふむ。
「少なくとも生徒会役員に窓口役を求めるのは問題が多いと思いますから……、何か別に役割を用意する、くらいしか思いつかないんですよね」
「ふわっとしているね、実に」
「そういう事を考えるのは大人の役目ですから」
「違いない」
結局、緒方先生はこの件を保留としてくれることにしたらしい。
保留ということはまだ生徒会役員入りの線が残っていると言う意味でもあるけど、いよいよ他に手が無いならばそうするしかない、その時のために一応覚悟だけはしておいて欲しい、こちらでも可能な限りの手は尽くすからと懇願されては仕方ない。
良い具合の落としどころが見つかると、良いんだけどね。




