40 - 二通の手紙
1月30日、月曜日。
非日常に近付きすぎている、そういう警告を受けた事も理由の一つだけれど、僕と洋輔としても常にそういう体験をしていなければ気が済まないとかは無いので、文字通り暫くソフィア関連について、直接的に動くことはやめる事にした。
あっちからの問いかけには答えるけど。
なにせこのまま放っておくと、その分『観測機』の稼働が伸びる。
そして伸びれば伸びるほど、葵くんのプライバシーが失われる――今は未だ葵くんだけだけど、洋輔のことだ、『第二、第三の候補者』もそろそろ見つけ始めるだろう。
その分だけ僕らはプライバシーを侵害する事になる。
「まあぶっちゃけさ」
「うん?」
「一時的に機能停止すりゃ良いだけなんだよな、ソレ」
作り直すのにそれほどの手間もねえだろ、と洋輔は通学路、登校中の道すがらに言う。
「でも、止めたら検算ができなくなる。検算をやめるだけならまだしも、一時的にでも僕達の観測から漏れれば、他の変化に気付けなくなっちゃう。『別のもの』を探すのが辛くならない?」
「まあな」
僕が野良猫を抱きかかえながら答えれば、洋輔はあっさりと頷いた。
…………。
もしかして。
「二つ目、もう見つけた?」
「まだ仮定の前段階、可能性がそれなりにある、程度だからなー。なんとも言えねえ」
「ふうん」
なんとも言えねえ、ということはそこまで接点が無い相手だな。
つまり世代か性別、あるいは両方がズレていて、現状の観測機では検証も気後れするから僕には内緒と。分かりやすいな。
「当然なんだろうけど、呪文は発動できれば効力が絶大な分だけ前準備が大変だよね……」
「だな。やることが『それだけ』なら、もうちょい早くできるし、後先考えないで良いならそれこそ時短のやりようはいくらでもあるんだが……」
たぶんあの俺たちはその時短をしたんだろう、俺ならそうする、と洋輔は言う。
「そういえば、あの僕達の情報はまったくフィードバック無かったね」
「そういやそうだな。一応帰ってきてるらしいが」
あるいはそれは別の地球にいる僕達だったんじゃ無いかとも思ったけれど、どうにもこのところの『調査』の結果、別の地球そのものが無さそうだし。
「つーか、佳苗」
「うん?」
「いや、時間。もう八時五分だ」
「ここから学校までは三分と掛からないよ。大丈夫大丈夫」
「おう。けどお前、その野良猫をなで始めてから十分経ってるぞ。もう一匹でも野良猫が出てきたらどうするんだ」
「潔く遅刻をするというのも選択肢だけど、その時は流石にその野良猫ちゃんには待ってて貰う形になるだろうね。次回に優先してあげる、って感じで」
「…………」
猫は確かに気まぐれだけど、義理堅いのもまた猫なのだ。
待っててねと言えば待っていてくれるのである。
とはいえ洋輔の言うとおり、いい加減時間なのでパトラッシュとは一旦お別れに。
「猫なのにパトラッシュなのか……」
「最近マイブームなんだよね、猫っぽく無い名前」
「上様とかな」
「亀ちゃんは十分猫っぽいよ」
「お前は散々来島とかのセンスを疑ってたが、俺にはお前も大概だと思うぜ」
散々な言われようだった。まあいいや。
そんなわけで無事学校に到着、下駄箱で……ん?
なんか入ってる。
「どうした?」
「手紙……」
「ラブレターか?」
「いや、果たし状って書いてある」
「いやまあ、ラブレターってのも冗談で言ったんだけど……、果たし状?」
なんだソレは、と洋輔が突っ込みの視線を向けてきたので、はい、と見せる。
白い紙の表題には達筆で『果たし状』。
この上なく『ありきたり』な形の果たし状だった。
「で、どうするんだ」
「こうするかな」
びりっと破いて近くのゴミ捨て場にぽい。
はい、おしまい。
「いいのかよ」
「本当に果たし合いをしたいなら直接申し出てくるでしょ。妙な事に関わらなければいけない義理も無いしね」
「……ま、確かにな。とはいえ、差出人の確認すらしないでいいのか?」
「恋文ならば確認くらいはするけれど」
たぶんラブレターなんてものを貰ったところで、ごめんなさいと誤ることしか出来ないだろうけれど。
いや猫からのラブレターだったら二つ返事でオッケーするな僕。もちろん、猫がラブレターを書くとも思えないのでそんな光景が実現することは無い……じゃなくて。
「果たし状なんてものを送りつけてくる輩相手に対応するほど優しくもないってことだよ」
少なくともそうしておいた方が平和でしょう、と視線で洋輔に答えれば、洋輔も違いない、と頷いた。
「っていうか洋輔もさっさと履き替えなよ。僕の方が先に履き替え終わってるって相当だと思うけど」
「いや、実はな」
うん?
洋輔は憮然とした様子で靴箱の中に手を入れて、そしてそこから何かを取り出した。
それは淡い水色の封筒で、表題には『鶴来洋輔くんへ』とものすごく丁寧な字で書かれている。
「どう思う?」
「少なくとも果たし状じゃなさそう、って所かな」
……この丁寧な筆跡、どっかで見たことがあるような気がする。
とはいえ癖の少ない、ただただ丁寧な字だからそう見えるだけかもしれないけど。
はあ、と洋輔はため息を吐いて上履きに履き替え、その手紙はその場で開封。
中身は、
「まあ、お前には隠す意味どころか隠せねえしな」
「そこまでして覗きたいものでもないけどね……、どうだった?」
「ごく一般的なラブレターだな。残念だがカミソリの類いは仕掛けてなかったし呪詛っぽい言葉も無い」
「残念……?」
僕としてはカミソリとか呪詛がラブレターは遠慮したいんだけど。
「洋輔って一応モテる素質はあるんだよね」
「素質?」
「言うまでも無く運動が得意。ちょっと勉強は苦手だけど付き合いはよくって、大概の無茶振りにも答えてくれる程度には心が広い、とか。問題は洋輔自身が有名人過ぎることと、問題児にすぎることかな」
「有名人って意味ではお前には劣るつもりなんだけどな」
「僕は派手に動くからね。隠れないし。でも洋輔だって隠しきれないときはなかなか酷い事をしてるからさ、僕よりもある意味目立つよ」
たとえばいつだったか、去年だけど、冬華に追いかけられ手板時、彼女から逃げる事に必死になった結果四回の窓から飛び降りて着地の衝撃を加速に利用、当然その背後から追いかけてくる冬華から逃げるためにグラウンドを一周した挙句壁を三メートルほど駆け上り二階の教室の窓を足場に三階までジャンプ、開いていた窓から突入とか。
尚このときは流石に洋輔と冬華が怒られていた。
『廊下を走ってはいけません』ならぬ『窓から飛び降りてはいけません』と『壁を駆け上ってはいけません』という校則が事実上その日の間に追加されたことは言うまでも無い。
「それになにより」
「なにより?」
「しっかりと『男らしい』顔つきだし。僕とは大違いだ」
「お前と比べりゃ大抵の奴はそうなるだろうけど……」
「どうせ子供っぽい顔ですよーだ」
「いやいや、そこは拗ねるところじゃねえからな。大体お前だって断ってるだけで、ラブレターは何度か貰ってるだろ」
まあね。
全部断ってしまっているけれど。
どうしてもと言うならば猫になって出直してきて欲しい、なんて冗談めかして本当のことを言ってるけれど、一応裏の意図もあったりはする。
「受けるにしろ断るにしろ、一応答えは出してあげなよ、洋輔」
「待ちぼうけはさせねえよ。けれど……」
まあ、断ることになるだろうな、と洋輔は申し訳なさそうに言った。
申し訳ないならばそれこそ少しだけでもうけて上げれば良いのに。
「中途半端に夢が見られるほうが大変だろ。それに……、悪戯の可能性もまだあるぜ?」
「疑り深いね。その心配は要らないと思うけど」
「わかんねーぞー。悪戯とまでは言わなくとも、罰ゲームとかの可能性は残ってるからな」
ラブレターを貰ってここまで疑心暗鬼でしかない男子というのもたぶん希有なんだろうなあ……。
とか雑談に興じているほど時間が残っては居ないので、とりあえず教室へと移動。ちょっとギリギリになりそうだったので、荷物整理は後回しが決定、と。
「おはよ。遅かったなー」
「おはよう、佳苗」
「おはよう。前多くんも徳久くんも今日は早いね」
「いや佳苗が遅かったんだよ」
うん?
「いや、校門潜ってきたのは見えてたからさ。寄り道でもしてたのか?」
「ううん。なんか下駄箱に果たし状が入っててね……読まないで破って捨てちゃったけど」
「果たし状……って。しかも読まないで捨てたのか」
「破った上で、ね。何処の誰が出してきたのかはわからないけど、本気ならちゃんと申し込みに来るでしょ」
「佳苗はなかなか辛辣だよな……」
徳久くんがため息がちに言う。
「もっとも、果たし合いなんてされても困るんだけど」
「でしょ。決闘は違法行為だし、趣味じゃ無い。猫と戯れる方が有意義だ」
「それを学校でやられるのが一番困るからやめてくれ……」
平和で可愛い光景だと思うんだけど、確かに学校では問題だ。やめておこう。
というわけで、ごくごく普通の一日が始まる。
月曜日朝といえば恒例の朝礼はいつも通りにざっとながせば、月曜日は実技系の授業もないのでぼーっとしながら参加する。いや美術の授業はあるか。
ぼーっとしながら、とはいえちゃんと授業を受けては居るので、先生に指されればきちんと回答。
やる気があるんだか無いんだかよく分からない、とは徳久くんの談。最近は徳久くんも割と直球で僕を評価することが増えているのだった。良い傾向かな? どうだろう。
あっさり四時間目までがおわり、お昼、給食の時間。
今日の給食はクリームライスにミネストローネのスープ、温野菜サラダ。
給食と侮るなかれ、その品質値はそれぞれ地味に五千をくだらない。
錬金術的な等級にして四級品、四級というとものすごく微妙にも聞こえるけれど、近所のチェーン店で食べるような食事がこのくらいの品質だったかな、美味しいところ。ちょっと値の張る料理店だと三級品、入るのに勇気が要るような所だと二級品、予約前提の特別なお店が一級品から場合によっては特級品と思えば良い。
(で、お前の場合は錬金術でぽんぽん特級品を作れると)
錬金術で生成して良いなら余裕だね。ちゃんと料理しなきゃ駄目ってなるとちょっと面倒かな? 面倒なだけでどうとでもなるし、キラ・リキッドを使っても良いなら品質値の底上げは一瞬で出来るから問題ないんだけど。
(ああ、うん……)
思ってたリアクションじゃねえ、といった様子の洋輔の内心はともかく、皆で揃っていただきます。
十分美味しいんだよな。反応に困るくらいには。
「そういえば……佳苗、この前陸上部にも演劇部から声が掛かったんだけど、アレは結局なにをしたらいいんだろう」
「ん……? 陸上部には特に、何か無茶振りをするって話は聞いてないよ、僕。……セットの調整とかかな? あとで祭部長に確認してくる」
「ん。悪いな」
「いや、こっちがお願いする方だし、当然の疑問だよ。むしろその辺の細かい説明なしで『手伝え!』って言ってたのだとしたら、祭部長だかナタリア先輩だか知らないけど無礼だし。その辺は先輩の事だけど、謝らせて。ごめん」
「……すまん。緒方先生に言われたんだ、それ」
「ああ……うん」
そっちか。
視線を教卓方面に向けると、緒方先生が露骨に顔を逸らした。
もうちょっと誤魔化しのスキルは身につけて欲しいところだった……というか、緒方先生の交渉スキルからしてこのあたりの誤魔化しはできそうなんだけど。
(そういえばこの先生もなかなか偏ってるよな。才能が)
言えてる。
それはそうとして、だ。
「緒方先生。給食の時間が終わったら、お小言があるんですが」
「ふむ、渡来くんのお話というのは……なにやらニュアンスが違ったような気がするけど……重要な可能性が高いね。うん。しかし私はこの次の授業のために小テストの印刷をしなければならないのだよ。残念ながら給食を食べ終わって掃除も終わったらさっさと退散させてもらうことになっている、諦めて貰えるかい」
「そうですか。それは大変ですね」
「分かってくれるかい。それは良かった、いや実に良かったよ」
「ええ、大変そうなので準備をお手伝いしてあげます」
「え、いや」
「大丈夫です、小テストの内容なんて使い回しできる物でもないでしょう」
「いや」
「職員室の事ならばご安心下さい、小里先生に今日のところは相談事も特にありませんでしたけれど、今作ったので」
「すまなかった。いや本当に悪かったと思ってるよ。うん」
「冗談ですよ、半分」
あとの半分は本気だけど。
「ごめんね、徳久くん。今ので許してあげてくれるかな」
「佳苗。それは断れないやつだ」
「違いないね。……で、緒方先生。なんで陸上部なんですか?」
特に頼むことが思いつかない。
モブ役だって二年生をメインにやってくれるそうだけど、部活の括りでは無いことは確認済みだし……。
「人手は多いに超したことは無いだろう?」
「僕も似たような考えですけど、呼ぶだけ呼んで『ごめん、特にやること無いから帰っていいよ』ってものすごい失礼じゃ無いですか……?」
「あ。」
あ。って……。
緒方先生、素だったのか……。
「えっと……。佳苗、これはどう考えれば良いんだ?」
「そうだね、徳久くん。とりあえず現状で陸上部にあえてお願いしなきゃ行けないほどのこともないし……、改めて声がかかるまでは『そういえば何か言われてたような』程度でいいよ」
「いや却って難しい注文なんだけどなそれ」
まあいいや、と徳久くんは頷いた。
それでいいんだ、と葵くんが首を傾げ、ソレを見て前田さんたちが笑いをこらえていた。




