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生命存略夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 極点候補者と深刻な問題
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38 - 三つの符号は響き逢う

 洋輔が見つけてしまった『ソフィア・ニコラエヴナ・ウラノヴァ』が何と符合しているのか、改めて述べておくならば――

 一つ目は『ソフィア』。僕達が探しているのは『ソフィア・ツクフォーゲル』で、名前が同じだけど、これだけならばそれだけだ。ソフィアという名前それ自体は、そう珍しいものでもない。そんなに国の枠を超えて使われる名前かと聞かれるとそれはまた微妙だけど……それでも、叡智を意味するその名前にあやかってその名を付けられることは否定できまい。

 二つ目は『ニコラエヴナ・ウラノヴァ』。これはナタリア先輩のフルネーム、即ち、『ナタリア・ニコラエヴナ・ウラノヴァ』と符合し、同時にナタリア先輩の母親であるクロットさんも、『クロット・ニコラエヴナ・ウラノヴァ』である。補足するならばクロットさんは来栖冬華の肉体的な母親であり、異世界というものと縁が全くないわけでも無い。但し、僕と洋輔はそもそも『クロット・ニコラエヴナ・ウラノヴァ』という名前が本名では無いと看破している。今、日本において彼女はその名前で登録されているけれど、それだけ。そもそも旧ソ連が崩壊する際のどさくさに紛れて日本に亡命を成功させている時点で本名などというものは捨てている可能性が高いし、それ以前に『工作員』として彼女は活動していたわけで……しかしここで重要なのは本名かどうかではなく、現在の実名がそうやって共通していることだ。血縁では無いにせよ、何らかの関係者……たとえばそれこそ、工作員が使っていた『共通の偽名』の一つとかにあったとしてもおかしくは無い。

 三つ目はその人のルーツ、つまりロシア系ドイツ人でポーランド在住という点。……まずその存在自体が奇怪な気もするけれど、多様社会の進んだ今ならまあ、可能性が絶対に無いとも言いきれない。うん。ともあれ、ロシア系ドイツ人、ロシアはクロットさんなどと符合していて、一方でドイツはソフィア・ツクフォーゲルが暮らしているはずの国と符合する。ただ、ポーランド在住というのがよく分からない。家庭の事情で引っ越した? ……完全に否定できることでもないけど、地球とあの世界の時差的に、あの世界に来る前にはとうに引っ越しは決まってただろう。ましてや国境を跨ぐのだ、それを言わないとも思えない。もちろんこの地球に僕達が探すソフィアがいるのかどうかという点から疑問符が付いている状況なのだ。そしてこの地球に居ないのだとしたら、別の地球のソフィアは今もドイツで暮らしていて、この地球のソフィアがポーランドに移住したとか……考えられるか? なんかもっと致命的な間違いをしている可能性もあるな。

 ともあれ。

 一つの符号に意味を見いだす意味は無い。たった一つの共通点なんて、大概の生き物には存在するだろう。朝にお水を飲んだとか、そういうのだって共通点に違いは無い。

 二つの符号は偶然だ。具体的に二つ以上が重なるようならば確かに奇妙な縁も感じるかも知れない。けれど所詮は『たまたま』だ。今朝はハムエッグを食べたという人が昨晩はオムライスを食べた、程度に指定しても、この国では一体どれほどの数が該当するだろうか。かなりの数になると思う。

 ならば三つの符号はどうなるか――流石に、偶然で片付けて良いレベルではなくなってくる。何らかの積極的な関与があるか、もしくは必然によるものなのか。もちろん、三つ重なったところで結局偶然だ、なんてことだってザラにある。

 八つくらい重なれば偶然の線は外して良さそうだけど……ね。

『名前と国籍……って意味で言うなら、名前が妙にもチグハグだ。国籍も中途半端だし、そもそもポーランドに移住する意味がわかんねえ。符号の数は二つと半分程度だろうな』

『いや。クロットさんが「親戚にソフィアって名前が居る」って最初に言ってたから……それが半分くらいはある。結局、三つじゃないかな』

『……だな。ふうん……そうなると、結構怪しいな』

 どのみち放っておく理由が無いのだ、調べる必要はある。

 そんな会話をした翌日。

 つまりは1月29日の日曜日。

 急ぐならばさっさと動いた方が良い、けれど少なくとも今は動けない、そんなジレンマに陥った僕と洋輔は、二人で揃ってゲームをしていた。

 たまににやるとやっぱり楽しいものだ。こういう銃撃とか射撃系のゲームはあまり得意じゃ無かったから、それほど興味もなかったんだけど。

「おう。照準(エイム)合わせるのが早すぎるんだよお前。そんなところで『理想』を使ってるんじゃねえ。あとなんでスナイパーが最前線を突っ走ってんだよ」

「洋輔。何なら僕は息をするのにも使うくらいだよ。このくらい多めに見て」

「理不尽だし会話になってねえ!」

 と言いつつ突っ込んでくる敵ならぬ的を撃破。

 狙撃銃を抱えて戦場のド真ん中を突っ走り隙を見ては打ち抜いてさらに進むという行動は他人から見れば変態な気がするけど、憂さ晴らしをするのがゲームなので良しとする。

 当然そんな無茶をした甲斐あって勝利。

 ふう。満足。

「相手からしてみりゃ悪夢だろうけどな。暫くトラウマだろ」

「それはまあ、ご愁傷様ということで。実際、そこまで気にする人のほうが少ないと思うけどね」

「そりゃそうか」

 一段落したので僕はコントローラーを置いて、代わりにすり寄ってきた亀ちゃんを抱きかかえる。ブラッシングでもするか。暇だし。

 ピュアキネシスでほどよい大きさのブラシを作って、と。

「相変わらず便利そうに使うよな……」

「実際、便利だしね。洋輔はもう一試合するの?」

「いや。ゲーム内の金が貯まったから買い物だ」

「なるほど」

 アバター要素が結構あるんだよね。そのせいだろう。

 亀ちゃんの毛は中途半端に長い。短毛種ではないけど長毛種とも言いがたい、そんな微妙な長さではあるけれど、流石に冬のこの時期はもっふもふだ。毛玉ができてなければいいけど。

 案の定というか、ブラシを掛けていると希にひっかかるところがあるので、その当たりはやさしく梳いてあげて、ついでに撫で回していると冷めた目で洋輔がこちらを見ていた。

「……何か?」

「いや?」

「っていうか洋輔、買い物してるんじゃ無いの?」

「もう終わったしあの会話から二十分は経っている」

 まさかそんな馬鹿な……と時計を見たら本当に経っていた。

 猫というのはやっぱり可愛いよね。ブラッシングしてるだけで時間が一瞬で吹き飛ぶ。

「はあ。お前の猫好き猫好かれ、お前は得意理論の類いだとは言ってたが、何かもっと本質的な部分もひっかかってそうだよな……」

「生成と換喩、猫? 妙な組み合わせだね……」

「全くだ。それにその場合、俺はどうなるんだって話しだしな」

 つまらなさそうに洋輔は言うと、僕に冊子を投げ渡してきた。

 ポーランド旅行に関する物らしい。

「一応、例の美術館に行くとしたら……の話な。ポーランドって何があるんだって所から始まって、母さんに頼んで取ってきて貰ったんだ。社会の勉強って事でな」

「ふうん。……スマホでネット使えば良かったんじゃ?」

 洋輔は黙り込んだ。

 考えてなかったらしい。

 話題を変えよう。

「でも僕、パスポート持ってないよ」

「俺もだ。そのことにさっき気付いてな、『あ、ダメだ無理じゃん』ってなった」

「いざとなれば不法入国しちゃえば良いんだけどね。空なら飛べるし。監視衛星に間違い無く引っかかるけど」

「だよな」

 ポーランド……か。

「ドイツの隣。……くらいの知識しか正直無いんだけど」

「いや正直俺はドイツについての知識も怪しいぜ。ヨーロッパって枠組みでふわっとわかってるつもりで、けれど理解できてるとも言いがたいしな……」

 国の数が多すぎるんだよ、さっさとまとめろ、と洋輔は雑に言った。

 と、そんな他愛も無い、そして意味も会話が始まりそうになったところで、「かなえー」、と階下からお母さんの呼ぶ声。珍しいな。

「なにー?」

「お客さんよ、降りてきなさい」

 …………?

 お客さん?

「洋輔、今、インターフォンなってた?」

「いや、少なくとも俺は聞いてねえぞ」

「…………。念のため隠れておいて。亀ちゃん、洋輔を隠してね」

「猫に隠されるのか、俺は」

 なんて複雑な、と言いつつしっかりベッドの下に潜り込む洋輔と、そんな洋輔を遮るかのように居座る亀ちゃん。態度は辛辣だけどなんだかんだで洋輔に懐いている亀ちゃんだった。

「だから俺はあれを愛とは呼ばねえ」

「そんなこと言ってると引っ掻かれるよ」

 忠告はしたからね、と部屋を出て階段を降りる。

 『お客さん』は玄関に立って、お母さんと会話をしていた。

「えっと……?」

「ハアイ、お久しぶり。いつぶりになるのかな?」

「…………?」

「忘れちゃったかな? 結構前にあなたたちに助けて貰ったんだけれど。ほら、猫のお店の近くで」

「はあ……、えっと……」

 誰だ。

 いや本当に。

 『お客さん』はなれなれしく僕に話しかけてきていた。

 女性、それも大人の。

 見覚えがあるようなないような……大人の女の人をそこまで深く観察なんてしてないしな。けれどこの人の言うとおり、猫のお店の近くで人助けをしたならば、観察なんてして無くても覚えてそうだけど。

 ちなみに『色別』は……緑、だけど、『色別:虹』によると青緑。

 全面的な味方ではないけれど、害意はなく好意がある。そのことに偽りはないようだ。

(いや、その人。どっかで見覚えが……)

 え、洋輔あるの?

 どこの誰?

(…………? わかんねえ。雰囲気が似てるだけか?)

 洋輔も即答できないとなると、よっぽど縁遠いか……僕たちが助けたというのはなにかの結果に過ぎないとか?

 だとしたらなんで僕たちの家を知ってるんだろう。僕達をつけてきてた……? だとしたらタイムラグが酷すぎる。

「仲も良さそうだし安心ね。けれどこんなところで立ち話も何だし、お茶を準備しましょうか」

「お気遣いありがとうございます、佳苗くんのお母さん」

 ……今のは。

(真偽判定応用編……いや)

 どっちかといえば『空間整理』の方だね。

 ただ、どう考えてもその発展系……、だけど。

 つまりだ。

「お母さん。少し長話になるかも知れないから、僕の部屋でもてなすよ」

「え? …………。佳苗。あなただって一応男の子なのよ。女性と二人きりなんて」

「いえいえ、佳苗くんのお母さん。お気になさらず」

 僕の提案にその女性はあっさりと載ってきた。

 というかお母さんの発想が心配だ。僕が年上の女性(レディ)に無節操な子供だと思われているのだろうか?

「むしろ佳苗くんのほうこそ大丈夫なのかしら?」

「?」

「いえ、歳が離れているとは言え、異性を部屋に入れるのって抵抗がある子も多いから」

「ああ……そう言われてみれば。確かに部屋は片付いてるわけでもないですけど、それ以上に自慢の猫グッズがたくさんですからね。むしろどんどん見せつけて行きたいかな。でもこの前売ってた猫の絨毯は高くて買えなかった……」

「じゅ、絨毯?」

 うん。

 あと洋輔は退避しておいて。たぶんこの人相手だとベッドの下は一発でバレる。

(そうだな。了解……おーい上様、どいてくれー。いやほんと。お願いだから)

 がんばれ。

「あ、一応確認しておきますが、猫アレルギーは無いですよね?」

「もちろんよ」

「それは良かった。部屋には飼い猫が居るので……大人しい子だから大丈夫だと思いますけど、どうします? 心配ならちょっと他の部屋に移動させておきますよ」

「大丈夫よ。むしろ猫の居る部屋のほうが楽しみね」

「気が合いますね」

「そりゃあ猫グッズのお店の近くで会うくらいだもの。猫は好きよ?」

「それはなにより」

 猫は好きという点に嘘は無し、まあ良いか。

 洋輔も多少引っ掻かれたようだけど、無事に部屋を脱したようだ。時間稼ぎもこれくらいで十分だと思う。

「けれど、佳苗くんの部屋でもてなす、って……?」

「ああ。僕の部屋、家庭教師さんとかもくるので。紅茶とかコーヒーならすぐに出せるんです。クッキーもありますよ」

「なるほど。まさか猫グッズを堪能させるためだけに設置したのかと思ったわ」

 …………。

「さて」

「いえ、そこは否定するところじゃないかしら?」

「ノーコメントです。お母さん、そういうわけだから安心してね」

「はいはい。何かあったらすぐに言ってくださいね。……比較的大人しい子ですけど、時々よく分からない事をしでかす子なので。クレームは遠慮なしに」

「お気遣い感謝します、佳苗くんのお母さん」

 お母さんは苦笑を浮かべてダイニング方面へと向かった。

 一瞬、女性と僕の目がぴたりと合う。

「遅れましたが、いらっしゃませ、竪川(たてかわ)日比生(ひびき)さん」

「こちらこそ。おじゃまします、渡来佳苗くん」

 答え合わせも無事完了。

 この女性の正体こそが、件の竪川日比生なのだった。

 ……まさか、あっちから接触してくるとは。

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